管理人ほう

管理人ほう

『ヒュッ』

村に入るなり僕らに向かって無数の矢が飛んできた。

「葵っ」

「大丈夫っ」

僕は難なく躱して、ラルフは躱すどころか矢を掴んだ。

飛んできた方向を見ると、櫓(やぐら)のようなものが建てられていてその上に数匹のオークが見えた。何やら櫓の上で叫んでいる。

ラルフが掴んだ矢を投げると、一直線に飛んだ矢が櫓の上のオークに刺さった。

『ドサッ』

重いオークが地面に落ちた音は意外な程大きな音を立てた。案の定、家々のドアが開いてオークたちが顔を出す。

そして僕らの姿を見ると慌てた様子で家の中に戻って武器を携えて出てきた。

「一気に行こう」

僕はそうラルフに言って駆け出す。ラルフは走りながら器用に矢を掴んで櫓の上のオークを落としていく。

僕は矢が飛んでくるのを躱しながら、一番近くの家から出てきたオークと向き合った。

「ぶひぃっ、ぶひぃっ」

贅肉まみれの腰にボロ布を巻いただけのオークが口や鼻から涎や鼻水を垂れ流している。

(うわぁ…)

オークは顔が豚で体が人間の魔物だということは知っていたけど、実際に見てみると想像していた以上に気持ち悪い。

(「主殿、まさか妾でこんな汚いのを切るのかえ?」)

村正が恐る恐るといった感じで聞いてきた。

(「もちろんだよ」)

「ひっ」と村正の悲鳴のような声が聞こえた気がした。

(「お願いじゃあ、それだけは許してたもれ~」)

オークはさらにボロ布の脇から勃起した汚い肉棒を取り出して扱きながら僕の体を見てニタァと笑った。口から垂れた涎が糸を引く。

(うぇぇ…気持ち悪い…)

僕はぞっとして、タンクトップを持ち上げる膨らみを両腕で隠した。

(「気持ち悪いのぉ、…主殿、やるんならさっさと終わらせてくだされ」)

村正の気持ちはよく分かる。僕も本当はあまり近づきたくはないけど、仕方ないので目の前で肉棒を扱くオークに斬りかかった。

(まずは一匹っ)

ところが、突然の僕の攻撃に戸惑っているオークの隣から盾が出て村正の突きが防がれる。

(ん?)

と同時に、盾の陰から杭を尖らせただけの粗末な槍が突き出される。

(おっと)

その槍を切り落とすと、僕が最初に斬ろうとしたオークが鉈を振り下ろしてくる。

(なんだ…?)

僕は違和感を感じて一旦後ろに下がって観察した。オーク達は闇雲に突っ込んでくるようなこともない。

(なるほど…確かに単純な魔物の動きではなさそう)

僕は認識を改めた。

オーク達は僕が一度下がったことで怯んだと見たのか、三匹で囲むようにしてジリジリと近づいて来る。

僕は体を低くして力を溜め、三匹を引き付ける。

そして、間合いに入った瞬間、刀を抜いた。

3匹とも何が起こったのかわからなかったのかもしれない。呆気にとられた顔のまま倒れた。

「葵、大丈夫か?」

ラルフの周りには既にオークの死体が転がっていた。

「うん、あっ、話している暇はなさそうだよっ」


◇◇◇◇◇


キースはハンターたちからこっそり離れると、オークたちがいなくなった家々を回る。

(オークに犯された女はハンターに殺されるって聞いたことがある、その前に見つけないと)


◇◇◇◇◇


(こいつらって本当に生殖本能だけのオークなの?)

オークは必ず三匹で連携して攻撃してくるのに加えて、不利と見ると逃げ出して、葵達を罠が仕掛けられたところに誘い出す。

聞いていたオークと全然違う戦い方に葵も最初は戸惑った。

だが、狼との戦いで散々不意打ちも多対一も経験してきた葵にとってそれほどの驚異ではなかった。

足元に張られている紐も飛んでくる矢もことごとく躱す。

このあと何があるかわからないので村正の力は要所要所でしか使わなかったが、それでもオークがどれだけ束になってかかってきたところで相手にすらならなかった。


◇◇◇◇◇


「うわっ、激強じゃん?あんなお嬢さんが狼退治したって聞いて冗談かと思っていたけど、これなら頷けるなあ」

家を一軒ずつチェックしながら、イアンが感心したようにポールに声をかけた。

「確かに…強いな」

ポールも言葉少なに答える。

わらわらと出てくるオークたちを村の中央に集めながらも、囲まれないように移動しながら捌いていく二人の様子が見える。

六匹のオークが突っ込んでくるのを葵が華麗なステップで切り倒した。

アーバインも各家に取り逃がしたオークがいないか注意深く確認しながらそれを眺める。

「確かに…これならAランクにしてもいいくらいですね」

「おおっ…っともう何匹目だ?あの銀髪の兄ちゃん、ラルフだっけ、こいつも面白ぇな。力だけなら俺よりもあるんじゃねえか?蹴りだけでオークを殺すなんて聞いたことねえぞ」

レオンも感心する。

「ウィリアム、この家にも女がいたぞっ」

アンナがウィリアムを呼び、ウィリアムが浄化の術式を使ってオークに汚された女の体を浄化した。

そして家から出てくる。

「浄化はしました。ですが、ここまでで発見した方たちは残念ながら…」

ウィリアムが苦しそうな顔でレオンたちに報告した。オークの子は産まれる際、強い媚薬効果のある液体を母胎に吐き出す。その結果、母胎となった女性の精神は壊れ、死ぬまで快楽を求めるだけの存在となる。

そして、発見された女性達は既にオークの子を産んだ後で、精神を壊されていた。こうなっては最早助ける術はなく、楽にしてやる他ない。

「やはり遅かったか…、いや、まだ助かる女もいるかもしれんっ。隈無く探せっ」

その時、葵、ラルフの予想以上の戦いぶりや囚われた女に意識が向いていた彼らは、連れてきた少年がいなくなっていることに気がついていなかった。


◇◇◇◇◇


(オークはこれで全てかな?)

村の中央でかなりの数を倒した僕らはそのまま村の奥に向かう。

奥には一際大きな家。

(元は村長の家とかかな?)

「ねぇ、ラルフ。何か感じる?」

「ああ。出てくるぞ」

大きな屋敷から一体の巨大な鬼が現れた。

(あれ?オークじゃない?)

「ねぇラルフ、あれってオーク?」

「いや…おそらく鬼(オーガ)だろう」

体長は3メートルくらいだろうか。ずっと切っていないのだろう、腰まで伸びた長い黒髪の隙間から鋭い視線が僕らに向けられている。

上半身は裸で、日に焼けた体は固い筋肉に覆われ、僕なんかだと殴られただけで殺されそうだ。

近づいて来ると身長差で僕はもちろん、ラルフも見上げることになった。

「…ホウ、ヒサシブリニ、オオモノダナ」

自分の仲間が殺されたのを嬉しそうに眺めるオーガ。

(会話が出来る…)

「お前がここのボスなの?」

「アア、ソウダ」

(なるほど。こいつがオークに知恵を与えたんだ…)

「どうしてこんなことをするの?」

オーガが尖った犬歯が覗かせてニタっと笑う。

「ドウシテ?オマエラヲ、ヨブタメダ。オレハ、ツヨイモノト、タタカイタイ」

「まさか…そんなことのために村を?」

「ナニカ、オカシイカ?」

僕の脳裏に女の人の酷い有様が思い浮かぶ。

戦いの最中に扉から見えた女の人は、両腕を縛られ、体中がオークの精液にまみれていた。

それがそんな理由かと思うと怒りがこみ上げてくる。

「ヤルキニ、ナッタヨウダナ」

「ラルフ、手を出さないで」

そう言って僕はオーガと向かい合う。

「フタリ、イッショデモ、イインダゾ」

「僕一人で十分だ」

オーガの顔から薄笑いが消え、巨大な剣が上段にかかげられた。

「気をつけろ」

ラルフが僕に声をかけるのと同時に僕は突っ込む。

オーガの大剣が僕の頭に向けて振り下ろされる。

「ふっ」

息を小さく吐いて左に半歩ずれる。

『ひゅっ』

風を切る音と共に僕の体のすぐ横ギリギリを剣圧が通過した。

僕は居合で村正を抜いてオーガの横腹を狙う。

「ギーンッ」

激しい金属音。

オーガが振り下ろした大剣を素早く持ち上げて村正を止めていた。

(あの大剣をこんな速さでっ)

距離をとるために後ろに跳んだ僕を追ってオーガも跳ぶ。

(速いっ)

そしてそのまま空中で袈裟斬りに大剣を振り下ろした。

(くっ)

オーガの筋力で振り抜かれた剣は僕の力では真っ向から受け止めることはできない。

そこで相手の刀身に刀の先を当てるとそのまま滑らせて軌道を変える。

「むっ」

力の向きが変わってオーガの体勢が崩れた。僕はバランスを崩した相手の剣の腹を蹴ってその反動で宙返り、大きく間をとった。

本当は空中で一撃入れるつもりだったけど、バランスを崩した状態でもオーガの纏う余裕が僕に追撃を躊躇させた。

「ヤルナ、オモシロイ」

オーガが剣を肩に乗せてゆっくり近づいて来る。

(このオーガ、強い…)

隙のない構え、さらに大ぶりをしても隙を作らない膂力。

(出し惜しみしている場合じゃない。全力で行く)

僕は覚悟を決めると、鞘を捨てて下段に構え、五感に全神経を集中する。

僕の気配が変わったことに気がついたのか、オーガもそれまで以上に醸し出す圧を強くした。

ヒリヒリとした空気が流れる。

(行くぞっ)

「はっ」

僕は小さく息を吐いてオーガに向かって跳んだ。

「ふんっ」

オーガが今度は大剣を横になぎ払う。

だけど五感を研ぎ澄ました僕は、目から、耳から、さらに肌からも情報を得て、オーガの動きを既に予測していた。

しゃがみこんでその一撃を躱すと立ち上がり様に切り上げる。

『ギャンッ』

激しい音とともに刀が止められた。

(やっぱりダメか。隙を作らないと…)

仕返しとばかりにオーガが連続で突きを仕掛けてくるのを躱しつつ隙を窺う。

「ニゲテバカリデハ、オレハタオセンゾ」

防戦一方の僕に気をよくしたのか、オーガがニヤッと笑う。そして上段から大振りの一撃が来た。

(ここだっ)

際どいタイミングで躱す。

(今度は腕を落とす)

僕は最初の斬り合いと同じ流れで、今度はオーガの振り下ろした腕を切り落とそうとした。だけどその瞬間、頭の中で「カカッタ」という声が聞こえた気がした。

(えっ?)

思わず後ろに飛ぶと、激しい風とともに目の前を横薙ぎに剣が払われた。

「ヌッ」

オーガは躱されることは想定していなかったのか、完全に体が流れている。

(今だっ)

「はああああっ」

僕はその無防備に晒された脇腹を切り上げた。

「グッ………ヤ、ルナ」

口から血を吐きながら一言漏らすと、その巨体がゆっくりと崩れ落ちた。


◆◆◆◆◆


葵がオーガと対峙する少し前のこと。

アンナは囚われている女を探していた。既にアオイとラルフの力は疑いようもなくなっていたため、ハンター達は手分けして家々を確認している。

『ゴッ』

まさかオークが隠れていないとは思うが一応扉を蹴破った。

(ここには誰もいない…か)

少しホッとする。

これまで見つかった女は全てオークの子を出産した後で、助からなかった。

家を出るとレオンに声をかけられた。

「誰もいなかったか?」

「はい」

次の家に向かう。

その時、先ほどの家から叫び声がした。

「いやああっ、ぁあああっ」

(まさか?誰もいなかったはずっ)

慌てて戻って扉を開けると先程はどこに隠れていたのか、あの少年と一人の少女がいた。

少女のお腹が大きく膨らんで動いている。叫んだのは少女の方だったようだ。

(出産が近いっ、ぎりぎり間に合うかっ?)

「ウィリアムっ」

私が叫ぶと同時にウィリアムが飛び込んできた。

「まだ間に合うかもしれないっ」

ウィリアムがオークの子を腹から抜く術式を組む。しかしなかなか魔術が発動しない。

「おいっ、お前らっ、何をするっ」

少年が少女を庇うように立ちはだかった。

「ウィリアムっ」

ウィリアムは既に魔力を練り上げている。

(こいつが邪魔でうまくいかないのか)

「お前っ、邪魔をするなっ、今なら助かるんだっ」

私の剣幕に一瞬戸惑うように少年が後ろの少女を見つめる。

「ぐぅぅ」

横たわった少女の体が激しく跳ねた。

「いけないっ、出産が始まりますっ」

ウィリアムの声、私は少年を蹴り飛ばした。

それと同時に術式が起動し、少女の体が淡い光に包まれた。

光が強くなる。

(間に合ってくれ)

しかし、光が収まった時にそこにいたのは、痙攣する少女と50センチ程のオークだった。

「ああ…」

「間に合わなかった…」

私とウィリアムのため息。

そしてぼんやり少女の方を見る少年の目には何も映していないように思えた。
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