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2016/11/10

妖刀戦記 目次

ちょっと気分転換に書き始めた⑱禁ファンタジー小説です。
某投稿サイトで書いていましたが、こちらも章が進むにつれて載せていこうと思います。



2015.1.27 ifルートをちょこちょこ修正しながらゆっくり進行中。さらに読みづらかったためifルートを分けました。本編が進まない。
2015.6.6 ifルートを別のカテゴリーに分けました。妖刀戦記 IFルート 目次からどうぞ。
2015.12.3 旅立ちの決意旅立ちの日を大幅改訂しました。

第一章 港町ケルネ

サムライの息子
サムライの力
父さんとの別れと新たな生活
狼達との戦い
一夜明けて ハンター到着
村正抜刀
狼への反撃開始
力の反動
旅立ちの決意
旅立ちの日

登場人物紹介~ケルネ編~

第二章 城塞都市ロゴス~討伐~

城壁に囲まれた街ロゴス
オークに犯される少女
目立つ二人
窓際の悦楽
ギルド入会試験
群がるオークの中で舞う少女
試験合格
ギルド説明と物件探し
お姫様の屋敷
ナンパ男
危機一髪?
女同士の味
ロゴスでの日常

登場人物紹介~ロゴス編~

第三章 城塞都市ロゴス~救出~

謎だらけのミッション
ハンター遭遇

金髪の男
人外の悦楽
ヴァンパイアと拘束
ヴァンパイアの決闘
戦いの報酬
プレゼントを着てみたけど
年の暮れ

登場人物紹介~ロゴス編②~

第四章 王立学院アヴニール~強襲~

王女との邂逅
ジルの過去とラルフの修行
アヴニール強襲
前線へ
学院内に蠢く闇
作戦失敗
最強の敵
最悪の敵
終わらない戦い
猫の恩返し

第五章 王立学院アヴニール~潜入~

潜入依頼
学院初日
体操着
教官の誤算
闇の侵食
歓迎会
調査依頼
狙われる少女たち
恋人たちの休日?
それぞれの思惑

虎穴に入らずんば
教室での秘め事
約束を破った罰
騙されたのは?

第六章 王立学院アヴニール~夢~

夢の中へ
隠し部屋での戦い
触手に堕ちる
夢の終わり
夢からの生還と王宮内の不協和音

アヴニール編 登場人物紹介

第七章 王都アトラス~動乱~

パーティ合流
サラとジョシュの午後
サラの初めて
つかの間の日常
クーデター
ハニートラップ?
テレサ
王宮へ
湖畔での戦い~ラルフ~
湖畔での戦い~モニカ~
ティナちゃんお手柄
クーデター鎮圧作戦開始
悲しい記憶
魂の救済、そして
魔王バアル降臨
それぞれの獲物
備前三郎国宗
ラルフの覚悟
ヴァンパイアの力
思わぬ犠牲
発情
闇の中
日常の再開?
最高のご褒美

アトラス編 登場人物紹介

第八章 王都アトラス~茫漠~

服がないっ
裏通りでの情事
シュクランとドラゴンのお肉
蜘蛛男
出歯亀
アヴニール帰還
土御門家の使命と道場
図書館ではお静かに
今度のご褒美はお人形?

第九章 砂漠の交易都市イシュク~孤立~

荒野に消えた狼の咆哮
再びあの男
乱れる褐色のエルフ娘
不穏の種
イシュクの夜
エルフとハーフエルフ
気になる存在
葵、牢屋であの男と遭遇する
蜘蛛の姦計
糸屋の娘は目で殺す?
エルフのモノが小さいなんて誰が言った?
微睡の中で
世界樹の木の下で
死地
止まない雨はない

第十章 商業都市クリューソス~国色~

お目付け役交代劇
中立都市『レイモーン』
封印の代償
『クリューソス』への道中
商業都市『クリューソス』
仲間集め
『クリューソス』コンテスト一日目
『クリューソス』コンテスト二日目、水着審査
『クリューソス』コンテスト三日目、最終審査
『クリューソス』コンテスト四日目、結果発表
オンナの体
『魔導列車タイタン』クリューソス発
出会い
傭兵VS魔物
初めての気持ち
会食と脅迫
敗北
2016/10/03

敗北

会食後、ワンウェイから何かしらの行動があるかと構えていたんだけど、特に何があるわけでもなく、魔導列車の旅は終わりを告げようとしていた。

『コンコン』

ノックの音で僕が目を覚ましたのはまだ、寝入って数時間。時計を見れば、まだ深夜だった。

目を擦りながら起こされる前まで見ていた夢を思い出す。

最近夢の中の千手丸は男村正と、どんどん近づいている。今日などは千手丸の家に村正を招待して夕食を食べていた。

甲斐甲斐しく夕食の支度をする姿はまるで乙女のようだった。

(というか、千手丸は女だから当たり前と言えば当たり前なんだけど…)

『コンコン』

「はいはい…」

ノックの音に答えて扉を開けると、そこに立っていたのはミハエル達だった。

「うぇっ?みんな揃ってどうしたの?」

「お嬢様、お休みのところすみません」

僕の部屋にあった丸テーブルを囲む。

「それで一体どうしたの?」

一様に緊張した顔つきから、何かがあったことは分かるけど、それが何なのかはさっぱり想像もつかない。

「あー、実はだな、この列車はクリューソスに向かっていない」

「へ?」

ミハエルの言葉に僕は耳を疑った。

(でも車掌さんが次はクリューソスだって…)

スージーさんとタマちゃんの顔を順に見る。

二人とも不安そうに耳を垂らしていた。オズワルドさんは難しい顔で腕を組んでいる。

「ミハエル、それじゃ意味がわからないわよ。アオイ、ちょっと、これを見て」

そう言ってジャスミンさんがテーブルに地図を広げた。

「さっき補給のためにちょっと止まった都市があっただろ?それはここなんだ」

ミハエルが指差したのはクリューソスの西の都市だった。

「だけど、今は北に向かっている」

確かにミハエルの持つ方位磁針は北を指していた。

「一旦北に向かってから東へ向かうってことはないの?」

「ああ、最初は俺達もそう考えたんだが、ほら、この地図を見たら分かるが、レールはさっき停車した都市からこの道に沿ってクリューソスに直接繋がっている」

なるほど。地図の上にも真っ直ぐ東に向かってレールを示す線が描かれていた。

「おそらく、さっきの都市でクリューソスに帰るなら東向きのこのレールにのるはずが北向きのこのレールに乗ったんだ」

地図の上で北に進んで行くと、その先にはクリューソスの同盟都市はない。ステファノスの同盟圏に入ることになる。

「あれ?このままだと…」

地図の上を指でなぞった先はいくつかの都市があって、最終的には…。

「そう。ステファノスに着いてしまうのよ」

ジャスミンさんが頷く。

「つまり…どういうこと?」

「分からない…ワンウェイは何を考えているんだろう」

「ふーん」

『コンコン』

静まりかえった室内に、またノックの音がした。スージーさんが小さく悲鳴をあげて、ミハエル達が家具の裏に隠れた。

ノックしたのは車掌さんで、僕とハル、アメが起きていることに少し驚いた顔をしたあと、ワンウェイが僕を呼んでいることを伝えた。


◇◇◇


ワンウェイの部屋の扉を開くと中にはワンウェイ以外にもう一人、見慣れぬ人物がいた。

「ハルっ、アメっ」

言葉よりも早くアメが前に飛び出し、ハルが僕を守るように槍を構える。

(フードの男…、いつの間にこの列車に…)

僕も最近愛用となった仕込み杖をいつでも抜けるように構えて男を観察する。

(間違いない、この男だっ)

フードの中の顔は見えないものの、薄ら寒い不気味な雰囲気を感じた。

「グヒヒヒヒヒ、お前らっ、まとめて性奴隷にして可愛がってやるからな」

ワンウェイはそう言いながら後ろに下がる。

「この豚っ、一人じゃなにも出来ないのね?こないだなんてガタガタ震えて命乞いしてたくせにっ」

アメの罵詈雑言にワンウェイは挑発に応じない。でも、こめかみに血管を浮かばせ、口元がピクピクと痙攣してる。

(あれ?アメに会食の時の詳しい話なんてしたかな?)

会食での出来事はみんなに話したけど、そこまで詳しい話をした覚えはないんだけど。

「ふん、言いたいことはそれだけか?相手をするんはワシやない。ほな、あとはよろしくお願いします」

ワンウェイの隣に立っていたフードの男が僕らの前に立ち塞がった。

(フードの男っ…こいつが…)

「ふんっ、誰が相手でも関係ないわっ。こいつをやったら次は自分の番なんだから覚悟しとくのねっ」

ところが、言い終わるや否や、勢いよく飛びかかろうとしたアメが、急に止まった。

「アメっ?…えっ?それっ」

アメの手が、肘から先が無くなっている。

「アメっ、下がるんだっ」

「くっ、一体どうなってるのっ?」

僕らの所にに戻ったアメの手は元に戻っている。

「どういうこと?」

僕にはさっぱり分からない。

『ヒュッ』

ハルがいつの間に持っていたのか、クナイを投げた。だけどそれは男の手前で消える。

「やはり…力を無効化している。…いけないっ、お嬢様っ、逃げて下さいっ」

その時、それまでまるで動かなかった男が僕らの方に一歩近づいた。

ハルとアメが男から距離をとるように少し下がる。

「僕が前に出るよっ、二人は扉へっ」

ハルは悔しそうに、アメは僕が二人を庇うと思っていなかったのだろうか、少し驚いた顔で後ろの出口へ後退した。

「お嬢様、一度引きましょう」

「うん…逃がしてくれるならね…」

男が腰の刀を抜く。

(刀…まさかサムライ…?)

黒い、まるで魔王が顕現した時と同じ靄(もや)が刀を覆っていた。

(来るっ)

「二人とも走って」

二人が出口に走るのと、男が数歩前に出て刀を水平に振るうのが同時。

『ギインッ』

「くっ」

(力の勝負では勝てないっ)

刃を合わせた刹那に膂力の差を感じ取った僕は、自ら後ろに跳んだ。

『ビュンッ』

追撃は無造作に上から斬りつけてくるだけ。

相手は豪剣、どこかで見たことのある太刀筋だ。だけど、ワンウェイの言葉ではないが、どうも動きに違和感を覚える。

『ギイィンッ』

「がっ」

追撃の一撃を刀を合わせることでなんとか逃れたものの、そのまま力で振りきられてしまった。

『ドンッ』

「がっ」

僕は吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。だけど、そこは運良く出口のそばだった。

「お嬢様っ、掴まって下さいっ」

「痛たた、ありがとう」

ハルの肩を借りてなんとか僕も廊下に出る。

フードの男もすぐに追いかけてくるだろう。

「傷物にはせんといて下さいよ。後で楽しみが減るよって。クヒヒヒヒヒ」

ワンウェイの嘲るような声が部屋から聞こえた。

「お嬢様っ、まずは客車へっ」

「うんっ」

ワンウェイの部屋のある車両から客車まで、その間にある傭兵や乗務員の部屋のある車両を走り抜けた。

(あの男は妙だ。立ち方や構え方は歴戦の剣豪みたいなのに、動きはまるで刀を握ったことのない素人…)

なんとなく気になることはあるけど、落ち着いて考える間もない。あっという間に僕らは客車の手前に到達した。

「ハル、どうするつもり?」

「連結部を破壊しますっ」

アメがまず客車に移り、ハルが連結している金具に槍を突き立てる。

『ギインッ、ギャリンッ』

「くそっ」

ハルの槍でも簡単には太い連結部の金具は壊れない。

時間がない。

あの男の力はまだ未解明、この状況で戦うのはあまりに危険だ。

「お嬢様も早く客車へっ」

その時、槍を逆手に持っていたハルの腕を大きな手が掴んだ。

「ハル、アオイ、俺達に任せな」

「うふふ、アオイちゃんには夢を叶えてもらった恩があるからね」

ジャスミンさんがハルの腕を引っ張り上げて抱き上げると客車へ放り込む。

「せーのっ」

そして、ミハエルがどこから手に入れたのか、大きなレンチでボルトを回し始めた。

「くそっ、カッテェな」

「私も手伝うわ」

ミハエルとジャスミンさんが二人がかりでようやく少し動いた。

だけど、これではまだまだ時間は掛かりそうだ。

「ミハエルっ、早くっ」

「無茶言うなよっ」

顔を真っ赤にしてミハエルが声を絞り出す。

(そうだっ、ジルに連絡をすればっ)

イヤリングに意識を注ぐ。

(あれ?)

何も反応がない。

(ちょっとぉっ、必要な時にぃっ)

「うおおおっ、もうちょっとだぁぁっ」

「ミハエル、うるさいっ」

「ええええ?」

何かブツブツ言っているミハエルは無視して、僕は振り向いた。

(そろそろアイツが…)

ちょうど僕が振り返った時、男が車両に現れた。焦る僕らとは対照的に、立ち止まって観察するようにこちらを見ている。

「お嬢様っ、奴がっ」

男がゆっくりと近づいてくる。

「くっ」

ミハエル達を見るとまだもう少しかかりそうだ。

(このままじゃ、間に合わないっ)

「僕が止めるっ」

その言葉と同時に僕と男が同時に走り出した。

『ギイィィン』

車両の真ん中辺りで再び刀がぶつかって火花が散った。

「おおおおおおっ」

『ガッ』

男が振り上げた刀の先が天井につっかえた。

(今だっ、狭い廊下で相手も思い通りには太刀を振り回せない)

隙あり、僕は男の懐に飛び込もうとして…。

「うそぉっ?」

男が刀を力任せに振りきった。

天井が割れてそのまま床まで振り下ろす。

「冗談っ?」

男が続いて横に切り払う。

『ギャギャッ、ギャンッ』

今度は壁が割れる。

「もう…ちょっと…アオイっ、戻ってこいっ」

ミハエルが呼ぶ。

だけど、男とにらみ合ったまま、僕は動かない。

「…葵…まさか?」

「お嬢様っ」

ハルとアメがなにかを感じとったようだ。

(こいつを連れていくことは出来ないっ)

「ミハエルっ、そのまま連結具を外してっ。大丈夫っ、僕も必ず行くっ」

「そんなっ、お嬢様っ」

『ヒュッ』

男はこちらの都合なんて関係なし。刃が風を切る音に後ろを気にしてなどいられない。

「葵っ、ハルっ…」『ガギッ、ィイーン』

アメの切羽つまった声は、太いボルトが外れる音と刀同士のぶつかる音にかき消された。

『ピシィッ』

(まず…)

仕込み杖にヒビが入った。

「葵ぃぃぃぃ…」

後ろから聞こえるアメの声が一気に遠ざかっていった。

(みんなは逃げきれた…か。果たして刺し違えられるか?)

ホッとしたけど、ここからが問題だ。

「うわあっ、アオイっ、助けてくれぇっっ」

「えっ?」

声は後ろからする。男の動きに注意しつつ振り返ると連結部に人の手が。

「ミハエル?なんでっ?」

男はどういうつもりなのか動かない。

その間にミハエルを引っ張りあげた。

「いや、あのな…なんでだろうな…そうだ、俺だけじゃ…」

何かをミハエルが言いかけて黙る。

「何を言いかけたの?」

「いやぁ…その…そうだっ、ハルのやつがこれをアオイに渡してくれって」

なぜかしどろもどろにそう言ってミハエルが古びた刀の鍔を僕に手渡した。

会食の際に渡された小太刀の鍔は赤い宝石に飾られていたけど、今度は青い宝石で彩られている。

「ありがとう。よしっ、僕らも逃げるよっ」

鍔を掴んだ僕は再びフードの男に向かった。

『バシュッ』

「えっ?」

首筋が熱い。それに頭がクラクラする。

「な…にを…」

僕の最後の記憶はミハエルの笑う顔だった。

2016/09/27

会食と脅迫

バーベキューがリザードマンに邪魔されてから、さらに二つ都市を回ったところでやっと会食の知らせが来た。

「お嬢様、気をつけて下さい」

ジャスミンさんのデザインしたストライプのワンピースを着て、出ようとする僕の前にハルが立った。

(ハルは心配性だなあ。ラルフみたい)

「何かあってからでは遅いのです。せめてこれを」

ハルから渡されたのは小太刀だった。

「これなら会食の場に持って行っても気づかれないでしょう」

「うん、これなら…あれ?これっ、綺麗だね。アメの瞳みたいな…」

小太刀の鍔(つば)には綺麗なアメジストの装飾がされていた。

「さあっ、これに入れて、行ってきて下さいっ、さっ、早くっ」

僕がそう言うとなぜかハルに急かされ、部屋から追い出されてしまった。

(一体何なんだろ?)

そう思いつつ会食の場であるワンさんの部屋に向かった。


◇◇◇


さて、ワンさんの部屋は丸いテーブルにクロスが掛けられていて、即席のレストランに僕は招かれていた。

「待たせましたな」

ワンさんがどかっと座る椅子は僕の座っている椅子の何倍もある。

「ハハハ、特注ですわ。ワシみたいな体やと普通の椅子は壊れてしまいますんや」

僕が三人は入れそうなズボンもきっと特注なんだろう。

「アオイさんも疲れたやろ?コンテストから休む暇もなかったやろし」

「いえ、そんな…」

「こないだもせっかく気分転換してもらおと思ったのに魔物に当たるしな。ほんま、最近は魔物だらけやで」

ワンさんがため息混じりに話すのは先日の海でのバーベキューの件だろう。

(魔物が増えた原因を作ったのも僕なんだけど…)

愛想笑いを浮かべて相槌を打っているとウサギ耳のメイドさんが飲み物を運んできた。

『カチャ、カチャ』

俯いているから顔は見えないけどお盆に載せたグラスが震えている。

(まだ慣れてない新人さんかな?)

「すまん、すまん。こないだの街で奴隷を一人乗せたんや。まだ無調法やけど許してな。…ほれ、お客様に挨拶するんや」

「うぅっ、す、すみませ………あああっ」

大声をあげたメイドさんを見た僕も、ワンテンポ遅れて驚きの声をあげた。

「ああっ…えっ?なんで?」

そこにいたウサミミメイドはなんとセシリアさんだった。

「こらっ、セシリアっ、挨拶はどうした?」

セシリアさんは泣きそうな目で僕を見て頭を下げた。

「せ…セシリアと申します。よろしくお願いいたします」

セシリアさんが部屋から出ていくと、僕はワンさんになぜコンテストの準グランプリが奴隷になったのか尋ねた。

「ついこないだアリストスがステファノスに負けたんや。そのせいでセシリアの父親が破産してな、それでセシリアが売られたっちゅうわけや。…ああ、つまらん話は置いといて食べよか。同盟都市で買った特産品を使っとるから旨いはずやで」

すると、タイミングを見計らったように食べ物が運ばれてきた。

『ガシャンッ』

「あっ」

列車が揺れてセシリアさんがスープをこぼす。

「ぁ…す…すみません…すぐに拭くものを…」

「セシリア」

ワンさんが低く冷たい声でセシリアさんの名を呼んだ。

「後でお仕置きや」

その言葉にセシリアさんは真っ青になって震える。

「すみませんっ、許して下さいっ、あれはもう…お願いしますっ、お願いしますっ」

座り込んでワンさんの足に抱きつくようにして謝るセシリアさんだったけど、すぐに数人のメイドさんによって部屋から引きずるように追い出された。

「はあ…もとがお嬢様やからな。調教には時間がいるわ。スープがくるまでじかんがあるなあ。…そや、せっかくやし、こないだの海のやつ見てもらおか?」

「海のやつ?」

ワンさんが立ち上がるとカーテンを閉めて、テーブルに置いた魔術具を操作する。

『天罰だよっ』

僕の声がした。

(わっ、何これ?)

カーテンに僕の水着姿が映って、波打ち際ではしゃぐ姿が映しだされた。

「すごいやろ?ブロマイドだけやなくてこれも売りだそう思てるんや」

「なるほど」

(かなり恥ずかしいけど…)

顔を赤くしている僕をニコニコしながら見ていたワンウェイさんが魔術具を弄る。

「…次は…こっちや」

そう言ったワンウェイさんの声がセシリアさんを咎めたときのような冷たい声に変わった気がした。

「何ですか?」

波打ち際で遊んでいる映像が今度はどこかの部屋に変わった。そして、そのベッドには僕が座っている。

(あっ、これは…)

魔導列車の部屋だ。

(でも、撮られるなんて聞いてない…まさか、隠れて…)

映像の僕は箱から卵を取り出した。

(あの卵は…まさか…)

「葵さんも好き者やな。そんなに溜まってるんやったら言うてくれたらワシがいくらでも相手したるのに」

ワンさんがニタニタと笑う。ゾッとするような汚い笑い顔だ。

「実はな、どうしても葵さんが欲しい言うてる人がおってな。一晩でええからって言うたはるんや」

一晩という意味はさすがに僕もわかる。そしてこれがお願いではなく脅迫であることも。

「この映像は隠しときたいやろ?」

(はあ…)

都合よく部屋は暗い。カバンから小太刀を出すと僕はいつでも動けるよう腰を少し上げた。

「なあ、それで…」

『ヒュッ』

カーテンに映っていた映像が消えた。魔術具が真っ二つに別れている。

「は?」

ワンウェイはまだ状況が理解出来ていないようだ。

その間にテーブルを跳び越えてその贅肉まみれの首に小太刀をあてた。

「それで?何?」

ようやく状況が理解できたのか、ワンウェイの顔がひきつった。

「い、いや…」

ワンウェイの声が震えている。

「これは他にもあるの?」

この映像の複製があるのかを確認すると、ワンウェイは小太刀を気にしながら首を横に振った。

「いっ、いやっ…あらへんっ」

「本当に?隠していたら…」

「ほっ、ほんまやっ」

ワンウェイの顔が真っ赤になる。

「脅迫する相手と脅迫するネタを間違えたね」

僕は刀を首筋に当てたままワンウェイの座る椅子の後ろに回り込んだ。

「はあ、くだらないことをするからこういうことになるんだよ。…この部屋の香りも媚薬でしょ?」

「なんで分かったんやっ?」

部屋に入った瞬間に僕は気づいていた。甘い独特の香り、以前アヴニールの学院長の使っていたものと同じ匂いだった。

「前に一度嗅いだことがあるからね。それで、どうする?」

僕は刀をさらに首筋に押しつける。

「なっ、何でもやるよって許してな」

歯をカチカチ鳴らしながらワンウェイが命乞いをしてきた。今度は顔が真っ青になっている。

「あっ、そうだ。グランプリの賞を忘れてた。僕の欲しかったのは情報なんだ。ワンウェイ、あなたはフードの男を知っているはず。その男について知りたいんだ」

「フード?フードの男っちゅうとあれか?ステファノスの王の使いか?」

「ステファノス王の使い?何をしに来たの?」

「いや、その…」

「知ってるんでしょ?」

ワンウェイは諦めたように口を割った。

「アリストスを攻めるのに、ワシらクリューソスの商人が物資を売ったんや。もちろん、市場の値が変わらんように裏からやけど。ワシはその窓口をやっとったんや。それでそん時に一度会っただけや。ワシはそれ以上は知らん。なあ、堪忍してや。もう変なことも言わへんし、他にも欲しいもんやったら全部やるさかい…」

ほんの少し刀を離してやる。

「どんな男だった?」

ワンウェイは思い出すように僅かに顔を上げた。

「せやな…背ぇのごっつい…あれは軍人…いや…ちゃうな。…体つきは鍛え上げとったけど、軍人らしくもない。なんちゅうか、ちぐはぐな感じがしたな。とにかくワシの目から見ても薄気味悪い男やった」

(奴隷商人から薄気味悪いと言われる男って…。それにしてもたいした情報はなかったな。収穫はステファノスにいるってことくらいか)

「こんだけ喋ったんや。もうええやろ」

ワンウェイがそう言った時には僕は部屋から出るところだった。

(…はあ、全く。ろくな会食じゃなかったよ。そもそも食べそこなったしさ)

閉めた扉越しに、正気に戻ったワンウェイの叫び声と怒りを物にぶつける音が響く中、僕は自室に向かった。



◇◇◇


「あの小娘がっ、舐めくさりおってえっ」

ワンウェイが己の肉棒を咥えこんだセシリアの髪を掴んで強引に上下させた。

「むぐうっ、ぐえぇぇ」

セシリアが白目を向いて嗚咽する。

「誰に喧嘩売ったか体に教え込んだるっ。せやっ、アオイだけやなくてあの従者二人も一緒に犯したればっ。クヒヒヒヒヒ」

もう意識のないセシリアの口に射精したワンウェイはメイドを投げ捨てて、部屋の隅にあった魔術具を手に取って、太い指で操作を始めた。

2016/09/26

初めての気持ち

居残り鍛練をせずに道場を出た私は先日の薬師の店の近所をあてもなく歩いていた。

今日で三日連続だ。いい加減、武三や犬千代殿は不審に思い始める頃だ。

(そうそう会えるはずもないか…)

確か男はあの日は体調が良かったから外出した、と言っていた。だからこうしてここにいるからといって会える可能性は低い。

それでもここに来てしまった。

あの男の姿、声が頭にこびりついている。こんなことは初めてでどうしたものか分からない。

(最近はこんなことばかりだ)

毎夜行う秘事に加えて新たな感情に翻弄されている。

(とにかくもう一度会えば何か分かるかもしれないと思ったけど、今日会えなければ諦めよう。そうだ、私は土御門家のために生きるのだ)

気合いを入れ直してもう一度周辺を歩こうと思った矢先、横から私に声がかけられた。

「おや?」

声のする方を見る。

「ああっ」

そこにいたのはまさに今、私の探している男だった。

「今日も薬を買いに?」

「えっ、いやっ、あっ、…はい…」

想定外の事態に吃りながらなんとか答えた。

「私もなんです。ではともに参りましょうか」

気がつけば二人、並んで薬師の店に向かっていた。

(どっ、どうしようっ)

「あのっ」

焦った私は、思った以上に大きな声を出してしまった。

柔らかい声の主が不思議そうに私を見つめる。

(何か、何か言わないと…)

「そっ、そのっ…刀っ、そうっ、なぜ私の刀が体に合わないと分かったのですかっ?…あっ、いや、その、やっぱり刀鍛冶をされているとわかるものですかっ?」

男はうーん、と考えるように腕を組んだ。

「そうですねぇ…うーん、どうなんだろう。私はなんとなく分かるのですが…おや、着きましたね」

話しているとあっという間に薬師の店に着いた。

「いらっしゃい…ん?村正さんに、こないだのおサムライさんかっ。どうだい?うちの薬は効いただろ?」

「村正…殿?」

「ええ、そう言えば名前も言ってませんでしたね。私の名前は村正と言います。殿などつけないでください」

「はい。えっと、…村正…さん」

口の中で何度も村正さんと呟いていると、そんな私に村正さんが笑みを向ける。

「あなたのお名前をお聞きしても?」

「あっ、はいっ、私はつち…いや、千手丸と申しますっ」

「ほう、千手…良い名前ですね」

なぜか、名前を誉められただけでボッと顔が熱くなった。

それから店で薬を買うと、今日はゆっくりできると言う村正さんと一緒に日が落ちるまで茶店で話をした。

後から考えると、なんだか自分ばかり話していた気がして恥ずかしくなる。

さらに別れの時に村正さんがまたお話でも、と言ってくれて私は有頂天になってしまった。

(またお会いできる…村正さん…)


◇◇◇


「はぁ…こんなこと…いけないのに…」

掛け布団は足元でぐしゃぐしゃになって、敷き布団は腰をくねらせているせいでシワまみれになっている。

あの初めての自慰に酔った夜の翌日、私は再び罪悪感を感じながらも自慰に浸ってしまった。

実は、それ以来、布団に横になると体が火照って眠れなくなり、毎晩体を慰めてしまっていた。

(こんなこと、止めないといけないのに…)

それなのに、より強い快感を求めて、私の指は的確に動いた。

「あっ、んん…」

やめなければいけない、私は土御門家の嫡男、千手丸だ。

「だめっ、そこはっ、んっ、ああっ」

だけど指が胸と股間の固くなった部分を同時に擦ると、止めようと思う気持ちは簡単に崩れてしまった。

(今日まで、今日で終わりにしよう…)

そう心の中で言い訳をすると、瞼の裏に一人の男の姿が浮かび上がる。ここ数日、自慰に耽るときには必ずこの男を思い浮かべていた。だけど、今日は昨日までと比べて男の姿ははっきりとしていた。

男は会ったときと同じ茶色の着流しを着ている。髪はやはり無造作に後ろで束ねており、優しそうな表情にキラキラと光る目で私を見ていた。

「村正…さん…」

名前を口に出すと、なぜだか顔が熱くなる。

(村正さんに触られたら…って、私は何を考えているんだ…)

毎夜妄想しているものの、今はまだ理性が残っている。ブンブン頭を振って私は男の姿を追い出そうとした。

(『千手丸さん』)

だけど、一度思い浮かべてしまうとなかなか離れてくれない。村正さんの少しハスキーで低く、落ち着いた声はまだ耳に残っている。

不意に茶屋で湯呑みを持った時に見た、村正さんの長い指を思い出す。

(あの指で…ここを…)

『クリッ』

濡れた粘液の中で固くなった膨らみを摘まむ。

「んああっ、あっ、そんなとこぉっ」

(「もう、ビショビショに濡れてますね」)

頭の中では村正さんの声で再生される。

「そんなっ、あっ、言わないでっ、あっ、くださいぃっ」

(「ふふふ、その割にはますます濡れてきましたよ?」)

「あっ、んっ、村正さんっ、やっ」

(「嫌なんですか?」)

村正さんの困ったような笑顔に思わず正直に言ってしまう。

「いえ、…その…気持ちよくて…」

恥ずかしさに体が熱くなる。ところが、声に出すことが私の願望だったようだ。一度口に出してしまうと、こらえていた声が溢れ出した。

「あっ、きっ、もちいいっ、村正さまぁっ、もっとぉっ、おかしくなるっ」

強く揉んだ胸がひしゃげて、股間からはヂュプヂュプと空気の混ざった水音が響く。

「あっ、らめっ、おかしくなるっ、くるっ、なんかキちゃうぅぅっっ」

私は頭の中で再生されていた村正さんの声が聞こえないほど大きな声をあげてしまっていた。

「ああああっ、くりゅっ、おかしっ、あっ村正さまぁぁぁぁっ」

夜の静寂(しじま)に千手丸、いや、このときばかりは千姫の甲高い声が響いた。

そして、浮かれていたせいで千姫は気づいていなかった。茶店でも、そして、今も見られているということに。


◇◇◇


起きたばかりなのに僕はベッドの上で口をポカンと開けて座っていた。ガタン、ゴトンとレールの音がする。

「なんで?」

村正が男だった。

でも、村正を僕は知っている。間違いなく女だ。

ということは、同名の別の村正なのか?でも男は刀鍛冶をしてるって言ってた…。

(…だとすると、あの村正は誰なんだ?そもそもこの夢は一体何なんだろう?)

頭の中で二人の村正がぐるぐる回る。

(意味が分からない…)
2016/09/19

傭兵VS魔物

『コリント』、クリューソスの同盟都市の一つ。ここが終われば訪問する都市国家もあと一つか二つ。

他の都市もそうだったけど、ここでも大観衆に迎えられ、僕らの訪問は大成功をおさめた。

そして、その翌日。

海のそばで魔導列車が停車した。

(また魔物を狩るのかな)

何度も見てきたけど、怪我人こそでるものの、命に関わるほどのダメージはない。

だからアメやハルも何も言わず、のんびりとソファに座っていたら車掌さんが現れた。

「ワン様から少し休憩するとのことです。列車から降りてください」

タラップを降りると既にみんなが降りていた。

傭兵たちが上半身裸で浜辺にテントを張ったりバーベキューの準備をしたりしている。

「葵さん、あの、しばらく海で遊ぶみたい。だから…」

スージーさんが水着を持っている。

(遊ぶ?)

「できたら、その、新作の水着なんだけど…」

「お嬢様、僕らはここで待っていますので」

ハルとアメはいつの間にか水着に着替えていた。多分前に見たピカッと光って水着になったんだろう。

ハルはハーフパンツ型の水着、アメは黒のビキニだ。フリルが胸のところにヒラヒラついている。

(胸は歳相応なんだ)

「何よ?文句でもあるの?」

胸を隠して久しぶりに毒を吐かれた。

「葵っ、あっちに水着に着替えるためのテントがあるぜ」

声がして振り返ると水着姿のミハエルとオズワルドさん、それにジャスミンさんが立っていた。

「ふぁ?」

「どうしたの?」

目を丸くした僕にジャスミンさんが眩しい笑顔を向ける。ミハエルやオズワルドさんはハルと同じく普通のハーフパンツの水着で気にならないんだけど、問題はジャスミンさん。

筋肉ムキムキの体に乳首が隠れるか隠れないかくらいのミニのビキニ。股関もギリギリ隠れるかどうか。もっこりしたものが角度次第では見えるのでは…。

「いえ…ナンデモナイデス」

「うふふ、海なんて久しぶりねっ。きょうは焼くわよっ」

ジャスミンさんの満面の笑顔を見ると何も言えない。

「あの…私達も行きませんか?」

そうスージーさんから控えめに促されて僕らも着替えることにした。

「ねえ、スージーさん、ちょっと待って。これ透けてないよね?」

「大丈夫な…はずです。中心にはちゃんと裏地をつけていますから」

スージーさんの新作はニット風の編み込みの水着だった。コンテストの時は黒の水着の上から編み込みの水着を重ね着する形だったけど、今回はニットを直接着る。

中心に裏地がついていても当然編み込みの隙間から胸の色んなところは肌が見えてしまう。

結局着替えてテントから出ると、若い傭兵達から歓声があがった。

「こらっ、お前ら、食事の準備をするんだっ」

隊長が現れて傭兵達を連れていくけど、帰り際に僕の姿をチェックしていた。


◇◇◇


「うわあっ、気持ちいいっ」

波が打ち寄せてふくらはぎまで浸かる。

海に入るのは考えてみれば旅に出る前、ケルネにいた時以来だ。

キャッキャはしゃいでいると、ワンさんが小さな箱を持った男の人と一緒に現れた。

「気にせんといて。最近出来た魔術具を試させてな。なに、ブロマイドみたいなもんやけど、動いててくれてエエから」

言われてみれば、ブロマイド撮影のカメラとかいうのに似ている。

(気にするなって言っても…)

「おいっ、葵っ」

「えっ、…わぁっ」

水が顔に向かって飛んできた。

「ちょっと…やったなぁっ」

ミハエルに向けて水をかける。

「うわっ」

ミハエルが足を滑らして転んだところに波が来て頭から被った。

「あははははっ、天罰だよっ」

そうこうして、いつの間にかカメラのことなど忘れて楽しい時間が続く。

「お嬢様っ、食事が出来たようですよ」

波打ち際からハルに呼ばれて僕らは海から上がった。いつの間にかハルとアメは普段の格好に戻っている。

「あら?ご飯の時間?」

おいしそうな匂いのする方へ歩いていると、ジャスミンさんが砂浜に寝転がっていた。

(なんか光ってる…?)

「これは油よ、せっかくだから綺麗に日焼けしたいじゃない?」

ジャスミンさんの筋肉がテカテカと光って、なんというか…凄い。

その後ろにスージーさんも体育座りしていた。なぜか手に双眼鏡を持っていた。

「葵さん…可愛かったです…特に波打ち際で遊んでいた時なんて…」

(ずっと見てたの?)

二人も合流して歩いていると、傭兵達が出迎えてくれた。

「あっ、あのっ、俺達、ファンなんです。握手してもらっても良いですかっ?」

「えっ?あっ、はい」

伸ばされた手を握ると、俺も俺もと周りが手でいっぱいになった。

「えっ、あのっ、ちょっと…」

戸惑っている間にもどんどん人の数が増える。

「お前らあっ、持ち場に戻れえっ」

傭兵隊長が現れてようやく事態が収拾した。

「すみません、うちの若い者が」

(そう言いながら、胸をチラチラ見てるよ)

さらになぜか去り際に握手をして隊長は傭兵達を怒鳴りながら持ち場に戻っていった。

「そしたら乾杯しよか。傭兵の皆は連日戦こうてお疲れやろうし、葵さん達も有名人やから、クリューソスに帰ったらこんなことも出来へんやろし、今日はゆっくり楽しんでや」

ワンさんの乾杯の音頭でバーベキューがスタートした。

「お嬢様、食べ物を取ってきますね?」

準備された専用のテントから少し離れた所に肉を焼く場所があって、傭兵達がその場で座りこんで食べている。ハルに「僕も取りに行くよ」と言ってついて行った。

「でも、お嬢様…」

「大丈夫だよ」

ハルは心配性だなあ。

「そうそう、俺達も行くからさ」

ミハエルやジャスミンさんも一緒に行くと、さすがにさっきみたいなことにはならなかった。概ねジャスミンさんのお陰だったけど。

「やっぱり若い子達はいいわね。私も若返るわっ」

ねっとりした目付きでジャスミンさんが周囲を見渡すと、スッと傭兵達が俯いて僕に向けられていた視線が消える。

「あらあら、みんなシャイなのね?」

ジャスミンさんは目を逸らすタイミングをミスった幼さの残る傭兵にウインクすると、泣きそうな顔で震えていた。


◇◇◇


「ハグ、ハグ…おいしいねっ」

お皿にのったお肉を頬張っているとき、ふと海を見るとなんだか遠くの方に黒い点が見えた気がした。

(うん?…あれは…?)

見間違いかと思ったけど、やはり遠くに黒い点が波に揺れている。さらにそれが大きくなってきたような気がした。

「…あれ?ハル、アメ…あれって…」

海を指差してハルとアメに確認すると、二人も頷いた。

(いけないっ)

「ミハエルっ」

振り返るとミハエルはジャスミンさんに飲まされて鼾をかいて寝ていた。

(何してるんだよっ、大事なときにっ)

「なあに?葵?」

ジャスミンさんはまるで素面のようだった。

そして、海に浮かぶ点を見るや否や、スージーさんとオズワルドさんを傭兵隊長のもとに走らせ、自分も傭兵達のところに走っていった。

『ガンガンガンガンガン』

激しい銅鑼の音が鳴り響いたのはその数分後。傭兵達の顔つきが変わって、酒を飲んでいない者は酔いつぶれた仲間を列車に運び、武装する。

「葵さん、列車に戻って下さいっ」

傭兵隊長からの伝令がきた。

「戦えるのは何人いるの?魔物は?」

「えっ、あの…」

若い傭兵は躊躇う。

「早くっ」

「あっ、ええっと…戦える者はおよそ20、魔物は海から70、陸から30ですっ」

(まずいな…五倍か…)

「僕も戦うよっ」

ハルとアメも僕の両隣についた。

「お嬢様、これを」

ハルからは仕込み杖、アメからはホットパンツが渡された。

「戦うなら一応これくらいは履いたら?周りの男が集中して戦えないわよ」

確かに伝令の若い傭兵も真っ赤になって目をそらしていた。

「ありがとうっ」

お礼を言って急いでホットパンツを水着の上から着る。

「葵さーん、大丈夫ですかぁ?…はぁ、はぁ…あれ?」

スージーさん達も帰ってきたけど、僕の姿を見て不思議そうな顔をした。

「スージーさん、オズワルドさん、ミハエルをお願いっ。急いでっ」

黒い点は既にもうリザードマンであることが見て分かるほど近づいていた。

「お嬢様、来ます」

浜に上がったリザードマンはある者は三ツ又の銛、ある者は珊瑚か何かの槍のようなものを持ち、口々に何か叫びながら走ってくる。

「さあっ、行って」

僕らは浜に向かって駆け出した。


◇◇◇


ワンウェイは魔導列車の指令室から戦いの様子を見つめていた。

「おりゃあっ」

『ズシャッ』

ジャスミン、いや、かつてアリストスから各都市国家にまで名を馳せたジェイソンが傭兵から借りたのだろう、バスターソードを振り回し、一撃で三体のリザードマンを屠った。

(さすがは自力で戦奴から解放されただけのことがある)

アリストスの主戦力は戦奴と呼ばれる奴隷達だ。ほとんどが奴隷からの解放前に戦いの中で命を落とす。だが、圧倒的な力で勝利し続け、解放された男がジェイソンだ。

(それに…)

続いて目を移すと、そこにはジェイソンとは180度異なった存在がいた。

「はっ、ふっ」

水着のブラジャーを柔らかく揺らしながらリザードマンの矛先を躱し、華麗に切り裂くのは、まさかの美少女コンテストのグランプリだ。

(情報から実力は充分だと分かってたつもりやったけど)

さらにメイド服と執事服の従者の二人も葵と同じか、それ以上に強い。

(これはなかなか骨やで…)

四人で海から来たリザードマンの半分ほどを足止めしている。

そのお陰で傭兵達も士気が上がり、何とか数で勝るリザードマンを押し返していた。

(さあ、どうしよか…力ずくは難しいな)

丸いサングラス越しにワンウェイは目を細めた。


2016/09/18

出会い

父上が床について数日。

私としては毎日でも父上を見舞いたいのだが、対外的には風邪で寝込んだことになっているため、そうそう城に行くわけにもいかない。

だが、それだけではない。私には父上に顔向け出来ないことがあった。


◇◇


「ふぅぅ」

眠れない。

もう何度目かの寝返りをうつ。

「なんで…」

確かに熱帯夜が続いているとはいえ、一日鍛練をした体は心地よく疲れ、眠りを欲している。

にもかかわらず体の奥には不可解な熱が籠っていた。

「はぁ…」

頭に思い浮かぶのは先日、酔って帰った時にした、あの行為。

(あんなこと…してはいけない)

そう。してはいけない。だけど、一度意識してしまうと脳裡にはあの時の快感が浮かんだ。

(少しだけ…そう…確かめるだけ…)

自分をごまかしながら着物の合わせ目に手を差し込む。滑らかな肌を手のひらが撫でていくと、固く尖った蕾に引っ掛かって。

「んっ」

ピクッと体が反応した。

「はぁっ、んっ、ん…」

誰に教わったわけでもない、もちろん先日が初めての経験だったのに、まるで我慢すればするほど快感が強くなることを知っているかのごとく、指は蕾を避けて胸の周りから愛撫していく。

「はぁっ、はぁっ、はあっはあっ」

掠れたような息遣いが闇の中に広がった。

(もう、我慢できない…)

「んあっ」

じっくりと焦らしていた分、指が蕾を摘まんだ瞬間、高い声が出た。

「んっ、くっ…」

指で蕾を挟んだまま胸を揉み始めると腰が勝手にくねくねとよじれ、薄い掛け布団を乱す。

「ああっ」

足をくねらせている間に着物の裾がはだけていた。

そして、胸を揉んでいた手が露になった下半身に向かう。

『チュク』

「あふっ」

ヌルヌルの割れ目をなぞって、その上にある控えめな突起を指の腹が擦った。

「はうっ」

ビクンッと体がのけぞり、これから訪れるであろう快感への期待に体が震える。

(こんな姿…誰にも見せられない…)

不意に暗闇の中、一人の男の姿が浮かび上がった。

(なんで…あの男が…んあっ)

だが、すぐに男の姿は消えて意識は快感の波にさらわれる。

「あっ、だめっ、こんなっ、だめなのにぃっ」

『ニチャ、ニチャ』

割れ目をなぞると、体の中から粘液が溢れ、突起を押し潰すと少し痛いくらいの快感が体を貫く。

「あっ、らめっ、なにっ?なにか来るっ、あっ、らめっ」

自分が自分でなくなるような感覚に目眩にも似た興奮を覚えてますますのめり込んだ。

『くちゅっ、くちゅっ、ねちゃっ、チュクチュクチュクチュクッ』

「あっ、あっ、ああっ、らめっ、らめっ、らめぇぇぇぇっっ」


◆◆◆


それは、あの初めての日の翌朝。


「うー…」

明け方、裸で目覚めた私は布団の上で暫く頭を抱えていた。

(酔っぱらっていたとは言え、なんてことを…)

急いで服を着て風呂を焚き、湯に浸かる。

『パンッ、パンッ』

頬を両手で叩いて気合いを入れた。

それからサラシを胸に巻いて男の道着を着ると自分に言い聞かせる。

「私は千手丸。土御門家の嫡男だ」

それから刀を腰につけて道場に向かった。


◇◇◇


「千手丸、良い薬師の店が分かったぞ」

武三がその日の終わりに声をかけてきた。

「夏風邪くらいなら一発らしいぜ」

武三は道場での修行の傍ら仕事もしていて、お客さんから聞いてくれたらしい。

「犬千代殿、今日はお先に失礼します」

「分かった。武三、頼んだぞ」

私達は町の北に向かう。

「確か…ここだ、ここだ。さっ、千手丸っ」

武三に促されて暖簾をくぐったところでちょうど出てきた男の人にぶつかった。

「…っと、すみません」

「いえいえ、こちらこそ…」

男は私の刀を見ている。

歳は三十代の半ばくらいか。長い髪をきちんと後ろで束ねて、清潔そうな着物を着ていた。

「何か?」

「いや、その刀、柄糸が緩んでいますよ」

刀の柄を見ると確かに緩んでいる。

「えっ?…ああ…本当だ」

「よろしければお貸しください」

私が刀を腰から抜くと男は手慣れたように柄糸を直し始めた。

(サムライには見えないが…)

「あなたは…?」

「ええ、私はこの近くで刀鍛冶を営んでおります」

男の声は少し低く、落ち着いた話し方は好感が持てた。

「ところで、これはかなりの業物と見受けますが…あなたの体には合っていないのではないですか?」

「えっ?どうしてそれ…」

その時、大きな声が私の言葉をかき消した。

「ちょっと、何を一人で出てるのよっ」

そのまま、声の主は私と男の間に割り込んでくる。

「村雨、ゴメン。今日は体調が良くて…」

「何言ってるのよ、また体調崩したら世話するのはこっちなんだからねっ」

こちらからは背中を向けているため顔は見えない。だけど、年端もいかないおかっぱ頭の少女に男は叱られていた。

(娘さんだろうか?)

「あっ、あの…」

私の声に男が少女から私に視線を移す。男と目が合った。優しそうな瞳が私を捉える。

「あの…えっと…」

言ってから特に何か話すことがあるわけではないことに気がついた。

「……すみません、それでは…」

私が何を言おうか考えているうちに、男は軽く頭を下げて少女に引きずられるようにして去ってしまった。

「ありゃあ何だったんだろうな…」

振り向いて武三が呟いた。

(確かに体に少し合ってないんだけど、ちらっと見ただけで分かるものなのか…それに…何だろう、この気持ちは…)

胸に手を当てると動悸が普段よりも早い気がした。

「いらっしゃい。どんな薬を探していらっしゃるのかな?」

「あっ、そうだった。ええ…」

薬師の声に我に返る。私は父上の病状を説明しながら頬が熱くなっているのを感じた。
2016/09/17

『魔導列車タイタン』クリューソス発

イリスさんが帰ってから数日後、僕はついに王偉(ワンウェイ)さんとの会食と相なった。

「ここ…で間違いないよね?」

てっきり会食はレストランか何かで行われると思っていたので、指定された場所に着いた僕は思わず呟いた。

クリューソスの門の外、大きな煉瓦作りの建物が指定された場所だった。

大きな金属製の入り口が開いている。

「俺達まで招待してくれるとは、流石は大物、太っ腹だが…」

そう、会食の場に招待されたのは僕だけでない。ミハエル、ジャスミンさん、スージーさん、タマちゃん、オズワルドさん、もちろんハルとアメも同行を許された。

「でも、なんだか…警備が厳重、ね?」

ジャスミンさんにそう言われてみれば、確かに傭兵の数が多すぎる気もする。

「お嬢様、お気をつけ下さい。フードの男は魔王すら現世に呼び出すほどの者と聞きました。どのような力をもっているかも未知数です。そのような男と一緒にいたという王偉(ワンウェイ)も何を隠しているかわかりません」

ハルが僕にだけ聞こえるように囁く。

四角い真っ黒な金属の箱を眺めながら僕が頷いていると見計らったように特徴的なイントネーションの声が響いた。

「全員お揃いのようやな」

声は四角い箱のほうから聞こえて、カツンカツンと金属製の階段をこれまた特徴的な体格のワンさんが降りてきた。

「本日はお招きいただきありがとうございます」

僕らは口々に挨拶する。

「ええ、ええ、そんなん言わんでも。グランプリ受賞者のチームなんやから」

丸いサングラスで目は見えないけどニコニコ笑顔でワンさんが近くに来た。

「あの…この傭兵達の数は…」

ジャスミンさんが控えめに聞く。

「ああ、ジャスミンさんは流石やな。せや、実はな今年はこれで同盟都市を巡るんやけど、こないだから魔物がえらい増えたやろ?」

実はジャイアントフロッグの時にも聞いたんだけど、魔物が増えた時期は世界樹が石化した時期と重なる。何気に僕のせいでもあるから耳が痛い。

「同盟都市からも要請があってな、御披露目ついでに魔物退治もしたろう思てんねん」

「ああ、なるほど…」

ミハエルが頷いているのをワンさんがじっと見た。

「ミハエル、あんまりこれまでは話することもなかったけど、今回のお手並みはほんまに凄かったわ。普段人を見る商売してるワシがこんな逸材を見逃してたなんて、奴隷商の看板をおろさんとあかんな。ハハハ」

ミハエルは照れ臭そうに笑った。

「おっと…もうこないな時間か。よっしゃ、行こか」

こうして僕らは魔導列車に乗り込んだ。


◇◇◇


会食はまだ先のようで、車掌さんが発車の前に魔導列車の中を案内してくれた。魔導列車はいくつもの箱(車両というらしい)が連結している。

「まず、こちらが魔導列車の運転室でございます」

一番前の車両にはなんだか色んなレバーに囲まれた椅子にキツネの耳のおじさんが座っていた。

「一人で動かすんですか?」

僕が聞くと車掌さんが微笑む。

「皆さんそうおっしゃいます。ええ、アシスタントなどはおりますが、基本的には一人で動かします」

「はぁぁ、すごい…」

スージーさんが目を丸くしていた。

次に動力の車両に移る。そこには炉のようなものがあって、山積みの魔石の前に帽子をかぶったおじさんがスコップ片手に数人立っていた。

「魔導列車は魔力で動かします。非常に大きな魔力が必要なため、各都市で魔石の補充が欠かせません。ここにある分で次の都市まで向かいます」

「こんなに魔石がいるのか…そりゃあチケットが高くなるわけだな」

オズワルドさんも鍛冶をする上で魔石を使う。だから思わずその値段を計算したようだ。

「さあ、次に参りましょう」

次の車両から六両ほどは指令室、ワンさんや傭兵、乗員のための車両、その次が荷物の車両、それから僕らの乗る車両(他の車両と違ってかなり豪華な客車と言うらしい)となっていた。

「へぇ…客車は高級なんだね」

「そりゃそうだろ。超プラチナチケットなんだぜ」

「ミハエルは乗ったことあるの?」

「いや、初めてだ」

真っ赤な絨毯の上を車掌さんに先導されて僕らは歩く。

「こちらが葵様のお部屋でございます」

案内された僕の部屋は最後尾の客車の中にあった。ハル、アメ、ミハエル達は男女に別れてひとつ前の客車の部屋に案内されていた。

「まるで高級な宿だニャ」

タマちゃんがいつの間にか僕の部屋を確認して溜息をつく。

「タマちゃんの部屋はどう?」

「良い部屋だったニャ。いつかこの列車でコンサートをしたいニャ」


◇◇◇


列車がクリューソスを出て数時間、広い平原に出た。

『ピー』

高い笛の音が鳴ってゆっくりと列車が停車する。

「停まったね。何だろ?」

ハルとアメもちょうど僕の部屋に来て、のんびり寛いでいた。

窓から外を眺めていると、ノックの音がして車掌さんが扉を開けた。

「只今より魔物の討伐を行います。お客様にもしものことがないよう窓の鎧戸を閉めさせていただきます」

窓の外側にある鎧戸が閉まると日の光は全く入ってこなくなった。

すぐに魔術具の明かりで部屋は明るくなる。

「外は見れないんですか?」

「指令室からなら見れますよ。ご案内いたします」

指令室とはワンさんが乗る車両にある部屋だ。

「あら?葵達も指令室?」

ジャスミンさんとミハエルも出てきた。

「上がってもろてくれ」

階段の上から声がする。指令室には階段があって、天井を外して外を見ることが出来る仕組みのようだ。

「では、こちらからどうぞ。足元にお気をつけください」

ぞろぞろと上がる。ワンさんともう一人のおじさん、それに僕ら五人で見張り台はいっぱいになった。

「おお、みんなで見に来たんか?こっちにいるのは傭兵隊長や。それで、こっちが葵さんや」

傭兵隊長が僕の顔を見たまま驚いた顔で止まっている。

「あの?大丈夫ですか?」

「あっ、ええ、大丈夫です。ぜひご覧ください。…それにしても若い連中が噂していましたが…これは…」

「せやろ?実際はコンテストでもダントツやったんやで」

ワンウェイさんが自分のことのように胸を張る。

「ところで、ええタイミングで来たなあ。ちょうど始まるところや」

列車は小高い場所にあって、平原が見渡せる。

子供の背丈ほどの魔物がワラワラと現れた。

「お嬢様、あれは?」

二人は魔物も初めて見るのだろうか。

「ゴブリンだね」

列車の側からは傭兵たちが一列になって進んでいく。数では明らかに勝っているとは言え、ゴブリンは魔物の中でも最弱の部類。傭兵たちの手馴れた様子を見ると負けることは考えにくい。

(ふーん…魔術師が多いな)

都市国家群は魔術が盛んとは聞いていたけど、傭兵達の中にも魔術師らしき軽装の者が目立つ。彼らは後方から術式を編み始めた。

(それだけじゃない。あの剣は…?)

前衛の男達の持つ剣の刀身が淡い光を帯びている。

「あの剣を見てなさい。きっとびっくりするから」

ジャスミンさんが後ろから僕に囁いた。

「始まるぞ」

ミハエルの言う通り、隊列を組んで進む前衛とゴブリンの群れがぶつかる。

「うわっ」

傭兵の剣がゴブリンを切り裂くと同時にその切り傷から炎が湧いた。

「ほらね、驚いたでしょう?」

傭兵達は数倍の数の相手を蹂躙していく。後方からの魔術に加えて、光る剣に斬られたゴブリンがどんどん燃えて黒焦げになる。

「余裕やな」

ワンさんの言葉に傭兵隊長が頷く。

「ええ、ゴブリンごときにやられはしません」

その後、群のボスらしき一回り大きなゴブリンも容易く仕留めて傭兵たちが鬨をあげた。

「葵さんから見て傭兵の戦いはどうやった?」

「ええ、皆さん強いですね。あの剣はどういったものなんですか?」

「ええ、あれは魔術剣と呼ばれるもので、刀身に術式が刻まれ、柄に取り付けた魔石や本人の魔力で様々な効果を出すのです」

自慢気に傭兵隊長が説明してくれた。

「アトランティス王国のSクラスのハンターにそう言うてもらえたら安心やな。なあ?」

話を振られた傭兵隊長は訳がわからないといった表情で僕を見る。

おそらくアトランティス王国もSランクハンターというのも知らないんだろうけど、それでもSランクというくらいだから凄いということは理解できたはず。ただ、目の前にいる僕がそんな人物だとは到底思えないのだろう。

結果としてワンさんが冗談を言っているのか、それとも真面目に言っているのか計りかねているように見えた。

「それに…葵さんは色んな意味で有名やからな」

サングラスで目線は分からないけど、なんとなく気持ち悪くて鳥肌がたった。

(この人…僕のことを調べてる?)

都市国家群とは国交もほとんどないはずのアトランティス王国の情報をこの短期間にどうやって手に入れたのだろう。

顔に出てしまったのか、ワンさんが僕を覗きこんだ。

「そらそうや。ワシらは商人。金を稼ぐためには情報こそが命やからな。せやせや、会食はもうちょい先でお願いします。これからいくつか都市をまわって魔物も退治せなあかんから」

実際、数日間の間に五つの街を巡り、何度か大規模な討伐も行った。

2016/09/16

オンナの体

「ありがとうございましたっ」

道場での鍛練後の自主練が終わった。師の稽古から半年あまり経ち、父上とともに負の力を封印した翌日、私は十六の誕生日を迎えた。

「ふう…」

私が手拭いで額の汗を拭いていると犬千代殿が目の前に立った。

「千手丸、大丈夫か?」

「ええ…特に何もありません」

安倍犬千代殿は私が道場に入門した時からずっと第一席にいる。

これほどの実力者がなぜと思うが、どうやら芦屋家の現当主の妾腹ということで、なかなか仕官の口がないらしい。

「それなら良いが。三郎との試合といい本調子ではないのではないか?」

特に師の代わりを務めるようになったこの半年あまりで、道場の門弟達の小さな機微に気づくようになり、信頼も篤く次期師範の呼び名も高い。

「いえ、大丈夫です。ご心配いただきありがとうございます」

そうは言ったものの、実際のところ、私は落ち込んでいた。一つめは父上の容態。そして、二つめは己の力不足だ。

(私はあの時、父上の足手まといでしかなかった…)

もっと強くならねばならない。だが、そう思うと今度は師の言葉が頭を悩ませる。

「『目を捨てよ』…か」

雲をつかむような話で、どうしていいのかさっぱり分からない。毎日試行錯誤をしてきたものの、むしろ、それまでなかったミスを連発する結果となっている。

(一体どうすれば良いんだ…)

「千手丸」

再び呼ばれて顔を上げると犬千代殿の隣に今度は武三もいる。

「ほらっ、言うんでしょ?」

「いや、しかしだな…まだ本決まりではないわけだし…」

何やら二人でこそこそ話している。

(?)

「全く、言わないなら俺が言っちまいますよ。あのな、千手丸…「武三っ、やはり俺が言うっ」」

武三が何か言おうとすると慌てたように犬千代殿が言葉を続けた。

「実はな…師からこの道場の師範にならないかと打診されているんだ」

ちょっと恥ずかしそうに犬千代殿が言った。

「えっ、それはおめでとうございますっ」

「いやぁ、ありがとう」

犬千代殿は顔を赤くして頬をかいている。

「全く、何を恥ずかしがってるんだか…」

武三は呆れた顔で犬千代殿を見た後、今度は何か企んでいるような顔で私を見る。

「そうそう、それで犬千代次期師範を祝おうと思うんだ。さすがに今日は千手丸も来るよな?」

これまではどんな誘いも避けてきたが、さすがにそう言われて断ることは出来ない。

「もちろん。私にも祝わせてください」

私の答えに武三の目が輝いた。

「おっ、やったぜ。よーしっ、今日は飲むぞぉっ」


◇◇


普段よりも自主錬を早く切り上げ、今日は三人で道場の近くの呑み屋に来た。

「で、千手丸はぁ、お師匠の謎かけにぃ、まだなやんでるのかあ?」

武三は陽気に呑み続けて二時間後には完全に出来上がってしまっていた。

「ああ…うん…」

私はお猪口に手酌で酒を注いで一気に煽った。

「その話だが」

犬千代殿が赤い顔で僕を見た。

「言葉ではなく師のつけてくれた稽古から考えてはどうだろう」

「稽古って言っても、打ち込もうとしたらなんだか分からない間に負けていたんですよぉ」

犬千代殿はまだしっかりしているけど、私も呂律が怪しくなっている。

「いや、…大切なのは『訳が分からない間に負けていた』ってとこじゃないか?つまり、…心の隙をついた…とでも言うかな。『打ち込もうとしたら』というのも気になるな。攻撃しようと思う、その瞬間が狙われているのか…」

犬千代殿が考え込むように目を閉じた。

「なるほどぉ…だけどぉ、どうすればそれが分かるのでしょう」

返事がない。

「犬千代どのぉ?」

「すぅ、すぅ…」

(えぇっ?寝てるぅ?)

「たけぞ…」

「ぐぉぉ、ぐぉぉ」

こちらも鼾をかいて眠っていた。

(はぁ)

私は犬千代殿の言葉を反芻しながら一人呑み続けた。


◇◇


「今日は忙しいところを済まなかったな」

武三を背負っているとは思えないほど軽々と犬千代殿が頭を下げた。

「いえいえー、おいわいれすからぁ」

一人で呑み続けた私はこれまでになく酩酊している。

「本当に大丈夫か?家まで送るぞ」

「らいじょうぶれす…すぐそこれすし」

数十分後、千鳥足の私と武三を背負った犬千代殿は店を出て別れた。

(そうら…忘れてたけろ、私も今日から十六らぁ…悪くない誕生日らったなぁ…)

私は家に戻ると腰にさした刀を抜いて帯を弛める。

「ふぅぅ、ちょっとのみすぎたかもぉ」

普段は女であることを隠しているため、役目で呑むことはあってもこれほど酔うことはなかった。

「ああ、くるしぃぃ」

胸に巻いたサラシの結び目を外した瞬間、『ボロン』と大きく育った胸が解放される。

「あつぅい」

目の前の景色はクルクル回っていた。

「おっとっと」

千鳥足のままサラシを外して、帯も完全にとると、畳んだままの布団に勢いよく飛び込んだ。

(あぁ…)

無理やり布団を敷くと、ゴロンと仰向けになって、ため息をつく。

引き締まった体に膨らんだ乳房。武三がこっそり見ている春画に負けぬ女の体が目の前にある。

(なんれ、こんらに…)

せめて胸がもう少し小さければ楽なのに。そう思って忌々しい二つの膨らみを掴んだ。

「ぁっ…」

ビリビリとした感覚が体を突き抜けた。

「なんらぁ?」

思わず出た声が今まで聞いたことのない女の声に驚きつつも、一瞬感じた甘い感覚に酔いで失われた自制心のままに続けてしまう。

(もういっかい…)

むにゅむにゅと指が食い込む。

「んっ…ぁぁっ」

痛いような気持ちがいいような不思議な感覚に再び声が出る。このまま続けると、なんだかいけないような、そんな感覚に体がゾクゾクした。

「ん…ふぅぅ…ぁっ、りゃめ…あっ、きゃんっ」

指が固く膨らんだ山の頂きを弾いた。

「あんっ」

(こんな…)

半開きになった唇からは以前武三にからかわれた時以上にオンナの声が出る。

「あっ、ふぁっ、ふっ、んんっ、んっ、んんんんっっ」

二つの頂を摘まむと体の中心を甘い電流が流れた。

(なんらぁ…こんなのぉ…やめられないぃぃ)

ビクビクと体が震えて、背筋が反る。布団の上で足がもつれる。

『クチュ、クチュ…』

体の奥から湿った音がした。

(ふぁ?なんら?)

恐る恐る手を伸ばす。

『チュプ』

「なんれっ?もれたぁ?」

普段小水をする部分が濡れていた。

(れも…おふとんは濡れてないら?)

もう一度指で触れる。

(ふぁっ、あちゅいぃぃ)

ピチョっと指が熱い泉に浸かる。

一度指を顔の前に出して見ると、窓から入る月明かりに指先が光っていた。

(これなんらぁ?)

今度は指で泉の付近をなぞる。

「んあっ」

体がのけぞった。

ビックリするくらいの強い感覚に次はゆっくりと触れた。

「んあっ、らめっ、こえ、らめっ」

だけど指は気持ちいいところを覚えてしまった。

「あんっ、あっ、あっ、あっ」

声も抑えられない。

(らめになるぅっ、あっ、らめになっちゃうぅぅぅ)

背筋をゾクゾクした何かが走る。

(こわいっ、こわいよぉっ)

いけないことをしてる、いきたいけどいっちゃダメな感じ。

だけど、指はひたすら快感を目指して動き続ける。

そして、突然その時がきた。

「あっ、やっ、らめぇぇぇぇ」

体がビクンッと大きく痙攣した。

「んっ、はあああぁぁぁっ」


◇◇◇


「…はぁ…」

僕が目覚めたのはまだ夜明けまで数時間といったところ。

(それにしても…なんて夢を…)

『ちゅく…』

(んんっ…)

夢の中での出来事なのに体の奥が疼いていた。

(村正がいたらなんて言うかな)

『主殿、それは欲求不満じゃの。解消せぬといけないぞえ』

村正の声が聞こえた気がする。

(そうか、もう今日は三日目だ…)

おもむろに起き上がって、僕は薬の箱を開けた。

赤と青の卵を見て赤を手に取った。

千手丸の時の快感がまだ脳裏に残っている。これまでも村正の力による発情や発作など、不可抗力でヤったことはあっても、自分でこんなことをしようとは思わなかったのに…。

「ゴクリ」

『ピシッ』

心の中で期待したその瞬間、卵に亀裂が入った。

(割れちゃった…もう…割れちゃったんだから…仕方ない…よね?)

僕は卵をシーツの上にそっと置いて服を脱ぐと、四つん這いになってベッドの脇に服を置く。

(三日目だもん…やっとかないと…)

『パキッ』

後ろで微かな音が聞こえた。振り返る間もなく、いきなりふくらはぎがあの独特のヌメヌメした感触に包まれた。

「ぇ…、ひゃっ」

『ニュルッ』

続けて太腿に絡みつく感触に僕は畳みかけていた服をきつく握り締めた。

『くちゅ』

もちろん、触手の狙いは太腿のつけ根。そしてその部分は夢から覚めた時には既に蕩けていた。

「ひゃうぅぅっ」

シーツに顔を埋めて腰を揺するものの、一度まとわりついた触手が離れるはずもなく…。

「あぁ…だめぇ…」

僕は気がつくとお尻を高くあげていた。

(これは…夢のせい…)

触手を誘うように膝を少し開くと、ニュルッと割れ目が擦りあげられる。

「ふあんっ」

入口付近で甘えるように体をくねらせるから、敏感な突起がヌルヌルと擦れる。

「あっ、んっ、くぅっ、やらぁっ、あっ、そこぉっ、らめぇっ」

触手の粘液に媚薬成分が含まれているのか、舌がまわらなくなる。

頭がぼんやりして、何がダメなのか分かんなくなってきた。僕の体には触手に対する忌避感はもはや微塵もない。

それなのになかなか触手は入ってこない。

「あぅぅぅ…はあんっ、んんん…」

(まだぁ…?)

充分体に媚薬成分が馴染む頃には、僕は四つん這いでいることもできなくなり、蛙のようにベッドに潰れていた。

「はやっ、くぅぅっ、もっ、我慢できないぃぃ」

遮音の魔術がかかっていなくても、きっと僕は声を出していたに違いない。それほど体は限界だった。そして、おねだりが聞こえたのか、ようやく触手が入ってきた。

『ニュルッ』

「んああっ、ぁっ、あああああっ」

(あうう…入れられただけでイっちゃったよぉぉ…)

絶頂の余韻が収まる前に触手はさらに動き出す。膣がギュッと触手を締めて、その形がはっきりと頭のなかに浮かんだ。

これまでのものと違って、太い棒状の触手に小さな粒々がびっしりとついている。

(こんなので擦られたら…)

『ジュブジュブジュブジュブ』

「んああああああっ」

(こんなのっ、らめぇぇっ、こわされちゃうよぉぉっ)

「あっ、んっ、あっ、今っ、イっちゃったからっ、あっ、らめっ、またっ、あっ、ああっ」

連続でイカされる。今度は昇りつめたまま深い絶頂に意識が遠のく。

『ジュブジュブジュブジュブ』

「あにゃっ、やらっ、あああっ、やらやらやらやらっ、もお、やりゃぁぁぁっ」

意識が何度も飛んで、その度に強い快感によって連れ戻され…、それは空が白み始める頃まで続けられた。

2016/09/13

『クリューソス』コンテスト四日目、結果発表

「皆様ッ、コンテストの集計が終わりましたッ。グランプリの発表ですッ」

初日と同様、出場者全員が舞台に並ぶ。

初日とは異なり、今日は全員がお姫さまのような真っ白で豪華なドレスを着ている。

日が傾く頃に始まったこれがお祭りの最後のイベントだけあり、ステージの映像は街の広場など、数ヵ所で見ることができるらしい。つまり、街中がこの発表を見守っているというわけだ。

「見てくださいッ、この美しい姫君達をッ。全員がグランプリ…と言いたいところですが、残念なことにグランプリの栄冠を手にすることが出来るのは、この中の一人だけなのですッ」

徐々に明かりが消えていく。

「グランプリ受賞者には金貨500枚が贈られますッ」

今さらだけど、優勝した際の賞金など全く聞いていなかった。確か金貨一枚がだいたい十万イェンなので五千万イェン相当か。凄い金額だ…。

「さらにッ、コンテストの最高責任者である評議委員からの特別賞として、グランプリに輝いた人は何でも望むがままに貰うことが出来ますッ。例えば、別荘、宝石などはもとより、過去の優勝者の中には最高級の奴隷や魔術具をもらった方もいるとかッ。しかしッ、しかぁしッ、それ以上にこのコンテストのグランプリという栄冠こそが何物にも変えがたい賞となるのですッ」

その言葉とともに会場が暗くなって僕らの前に立つ司会者の姿だけが照らされた。

「それではグランプリ発表…の前に、まずは準グランプリの発表ですッ。惜しくもグランプリには及ばなかったものの、名誉ある準グランプリに選ばれたのはッ」

『ダダダダダダダダダダダ』

太鼓の音が鳴り響いて、スポットライトが会場の中をところ狭しと動き回る。

『ダンッ』

スポットライトが狐耳とウサ耳の二人を照らし出した。

「エントリーナンバー1番、デルフィネ嬢ッ、そしてッ、エントリーナンバー8番、セシリア嬢ですッ」

スポットライトが再び周り始める。

『ダダダダダダダダダダダダダダダ』

「そして栄えあるグランプリはッ」

パッと目の前が明るくなった。

「エントリーナンバー12番ッ、アオイ嬢ですッ」

上から花びらが降ってきて、会場中から惜しみない祝福の拍手が僕らに送られる。

「それでは三人は前に進んでくださいッ」

二人は自分がグランプリだと思っていたのだろう。デルフィネさんは青ざめ、セシリアさんにいたってはうつ向いて肩をプルプル震わせていた。

「三人の受賞者に一言ずついただきましょうッ。まずは昨年グランプリに続き今年も準グランプリに選ばれたデルフィネ嬢に一言お願いしますッ」

「えっ、ああ…、とても嬉しく思っております。これも全て私を応援してくださった皆様のおかげです…」

顔は強張っているけど、デルフィネさんは何とか節度ある態度を保っている。尻尾は力なく垂れているけど。

「続きまして、セシリア嬢ッ、お願い…あれっ?セシリア嬢ッ?」

司会者がデルフィネさんに話を聞いている間にセシリアをはランウェイを戻っていた。

「ちょっ、ちょっと、えええっ?」

壁に映し出されたセシリアさんの顔は涙ぐんでいる。

「あ…、それではッ」

さすがはプロの司会者、会場の空気を読んで、それ以上セシリアについては触れず、進行する事に決めたようだ。

「大会委員長、王偉(ワンウェイ)評議委員より、葵嬢にグランプリのティアラが贈られますッ」

そう言って司会者がランウェイを指し示すと、スポットライトが移動して、タキシードを着た人が観客に手を振りながら現れた。

(あの人がワンウェイ…フードの男への手がかりか)

遠くから見ていてもかなりの肥満体だ。それは僕が二人余裕で歩ける幅のランウェイをいっぱいいっぱいになっていることからも間違いない。

「紹介しましょうッ、我らがクリューソスの評議委員が一人にして今年のコンテストの運営委員長、王偉(ワンウェイ)ですッ」

『バチバチバチバチ』

会場が拍手に再び包まれる。ワンさんはドウモドウモと観客に手を合わせ、司会者の横に立つ。ワンさんは横幅も大きいが縦にも大きい。まるで山のようだ。

司会者の男の人もマイクを持つ手が届かないからか、ワンさんの前に移った。

さらに、剃っているのかな。禿げた頭で後頭部だけ三つ編みにした不思議な髪型をしていて、まん丸のサングラスをしている。怪しさ満点だった。

「この度は評議委員としても新参者のワシにこのような大役を与えてもろた上に大成功を収めることができた。全ては皆さんのおかげ、感謝してます」

(なんだか妙に訛ってるな)

「ずっと見せてもろてましたけど、グランプリの葵はんはもちろん、準グランプリの二人も、参加してくれはった方全員えらい別嬪さんがそろってて、眼福でしたわ。中でも三日目の葵はんの、なんて言うんかいな、…ああ、剣舞言うんですか?あれは見事やった。ワシも思わずブロマイドを買うてしまいましたわ」

客席から笑いが漏れた。

「ほな、こんな汚いオッサン違うて、綺麗所を見てもらいましょか」

拍手が起こり、司会者が僕を王さんの前に呼ぶ。

「ティアラの授与ですッ」

腰を少し曲げて頭を差し出すと、ティアラが載せられた。

割れんばかりの拍手はなかなか鳴り止まない。

「さてッ、それではグランプリの葵嬢に今のお気持ちをうかがいましょうッ。まずは、外国から来られて、いきなりこのような状況は戸惑っておられるのではないですか?」

僕にマイクが向けられる。

「はっ、はい…。コンテストのお話を聞いたときもこんな大きなイベントだとは思っていなかったので。それに、最初に出場者の皆さんを見た時から、皆さん綺麗で半分くらい諦めていました」

「二日目は前日の清楚な感じからは想像できない小悪魔めいた色っぽさがありましたが、あれは?」

「実は緊張で足がもつれてしまったんです。失敗したと思って落ち込みました」

客席からカワイーと声が上がる。

「ハハハ、あれは偶然の賜物でしたかッ。では、評議委員もおっしゃっていましたが、見事な剣舞について聞かせてくださいッ。途中で出てきた黒子は実は熱狂的なファンによるハプニングだと聞きましたが、まるで演技の一部にしか見えませんでした」

(なるほど、そういうことになっているのか…)

「ありがとうございます。ライトをハル…えっと、僕の仲間が操作してくれて、タマちゃんがアドリブで演奏を合わせてくれたからうまくいきました」

「最後にッ、実は新たなニュースが今朝入りまして、葵嬢とその従者の方がジャイアントフロッグを八体倒し、うち、三体は葵嬢自ら倒したと聞きましたが本当ですかッ?」

「えっ?ええ…ちょっとその…成り行きで…」

オオオッと会場がどよめく。

(どこでそんな情報を掴んだんだろう?)

「なるほどッ、では、葵嬢はグランプリだけでなく、あの獰猛なジャイアントフロッグから我らクリューソスを、都市国家群の人々を守ってくれたというわけですねッ。これは凄いっ」

耳がおかしくなるかというくらいの拍手がドームに立ちこめた。


◇◇◇


「それでアオイさんは…」「アオイさんっ、こっちに目線をお願いしますっ」「ジャイアントフロッグについて聞かせてくださいっ…」「来週発売の写真集ですがっ…」

コンテストが終わった後の控え室。僕らだけが残され、記者会見が始まった。いろんな方向から質問が飛ぶ。

「質問は一人ずつお願いします」

スタッフのお姉さんとハルが横から守ってくれなかったらきっと今ごろは揉みくちゃにされているだろう。ちなみにアメは一人先に宿に帰ってしまった。

ミハエルやジャスミンさん、スージーさん、オズワルドのおじさん、タマちゃんも同じく控え室で新聞記者やなんやに囲まれてインタビューを受けていた。

コンテストの優勝はこの街ではそれくらい重要なのだ。

結局、その日、解放されたのは日付が変わる頃。力尽きた僕は宿の部屋に入るなりベッドに倒れこんだ。

そして、僕らは数日の間クリューソスに滞在することになった。翌日と翌々日は写真集の撮影があり、その後クリューソスの同盟都市を歴訪するとのこと。

「アオイ、ちょっといいか?」

ミハエルが僕の部屋を訪れたのは二日目の写真集の撮影が終わって疲れきってベッドでウトウトしていた時だった。

時計を見ると深夜。

「んあっ?」

一応、仕込み杖を持ってよだれを拭きながらドアを開けるとミハエルと、その隣にフードの人影…。

(フード…)

「あっっ」

フードの人物から殺気が僕に放たれた。

「待て待て、アオイっ」

ミハエルが仕込み杖から刀を抜く寸前で僕を止めた。

「イリスもっ、悪ふざけはやめてくれ」

すると、イリスと呼ばれた人はフードを取った。

「ふああ」

金髪に真っ白な肌。美しい女性がいた。

「フフフ、すまない。コンテストでの剣舞を見させてもらって少し試してみたくなったんだ」

「アオイ、少し部屋に入れてもらえるか?それと、その…ハル君とアメちゃんにその、物騒なものをどけるよう言ってもらえるとだな…」

ハルが冷たい目でイリスの背中に槍先を向け、アメはあくびをしながらミハエルの首に小太刀をあてている。

「えっ、あっ、うん。ハルとアメも入ってよ」

五人でも十分な広さの部屋。ソファに僕、ミハエル、イリスが向かい合わせに座る。ハルとアメはミハエル達の後ろに立ったままだ。

「あのな…まず勘違いしないで欲しいのは、こいつはお前たちが探しているフードの男ではない」

それは見ればわかる。明らかな女性だから。先程から美しい女性の顔で、男っぽい話し方をするため少し違和感を感じるけど。

「自己紹介させてくれ。私はステファノスの王女専属の近衛騎士、イリスという。こいつの幼馴染みだ」

「ああ、ジャスミンさんが言ってた…」

ミハエルはいつそんなことを、などと首をかしげているけど、初めてジャスミンさんの店に行ったときに『イリス』という名前が出た。

「ジャスミンさんか、懐かしいな。私も昔はよく遊んでもらったものだ。ミハエルも一緒に遊ぼうと誘ったんだが、いつも断られてな」

「いやいや、お前らのしてた遊びって、真剣で斬り合ってたあれだろ?命がいくつあっても足らんわっ」

イリスは一応刃引きしてあったから切れないんだぞ。などと言っている。

「えっと、それで今夜は?」

「ああ、忘れてた。あのな、イリスはステファノスがアリストスを攻撃した事を教えに来てくれたんだ」

「そうだ。正確にはコンテストの初日の事だ。ステファノスはアリストスの同盟都市に攻撃した」

「そしたらステファノスとアリストスの戦争になったの?」

「いや、両者の国力は拮抗している。クリューソスが何もしなければ前線の都市国家や砦のやり取りで終わる」

「クリューソスが何もしなければ…か。戦時に王女とその側近であらせられるイリスが、コンテストを見るためだけにまさか来たわけじゃないだろう?」

ミハエルが口を出す。

「ふんっ、相変わらず目敏いな。そういうことだ。そうそう、アオイさん、王偉(ワンウェイ)には気をつけるように。今夜、会ってきたが、舐めるように私の体を見てきやがった」

「僕のことは呼び捨てで良いですよ」

そう言うとイリスさんは驚いた顔をした後、ニヘラと整った顔が崩れる。

「アオイ…ウフフ」

(なんだかキャラが…)

「アオイ…アオイ…ウフフ……ハッ」

自分の世界に没入していたイリスさんが戻ってきた。

「そうだ、大切な用を忘れるところだった。ミハエルっ、カバンをっ」

ミハエルに持たせていたカバンを開くと中から出てきたのは僕のブロマイドと、一冊の薄い本だった。

「サッ、サインをっ、頼みたいんだがっ、いやっ、無理にとは言わないっ」

イリスさんはそう言いながら恥ずかしそうにチラチラ僕を見る。

「ええっ?俺に持たせていたのはこれかよっ?大事なものって言うから…」

「これ以上に大切なものなどあるか?アッ、アオイ、頼むっ」

「いや、何て言うかさ、普通クリューソスの評議会の確約書とか、契約書とかだと思うだろ…」

「うるさい」

『ドゴッ』

「ゴホッ」

まだブツブツ言っていたミハエルが腹を抱えてうずくまった。

「良いですよ」

一枚ずつブロマイドにサインしていく。全部で30枚。

「あれ?これって今日撮った…」

薄い本の表紙は僕のブロマイドで、ペラペラ捲ると、今日撮影したばかりの僕が写っていた。

「ああ、ワンウェイがくれたのだ。まだ完成品ではないらしいが。この水着が私のイチオシだな。露出は少ないが、黒のレースからチラチラと見えるアオイの下腹がなんともエロい。それにこっちの水着の上にシャツを引っかけたのもまるで何も着ていないように見えてだな…フフフ。こっちの剣に頬擦りしているのなど、まるで、剣に奉仕しているようで…」

イリスさんがひたすら喋り続ける。ハルとアメはドン引きだ。

「なあなあ、もしかしてさ、それって、賄賂…ぐはあっ」

ミハエルが再びうずくまった。

2016/09/10

『クリューソス』コンテスト三日目、最終審査

コンテスト三日目。

今日は特技披露の日だ。

「初日に続いて昨日の水着もかなり目立ったからなあ…、今日あたりかなり強引な嫌がらせがあるかもしれない。アオイもタマも気をつけてくれよ」

ミハエルがそう言うのでハルとアメは気配を消して僕らの警護をしてくれている。


◇◇◇


薄暗い灯りの中、僕はランウェイを歩いて舞台に向かった。

今日は動き回ることもあり、上はブラジャーのみ(もちろん、見られても大丈夫なやつ)、下は太腿までスリットの入ったサテン生地のロングスカート。僕が泣きをいれたらジャスミンさんがスケスケのレースのシャツを上半身に着させてくれた。

「むしろエロくなったなっ、ハハハハ…グフッ」

ランウェイの周りに陣どった観客からギリギリ僕が見えるくらいの暗さ。ドームの中は先程までの出演者の熱が残っている。

振り返ると舞台の一番手前にタマちゃんがイスを置いて座った。

(さて、始めますか…)

僕は舞台の中心に立ち、既に抜き身で持っていた剣を顔の前に掲げる。

僕の持つ剣はオズワルドさんがこの日のために打ち直してくれた片刃の細身の剣だ。刀身から柄まで真っ白で、宝石が埋め込まれた剣は戦うためのものではなく、儀礼用のものといった方がしっくりくる。

スポットライトがポーズをとった僕を照らし、大きな拍手が会場内に響いた。

「アッ、オッ、イッ、アッ、オッ、イッ」

(うわっ、何っ)

野太い声にびっくりして声がしたほうを見ると『葵』と漢字で書かれたタオルを掲げた一団がいた。

(これってひょっとして応援っ?)

頭を下げると「うおおおおおっ」とさらにヒートアップした。

『お客様、イベントが進まないためお静かにお願い致します』

結局、この喧騒は司会者が現れて静めるまで続いた。

(ふう、仕切り直そう)

僕はスポットライトが反射してキラキラと輝く剣を後ろに低く構えた。

すると、それでもまだざわついていた会場がスッと波が引くように静まる。確認するまでもなく、タマちゃんの方も準備は出来ているはずだ。

(まだだ…)

僕は始めるタイミングを見計らう。

あまり待たせすぎると観客の緊張が解けてしまう。

その時、不意に、ピタッと話し声が止んだ。

一瞬生まれた静寂。

(今だっ)

僕はその、観客の緊張が最高潮に高まった瞬間を見計らって剣を振り切った。

『ジャジャンッ』

完璧なタイミング。

マイクで増幅された荒っぽいギターの音が、短く、鋭くドームに響いた。

一瞬の静止、そして静寂の後。

『ジャッジャッジャッジャッ』

荒れ地を彷彿とさせる低音が響く中、剣を振り抜いた姿勢から回転をしながらジャンプして下段、中段と空気を切り裂く。

『ジャジャジャッ、ジャッ』

僕が上段に剣を構えて静止する瞬間、ギターの音が止んだ。

「ふぅ…」

ほんの数秒の演技に観客席からため息が聞こえた。

『ポンッ、ポンッ、トンットントントントトトトトッ』

今度は手でギターの腹を叩く音。最初はゆっくり、徐々に速くなってきた。

(ここっ)

『ヒュッ』

ギターに合わせて上段から袈裟斬りに斬り下ろすと、そのまま前に進んでいく。

舞台の端まで来ると、観客達の視線が僕に集中する。

『ジャジャンッ』

ギターの音が響いて、僕は舞台の端で反転すると、剣を振りながら今度は舞台の端を回っていく。

『ジャジャジャジャジャジャ』

スポットライトの熱で汗が飛ぶ。

『ピッ』

汗の粒が剣先で真っ二つに別れた。

『ジャカジャカジャカジャカジャカジャカ』

そして、徐々にギターの音が速く、激しくなる。

音楽と連動して、僕の動きもよりダイナミックになった。


◇◇◇


アオイが足を大きく前に出す度、太腿の上まで切れ上がったスリットから白い足が顔を出し、回転する度にスカートがはだける。

さらに、ほとんど意味をなさない薄いレースのシャツの中では宝石に縁取られたブラジャーが動きに合わせて激しく揺れた。

そして、最初こそ、それに目を奪われていた観客も今や完全に演技に引き込まれている。

(素晴らしいニャ)

タマはかつてないほど自分の感覚が鋭敏になっているのを感じていた。

アオイの姿は舞台の反対側にあるはずなのに、まるで目の前にいるかのように息遣いすら分かる。

しかし、その演技もクライマックスが近づいていた。

予定通りクライマックスに向け、アオイの動きが大きく、激しさを増し始めた。アオイの存在感が高まる。

と、その時、タマの目は三人の影が舞台に現れたのを捉えた。

(んー、この匂いは男のようニャ)

男達にスポットライトが当たっていないせいで観客達はまだ気づいていないようだ。

アオイも気づいていないのだろうか。

(ん…気づいてるニャ)

事前の打合わせと違って、アオイが舞台の中心に向かって移動している。

(ここはアオイに任せるニャ)

タマはアオイを見て、演奏の修正をしながら様子を窺うことにした。

アオイの息遣いが変わった。

(むむっ、一度止めるつもりニャな)

激しく掻き鳴らしていた指に集中。アオイと呼吸を合わせる。

(今ニャっ)

ピタッ、アオイがしゃがみこんだ瞬間弦を手で押さえた。

アオイの上質な絹を思わせる黒髪が広がり、静かに流れ落ちる。それは激しさと静寂を最大限に際立たせていた。

動から静へ、それと同時にアオイを照らし出すライトが暗転。

完全な闇。

そして不意に三つのスポットライトが点灯、アオイを囲むように舞台に登った三人の男達を照らし出す。

スポットライトの放熱で舞台は暑い。にも拘らず、男達は黒の上下で肌を隠して仮面まで被って身元を完全に隠している。これだけで三人がアオイの舞台を邪魔をさせるために雇われたプロであることが充分に分かった。

だが、いくらプロとは言え、ターゲットを照らしていたはずのスポットライトが突然消えたと思ったら、逆に自分達が照らし出された経験などそうそうないのだろう。三人とも動揺を隠しきれていない。

「おおっ」

観客はこれも出し物の一部だと勘違いしたようで、次の展開を期待する声がそこかしこから聞こえてきた。

(始めるニャ)

アルペジオで柔らかい音を出すと、それに合わせたように別のスポットライトが再びアオイの姿を浮かび上がらせた。

一拍おいて短くリズムを刻む。

『ジャッ、トンッ、ジャッ、トンッ』

ようやく男たちは気持ちを立て直したのか、ギターの音に誘われるようにしてアオイに近づく。

アオイはしゃがみこんだまま動かない。

『ジャッ、トトッ、ジャッ、トトッ、ジャッ、トトッ、ジャッ』

弾く力を徐々に強めて感情を高めていく。

『ジャジャジャジャジャジャッ』

一人の男がアオイの後ろから飛びかかった。

『ジャーン』

まるであらかじめ動きが決まっていたかのようにアオイが回転しながら起き上がると男が倒れた。

倒れた仲間を見た男二人がナイフを手にアオイに襲いかかった。

『ジャカジャカジャカジャカ』

クライマックスに向けてタマはありったけの力で弦をかき鳴らす。

舞台の中心では二人のナイフを躱しながらアオイが見事なステップを決めていた。

『ジャーン』

一人のナイフを弾く。

『ジャーン』

アオイは自分の武器を失った男の隙を見逃さず、ダンスを踊るように鳩尾に回し蹴りを叩き込んだ。

『ジャジャッ、ジャッ』

三人目が相討ち覚悟で飛び込む。アオイも同じように飛び込んで二人がすれ違った。

『ジャッッ、ジャーンッッッ』

「ぐ…」

男が倒れてそのままアオイも動きを止めた。

フッとスポットライトが一度消えて、今度はドーム全体が明るくなる。

『ワッ』

観客達が総立ちで拍手や声を出した。口笛を吹くものもいる。

アオイはまるでアクシデントなど何もなかったかのように舞台の上で優雅にお辞儀をした。


◇◇◇


「聞いたか?」

「ああ、今年のダークホースがすごい演技をやったってやつだろ?昨日はエジルが嫌がらせをして、今日なんてムラトが邪魔するために暗殺者まで雇って失敗したらしいぜ?エジルとムラトが涙目になってるのが目に浮かぶぜ」

「いや、違う違う。ステファノスが動いたって話だよ」

「はあ?何言ってんだ?確かまだ先だって聞いたぞ?それに戦争が近いなら穀物や武器の値だって上がっているはずだろう?」

「そりゃ普通に考えたらそうなんだが。これは信頼できる情報筋からの話だ。ステファノスには既に充分な物資があったとしか考えられない」

「それで動いたって言うのは?」

「アリストスの同盟都市がやられた」

「ほう?どこなんだ?」

「くそったれ、リーズとコリントだよっ。俺があそこの利権を得るのにどんだけ苦労したかっ」

「おいおい…それどころじゃないだろうよ。リーズとコリントって言ったらアリストス同盟の前線の中でも中核都市じゃねえか…まさかマジに戦争するつもりか?」

2016/09/08

『クリューソス』コンテスト二日目、水着審査

「ちょっと、ミハエルっ?これっ、これっ、どういうことっ?」

僕の剣幕にスージーさんがヒイッと服の棚の後ろに隠れた。

「どういうことも何も…今日は水着審査じゃないかよって…こりゃあ斬新だな…」

試着室のカーテンから飛び出した僕をミハエルが能天気に眩しそうな目で見ている。

「うわーん、ジャスミンさんに言うからっ」

「いやいやいや、アオイっ、ちょっと待ってくれよぉっ」

「じゃあ、こんな格好で人前に出ろって言うの?ほんとに?どうなのこれっ?」

ミハエルがまた僕を見て…ちょっと目をそらす。

「いや、うん、似合ってるぞ…」

「ジャスミンさんに報告します」

僕は隣の店に駆け込んだ。

「ジャスミンさーんっ」

ミハエルが慌てて後ろから店に飛んできた。

「あらぁっ?アオイちゃん…」

目の下に若干隈を作ったジャスミンさんの胸に僕は飛び込んだ。

「ジャスミン、違うんだよっ、これはスージーが…」

既に涙目でミハエルが言い訳を始めたんだけど。

「見てよっ、これっ。どう思うっ?」

もともとは下着デザイナーのスージーさんが作った水着は一見すると下着のようにも見える。

「…なんてセクシーなの」

(…あれ?)

「昨日は落ち着いた黒のドレス、それに今日はその水着。ギャップに観客も審査員も目が奪われるに違いないわっ。ミハエルが考えたの?それともスージーが?」

ジャスミンさんから何か言ってもらおうとしたのに、なんだか勝手が違う。

「ええっと、ジャスミンさん的には…?」

「グッジョブッ」

サムズアップでウインク一発。

「あら?アオイちゃんは不満なの?」

「えっ?だって恥ずかしいし…」

「あん?」

するとジャスミンさんが久々にジェイソンさんになった。

「アオイよおっ、お前、何言ってんだ?これから優勝をもぎ取ろうってのに恥ずかしいだと?ちゃんちゃらオカシイぜっ。で、何だって?言ってみろよっ」

「あの…その…いぇ…」

「どうなんだ?はっきり言えやっ」

「がっ、頑張りますっ」

「そうだろ?一発気張ってこいっ」


◇◇◇


「あ、あのっ、そのっ…アオイさん、すみません」

スージーさんが頭から生えたウサギの耳をしょんぼりと垂らして化粧をしてくれている。ここは出場者の控え室。

「ううん、謝らなくて良いよ。ジャスミンさんに言われた通り、恥ずかしがってちゃ勝てないもん。それにスージーさんが睡眠時間を削って作ってくれた水着なんだから自信持って披露してくるよっ」

「あっ、あっ、あの…わっ、私っ、観客席から応援してますから…」

スージーさんが時間になったので控え室から出ていってしまって僕は取り残された。

(みんな凄い…)

恥ずかしげもなく着替えていく出場者達。僕は既に着替えて上に長めのパーカーを着ている。

(…うーん…何か忘れてないかな………あっ)

昨日の夜は疲れからうっかり薬を忘れて寝てしまったので、今日は薬ケースを持ってきていた。

(とりあえず飲んどかないと…)

ところが、水を買いに控え室を出た僕はいきなり道に迷ってしまった。

(えっと…ここはどこだろ?)

フラフラ歩いていると人の声が聞こえた。

(しょうがないから道を聞こう)

トコトコ歩いて、角を曲がろうとした瞬間、あっ、と気がついて僕は角に隠れた。

中年の男の人と女の子が抱きあっていた。

「ねえ、私、今年もグランプリ取れるかしら?」

女の子は甘えるような声を出す。

「んん?そうだな…」

男は低く、渋い声。

「ねっ、パパぁ。お願い。私、グランプリ貰えるなら何でもしちゃう…ねっ、ほらぁ、触ってみてぇ」

「ん?おいおい、そんなことしたら水着が濡れてしまうぞ?」

「大丈夫よっ、水着だもん。あんっ、パパの指がっ、あっ、太くてっ、わたし、我慢できなくなっちゃった…いいでしょ?ねっ?」

「フフフ、このステージが終わったらその水着を下に着たまま私のオフィスに来るんだ」

チラッと見えた銀色の尻尾から、どうやら昨年のグランプリ、エントリーナンバー1番の女の子のようだ。大人っぽい女の子なのに、子供のように甘えている。

(自信たっぷりのサバサバした女の子に見えたけど、分かんないなあ…)

そっとその場を離れてもと来た道を戻ろうとしたら、また道に迷った。

(はぁ…こっち、かな?)

なんだか人の気配がする部屋を見つけて扉を開けようとして手が止まる。

「ねえっ、一体どういうことなのっ?話が違うじゃないっ」

ヒステリックな女の子の声がドア越しに聞こえた。

「あんたが優勝間違いなしだから、わざわざこんなとこまで来たのよっ」

女の子は一方的に男を詰(なじ)る。

「いや…まあ、うん。大丈夫だよ。セシリアたんが一番さ」

(セシリア…って、ナンバー8番の子?)

フワフワの髪に天使みたいな顔をした子の口から出る言葉とは思えない。

「本当かしら?昨日だって、私よりあの最後の子っ、あの子の方が目立ってたわよっ」

「僕ちんが既に手は打ったよ。だから安心して、ね?ほら、可愛い顔を見せてよ」

「んっ…やめてっ、お化粧が落ちちゃうじゃないっ」

「いいじゃん、僕ちんはセシリアたんのために今日だって…」

「ダメに決まってるじゃないっ。バカじゃないの?グランプリを取るまではお預けよっ」

いけないものを見てしまった僕はこそこそと元来た道をまた戻る。

ラッキーなことに探しに来てくれた運営スタッフのおかげで僕も控え室に戻ることが出来た。

(さあ、早く飲まないと…あれ?)

出るときに置いたと思った薬のケースがなかった。

(カバンの中に直したんだっけ?)

カバンにもない。

「ああっ」

(ないっ)

ポケットを探りながら慌てる僕の様子が切羽詰まっていたからか、隣に座っていたナンバー11番の子が妙な顔をした。

「どうしたの?」

「ねぇっ、ここにこれくらいの箱がなかった?シルバーのケースなんだけどっ」

身ぶり手振りも入れて必死で説明する。

「うーん、私もさっき来たのよ…でも、私が来た時には無かったような気がするわよ」

(うわあっ、どうしようっ)

「皆さん、準備をお願いしますッ」

慌てふためいていると、運悪く女の子のスタッフが控え室のドアが開けた。

各々が上に着ていた服を脱いでスタッフが手渡すガウンを羽織る。

(大丈夫っ、そう都合よく発作なんて起きない…)


◇◇◇


「エントリーナンバー12番ッ、アオイ嬢の登場だッ。昨日は上品なドレスで会場を沸かせた彼女。今日はどんな水着姿が見せてくれるのかッ、期待が膨らみますッ」

(大丈夫…発作はない…)

この審査からは順番がくじ引きとなる。僕は最後から二番目。

舞台に出ていく女の子はカラフルで、色んな形の水着を着ていた。

昨日もそうだったけど、僕の着ている水着よりも際どいものばかりだ。

「見てくださいッ、昨日の清楚な服装から一変ッ、今日は小悪魔のような色っぽい水着で登場ですッ。デザインしたスージーさんによると、白いビキニの上から黒いレースを重ねることで、可愛らしさとセクシーさを出したかった、ということです。しかし、さすがは本職が下着デザイナーッ。アオイ嬢のスタイルと相まって直視するのが憚れるイケナイ魅力がいっぱいですッ」

少し汗ばんだ僕の体がスポットライトの光を浴びてキラキラと光る。

暑いのはスポットライトの熱だけじゃない。昨日以上に周囲の目が熱い。やっぱり薬を飲めなかったのが気にかかる。

キョロキョロとするわけにはいかないからまっすぐ前を向いて歩くけど、熱い視線が体に突き刺さって鼓動が速まった。

『ドクンッ、ドクンッ』

(大丈夫…これは、ドキドキしてるだけ)

ランウェイの終点、円い舞台に到着する。

『ドクンッ』

(ぁ…)

体から力が抜けた。

(ポーズを…とらないと…)

「あっ」

ヒールの高いミュールを履いていたせいもあり足がもつれてその場に尻餅をついてしまった。

大失敗だ。その上、男性の目が濁った熱を僕の股の間に浴びせてくる。

(くぅぅ)

これは恥ずかしさだけじゃない。発作が始まりかけている。

(なんでこんなときに…)

顔が熱い。目も潤んできた。

「………」

フォローしてくれるはずの司会者もなぜか無言。

(早く戻らないと…)

力が入らず、四つん這いに一度なる。胸とお尻に視線が集中した。

「ふぁ…んっ」

(はや…く……)

立ち上がった僕は、出来るだけ平静を装ってふらつきながら内股でランウェイを戻った。

「あっ、こんなとこにっ」

まばらな拍手のまま控え室に戻った僕は部屋の隅に落ちている薬のケースを見つけて大慌てで中身を取り出すと飲みこんだ。

そのお陰でなんとか発作を止める事は出来たけど…。

(ああっ…失敗しちゃったよぉ…)

冷静に戻った僕は、大失敗に頭を抱えた。

「アオイさんっ」「アオイっ」「お嬢様っ」

スージー、ミハエル、ハルが会場の出演者用の出口で待っていてくれていた。

「ごめんなさい…せっかくの水着だったのに…」

だけど、僕の予想に反し、評価は上々だったらしい。

「スゲエぞっ、スクリーンを見た連中が全員惚けてたぜ」「色っぽくて我を忘れかけちゃいましたっ。私の作った水着がこんなに誇りに思える日があるなんてっ」

ハルからブロマイドを渡された。早速販売され飛ぶように売れていたらしい。

水着姿の僕が四つん這いでこちらを振り向いている。なんだか目元が赤く染まっていて…。

(なんてこった…こんな顔が世間に…)

「最高にエロかったぜっ」

僕はミハエルの能天気な笑顔を張り飛ばした。

2016/09/07

『クリューソス』コンテスト一日目

「皆様、お待たせしましたぁぁッ。クリューソスの年に一度のビッッッグ、イィィベンツゥウウッッッ、その中でも一位二位を争う人気、コンテストの始まりだああああっ」

司会のお兄さんが舌を巻き巻きで叫ぶと建物全体に響きわたって、観客の叫ぶ怒号で会場のドーム全体が揺れた。

事前にミハエルから聞いた情報によると、この屋根つきの巨大な円形の建物は最大二千人が収容できるらしい。

このコンテストのために普段使われている壁際の舞台から会場の中央に向けて参加者が歩くためのランウェイが作られており、その先に円い特設の舞台がある。

設備も最新鋭で、魔術具による建物内の気温の管理、音響、ライトはもちろん、遠くて見えない観客のために壁に舞台が大きく映し出される仕組みまである。

「今年は例年になく見目麗しい参加者が来てくれていますッ」

魔術具で増幅された声は会場の隅々まで響いていることだろう。

「それでは早速ッ、これから三日間ッ、優雅にして熾烈な闘いを繰り広げる出場者の紹介だッ」

舞台袖から入ってきていた明かりが消える。

「それでは、エントリーナンバー1番ッ」

受付順に番号が割り振られ、今回は番号順だ。ちなみに明日以降の順番はくじ引きとなるらしい。

舞台で紹介されている一番のデルフィネさんが待機している出場者を品定めをするように見回してから胸を張ってランウェイに出ていく。

綺麗なストレートの銀髪に狐の耳がついている。腰のあたりにフサフサの尻尾も出していた。

「昨年度グランプリのデルフィネ嬢ッ。類いまれなるその美貌は今年も健在ッ、いや、むしろ輝きを増した彼女の王座は今年も磐石かッ」

初日の今日は出場者の御披露目ということで、略式のドレス(カクテルドレスというらしい)をそれぞれが着ている。

デルフィネさんはロングの真っ赤なドレス。

V字型に大きく開いた胸元からは深い谷間が惜しげもなく見えて、元々の身長にハイヒールを履いているせいで、長く綺麗な足がロングスカートのスリットからチラチラ見える。

スタイルや美貌はもちろんのこと、彼女はこの街でも次期評議委員の呼び声高い商人がバックについているため、組織票もかなりのものらしい。

会場の中心にある舞台に到着すると、その場で一回転してポーズを決め、一言二言司会者と話をして次の女の子が呼ばれる。

(それにしても可愛い子ばっかりだ…)

出場者の顔ぶれを見ると、このコンテストのレベルの高さがうかがえた。

(僕なんかで大丈夫かなあ…だけど、ワンさんに会うためには勝たないとっ)

「エントリーナンバー8番ッ、アリストスの至宝ッ。セシリア嬢だッ。百年に一人の美少女の呼び名は都市国家中に響いているッ。今大会で王座を奪い取って名実ともにナンバーワンの称号を奪いとれるかッ」

ピンクゴールドの髪に碧い目のクリクリした少女が胸を張って出ていった。

ちなみにこの少女が唯一僕よりも背が低く、140センチくらいで、年齢も13歳。

スージーさんと同じでワーラビットのようだ。ウサギの耳がヒョコヒョコ揺れて思わず抱き締めたくなるくらい。

服装も宝石が散りばめられたピンクのフリフリのドレスで、そのあどけない顔とあいまってまるでお人形のよう。セシリアさんの魅力を最大限にアピールしている。

ちなみに僕は、というと、ジャスミンさんがスージーさんと相談して作ったという黒いワンピースドレス。

胸元と背中はバックリ開いていて、恥ずかしいんだけど、スカートは膝丈だし、色も黒のせいか他の参加者に比べると地味な気もしないでもない。

「いよいよ、最後の出場者ッ。エントリーナンバー12番はアオイ嬢ッ。目の肥えた大会運営スタッフが度肝を抜かれた美少女だッ。まさかの大会二日前にエントリーした今大会のダークホースだッ」

僕の番だ。舞台の袖から真っ暗な会場に出ると、パッとスポットライトが僕を捉え、拍手の嵐が巻き起こった。

眩しさに少し目を細めて、それからレイモンド夫人に教わった歩き方でランウェイを歩く。

眩しさに慣れてくるとランウェイの周りにいるミハエル、アメ、ハルの顔を見つけてちょっと緊張が和らいだ。

リハーサルを思い出してくるっと一回転してひとつ前のナンバーの女の子の横に立つ。

「さて、アオイさんは旅の方とお聞きしましたが、どちらから来られたのですか?」

司会のお兄さんが短い棒を僕に向ける。このへんはリハーサル通り。この短い棒は拡声のための魔術具で、通称マイクというらしい。

「アトランティス王国から砂漠を抜けてきました」

「ほおっ、それは凄いっ。はるばる遠くから、わがクリューソスへようこそっ」

司会のお兄さんの大袈裟な声に観客席からも驚きの声が聞こえた。

「アトランティス王国は皆さんあなたのように美しいのですか?」

「いえ、この街の方やコンテストの参加者の方を見て驚いています」

「ハハハ、あなたにはおよびませ…おっと、いけないいけない」

司会者は中立、自分の意見は言わない事になっているので、おどけた感じで言葉を止めるとお客さんが笑う。

「それにしても、白以外なら何色でも良いわけですが、黒を選ばれるのは珍しい。しかし、むしろ上品で落ち着いた…あれ?もう時間か…お話はここまでにしましょうッ。出場者の皆様は少しそのままで。ご来場の皆様は壁の映像をご覧ください。」

司会者が一度離れて、四角い魔術具が僕らの周りを飛び回る。僕らからは見ることは出来ないけど、これによって壁に僕らの映像が映し出され、司会者が一人ずつのプロフィールや服のデザイナーによる説明を読み上げていく。

こうして、服やアクセサリの販売促進も兼ねているのだそうだ。

「さてさて、それでは初日の御披露目はここまでにしましょうッ。明日は男性陣お待ちかねッ、水着審査と明後日は特技披露が待っていますッ。イベント目白押しの祭りを最後まで楽しんでくださいッ」


◇◇◇


「良かったぜ」

僕が控え室から出ると、ミハエルが満面の笑みで待っていた。

「そうかな?一番の人とか八番の子の方が…」

「いやいや、司会の奴もアオイのインタビューに喋りすぎたくらいだからな」

「お嬢様が一番人気でしたよ」

いつのまにかハルもそばにいた。

「人気なんてわかるの?」

「多分。さきほどブロマイド?とか言うものを販売している店の前を通りましたが、お嬢様のものが一番人気になっていました」

「ブロマイドって?」

「ああ、これこれ」

ミハエルがポケットから出したのは絵とはちょっと違う、本当に僕をそのまま紙にしたようなものだった。

「へえっ、すごいねっ」

そういえば昨日、色々な服を着せられてよく分からないポーズをとらされたんだった。

「アトランティス王国には無いのか?」

「うん」

ミハエルがほおっ、と目を輝かせた。

「なら、この技術を持って東にいけば…」

商人の顔になったと思ったらすぐに話題を変えた。

「この売り上げも審査の対象になるから組織票のないアオイが一番人気っていうのは大成功だな」

「お嬢様っ、明日も頑張りましょう」

応援してくれるハルとは対照的にミハエルは少し思案顔だ。

「ミハエル、どうしたの?」

「確かに大成功だ…だけど、目立った分、気をつけないとな」

「なんで?」

「刺激しすぎると嫌がらせもされるのさ。なにせ俺達が相手するのは大商人ばかりなんだぜ」
2016/09/06

仲間集め

『カランカラーン』

「はーい。いらっしゃい。あらあら、ミハエルじゃないか」

妙にハスキーで高い声が僕らを迎える。

大柄なおばさん…じゃなくておじさんがそこにいた。

赤銅色の肌に燃えるような赤い髪はドレッドで眉は太く、目鼻立ちのくっきりしたナイスミドル。ただ、その真っ赤に塗った唇と、おそらくもともと長いまつげの上に真っ青なアイシャドウさえ無ければ…。

「ジェイソン、ちょっと急ぎで頼みたいんだ」

どうやら知り合いみたいで、気軽にミハエルが声をかけるとニコニコと微笑んでいた表情が突如豹変した。

「ああっ?てめえっ、今、なんつった?」

そう言うや否やお姉さんみたいなお兄さんは目にも止まらぬ早さでミハエルの背後に回ってチョークスリーパーをかける。

「ぐ…ぐるじい…ジェ、ジャスミン、ざん」

「はーい、ジャスミンよ。ヨロシクねっ♪ウフ♪」

高い声でそう言いながら僕らにウインクしたジャスミンさんが口に手を当てて固まった。

「まあっ、可愛いっ。えっ?…この娘…まさか…」

「ゲホッ、ゲホッ、こっちがアオイって言って…」

ジャスミンさんの裏声がまた地声になった。

「てめえっ、イリスちゃんっていうものがいながらっ」

(忙しい人だ…)

ミハエルが再び卍固めを食らって泡を吹いているのを眺めながら僕らは話が進むのを辛抱強く待った。

「…コンテスト…ようやくこの時が来たのね…」

咳き込みながらミハエルが説明をすると、ジャスミンさんが遠い目をした。

「あと二日でなんとかしてもらえるか?」

ジャスミンさんが厚い胸板を叩いた。

「任せなさい、最高の服を作るわっ。そうと決まれば、アオイっ、ちょっと顔を貸してっ」

そう言って僕を店の奥に連れ込むと怒濤の勢いで採寸をして、着ていた服を奪い取られてワンピースを着せられて追い出された。

「よしっ、次に行くぞ」

ミハエルが次に向かったのはすぐ隣の店。

(下着…かな?)

『カランカラーン』

(?)

誰も出てこない?

「スージー?俺だよっ、ミハエルだ」

すると下着の棚の隙間から眼鏡の女の子が恐る恐るといった感じで顔を出した。

(わ…ウサギ?)

女の子の頭から耳が生えていた。

「ミハエル…?ホントに…?」

女の子がようやく全身を現す。耳が不安そうにピクピク動いていた。

「ほら?俺だ。出てきてくれよ」

それからミハエルがまたコンテストの話をした。

「三日ほどしかないけど、水着をお願い出来るか?」

スージーさんもやはりコンテストと聞いて動きを止める。

「………コンテスト…水着…………そんなの無理ぃぃ」

スージーと呼ばれた女の子は店の奥に文字通り、脱兎のごとく逃げこんだ。

(大丈夫かなあ…?)

「頼むよっ、なっ、スージーなら出来るからさっ」

店の奥で説得が続いてようやく承諾を得た。

「ねえ?あの人は大丈夫なの?」

「ああ、スージーはとんでもない恥ずかしがりだけど、作るもんはスゲエんだぜっ。次は…そうだ、アオイは特技とかないのか?コンテストの審査の一つに特技の披露があるんだ」

「特技…」

(そんなこと急に言われても…)

「例えば、ダンスとか、歌とかさ」

「うーん、社交ダンスなら…歌は分かんない…特技って言っても…魔物と戦えるとか?」

考えてみたら趣味なんてないから困ってしまった。

「これはマズいな…こればっかりは誰かに頼んで何とかなるもんじゃないし…」

「ごめん…小さい頃から剣の修行ばっかりだったから…」

ミハエルが頭を抱えて数分後。

「そうだ…剣だっ」

「えっ?」

「ジャイアントフロッグと戦ってた時の動きがまるでダンスをしているように見えたんだっ、ああいうのって型みたいなのはないのかっ?」

(…意外…見てたんだ)

「えっと…動きの型ならあるよ。それを組み合わせた剣舞なら…」

「それだっ、ということは…必要なのは…よしっ」

今度はやはり裏路地にある鍛冶屋に連れていかれる。

「いいか、アオイ、ここの主人は偏屈だが、女に滅法弱いんだ。断ってきたら……」

耳元で囁く。

「オヤジっ、いるか?」

またミハエルが先に入って大きな声を出した。

「誰だ?」

「俺だよっ、俺っ」

「ああっ?その声はミハエルか。何しに来たんだ?」

奥から槌を打つ音と一緒に声がした。

「剣が一本欲しいんだ」

「おっ、ついに商人から足を洗う気になったか?」

顔を拭いながらおじさんが奥の扉まで出てきた。

「違う違う、実はさ、今年のコンテストに…」

「断る」

こちらを見ようともせず断った。

「何言ってるんだよ、コンテストでグランプリをとればこの店も繁盛して…」

「俺は俺の腕を分かってくれる奴が買ってくれればそれでいいんだ。話はそれだけか?なら帰ってくれ」

ミハエルが僕に目配せする。

(はいはい…)

「あの…おじさま…?」

一歩前に出ると、おじさんは目を見開いたまま僕を見つめている。

「お…じ…さま…?」

「お願いします。おじさまの剣が必要なんです」

上目遣いでそう言う。

「……なん…だと…俺は夢を見ているのか…?…目の前に天使が……」

ふらふらと奥の作業場に向かう。

「なあ、オヤジ、作ってもらいたい剣なんだが…」

魂が抜けたようなおじさんに話しかけるミハエルがなんだか悪徳商人みたいだった。


◇◇◇


その夜、ミハエルの選んでくれた宿に戻るとハルとアメがいた。

「どうだった?」

まずはハルが答える。

「ええ、やはりお嬢様を尾行している者がいました。服屋を見張っていましたが、明らかにお嬢様達を舐めてますのでおそらくは何もないと思います」

「アメは?やっぱり鍛冶屋さんにもいた?」

「…」

アメも頷く。理由は分からないけど、心なしか僕に対する拒否感が和らいだ気がする。

実は二人には昼の間に一仕事を頼んでいた。

グランプリを取るために、他の出場者に対していやがらせや邪魔をする者がいるとミハエルが言うのでその見張り役だ。

「お嬢様、ボクらは眠る必要もないので夜の間も見張ってきますね」

二人の気配が急に曖昧になる。目の前にいるはずなのに意識から消えた。

『バタン』

扉が閉まる音で二人が消えるのを確認した。

「ふう…」

二人がいなくなったあと鍵を確認して僕はベッドに仰向けになって卵を手に取る。

(こんなこと二人に見られたくないし…さっさと終わらそう)

赤い卵を見つめて開けと念じる。

『ピシッ』

卵の殻に亀裂が入った。

(青い方はスライム、赤い方はもうちょっとマシだと良いんだけどな…)

殻の裂け目から中を覗くと何やらピンク色のものが見えた。

(これは…?)

『ブルッ』

体が震えた。記憶よりも先に体が反応したらしい。

続けてそれが何か分かった。

僕はこれを何度も見たことがある。それどころか犯されたことまである。

(しょ…触手だ…)

「うわあっ」

思わず僕は卵を投げ捨てて上半身を起こす。

『パキパキ』

足元に転がった卵から割れる音が続いて、殻を破って現れたのはやはり想像通りだった。

小さな触手はウネウネと粘液にまみれた体を揺らして獲物を探して…目の前の僕をロックオンしたようだ。

(いっ、いやだぁっ)

ヌラヌラと光る体が近づいてきた。

「ちょっと、近づくなぁっ」

足をブンブンと振り回してあっちに行け、と威嚇するけど、無駄だった。振り回す僕の足首に巻き付く。

「ひぃっ」

ヌルヌルした感触に鳥肌がたった。

「ちょっ、止まってっ、ねっ、いい子だからっ」

触手はもちろん聞いてくれない。足首からふくらはぎ、膝へとヌルヌルが登ってくる。

(赤はやめとけば良かったぁ…これならまだスライムの方がマシだよぉっ)

「やっ、ちょっと待って、そんなっ、あっ、ああっ」

太腿へと登ってきた触手はスカートの中へと姿を消した。

「ひゃあんっ」

見えなくなった触手の内腿を這う動きに高い声が出てしまう。

(遮音の魔術がかかってて良かった…)

ミハエルは良い宿をとってくれたけど、さすがにこんな声を出したら周囲の部屋から変に思われる。

「あっ、紐はっ」

今日に限って、紐で結ぶパンティを履いていることを呪う。スージーさんからお近づきの印にと貰ったものだ。

「だめっ」

その紐が引っ張られて結び目が解かれていく。

『シュル…』

紐が解けて急に股の間が頼りなくなった。

そして、小さな触手はパンティの代わりにそこにへばりついた。

「ふぁぁっ」

ニュルニュルしたものが股の間を擦る。

「ふぇ…ふぐっ、んっ、んんっ」

犬や猫が甘えるように触手は割れ目にすり寄る。

「あっ、んぐっ?」

敏感な突起がヌルヌルした肉に不意に擦れて強い快感が体を襲った。

「んんんんっ」

僕はシーツを口に咥えてベッドの上で芋虫のように体をくねらせる。

お腹の奥が疼く。

何かが足りない、埋めてほしい、そんなことを考えている自分に気づいて頭を振った。

だけど、触手が膣内に進入してくるとそんなことは考えていられなくなった。

「はうううっ」

粘膜の道をスライムが吸っていたのに対し、触手は押し広げてくる。

だけど、媚薬のような成分を分泌するという面ではスライムと触手は一致していた。

強く押し広げられると快感が膨れ上がる。

「あっ、やらっ、ああっ、あああああっ」


◇◇◇


コンテスト前日になった。

『ヒュッ』

ピタッと剣を止めた。

「スゲエ…」

「こんなもんだよ。どう?」

「いいぞっ、こんなのは見たこともないっ…そうだっ、待っててくれっ」

人に見られないよう隠れて剣舞を見せると、大慌てでミハエルが一人の亜人をつれてきた。

「初めまして。タマにゃ」

猫耳の少女が手を差し出す。

「アオイ、さっきのもう一回頼む」

僕が剣舞を始めるとフンフンと見ていたタマちゃんの顔が真剣なものになる。

『ジャン』

タマちゃんを横目で見ると弦楽器を抱えて僕の動きに合わせて演奏を始めた。

そして剣舞が終わると同時にタマちゃんが僕の腕をとった。

「凄いニャ。ミハエル、ちょっとアオイにゃんを借りるニャ」

「おうっ、午後はウォーキングの練習があるから、午前中だけで頼むぜ。俺はスージーんとこ行ってくるぜ」

タマちゃんの持っていた楽器はギターというらしい。ただでさえ食べていくのが難しい音楽家でタマちゃんは亜人ということもあってなかなか仕事もないらしい。

さらにその日の午後。

「凄いわ、あなた。背筋も綺麗に伸びているし、体のブレもない…これなら少し教えれば大丈夫よっ」

歩き方を指導してくれているのはレイモンド夫人。夫を失った五十代くらいの上品なおばさまだ。

「良いわよ、うん…ちょっと休憩にしましょうね」

ウォーキングは王宮で習ったメイドの練習のおかげか、すぐに合格がでた。

それから、特訓が予定より早く終わって、レイモンド夫人は紅茶と手作りのケーキを準備してくれた。

「わあっ。美味しそうっ。いただきまーす」

お菓子をムシャムシャ食べていると、レイモンド夫人に見つめられていたことに気がついて僕は慌てて手を止めた。

「あっ、食べてばっかりですみませんっ」

「良いのよ。美味しそうに食べてもらえて嬉しいわ」

レイモンド夫人は微笑んでおかわりを準備してくれた。

「アオイさん…」

「ふぁい?」

「ミハエルなんだけど、誤解しないであげて欲しいの」

「?」

「あの子は元々うちの商会の子だったのよ。幼い頃から私達の子のように育ててね。夫が死んで、王(ワン)のところに今はいるんだけど。ジャイアントフロッグの件は聞いたわ。あの子を薄情な子だと思わないでね」

「ええ…いや、そんな…」

「良いの。ノルマも達成できずに商人達の間でバカにされているのも知ってるの。だけど、ジャスミンさんやスージーさん、武器屋のオズワルドさん、タマちゃん、みんなもともとはうちの下請けで素晴らしい才能よ。あの子はうちの商会が無くなって仕事にあぶれた下請けの職人のために頑張ってくれているのよ。今日もね、急な仕事を請け負った昔馴染みの素材を手に入れるためにアリストスまで行ってきてくれたのよ」

(ふーん、そんなことがあるんだ)

「今回は頑張って下さいね。あなたがグランプリをとってくれれば、あの子の荷も少しは軽くなると思うの」

「ええ、頑張ります。見に来てください」

「もちろんよ、私はあなたに投票するわ」
2016/09/05

商業都市『クリューソス』

「頼むっ、俺に案内させてくれっ」

ジャイアントフロッグが突っ込んできた際に気絶していたミハエルは目覚めると、どうしても案内させろと言い張った。

「うーん」

「こう見えても俺は王(ワン)さんの商会に所属してるんだ。だから色々便宜もはかれると思うぜ」

「ワンさん?」

「ああ、王(ワン)さんはクリューソスの評議会の議員の一人なんだ」

「お嬢様、こんな男でも意外に役に立つかもしれませんよ」

「意外にってなんだよっ」

「そうかなぁ…じゃあよろしく」

「じゃあってなんだよっ」

「僕は葵。御門葵だよ。二人はハルとアメ」

「おいっ、俺の話も聞いてくれよっ」

アメに向かって言ったミハエルだったけど、そっぽを向かれてガックリ項垂れた。


◇◇◇


「で、アオイは何をしに来たんだ?」

ミハエルの案内でいとも容易くクリューソスに入った僕ら。

「うーん…」

正直に言うべきか悩む。

「って、言わなくても商人の勘が囁くぜ。ズバリ祭りだろ?」

「…」

「勘違いしてるならそのままで良いのでは?」

ハルが小声で僕に耳打ちする。確かにミハエルが知っているとも思えないけど…。

(まあ、一応聞くだけ聞いてみよう)

「ねえ、ミハエルはフードを被った男に見覚えはない?」

「フード?あるある」

ハルがまさか、と疑いの目をミハエルに向けた。

「ホントに?」

「ああ、でっかい男だろ?前に王(ワン)さんと一緒にいたぜ。こう…顔色の悪い、なんとなく不気味な感じの…」

ハルと僕は顔を見合わせた。これまで聞いてきた男の特長と一致する。

(当たりだっ)

「ねっ、ミハエルっ、そのワンさんには会えるっ?」

勢い込んで聞くと、ミハエルは苦笑いを浮かべた。

「いやあ…」

どうも歯切れが悪い。

(あれ?)

「ミハエルはワンさんの商会に属してるんでしょ?」

「とは言っても…向こうは超大物だし…」

目が泳ぎだした。ふと、ミハエルの煮え切らない態度を見ていた僕はミハエルの言わんとしていることに思い当たった。

「そうかっ、わかった」

突然僕が大きな声を出したもんだから三人の視線が僕に集まる。

「お嬢様、何がわかったんですか?」

ハルの質問に僕は今思いついたことを自信満々に答えた。

「ミハエルは小物なんだ、だから会えないんだねっ」

ブフッとアメが吹き出した。ハルも肩を震わせている。

「葵、こういう奴は下っ端っていうのよ…フフフ」

「あっ、そうだね。下っ端かあ」

アメと僕の会話の横でミハエルはなんとも言えない情けない表情を浮かべていた。

「いや、そう、そうなんだがけどな…そんなあからさまに言われると…」

(あっ、涙目になった)

「ちくしょうっ。俺はどうせ下っ端だよぉっ」

涙目で続けて何か叫んでいるミハエルはおいといて、困ったことになった。同じ商会の商人でも会うのが難しいなら、僕みたいな得たいのしれない旅の人間などは至難の技だろう。

「うーん、アトランテイス王国の名前を出したらなんとかならないかな?」

「ですがお嬢様、このあたりはアトランテイス王国と言ってもほぼ交流などありませんし、物珍しさでひょっとしたら会ってくれたら良いくらいのものですね」

「なあ…」

「無理やり家に押し込んだらいいじゃない」

「アメ、さすがにそれはマズいよ。下手したら捕まっちゃうから。…そうだ、一度アヴニールに戻って王様の手紙を貰ってくるとかはどうかな?」

「なあ…お前ら…」

「しかし、お嬢様、あの扉の魔術具はしばらく魔力を蓄える時間が必要だとジルさんが言ってましたよ」

「ああ…そうだった…。…そっか、ジルに聞いてみれば何か方法を教えてもらえるかも」

「俺の話を聞けぇぇぇっ」

ポカンとした顔で見るとミハエルがまくし立てる。

「会える方法なら二つあるんだが教えてやらないぞっ」

「あれ?なーんだ、方法があるんじゃん?」

ちょっと見直した。ハルも僕の隣で驚いたようにミハエルを見つめている。

やっと皆の視線が自分に向いたミハエルはコホンと咳をひとつして話し始めた。

「そうだ。一つはアオイが奴隷になること。王さんの本業は奴隷商人なんだ。アオイ達の容姿なら高値がつくことは間違いない。だから、きっと王(ワン)さん本人が確認するはず…」

「お嬢様、どうやら全くの役立たずのようですね。行きましょう」

ハルがくるっと振り返る。

「待って、待ってくれっ。もう一つの方法を聞いてくれっ、聞いてくださいっ。祭りのコンテストで優勝すれば会えるんだっ」

「どういうこと?」

「祭りのイベントはそれぞれの評議委員が一つずつ受け持つのが慣習でさ、今年のコンテストは王(ワン)さんが受け持ちなんだ。で、グランプリは評議委員との会食の際に何か一つ欲しいものがもらえるんだ」

(会食をわざわざする意味ってあるのかな?)

ミハエルの補足の説明によると、ワンさんやクリューソスの評議委員はクリューソスやその同盟都市、果ては他の同盟都市の商人の元締め的な存在で、都市国家群で生きていく上で彼らと面識があるのは大きなステータスになるらしい。

だが、それほどの力のある商人だけあってスケジュールは常に埋まっている。だから、「会いたい」で、「はい会いましょう」とは天地がひっくり返っても無理なんだそうだ。

「それ、僕も出られる?」

「えっ?ああっ、もちろん。っていうか出るために来たんだと思ってたぜ。よしっ、善は急げだっ」

ミハエルは僕らを連れてコンテストの事務所に向かった。

『ガチャッ』

事務所の扉をミハエルが開けて先に入る。僕からは見えないけど、ざわついていた室内にゲラゲラと品のない笑い声が響いた。

「おいおい、万年最下位のミハエルじゃねえかっ?」

「まさかコンテストで汚名返上を狙ってんのか?」

「言ってやるなよ。まあ、もうそれくらいしかないもんなあっ」

「よおっ、前回、前々回の優勝もいるし、アリストスから百年に一人の美少女も参加するんだぜ。お前の連れてくる女なんて恥かくだけだぜ、やめときな、ハハハハハッ」

「で、どんな女だ…よ…」

僕が続いて入ると、シーンっと静まり返った。

「コンテストの参加用紙だ。登録してくれ」

唖然とした顔の男がミハエルの出した紙を見もしないでパンパンと判子を押した。

「それじゃ行くわ。ああ、忙しい、忙しいっ」

用紙の一枚奪い取ってまだポカンと口を開けたままの男たちを尻目に僕らは事務所を出た。

「ふう。見たか?あいつらの顔、ハハハハハ」

ミハエルが腹を抱えて笑っている。

「あんなにバカにされてどうして何も言い返さないのさ」

僕がそう言うと、急に真面目な顔になった。

「いや、…俺の営業成績が最下位なのは間違っちゃないからさ。俺達は商人なんだ。人から何と言われようと、汚い手を使おうと稼ぐやつが偉いんだよ」

「ふーん。ちょっと分からないけど」

「ええっ?今俺ちょっと格好いい事言ったよな?」

「ところでコンテストって何するの?」

「………えっ?」


◇◇◇


さすがは商人の街だけあって、荷馬車が道を多数行き交う。荷馬車用の道と歩行者用の道に分かれており、荷馬車用は土、歩行者は石畳の上を歩く。

街の人たちを見ている分にはアトランティス王国と大きな違いは無さそうだけど、まず、亜人が目に入る。兎の耳のある少女や狐の尻尾を生やした若い男、犬の耳を垂らした老人など、様々な種類が入り交じっていた。

それに、他の街もそうだったけど、首や手首や足首に輪っかをつけた人とか、同じ入れ墨を入れてる人達もいる。

彼らは奴隷なんだそうだ。この都市国家群では昔から奴隷制度があって、制度化もされている。

「奴隷って言っても、実際には契約だから持ち主が何をしても良い訳じゃないし、むしろ契約外のことをすれば持ち主が罰せられるんだよ。食事や睡眠もきっちり与えられるし、給料がないとか、持ち主の同意なしに結婚出来ないとか、評議委員の選挙権がないとか不自由は確かにあるけど、奴隷の持つ借金の肩代わりも持ち主の負担になるから一概に悪いとも言えない」

ちなみに首に魔術印や輪っかをつけられているのは家事奴隷、腕は戦闘奴隷、足は労働奴隷なんだそうだ。

あと、ミハエルが声を潜めて、性奴隷もいると教えてくれた。性奴隷は首輪無しが多いらしい。代わりに体のどこかに魔術印が刻まれるのだそうだ。

服装は、というと、道行く人を見渡すと、南部に属すせいか、肩やら足やら、露出度は高めだ。

(マギーさんが喜びそうだなあ)

「コンテストってのはさ、審査員十人と観客による投票でグランプリを一人と準グランプリを二人選ぶんだ。審査ってのは、ドレス、水着、特技の披露によるものなんだ」

(…水着って…どんなだっけ?)

子供の頃に過ごしたケルネでは海で泳いだりもしたけど、女の子がどんな格好をしていたか、と聞かれても記憶にない。

(まあ、何とかなるよね?)

そう楽観的に考えることにした。

(ん?)

「あれ?今の店って服屋さんじゃないの?」

大きな服屋をミハエルは素通りしたので不思議に思って訊く。

「あの店は確かに大きいけど、既にグランプリの女の子の服を作ってるからダメなんだ」

「どういうこと?」

「ああ、あのな、コンテストはその出場者はもとより、出場者の服を作る店、アクセサリを作る店、全体をプロデュースする商人の闘いでもあるんだ。グランプリに選ばれた女の子の使ったものを作った店はそれだけで箔がつくからな。店によっちゃ、一年前から準備してたりする」

「なーるほど。つまり、まだコンテスト出場者の服を作ってない店に行かないと駄目なんだね」

「そういうこと。ちなみに出場者は…アオイが十二人番目か、さすがにもう増えないだろうから十二人ってわけだな」

「えっ?そんなにいたら服屋さんなんてあるの?」

「もちろんさ、ほらこっちだ」

路地に入る。

「大通りの店は全部ダメだけど、こっちなら大丈夫だ」

(確かに大丈夫かもしれないけど…)

こじんまりした小さな店の前で立ち止まった。

「祭りが始まるのは明後日。コンテストは四日間の祭りの間毎日行われるから、準備期間は二日間しかない…っと、ここだ」
2016/09/04

『クリューソス』への道中

乗り合い馬車の旅五日目。

『カタカタ…キッ、キィッ』

もう一時間ほどでクリューソスというところで馬車が停まった。

「あれ?どうしたのかな?」

「何かあったようですね」

僕らがこそこそ話していると、窓から覗いていたおじさん達がハプニングに興奮したのか大きい声で説明し始める。

「でっかい穴に車輪が落っこった馬車が止まってんだよ。ありゃあ、なかなか出せないぜ」

「本当だ。完全にハマっちまってるなあ」

「街道に穴?なんでそんなもんあるんだ?」

どうやら前を走っていた馬車が事故に遭ったようだ。

(こういう時ってどうするんだろう…?)

そうこうしていると、今度は後ろの乗り口が開いた。

「あの、皆さんにお願いがあります。あちらの四人乗りの馬車が穴にハマってしまいまして、お客さんをこちらに乗せてやりたいのですが…」

御者のおじさんが申し訳なさそうに僕らに頭を下げた。先程まで賑やかに話していた乗客のおじさん達が急に黙って顔を見合わせる。

『パンパン』

その時、これまでずっと一緒だったおばさんが手を叩いた。

乗客達の目がおばさんに集まる。

「仕方ないね。ちょっと狭いけど苦しいときはお互い様だ。あと一時間ほどなんだし我慢するか」

お互いに様子を伺っていた乗客も反対する者はなく、おばさんがそう言ったことで四人の乗客が乗ることになった。

「助かりましたのぉ」「ありがたいのぉ」「お邪魔してすまんのぉ」「助かったぜ」

乗ってきたのは三人のお婆ちゃんと一人のお兄さんだった。

八人が四人ずつ向かい合わせに座っている間に新しい乗客が立つ形で馬車がゆっくりと動き出した。

「今日は全くツイてんだかツイてないんだかわかんねえなっ。初めまして、俺はミハエルって言うんだ。クリューソスの商人で、ちっとは知られているんだぜ」

お兄さんは僕とアメを見ると、驚いた顔をした後、既に僕らの前に立っていたお婆ちゃんを押し退けるようにして話しかけてきた。

「はぁ」

僕が適当にミハエルの話を聞き流していると、後ろの乗り口の窓の外に例の穴が垣間見えた。

(ん?…あれは…。何だか気になる…)

「なあっ、お嬢さん」

呼ばれていることに気づいて見上げるとお兄さんが僕に話しかけていた。

「お嬢さんはクリューソスは初めてかい?…その格好は砂漠の街から来たんだろ?…どうだい、俺がクリューソスを案内するぜ」

「はあ…」

明らか適当に僕が返事をしているのに延々喋り続ける。

これまでも男からいろいろと話しかけられたけど、やはりと言うべきか、ミハエルの視線は僕の顔とシャツを押し上げる胸の膨らみを行ったり来たりしていた。

(はぁ…もう無視しよ…)

「ふう、ふう」

ミハエルから視線を外すと、ふと、苦しそうな息遣いに気がついた。そっちを見るとお婆ちゃんの一人が何だか辛そうにしていた。

「お婆ちゃん、どうぞ座ってください」

僕は立ち上がって席を譲る。ハルとアメも立ち上がってお婆ちゃん達に席を譲る。

「いやいや、わしらが邪魔をしとるんだから、もう少しだしの」

「それなら俺がすわっ…いてっ」

「なんでアンタが座るんだよっ」

ミハエルのお尻をおばちゃんが蹴った。

「ありがとう、お嬢ちゃん」「馬車に乗せてもろうた上に席まで譲らせて…すまんのぉ」「何かお礼をしたいのじゃが…」

「いえいえ、お礼だなんて…。お婆ちゃん達はクリューソスに観光ですか?」

「実はわしらのそれぞれの子供がクリューソスに住んどってな。孫達が祭りに招待してくれたんじゃ」

お婆ちゃん達はお孫さんのことを嬉しそうに話す。

ところが、そうこうして走り出したと思ったら、御者席と客席を繋ぐ木の小窓が開いて御者のおじさんが吃りながら叫んだ。

「ジャッ、ジャッ、ジャイアントフロッグだっ」

「まっ、まじかっ」「おいっ、どっ、どうするんだよっ?」

僕も窓から外を見ると、フロッグ達がその巨体をこっちに向けている。

(馬車に気づいてるっ)

「御者のオッサン、スピードを上げろっ」

ミハエルの言葉に止まりかけていた馬車の速度が上がる。

ジャイアントフロッグは沼地に生息する魔物で、蛙と聞いたら可愛いけど、その名が示す通り体長が三メートルほどの巨大な蛙の魔物だ。その脚の膂力は人間の体を蹴りちぎるほどだ。

さらに旺盛な食欲で舌を伸ばしてどんな獲物も丸ごと呑み込む。危険な魔物で、ハンターギルドでも現れたら被害が大きくなるため他の魔物に優先して討伐される。大きな体の割りに動きも機敏で複数いる場合はBランク冒険者でも危険な魔物だ。

(この距離じゃ逃げ切れない…五体か…)

戦うしかない、そう考えているとビュッと一陣の風が吹いて髪が巻き上がった。

「いきなりなんだっ?…おっ、おいっ、アイツがいねえっ」

後ろの乗り口が開いていて、ミハエルの姿が消えていた。

「まさかっ、…くそっ、あの野郎っ、馬車を囮にしやがったなっ」

フロッグ達は馬車の進路を先回りするように向かっている。

「うわあああっ」

御者のおじさんの叫び声の直後、ドカンと何かがぶつかる音と激しい衝撃が馬車を襲う。

「あわわっ」

立っていた僕は激しい揺れにしゃがみこむ。

「倒れるぞおっ」

誰かの声がして、馬車が倒れた。

「痛てて…」「うぅ…」「くっ…」

「みんな大丈夫かいっ?」

比較的元気なおばさんが怒鳴る。

「ううっ、なんとか…」

動ける人から順に馬車を出る。幸い、全員軽傷で済んでいた。

「はっ、早くしろっ、前から来るぞっ」

先に出た客達が走り去る足音。

「ここ数日は魔物が活発だって聞いたけど、なんだってこんな時期に出るんだよっ。お婆さん達っ、逃げるよっ」

おばさんが椅子に小さくなったお婆ちゃん達に手を貸そうとする。

「おばあちゃんっ、早くっ」

ところが、僕の差し出した手をお婆さんが優しく包んだ。

「ええんじゃ。若いものはお逃げなさい」

「何を言ってるんだいっ」

おばさんが怒鳴る。

「奴等もわしらを食えばどこかへ行くかもしれん」

おばさんとお婆さん達の問答の間にもドスンドスンと地響きが近づいてくる。

(このままじゃ間に合わないっ)

「僕らで倒そうっ、行くよっ」

僕が杖をもって馬車から飛び出すとハルとアメも続いて飛び出す。

「お嬢ちゃんっっ」

おばさんが馬車の扉から叫ぶ。

「おばちゃんっ、おばあちゃん達をお願いっ」

その時、先程逃げ出した乗客のおじさん達が息を荒げて戻ってきた。

「おいっ、後ろもだめだっ、三体見えた」

(前から五体、後ろが三体…、おかしい…なぜ後ろの奴らは追いかけてこないんだろ?)

おじさん達を貪欲なフロッグが無視するとは考えにくい。つまり、おじさん達以外にフロッグの獲物が後ろにいるという事だ。

(そうかっ)

「ハルっ、アメの二人は前の五体をお願いっ」

「お嬢様はっ?」

「僕は後ろの三体をやるっ。奴等がこっちに来ないのはおそらくミハエルがいるからだっ」

僕は馬車を引いていた馬を一頭外して乗る。

「お嬢様っ、一人でなんてダメですっ。まずは前をやってから…」

「それじゃ、ミハエルを助けられないっ」

「なぜですっ、我々を囮にして自分だけ助かろうとしたような男ですよっ」

「確かにそうかもしれない。だけど、これで生き残ったら彼を囮にして僕らが助かるって意味だっ。助けられるのに助けなかったら、それって僕らが殺したのと一緒だっ」

ハルとアメの顔色が変わる。

「じゃあ行くよっ。お互い倒したらここに集合ねっ」

馬に「お願いっ」と言うと走り出した。


◇◇◇


(いたっ。間に合ったっ)

ちょうどミハエルがジャイアントフロッグに追いつめられて這いつくばっているところだった。

「馬さん、ありがとう。離れててっ」

降りようとすると、馬はいなないて嫌がる。そしてさらにフロッグに近づいた。

「これ以上は危ないよっ」

ジャイアントフロッグが僕らに気づいた。

ミハエルよりも食いでのある馬に反応したようだ。

「いい?僕が飛び降りるからそのまま走るんだよっ」

フロッグ達の注意は馬に向かっていて僕からは逸れている。

『ビュンッ』

二本の舌が飛んできた。

「行ってっ」

飛び降りながら仕込み杖から刀を抜く。

『シュッ』

『ドサッ』

落ちた舌の先がビクンビクンと跳ねている。

「ギャアアアア、ゲロゲロゲル」

二体が叫ぶ。目標が僕に切り替わった。

「今の間にっ」

「あわわわ、ひいいい」

ところがミハエルは四つん這いのまま動かない。腰が抜けたようだ。

(仕方ないっ)

「ミハエルはそこで動かないでっ。おいっ、こっちだっ」

大きな声で僕は注意を引くと、鞘を捨てて下段に構えた。

「ゲロゲロゲロゲロ」「ゲロー、ゲロゲロ」「ゲロゲロゲレ」

三体が僕を囲む。

「来いっ」

一体が舌を飛ばす。だけど、これは予測の範囲内。躱しながら斬り上げる。

「ゲコオッ」

これで三体全て舌による攻撃はなくなる。

(舌が使えないとなると…)

一体の足が地面を踏みしめる。

(突っ込んでくるしかない)

とは言え、体重が僕らの何十倍もあるフロッグの突進をまともに食らえば簡単に命を落とす。僕は転がることで跳んできたフロッグを避けた。

(ここだっ)

自分で撒き散らした砂埃で一瞬僕を見失っている間に後ろから背中の急所を一突き。

「ギェコオォォ」

振り向いて確認するまでもない。サイドに僕が跳ぶと同時に別の一体が跳んできていた。

『ドンッ』

今、急所を刺したフロッグが後ろから跳んできたヤツにはね飛ばされる。

もうもうと砂埃が舞う中、突っ込んできたフロッグはやはり僕を見失ったように左右を探している。その僅かの間に僕は落ち着いて背後から斬り捨てた。

「ギェエエエッ」

(あと一体はっ)

気配が消えた三体目を探していると、地面が薄暗いことに気がついた。

(上っ)

僕が飛び退いたところに間髪いれず最後の一体が落ちてきた。

『ドゴォンッ』

あまりの衝撃に街道に足跡が残った。

(さっきの足跡はやっぱり…)

馬車の車輪が落ちた穴はこれだった。

「あとはお前だけだっ」

ところが、最後の一体は僕を見ていない。

(んっ?)

フロッグの視線の先を追うとミハエルがほうほうの体で逃げ出そうとしている姿があった。予想外の抵抗にあったフロッグは目標を変えたのだ。

(なんでっ?動くなって言ったのにっ)

フロッグの脚の筋肉が膨らむ。

「まずいっ」

(跳ぶつもりだっ)

そして、僕の推測通り、フロッグが跳んだ。

『ビュンっ』

間に合わないっ、ミハエルがフロッグに押し潰されて肉塊に変わる絵が頭に浮かぶ。

だが、その瞬間、ミハエルの前に黒い影が割り込んだ。

「アメっ」

アメは刀を交差させてミハエルの前に立ちはだかる。

(アメの力じゃフロッグは止められないっ)

『ヒュンッ』

しかし、アメの体までフロッグが届くことはなかった。

空から降ってきた影が跳んでくるフロッグの体を貫き、串刺しにしたのだ。

フロッグはしばらくピクピクと動いていたけど、完全に動きを止めた。

「お嬢様、怪我はありませんか?」

「ハルっ、アメっ、大丈夫?ありがとうっ」

駆け寄る僕の前でハルとアメの体が輝いて血塗れの執事服とメイド服が洗いたてのようになった。

「お嬢様、お見事でした」

確かに、僕は村正なしで上手く戦えた。

(夢のおかげかもしれないな)

村正がどこかへ消えてかなり経つ。そして、それと同じだけ夢を見るようになった。夢の中で僕は十年以上剣の修行をしてきたのだ。