新生活とナンパ男

管理人ほう

ハンターの朝は早い。

日の出と共に目を覚ましてまずは柔軟をして睡眠中に固まった体を念入りに解すことから始まる。それが終わると家の周囲を中心にジョギングを行い体を暖める。
(でも街の人も朝は早いけどね。ジョギングしてたらすっごい挨拶されるし!)

そして家に戻ると庭で木刀の素振りを行う。ゆっくりとした振りで型の乱れがないかを確認した後、徐々に剣速を上げていく。これが終わる頃には汗だくになっている。多くのハンター達は井戸の水で体を洗う。これが寒くなってくると辛いのだ。
(僕はお風呂に入って汗を流すよ!)

それらが終わると朝食の時間だ。

朝食は自分達で準備する。依頼によっては辺境やダンジョンなど人跡未踏の地に行くこともあるハンターは野宿などもざらなので調理など朝飯前だ。
(うちには銀狼亭から朝御飯を届けてもらえるから料理はしなくていいんだけどね!)

朝食を食べ終えるとハンターギルドに向かう。早い者勝ちということもあって依頼書の周りはいつも人だかりだ。
(毎日通っていたらどんどん人だかりが増えていったんだよね。きっと最初の日はお休みの人が多かったんだと思う。ちなみに僕らへの依頼はケイトさんが準備してくれているから依頼書を取りに人だかりの中に行く必要はないんだよ)

朝の早い時間に出発することもあれば夕方からということもある。これは依頼内容によるもので生活は不規則だ。ハンター達が結婚を期に引退するのは常に危険と隣り合わせっていうのはもちろんだけど、これも理由の一つかもしれない。
(なぜか僕らの受ける依頼は夕方に帰れるものばかりだけど、やっぱり新入りだから気を使ってもらってるのかな?)

Bランクの依頼は魔物の討伐や魔物の素材収集が多い。ロゴスの近くにはダンジョンや森があるお陰でそういった依頼には事欠かないのは僕にとってもありがたい。
(だけど一週間ほどして、ハンターとケイトさんが僕の依頼について揉めているのを見たんだ。僕が討伐系の依頼ばかり持っていくので他のハンター達に不満がたまっているのかもしれないなあ)

魔物を倒して依頼を完了すると討伐証明部位や素材、依頼完了のサインをもらってギルドに帰る。だいたいは夕方くらいになるけど、このときもギルドは大にぎわいだ。
(依頼完了の手続きをするハンター達がやたらといい笑顔を僕に向けてくるから思わず笑ってしまうんだよね)

それから僕らは晩御飯は銀狼亭で食べて帰ることにしていた。毎日日替わりで定食があって大満足だ。
(ここもおいしいからお客さんでいつもいっぱいなんだ。僕はお客さんが増える前に行くから席があるけど…)

ハンターは毎晩酒を飲んで大騒ぎすると思われがちだが、実際には大きな仕事を終えた日以外は意外と慎ましいものだ。

◇◇

レオンが報告書を見てニヤついているのを胡散臭いものを見る目でアーバインが見つめる。

「仕事もしないで何を笑ってるんですか…全く」

「いやいや、これ見てみろよ」

レオンが差し出した紙に目を通し始めたアーバインの頬が緩んだ。

「ほらな、お前もそうなるだろ?」

報告書には『葵、ラルフ両名のギルド所属による影響』と題されている。

①両名の所属後、依頼達成率60%から98%に上昇。依頼達成までの時間40%の短縮。特に当日中の依頼達成率の52%増加。(両名の依頼受注、達成報告時のギルド混雑率の80%の上昇)

②ハンターの練度の上昇。早朝から鍛練に励むハンターの目撃談多数あり。また、常時討伐系の中でも女性が被害に遭いやすいゴブリン、オーク、ローパーの討伐が目標数の150%に。(一部ギルド員から葵を危険な討伐系依頼から外すよう要望あり)

③市民から治安の改善の感謝の声が多数あり。ギルド員による深夜の街の人への迷惑行為の激減。東区の飲食店から礼状あり。(一部酒場からの苦情あり。ハンター達の足が酒場から遠のいている、とのこと)

◇◇

1週間毎日依頼を受けた僕らはケイトさんからの勧めもあって、次の日を休養日とすることに決めた。

洗濯はお店に頼むんだけど、もう少し服を買い足しておく必要がある。
それに家財道具などは備えつけられていたけど、日用品まではさすがに自分で買わなければいけない。1週間生活してみて足りないものも分かってきた。

それとロゴスに着いたらやっておきたいことがあったのを思い出したのでこの機会に全部やってしまうことにしたのだった。

ラルフは僕が商業区でお店を回ると言うと、着いてくるか迷ってたみたいだったけど、僕がマーガレットさんの店に行くつもりなのを知ってあっさり家で留守番することになった。

どうやら前回僕の買い物に付き合って長い間待たされたのもあるけど、それ以上に「臭い」らしい。そういえば店に香水も置いてあったからそれが銀狼の敏感な鼻に触ったのだろう。

さて、そんなこんなで今日はオフだしハンター仕様じゃない服を着ることにしよう。以前買い物をしたときにマーガレットさんが紛れこませたワンピースがあったはずだ。

僕にとって実はスカートはかなり抵抗がある。ジェイクのお母さんの服は他に方法がなかったから仕方なしに着たけど、やっぱり15年も男として生きてきて、「はい、女になったからスカート」って訳には簡単にはいかないよね。

とは言え、スカートだっていつかは履かないといけない時がくるかもしれないし、そもそも買ったのに着ないのはもったいない!と自分に喝を入れてマーガレットメモを見ながら着てみたわけだけど…。

柔らかい生地で丈は膝上。

(うん、これならショートパンツよりも露出は少ない)

胸元が深く切れ込んでいるのはちょっと気になったけど、さすがはマーガレットさん。指示にしたがってインナーにタンクトップを着てみるとVネックの切れ込みの一番下は隠れたので胸の谷間はほんの少し見える程度になった。

(これなら大丈夫…かな?)

靴はヒールのあるサンダル、これも初めての経験だ。

さて、ロゴスの街の中は基本的に石畳が敷かれている。
何か問題が?と思うかもしれないけど、ヒール初心者の僕は街に出るやいなや、石畳の段差にヒールを引っかけて転びそうになってしまった。

スカートはやはり、というべきかショートパンツと比べてみてもなんだか頼りない感じがする。転びそうになる度に周囲から視線を感じた。特に男の人の目が気になる。

(やっぱりブーツといつもの服に着替えようかなあ…)

そんなふうに思ったりもしたけど、あんなにお薦めしてくれたマーガレットさんにも悪いし、何事も慣れだ!と僕は勢いをつけて出発することにした。

まず向かうはメロヴィング商会。

『カランカラーン』

「「「いらっしゃいませー!」」」

さすがにケルネと違って大きな街の素材屋さんは大きい。ケルネだとルシオさんが一人で買い取りをしていたけど、ここでは窓口がたくさんあった。
ハンターや街の武器屋さんなどが素材の売買に来ているせいで結構混んでいた。

僕は窓口の一つにルシオさんから渡された手紙を提出する。

「葵・御門様、少々お待ちください」

(さすが…ちゃんと発音できるんだ)

僕の名前はこの国では珍しいので発音しづらいのか、皆最初は「アオイ」というのに苦労する。
それを初見で「葵」ときれいに発音できるのはさすがにこの大陸の素材屋でも1、2を争うメロヴィング商会というわけだ。

「はい」

「身分証はお持ちでしょうか」

僕はギルド証を出す。

「失礼いたしました、それではお支払い金額ですが、420万イェンと、預かり金が2000万イェンございますね」

父さんの残してくれたお金もルシオさんが預かり金として処理してくれていた。

「ギルドに預けられますか?これだけの金額となりますと持ち運ぶにはかなり重くなってしまいますが…?」

(そう言えば昨日そんな話を聞いたような…)

「えっと、はい、それでお願いします。あと、宝石の加工とかしてくれるお薦めのお店ってありますか?」

そして、次の目的地は宝飾店。

『カランカラーン』

「いらっしゃいませ」

こちらはお客さんはいなくて、白髪まじりで口ひげをたくわえたおじさんが微笑んでいた。

「いかがなされましたか?」

そう言われて、ジェイクにもらった真珠を出す。

「これなんですが…」

「ほう、これは…素晴らしい。このレベルが無加工で市場に出ることは滅多にありません。差し支えなければどちらで手に入れたのか教えていただきたいのですが」

片目にかけたルーペでチェックするおじさん。ジェイクのくれた真珠を高く評価してくれて僕も鼻高々だ。

「故郷のケルネを出るときに幼馴染みが取ってきてくれたんです」

「ケルネ…なるほど、海辺の美しい町ですね」

おじさんがケルネを知っていたことに驚いたけど、誉められてなんだか嬉しい。

「あの、これをネックレスに加工していただけませんか?」

いろいろ考えた結果、一番戦いに支障が出ないネックレスにすることにしたんだ。

「ええ、もちろん可能です。ご予算はいかほどでしょうか?」

「えっと…相場がわからないので…」

ふむ、とおじさんが頷く。

「そうですね、あまり安い加工をすると折角の宝石まで安く見えてしまいますので、このような質のいい真珠ではもったいないかと思われます。それでは、そうですね…100万イェンまでで作るというのはいかがでしょう?」

(100万かぁ…高いかなぁ…でもせっかくだもんね)

「お願いします」

「お任せください。この素晴らしい真珠に見合った最高のネックレスに仕上げてみせましょう」

また後日完成したら連絡をもらえることとなって、僕はマーガレットさんの店に向かった。

「いらっしゃいませぇ…って、アオイじゃないっ、どこのお姫様が来られたのかと思ったわよ。ほらぁ、私の言った通り、よく似合ってるじゃないっ!」

店に入るとマーガレットさんが早速話しかけてくる。

(うん、途中からはかなり慣れてきたかも!)

「あら?今日はお姫様を守る騎士がいないのね」

きょろきょろと見渡してマーガレットさんが尋ねてきた。

「ラルフのこと?ラルフなら留守番だよ」

「ふーん、あっ!そうだぁっ!ねえねえ、家をもらったんだってぇ?ねぇっ、今度遊びに行っていい?」

「もちろんいいよ!」

「ありがとうっ!絶対行くからね!…って、そういえば、今日はどうしたの?」

「あの、前に買っただけでは、ちょっと足りないから…」

「そっか、じゃあ、選びましょぉっ!」

そう言うと昨日程ではなかったけどどんどん試着させられていく。そしてあれよあれよという間に僕の服は一気に増えた。

(いつ着るんだろうっていうのもあるけど…)

さらに髪も切ってくれて、その出来映えは「お人形さんみたい」とのことだった。

買った服などは家まで送ってくれる、ということでお願いして僕は店を出た。

◇◇◇

食欲をそそる匂いがそこかしこから漂ってくる。どうやら僕の選んだ道は屋台の通りだったらしい。

(むむむむ~!)

「そこのお嬢ちゃん!一つどうだい?」

その店は焼いたソーセージをパンに挟んだホットドッグというのを売っていた。

(おおおっ!!)

「どうだい?王都でも人気のホットドッグだよ!」

「嬢ちゃん!こっちの方が美味しいよ!!」

呼ばれた方を見れば、肉や野菜を串に刺して焼いている。甘辛いタレの香ばしい匂いにつられてフラフラとそっちへ足が…。

「一本サービスしてやっからどうだい!」

(サッ、サービス!?)

そして僕はとぼとぼと歩いていた。

(どうしてこうなった…?)

気がついたらホットドッグも串焼きも、唐揚げも手の中にあった。それも両手に抱えるほどになってしまっている。
それというのも一人がサービスしてくれたらそれを見た屋台のおじさんたちがこれもこれもと、どんどんくれたからだ。

(ゆっくり食べられるところを探さないと…)

ケルネは田舎だったせいで人いきれで疲れてしまった。
そしてそのせいだろうか、村正の力がうまくコントロールできず、すれ違う人の声が流れ込んでくる。

(「おっ、綺麗な姉ちゃんだな!」)(「おおー、胸の谷間が…揉みてー!!」)(「いいケツしてるぜ!突っ込みてーなー!」)

(男はろくなこと考えてないなあ)

意識すると流れてくる音声が止まった。

「あっ」

アイスクリーム屋さんの軒先に『休憩もできます』という看板を見つけてそちらに向かう。

「お嬢さん!大変そうだね!一つ買ってくれたら座って食べられるよ!」

「良いんですか?」

「もちろんいいよ!ほら、看板見て来てくれたんでしょ?裏にテーブルがあるから置いておいでよ!」

店員さんに連れられて店の裏に回ると路地の通りに日よけのパラソルにテーブルとイスが用意されていた。お客さんは他にいなかったので、そのうちの一つに抱えていた食べ物を置かせてもらって店先に戻る。

「さあ、どれにする?」

並べられたアイスの入った箱を前にしてどの味にしようか悩んでいると強い声が聞こえた。

(「おおっ、ブルー…服に合わせてるのか?」)

(ブルー、ブルーね…ミントのフレーバーもおいしそう…って!)

慌てて胸元を押さえて店員のお兄さんを睨む。お兄さんは僕に睨まれてもどこ吹く風で笑っている。

(うーん、レモンやマンゴーもいいけどラムレーズンもいいなぁ)

悩んでいると、近くで「美人さん、オレが奢ってあげるよ」という声がした。

(ナンパか………うーん、定番のバニラにしようかな…)

「ねえねえ、聞いてる?」

(いや、お肉とか食べるからやっぱりスッキリした味がいいよね…)

肩がトントンと叩かれて初めて隣を見た。

「やっと気づいてくれた?ねえ、奢るから一緒に食べようよ!」

茶髪の一見爽やかそうなお兄さんの軽薄な笑顔が間近にあった。
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