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2014/10/31

最悪の敵

「オヤジっ」

崩れ落ちるロレンツォのオヤジに止めを刺そうとラウルさんが無表情で剣を振り上げた。

「クソっ」

俺は腕を伸ばすようにしてラウルさんの前に剣を突き出した。

『ギンッ』

力の乗らない剣だったが、なんとかオヤジを守ることはできた。

(間に合ったか…)

オヤジを庇うように前に出る。ラウルさんは何の感情も表さず、その場で俺たちを眺めている。

「ロレンツォさんっ」

「葵っ、ここはいいっ、お前は敵将に向かえっ」

俺は飛び出そうとする葵を止めた。今はオヤジ一人に皆で構っているべきではない。

「オヤジは鎧の隙間を切られただけだっ、傷は深くないっ」

葵がオヤジをちらっと見て天幕に入ったのを確認してから、ラウルさんと対峙した。見た目に大きな変化はないように見える。しかしその瞳が明らかに違っていた。以前の輝きは失われ、今はどす黒く濁っている。

(目に生気がない…だが、これは操られている可能性も…)

「いえ、残念ですが彼は死んでいます」

すぐ横からまるで自分の考えを読んだかのような声がした。驚いて目を向けるとそこには葵と一緒のはずのジルがいた。

そして分かってはいたが、考えたくなかった事実がはっきりと告げられた。

「何をしているっ、お前は葵の援護に行けっ」

内心の動揺を隠そうと、俺の口調は無意識に厳しくなってしまった。

「ええ、すぐに行きます。ただ、気をつけてください。彼は操られているとはいえ、生前の力を完全に使うことができます」

(生前の力?こいつはラウル将軍のことを知っているのか?)

パッと目をジルに向ける。ジルと目が合った。金色の瞳は悲しい色をしていた。

「もう、助けられないか…」

動揺もおさまり、思わず俺の口から出た疑問とも独り言とも言えない言葉にジルの「はい」という無慈悲な一言が耳に刺さる。

(そうか…だめか…)

ジルが離れ、俺は一人になった。

(俺も早く葵を助けてやらんと…)

剣を一度振って無理やり気持ちを切り替えると、ラウルさんに意識を集中する。

ラウルさんが剣を正眼に構える。対する俺は下段に構えた。

駆け出しの頃に稽古をつけてもらったラウルさんと目の前のラウルさんの姿が重なる。

(まさか、こんなことになるなんて考えたこともなかったな)

『ヒュッ』

ラウルさんが鋭い踏み込みとともに突きを放つ。

(くっ、速いっ)

反らせた体の横を剣先が抜ける。さらに躱した剣の先から白い光線が発射された。光線の当たった地面の枯れ草が燃え上がった。

(危ねえっ、光の精霊か)

「次はこっちの番だぜっ」

得意の下段からの切り上げ。大剣の巻き起こした暴風がラウルさんを襲う。

しかし、それをバックステップでラウルさんは容易く避けた。

(剣筋を見極められているか…それに、まさか死んだあとまで精霊の加護があるとはな)

脳裏にかつてのラウルさんの戦う姿が思い出される。

(ラウルさんの代名詞、光の精霊…か。ガキの頃ギルドの訓練場でよくねだって見せてもらったっけな。生意気な俺にハンターとしてのイロハを教えてくれたのは、ラウルさんとオヤジ、それにミオのパーティだった)

チラッと後ろを見る。オヤジが青い顔で荒い息をしていた。

(オヤジ…それほど時間はないな)

「ラウル…「さん」付けはもうしねえ。俺の尊敬するラウルさんはもう死んじまったんだからな。いくぜぇぇっ」

俺は体内の闘気を全身に巡らせると低い態勢で飛び込む。

ラウルはその場を動かず上段に構えた。

(俺の剣より速く降り下ろせるってか?甘くみるなよっ、一撃で決めてやるっ)

全身の闘気を腕に集中する。これで腕力が桁違いに上がる。

地面すれすれを通る剣が風を起こして、砂ぼこりが舞う。

「おおおっ」

ラウルは速さについてこれない。

(決まりだっ)

その時、ラウルの声が耳に蘇った。

(「頑張ったな、レオン。これからはお前も一人前のハンターだな」)

(あれは初めて討伐依頼を成功させた時だったか…)

頭を撫でられた手の暖かさが、ラウルの笑顔が同時に脳裏をよぎった。

(殺らなければ殺られるんだぞ)

「くそぉぉぉっ」

(オヤジも葵たちも死ぬってのに…)

ぎりぎりで剣を止める。

『ヒュッ』

見上げるとラウルの降り下ろされる剣。

俺は妙に落ち着いてそれを眺めていた。

(ああ、これは死んだな)

ゆっくりと剣が降りてくる。

突如、衝撃が体を襲った。

「ぐあっ」

青い空が視界いっぱいに広がる。

「馬鹿野郎っ」

慌てて顔を上げた俺の前にハルバードの柄を杖のようにして立ったオヤジの姿があった。

「はあ、はあ…ほらな、言わんこっちゃない。はあ、はあ、…私情は挟むなって言っただろうがっ…坊主はそこで見ていろっ」

そういうと先程までの苦しそうな表情とは一変して鋭い目付きでラウルを睨み付ける。

「ラウルよお、儂を斬るだけならまだしも、若いのに手を出すのはいけねえよ。パーティの不始末はパーティ内でケリをつけんとな」

ハルバードを頭の上で回すと。切っ先をラウルに向ける。ラウルも再び剣を正眼に構えた。

それからは圧巻の戦いだった。

血がフルプレートの隙間から流れ出すのにも構わず、オヤジはハルバードを振り回し、ラウルがそれを流し、止め、反撃をする。光が放射され、オヤジの胸のプレートが跳ね返す。

動くたびに飛び散るオヤジの血で辺りの枯れ草が真っ赤に染まった。

「はあ、はあ、げほっ」

しかし、長い攻防の末、ついに、オヤジが咳き込み、口から血を吐き出した。

「オヤジっ」

「レオン、黙って見ておれっ」

口元の血を手のひらで拭ったオヤジが体を落とした。

(オヤジ…決める気だ)

二人が向かい合い、時が流れる。先に動いたのは間合いに劣るラウル。距離を詰めようと飛び込んだ。オヤジのハルバードがラウルを襲う。

『ギャンッギャンッ』

オヤジのハルバードの細かい突きをラウルが捌きながら徐々に二人の距離が接近する。

『バリバリ』

その時天幕が破裂するようにして、大きな黒い半球が現れた。

(なんだ?)

目を離した瞬間、『ギャリッ』という音。

ラウルの剣がオヤジのフルプレートの肩を貫いていた。

(オヤジっ)

「ぐぬうっ」

しかし、オヤジは止まらなかった。剣を肩に刺したままハルバードを振りきりラウルの肩から脇腹までを切り裂いた。

崩れ落ちるラウル、だが、オヤジも同時に力尽きたように崩れ落ちた。
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