管理人ほう

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さて、俺が馬車を降りたのは王城の城下町、王都の目抜通りだ。

『人形工房レオナール』

これが俺の店の名前だ。

「む」

店に入ろうとしたところ、一陣の風が吹いた。石畳の埃が舞い、一枚の紙が俺の方に向かって飛んできた。

俺はそちらを向くこともなくそれを掴むと、店の扉を開けた。

『カランカラーン』

まず、店の一階は展示スペースとなっている。

「いらっしゃいませ…って、なんだ、ご主人様か」

丸いテーブルで珈琲を飲んでいた青年が立ち上がりかけて、俺だと分かって座り直す。

身長は180ぐらい、髪は黒髪に癖毛、浅黒い肌で三つ揃いのスーツを完璧に着こなしている。

「客は?」

「リンドン伯爵とゲイルート商会が来たよ。全く、人間っていうのは業が深いよね」

「お前に業なんて言葉が分かるのか?」

ふふん、と自信満々に笑って青年が新聞を読み始めた。

「おい…、新聞が逆さまだぞ。読めもしないのに格好だけは一丁前だな」

「そういえばさ、こないだトウェイン男爵のとこに行ってたじゃん。ねえ、トウェイン男爵って確かきれいな奥さんを殺したガチ変態だって噂だよね。どうしてあんな、社会不適合者に売るのさ」

完全に無視しやがった。

「大切なことは金を払うか払わないかだ。文句言ってないで契約書をよこせ」

俺はそれでもグチグチと不満を口にする青年から売買契約書を受け取って、部屋の奥に向かった。





部屋の奥、さらに階段を下った先の金属製の扉を開けると、様々な器具の並ぶ地下室がある。ここが俺の工房であり秘密の部屋だ。

煙草に火をつけると、最上級のソファに寝転がって俺は契約書を確認する。

ゲイルート商会からは新たな人形を五体と書かれている。

ここは俺のお得意様であり向こうも俺無しには成功しなかったという点で持ちつ持たれつの関係だ。

ゲイルートの売っているものは春だ。もっとはっきり言えば娼館の経営でのしあがってきた新興の奴隷商人だ。

五体というまとまった数からしておそらく新しい店舗を出すのだろう。

ゲイルートのところには最初に挨拶がてら行くか、と今日の予定を考えつつ二枚目に移る。

リンドン伯爵も魔導人形を一体と書いてあるのだが…。

「リンドン伯爵…、リンドン…」

名前を呟いてみるが、顔が全く思い出せない。これまで顧客でなかったのは確かだが、夜会などでも見たことはなさそうだ。

まあどうせ俺に頼んでくる貴族など、大半は変態ばかりだ。

「とりあえず、行くか」

俺は考えるのをやめて立ち上がった。


◇◇


目抜き通りを一本奥に入った通称奴隷通り。

文字通り、奴隷を売買する店から始まり、娼館や柄の悪い呑み屋など、真っ当ではない店が軒を連ねる。

夜になれば客引きや酔漢などでごった返す通りも、この時間は気だるい雰囲気で眠っているように感じた。

空いている店は少ないが、その中の一つに俺は用があった。

ゲイルート商会の王都店。見た目には、ヤクザな店には見えない。だが、今やここは王都でも有数の奴隷を売買する商会なのだ。

俺が近づくと何も言わずとも黒服の男が扉を開けた。

店内は二階まで吹き抜けで、天窓が開いており明るく風通しもよい。

まだ昼下がりなので俺の他に客はいなかった。

「ややっ、レナード様っ」

俺がカウンターの紳士に名前を告げると、間もなくすばしっこいネズミを思わせる小柄な男が店の奥から出てきた。

「先程はお忙しいところをすみませんでした。わざわざ来てくださったのですか?」

奴隷の売買や娼館を取りしきる商会の主人とは思えない、この丁寧な口調の男がゲイルートだった。

「ああ。5体ってのが気になってな。新しく支店でも出すのか?」

すると男の眼鏡がキラリと光った。

「ええ、ここでは何ですから中へどうぞ」

奥の事務所に入ると、高級な革のソファに座るよう促され、座るや否や、ゲイルートから港湾都市に新店舗を出す計画を聞かされた。

「なぜ今更そんな街に作るんだ?」

ゲイルートの口から出た街の名前はかつて栄えた港湾都市だったが、今は陸路が整備されて活気はほとんどなくなっている。

「クフフ、ここだけの話なんですがね、近いうちに陸路の向こうで戦争が始まるそうで。そうすれば再び活気が戻るのです」

「なるほど」

「商人は商人の情報網があるのですよ」

新店舗の説明を受けた俺は、そのまま打ち合わせを始めた。

「五体の内訳は女2少年1それに黒服2でお願いします」

女と少年は客の相手をするため。黒服とは店の用心棒のことだ。

「港湾都市なものですから荒っぽい水夫も多いんで」

女は綺麗系の熟女と清楚な少女。これはなかなか見つからないらしく、何度も依頼されている。また、少年も一定数客が見込め、特に今回は客層が水夫ということで、1人欲しいらしい。水夫の中には長い航海でそっちに目覚めるものも多いからだ。

そして黒服もいつも通り。酔っ払った客はもとより、娼館という仕事の性質上、その縄張り(シマ)を牛耳るマフィアとは切っても切れない関係がある。

もちろんショバ代は払うが、足元を見られないために強力な黒服が必要なのだ。

「だが、奴隷を買えばそっちの方が安上がりなんじゃないのか?」

実際俺の人形はメンテナンスにも金がかかる。高い金を出して買った上にランニングコストもバカにはならない額だ。

「魂ですよ」

ゲイルートは当たり前のようにそう言った。

「はあ?」

「人の魂にはそれぞれ特徴があります。綺麗な真ん丸なもの、歪なもの、芳しい香りを放つものもあれば、ドブ鼠のような悪臭のある者もいます。レナードさんの人形には臭いがない。だからこそ万人に受け入れられるのです」

俺はゲイルートを見つめた。

「何ですか?私はその気はないですよ」

「ふははっ、いや、見直していたんだ。やはり若くして商会をこれだけ立派にする人間は違うな。よし、分かった。月末までに用意しよう」

俺は何度も礼を言うゲイルートに見送られ、次の依頼人のもとに向かう。


◇◇◇


さて、今日の最後の仕事だ。

リンドン伯爵邸は貴族街の一角にあった。一目見て古く歴史ある建物であることがわかる。

衛兵に会釈をして、門をくぐると広い庭を玄関に向かった。

そして、オークで出来た重厚な扉の前まで来たところで、俺はふと立ち止まって歩いてきた庭を見渡した。

貴族の屋敷の名に恥じない庭園ではあるがどこか違和感を感じる。

「む…?」

だが、考えても仕方の無いこと。

俺は玄関のノブの輪っかを二度叩いて待つ。

「レオナール人形工房のレナードと申します」

静かに扉が開いて現れた年老いた執事に名乗ると、事前にアポをとってあったため、待たされることもなく主人の部屋に案内された。

「レナード様が参られました」

「うむ。入ってもらえ」

俺が部屋に入ると執事も入って扉を閉めた。

「レナード殿、このような姿ですまぬな」

部屋はカーテンが閉まっていて外の明るさとは対照的に声の主の表情も見えなかった。

「構いませんよ。ところで、私をお呼びになったのは?」

これまでの客の中には病床の老人でも若い娘をはべらしていた者もいた。しかし、この老貴族はそういった連中とは異なるようだ。

「1つ作ってもらいたいものがあるのだ」

リンドン伯爵は説明を始めた。

「ワシの作ってもらいたいものは娘の姿をした人形なのだ。それも、まるで本物の人間のようなものを」

「なるほど」

俺は老貴族を観察する。特に娘をどうこうしたい、というような変態には見えない。

おそらくは家族の人形を作って慰めを得ようとでも考えているのだろう。

これは外れだったか、と俺は心の中でため息をついた。だが、そのとき、思いがけない言葉が老人の口から出た。

「それに、娘にはナイフを一本隠し持たせたいのだ」

「ほう?」

面白い。俄然興味が湧く。

「出来るかね?」

「もちろん出来ますよ」

俺は内心を悟られるような馬鹿ではない。目をそらすことなく真摯に頷いた。

「ええ、そうですね。期限は?」

「二週間で頼みたい」

「分かりました」

「では娘の資料をお渡ししよう」

老執事が主人から封筒を受け取り俺に渡す。

「それではさっそく取りかかりましょう」

外に出て、俺はこの屋敷に入るときに感じた違和感の正体に気がついた。花のあるべきところに花がない。

いや、恐らくはかつてはあったのだろう。その残り香のせいで違和感があるのだ。

俺はリンドン伯爵の用意した馬車で帰る道中、封筒を開いた。そして、ふとその中の一枚の写真を見て目を細めた。

「ほう、これは…」
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