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2014/10/30

最強の敵

僕が天幕の中に飛び込むと一人の魔物が背を向けて立っていた。

「ようやく来たか。待っていたぞ」

穏やかな口調とは裏腹に魔物から発せられるプレッシャーは今までに感じたことがないほど強い。

一歩踏み出そうとした瞬間、僕は違和感を感じて足元を見る。

(あれ…?)

膝が震えていて、思ったように動かない。

(おかしいな、どうして…?)

(「主殿、落ち着かれよ」)

村正の声がとても遠くから聞こえる。

魔物がゆっくりと振り返った。

(えっと…これって…魔族って言うんだっけ?)

夢の中のように視界も狭く、ぼんやりとしている。

瞳がなく目全体が真っ赤だった。顔は浅黒く、髪は白い。頭から山羊の角が生えている。

背は高く、3メートルくらい。手にレオンさんの持っているのと同じくらい大きな剣を持っている。呼吸をするたびに口から炎がちろちろと出た。

「なんだ?ギルドマスターか支部長が来るものと思っていたが…当てが外れたな」

ひどくガッカリした様子で魔族がため息をついた。

「まるで我々が来るのを知っていたようだな」

突然声がしてドキッとして見回すとラルフがすぐ隣に立っていた。

(あれ…ジルは?)

「ジルっ?」

普通に呼んだつもりが、声がかすれてしまう。

「葵、呼んだか?なるほど…これは珍しい。悪魔…それも強欲の悪魔マモンか」

僕はジルもすぐ後ろにいたのに声がするまで気づかなかった。

「ほう。オレを知っているモノがいるとはな」

マモンの真っ赤な口から炎とともに言葉が紡がれる。

「葵、こいつは上位の悪魔だ。気をつけろ」

(上位?気をつける?…あれ?…ぼくは…何を…)

頭の中が真っ白でジルの言葉も理解できなくなっていた。

「葵、落ち着け」

「いたっ」

声とともに突然肩に激痛が走った。激しい痛みに僕は思わず悲鳴を上げて見上げるとラルフの心配そうな顔が目に映る。

「痛いよっ、ラルフっ」

ラルフの手が離れると視界が急に明るくなった気がした。

(僕は…そうだっ)

(「主殿、しっかりなされよっ」)

村正の言葉が近くで聞こえる。

(「主殿っ?聞こえておりまするか?」)

(「聞こえるよ。村正、ごめんね」)

なんとか恐慌状態から脱出した僕は落ち着きを取り戻そうと何度か深呼吸をする。

「ふぅ、ラルフありがとう、もう大丈夫だから。じゃあ行こっか。ジルは援護をお願いっ」

「うむ」

「葵、ラルフ君、相手は口から火を吐く。魔術も詠唱なしで来るから気をつけろ」

ラルフとジルのいつもと変わらない態度が僕を安心させてくれる。

「分かったっ」

僕は村正をいつでも抜刀できるように鯉口を切り、突っ込んだ。

五感は最初から全開だ。マモンの筋肉の動き、呼吸、目線、様々なところから相手の動きを読む。

マモンが息を吸った。

(火を吐く)

思ったとおり僕に向かって火を吹く。

「遅いっ」

五感を研ぎ澄ませた僕には口を開く音すら聞こえるので難なく躱した。

「はっ」

僕らは左右に展開してマモンを挟む。

「ほう、なかなかやるではないか」

(一気に決めるっ)

僕とラルフが同時に突っ込んだ。こちらを向いていたマモンの目線が一瞬ラルフのほうを向く。

(ここだっ)

村正を居合で放つ。

『ギーンッ』

僕の居合はマモンの剣に止められた。だけど気にしない、というより防がれるのは予定通り。これは陽動だ。本命は…。

ラルフの拳がマモンを襲う。

それに対して顔をこちらに向けたままマモンが笑った。

(何っ?)

その瞬間夥しい炎の矢が空中に現れてラルフに撃たれる。ラルフは攻撃を中断して後ろに下がった。だけど炎の矢は躱そうとするラルフを追いかける。

(危ないっ)

大量の炎の矢がラルフに直撃して目の前が真っ赤に染まった。

「ラルフっ」

ラルフが気になる、だけど僕の方もラルフを気にしている余裕はない。大剣が打ち込まれて、落ち着く時間も与えてくれない。

「キンッ、キンッ」

マモンの剣を流しながらちらっと見る。最悪を想像していたのだけど、そこには火傷どころか髪も焦げていないラルフがいた。

「ほう、闘気術の使い手か」

マモンもラルフの方を向いて感心したように言う。

(隙ができたっ、今ならっ)

そう思って僕は刀を振るう。ヒュっと風を切る音とともに脇腹に吸い込まれようとしたその時、地面から氷柱(つらら)が飛び出した。

「くそっ」

僕もラルフと同様、バックステップで距離をとった。

ほんの数秒戦っただけだけど、相手の力量の底知れなさに嫌な汗が背中を流れた。

その時、後ろのジルから声がかけられた。

「二人とも、少し時間を稼いでくれ、私が何とかする」

「分かったっ」

ジルの声に僕らはマモンを牽制する。睨み合いがしばらく続いた。

「はあ、これでは面白くない。こちらから行くぞっ」

ため息をついてそう言った瞬間、僕の目の前にマモンの姿が現れた。

「くっ」

切っ先を紙一重で躱す。

「こちらもやるではないか、そらっ、これならどうだ?」

僕の身体くらいのサイズの剣を小枝を振るように楽々と振ってくる。

「くっ」

剣の速度がさらに上がって反撃もできない。徐々に髪や服を掠めるようになってきた。さらに五感を限界まで高め続けてきたせいか体の奥がじんわりと熱くなってきた。

(このままじゃ…やられるっ、隙さえあれば…)

そう思ったとき、

『ギャンッ』

突然、マモンが剣を後ろに突き出すと同時に、金属音が聞こえた。

「むうっ」

ラルフが無防備に向けた背中を殴ろうと近づいたところに剣が振られたのだ。刀身とラルフの腕がぶつかっているが、ラルフの腕は切れない。

「むうっ、俺の剣を防ぐほどの闘気かっ」

マモンが驚いた声を出す。

(今だっ)

僕は頭の中でマモンの体に鎖を巻きつける。頭の中で『ガチンッ』と鎖が嵌った音がした。それと同時に僕の体の奥からじわっと熱いものが滲む。

(あ…やっぱりこれを使うと…)

「ん?体が動かんな…まさか小娘…お前がやったのか?」

「そうだよっ、ラルフっ、今だっ」

僕が叫んだ。

「クハハハハハハッ、これは面白いっ、つまらん仕事を押し付けられたとムカついていたが、お前たち、ラウル以上に欲しくなったぞっ」

体が動かず、絶体絶命のはずなのにマモンが笑い出した。

(動けないのに…この余裕はどういうこと…?)

マモンが眼を閉じた。

「ふんっ」

力を入れる声とともに『パーンッ』僕の頭の中で鎖が弾け飛ぶ音。

「んあっ」

と同時にキュンっと体の奥が締まる感じがして声を上げてしまった。仕掛けた時以上の快感が体を襲って体をくねらせる。

そんな僕の様子を見てマモンがニヤリと笑った。

「ほう…これはまた、色々と面白そうだな。アスモデウスの奴に言えば喜んで飛んできそうだが」

(まさか…こんな簡単に外されるなんて)

圧倒的な力に僕の顔が青ざめた。鎖を使ったために僕の体の感度は急激に上がっている。

(次の攻撃は躱せない)

青ざめる心とは裏腹に体はますます熱くなる。立っているのが精一杯だ。

(どうするっ)

ニタニタと笑いながらマモンが僕に向かって一歩踏み出した。

(あぁ…ダメだ…)

そう思って諦めかけたときに、マモンが急に後ろを振り返った。

そこにはラルフがいつの間にかマモンに肉薄していた。

ラルフの体はこれまでの何倍も濃いオーラが纏われている。

『ギャンッギャンッ』

マモンの大剣に拳がぶつかって、激しい金属音が鳴り響いた。

「むっ、速いっ」

ラルフの拳を大剣の腹で受けていたマモンに先ほどまでの余裕がなくなる。

「ぬおっ」

ラルフの拳に力負けしたマモンの態勢が崩れる。ラルフはその隙を逃がさなかった。

「うおおおおっ」

ラルフの雄叫びとともに渾身の蹴りがマモンの頭を捉えた。

『ドゴオッ』

マモンの巨体が地面に叩きつけられる。

「ぐあっ」

マモンが苦悶の声を上げる。

(すごい…ラルフ…)

僕は荒い息を吐きながら呆然と戦いの行方を眺めていることしかできなかった。

しかし、潤んだ視界の中で、圧倒していたはずのラルフが激しい息遣いのまま倒れていく。

「ぐうっ、よくも…?」

マモンが素早く起き上がってラルフを見る。ラルフは起き上がることなく倒れたままだった。

「…む…ククク、闘気を使い切ったか。どうやら意識もないようだな」

そう言って落ちていた大剣を掴んでゆっくりとラルフに近づく。

「まずはお前をいただこう。死してオレのモノになるがいい」

(ああ…ラルフ…逃げてっ)

僕の願いもむなしくラルフは身動きひとつしない。倒れたラルフの上でマモンが大剣を振り上げた。

(ああっ…ラルフが…)

自分の状態が恨めしい。

(僕がもっと強かったら…)

「葵、ラルフ君、よくやった」

その時、ジルの声が聞こえ、突然視界が真っ暗になった。

(うわっ)

真っ暗な空間。

(何っ?何が起こってるの?)

ポツポツポツと火が灯る。薄明かりの中でジルが僕の前に立っているのが見えた。

「むうっ、今度は何だ?」

マモンが大剣を振り上げたまま周りを見渡す。

ジルの手が闇の中から真っ黒な剣を引き抜いて無造作にマモンのもとに向かう。

「何かと思えば、単なる目くらましか。つまらんな」

そう言ってマモンがゆっくりと近づくジルを見た。そして大剣を横に一閃、ジルの体が腰で両断される。

「たわいもな…うっ」

嘲笑いかけたマモンの声が驚愕に変わる。

「なんだとおっ」

その腹にはジルの持っていた闇の剣が突き刺さっていたのだった。

「もう一本」

そう言ってジルが振る闇の剣に対してマモンが手を出して防ごうとした。

『ブシュッ』

手首が落ち、一瞬後に手首から血が激しく噴き出した。

「浅かったか」

「ぐあああああっ」

マモンが苦悶の声を上げる。

「ぐぁぁっ、よくも…やってくれたな…そうか…お前…ヴァンパイアだったのかっ」

そう言うと口から激しい炎を吹いた。

(躱せないっ)

思わず僕は身構える。

目の前の空間を埋め尽くす程の炎だったが、一瞬でそれが消える。

(あれ?)

「炎は私の闇に吸収された、お前の攻撃はこの場では全て無意味。…ところで死ぬ前に一つ確認しておきたい。お前がラウルを殺ったのか?」

ジルの声が冷たく響く。

「ぬう…はあ、はあ、はあ、ん?ヴァンパイアが人のことを気にするのか?ぐっ、はあ、はあ…」

苦しそうに腕を抱えたマモンが、唇の端を持ち上げて、嘲るようにジルを見下ろした。

「ぐっ、はあ、はあ、、圧倒的な力の差で…心がだんだん心が折れていく人間を見るのは…何度味わっても気持ちいいものだぞ。クククク」

ジルの無表情だった顔が一瞬歪んだように見えた。

「もういい、死ね」

ジルが一言呟くと、マモンの周りの闇から夥しい数の剣が生まれてマモンを囲む。そして、あっと言う間も無くマモンのいた場所は針山のように剣が突き刺さっていた。

(やったの…?)

「チッ」

ジルの舌打ちと上を見上げる仕草。

ドーム状の空間の天井が破壊されて青い空の下にマモンが見える。

「お前達、覚えておくがいいっ、今度会うときは3人ともオレのものにするからな」

そう言って飛び去った。

(助かった…の?)

そう思って安心すると、急激に体の感度が上がって倒れそうになった僕をジルが抱きとめた。

「んあっ」
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