管理人ほう

管理人ほう

(んん…気持ちいい…)

ふかふかした感触に包まれて目を覚ました。

「ん…」

さわさわと撫でる。柔らかい毛の感触。

(毛…?)

脳裏に昨夜の狼たちとの戦いが、そして、銀狼との命をかけたやりとりが一瞬でよみがえる。

「うわあっ」

僕は飛び起きると同時に村正を抜き放って目の前に座っている銀狼、刃を目の前の敵に突き刺した。

『ズブッ』

「お前のせいでっ」

僕は力任せに刃を押し込んだ。

「アルさんもっ、町長さんもっ」

村正の刃を伝って銀狼の血が流れ落ちる。

突き刺しているのは銀狼の胸の辺り。もう一押しするだけで命を奪うことになるだろう。それなのに銀狼は身動き一つしない。

(…どういうつもりなんだっ?)

警戒しながら見上げた僕の前にあったのは、落ち着いた銀狼の瞳だった。

「…コロストイイ」

「え?」

予想外の言葉ではあったけど、その瞳は騙したり、何かたくらんでいるようなものではない。全く理解できないけど、覚悟のようなものが見える。そしてその眼が、僕の心の中にあった怒りの炎を小さくした。

「どうしてっ?」

「オレノ、ケンゾクガ、ヤッタコト。イキルタメトハイエ、オマエヲ、ナカセタ」

「えっ?何を言ってるんだ?」

僕の手は銀狼の血で真っ赤に染まっている。

「オレハ、オマエヲ、ハンリョニスル」

(…俺は、お前を、ハンリョにする?ハンリョ?)

(「伴侶じゃな」)

突然村正の声が頭に響いた。

「ええっ、なっ、なんでっ?」

(「昨夜はお楽しみでしたな?主殿」)

(「えっと…昨夜?」)

そして僕は最初から最後まで思い出すこととなった。最後の方は色々と意識がないところもあったけど。

「うわぁぁぁっ、村正っ、なんで助けてくれなかったんだよっ」

思わず村正を引き抜いて刀に向かって叫んでいた。

(「妾も主殿のために無理したせいでしばらく力を失っておったんじゃ。むしろ、あんなことは妾以外には不可能なんじゃからな」)

「でもでもでも」

真っ赤になって挙動不審になった僕に銀狼が話しかけてきた。

「オマエハ、オレノ、メスダ。オレガマモル」

(いやいやいや、「オレノ」って…狼のお嫁さんになるとか、無いから、絶対無いから…って)

「ちょっと待ってよっ、そもそも僕は怒ってるんだっ、町長さんや、ロイも…それにアルさんなんて…幸せに暮らしてただけだったのに…」

そう言っているとまた思い出して僕の目に涙が滲んだ。

「全部お前のせいで…うぅっうわぁぁん」

僕は泣きながら銀狼を殴る。銀狼は何も言わず僕の拳を受けていた。

それから、しばらく泣いて怒った僕は疲れて座り込んだ。もうわけがわからない。この銀狼をどうすればいいのか、自分がどうしたいのかも分からなくなった。

(僕はどうしたら…)

確かなことは刃を受け入れた銀狼の覚悟が本物だったということ。そして、それを心の中で理解してしまった僕は、もうこの銀狼を殺す気がなくなってしまったということだけだった。

「オマエハ、コレカラ、ドウスルンダ?」

「えっ?ああ…僕は倭国にいる父さんを助けるために強くならないといけないんだ」

突然の銀狼の言葉に思わず答えてしまった。

「オレモ、ツイテイク」

「何言ってるんだよ、ダメに決まってるだろっ」

ちょっときつい口調だったかな、と思ったけど、銀狼は全く気にしてないようだった。

(「主殿、妾は連れていっても良いと思うぞえ。この銀狼は主殿を裏切ることは考えられんし、役に立つじゃろう」)

(「ちょっと、村正は黙ってて」)

「ダイジョウブダ。オレガ、カッテニ、ツイテイクダケ。ワコク…ナツカシイ。オレモ、イク」

「そんなこと言っても、その姿じゃ無理だから」

「モンダイナイ」

そう言うと銀狼の体がどんどん小さくなって、それから人間の姿になる。

長い銀髪の長身の青年。顔も美形だ。

「これでどうだ?」

人間の姿になったせいで話しやすいのか、言葉も急に流暢になり、聞き取りやすくなった。

(ええっ?)

(「これくらいは出来ぬわけなかろう。この銀狼は妾が見たところ相当長い時間を生きて力を持っておるからの」)

村正は色々知っていたようだ。

「その刀…村正…」

僕の刀を見て銀狼が呟いた。

(「ほう、妾のことを知っておるのか」)

「なんで知ってるの?」

「懐かしい、昔聞いたことがある…」

(銀狼は倭国にいた事があるのかな?)

いやいや、ブンブンと頭を振る。

「ダメダメ、そんな姿になっても僕は連れていかないよっ」


◇◇◇◇◇


さて、僕は町に戻ったその足で早速町長さんのお見舞いに向かった。

町長さんの家は半壊しており、息子さんの家にいるはずだ。

(銀狼のこと…何て説明しよう…)

僕が着いた時にちょうど何人かの人がお見舞いに来ていたのでしばらく待つことにした。

「おうっ、アオイじゃねぇか」

「おはよう、ディック」

僕は声でバレないようにわざと低めの声を出す。

ディックは町長さんのお孫さんで学校に通っているときはちょくちょく僕に絡んできて面倒な奴だった。

ディックも20歳になって、脂ぎった顔がテカテカと光っている。

「爺ちゃんの見舞いに来てくれたんか?」

そう言いながら近づいてきた。僕を見るその目つきは先日のハンター達と同じだ。なんだか背筋が寒くなった。

(やっぱり後にしよう)

「いや…うん、でもまた後にするよ」

僕は一旦帰ろうとクルッと振り向いた。

「おいおい、少し待ったらいいじゃねえか?久しぶりに会ったんだしよお」

ディックが僕の腕に手を伸ばしてきたその時、ドアが開いてガヤガヤと見舞いの一団が出てきた。

「チッ」

ディックが舌打ちをして僕の肩に手を置く。

「爺ちゃんならその隣の部屋にいるからな」

ディックはそう言いながらなかなか手を離さない。揉むような手つきに鳥肌がたった。

(「アオイ…しばらく見ないうちにますます女っぽくなったな。もう男でも関係ねえ。今度酒でも飲ませてヤっちまうか…くくく」)

村正の力が発動してディックの考えが頭に入ってきた。

(うわあ…こんなこと考えてたのか…)

「じゃあ」

ディックから逃げるようにして僕は町長さんの部屋に入る。後ろを窺うとディックがどこかに急いで向かうのが見えた。

(ああ…発情しちゃったんだね…)

(「主殿も我が力の使い方を分かってきたようじゃな」)

(「へ?」)

(「発情させようと力を込めれば普段よりも発情させられるのじゃ」)

(「そうなんだ」)

どうやら無意識に力を出したようだ。

(「この調子なら妾が顕現できる日も近いやもしれんなぁ」)

「おはようございます」

「おお、葵君」

町長さんは僕の姿にベッドから起き上がろうとして顔をしかめた。

「町長さんっ、寝ててください。でも、重症って聞いてたんで安心しました」

顔だけをこちらに向けて町長さんが何とも言えない顔をした。

「儂もなんとか生きながらえたようじゃ…じゃが、まだ魔物が…」

町長さんがため息をついた。

「えっと、その事なんですが…」

『バンッ』

僕が話そうとすると、大きな音を立ててドアが開いた。ドアの向こうから町長さんの息子さん、ディックのお父さんが息を荒げて部屋に入ってくる。

「葵君っ、葵君っ?」

僕を見るとものすごい勢いで近づいてきた。

「今、父さんの家の前で毛皮を見てきたが、まさか、すべて退治してくれたのかっ?」

町長さんが驚いた顔で僕を見る。

「はい。灰狼、黒狼は全て倒しました。それに銀狼も逃がしましたが、もう戻ってくることはありません」

「まさか…?」

町長さんの驚いた顔。

毛皮は町長さんの家の前に置いてきたけど、僕は牙を革袋から取り出す。それに銀狼の毛と小さな瓶に入れた血を出した。

「た…確かに…これは銀狼の毛だが…しかし、葵君、一人でやったのか?」

町長さんの息子さんが言う。

「はい。ただ、ちょっと…」

僕は人払いをお願いして町長さんと二人になる。

そして村正を体から出した。

「おお…葵君もついに刀を…」

町長さんは嬉しそうに目を細める。

「実はこの刀が妖刀で、その呪いで僕、女になってしまったんです」

「な、なんとっ」

「ですので、呪いの解除方法を探す旅に出ようと思います。それにまだまだ父さんを手伝いに行くには力不足ですし…」

「そうか…」

町長さんはしばらく目を閉じて考えているようなそぶりを見せる。

「仕方ないことじゃが、寂しくなるのぉ、では、せめて儂が治るまではいてくれんか?」

「わかりました。僕も準備がありますので」

出るときにチラっと見た町長さんの顔は寂しそうだった。
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