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潜入依頼

「ふんっ」

『キィンッ』

ラルフの拳に弾かれた村正が手から離れて飛んでいった。

(くっ)

村正の飛んだ先に一瞬意識を向けた時には拳が目の前に突きつけられていた。

「ま、参りました」

ロゴスに帰ってからは毎日一回庭でラルフか、ジルに相手をしてもらっているんだけど、三回に一回くらいしか勝てない。

(悔しいなあ、何が足りないんだろ?)

(「主殿はまだ妾の力を完全に引き出せておらんからの。もし引き出せたならこの世界で主殿に勝てる者などおらんよ」)

村正はそう言うけど、過去の村正の所有者で、力を完全に引き出せたのは最初の人だけだったらしい。

「ラルフっ、もう一本お願いっ」

そう言って向かい合ったとき、門から僕を呼ぶ小さな声がした。門を見るとマリーが遠慮がちにこちらを見ている。ジェシカも隣にいた。

「葵、支部長がギルドに来るよう言ってたわよ」

「あれ?マリーとジェシカがお使い?」

「はい、あのぉ…」

二人はキョロキョロと見渡す。

「あっ、ジルなら昨日から一人で素材集めに出掛けたよ」

「そう、ジル様はいないの…って、葵っ、こらっ、何笑ってるのよっ、いいっ?私はケイトさんに頼まれてきただけなんだからねっ」

てっきりジルを探しているのかと思ってそう言うと、ジェシカが必死に否定するのが面白かった。


◇◇◇◇◇


「…というわけでだ、葵、お前は来月から姫さんの警護についてもらう」

ラルフと一緒にギルドに行った僕らはレオンさんから話を聞いていた。

僕が呼ばれたのは王宮から内密に依頼が来たからだった。依頼はアヴニールにいる姫を警護するという内容だけど、警護も内密に行わなければならず、年齢的にも違和感のない僕が選ばれたそうだ。

ラルフやジルも一緒に行くとさすがに目立つので、まずは僕が行って、遅れてラルフやジルも向かう、とのこと。

「分かりました。ちなみにエルザ姫は狙われているんですか?」

「いや、今の所何も無いそうだし、そもそも姫さんには護衛もいるしな。一応ってとこだろ?」

「わかりました。それでは失礼します」

『ガチャ』

「ふぅ、用事も終わったし…そうだっ、ねぇ、ラルフ。久しぶりに銀狼亭でご飯でも食べて帰ろうよ」

支部長室から出てラルフを見上げたところで、ラルフの視線が前を向いたままになっているのに気がついた。

「ラルフ?」

そう言ってラルフの視線を追うとその先にいたのはケイトさんだった。

「あれ?ケイトさんだっ。お久しぶりでーす」

笑顔で挨拶したけど、どうも雰囲気がおかしい。

きっちりとスーツを着て眼鏡をかけたスタイルはいつもと同じなんだけど、小脇に本を抱えて、片手には指棒を持っている。

「ケイトさん、今日は女教師みたいな格好ですねっ」

「『みたい』ではなく、今日からは『教師』です」

(ケイトさん?何言ってるの?)

どう返していいのか分からなくて固まる。

「葵様は、これからテスト勉強です。アヴニールは優秀な生徒が学ぶ場、王女と同じクラスに入るためには猛勉強しないといけませんので」

「え?…勉強?…ああ、冗談ですよね?もうっ、ケイトさん、そんな格好までしてるから騙されそうになったよ。さっ、ラルフっ、行こうっ」

帰ろうとしたらケイトさんが僕の前に立ち塞がった。

「葵様、冗談ではありませんよ」

ケイトさんの眼鏡がキラリと光る。

「げっ…ラ、ラルフは…?」

「ラルフ様、ジル様はそもそも生徒としては潜入しませんので」

(ラルフっ、ずるいっ…っていつの間にっ)

ラルフは早々に帰ろうとしている。

「えっと、そのへんは何とかギルドの力で…」

後ずさる僕に向かってケイトさんが一歩近づく。

「残念だが、なにせ内密に動かないといけないから俺らは何もできん。編入試験はクリアしてもらわんとな」

途中から僕らのやり取りを見ていたレオンさんは笑いを噛み殺して言った。

「やだああああ」

ケイトさんに引きずられていった僕はスパルタ授業でそれから毎日朝から晩までギルドに缶詰めにされた。


◆◆◆◆◆


入学の日が来た。僕の脳裏に辛く苦しいこの1ヶ月が走馬灯のように駆け巡る。

(ようやくここまで来れた…)

アヴニールの壁を見上げる。ロゴスの城壁がまるでおもちゃかと思うくらいの高さだ。

正門で、まずは兵士に許可証を見せてしばらくすると、重厚な音とともに門が開いた。

『ゴゴゴゴゴゴ』

僕が通ると再び閉められる。

「うわあ、すごい…」

目の前は石畳の大きな広場で、その先に真っ白で巨大な建物がある。青い空と白い建物のコントラストが美しい。

(これがアヴニールなんだ、前に来た時はじっくり見る余裕もなかったけど、すごい大きい…)

さらにその周りにいくつか大きな建物が立っている。

(あっちが寮で、こっちは図書館か)

石畳の敷地を歩いて学院の玄関に向かう。生徒の姿が見えないけど、持っている地図によれば、生徒は寮と繋がった別の入口から入るらしい。

大きな木造の扉を開くと中は白い石の床でひんやりとしたホールが広がっている。

授業開始前の朝のパリッとした空気が心地いい。

(えっと、学院長室は…と)

コツコツと音を立てて僕は廊下を歩く。

この件で初めて知ったんだけど、ジェシカとマリー、それにケイトさんは学院出身だった。ケイトさんくらい出来る人なら王宮とかで仕事が出来そうなのに。そう思って理由を聞いてみたけどケイトさんは笑って教えてくれなかった。

さて、僕は前もって学院出身者の人たちにどんな格好をして行けばいいのかアドバイスをもらった。ロゴスに最初来たときみたいな失敗は嫌だからね。

その結果、ブラウスのボタンを首もとまで留めてその上にカーディガン、スカートは足元まであるロングスカートに落ち着いた。靴はローファーが良いとのこと。マリーとジェシカからアクセサリーとしてチョーカーをプレゼントされた。一応魔石らしいんだけど、宝石として有名な赤い石がついていて、身に付けていると魔術に対して抵抗力があるらしい。おまじない程度らしいけど…。

(さあ、学院長室だ)


◇◇◇◇◇


「んちゅ、ねろ、はあ、はあ、ガビーノ様ぁ、そろそろ編入生が一人来ますぅ」

秘書の女がガビーノのイチモツを舐めながら今日の予定を確認する。

ガビーノの手は女のシャツの中に入っていて時折女の体がびくつく。

「んはっ、いけません、ガビーノ様、それ以上されたら続けられなくなってしまいますぅ」

「ほう、続けられなくなって、どうなるんだ?」

『コンコン』

そろそろガビーノが射精しようかと思っていると、ノックの音が二人の動きを止める。

ガビーノはいいところを邪魔されて、ドアを睨みつけた。慌てて秘書が脚の間から立ち上がり、乱れた服を直す。ガビーノも目の前の書類を手に取り、目を向けた。

「どうぞ」

ノックの音に答えると扉がゆっくり開いた。

一人の少女が緊張した面持ちで立っている。

「おお…」

『パサ』

入ってきた少女の美しさにガビーノの手から書類が落ちる。秘書も目を丸くしている。

ガビーノと秘書がいつまでたっても何も話し出さないせいで、少女の黒く輝く大きな瞳がこちらを怪訝そうに見つめる。

「あっ、ええっと…こちらが本日から編入することになったキャロルさんです。キャロルさん、こちらが学院長のガビーノ先生です」

慌てて秘書が紹介した。ガビーノは視線を少女の胸のふくらみへと移す。首もとまでボタンを留めているが、春らしい薄いピンクのカーディガンの上からでもブラウスを押し上げる少女の胸がたわわに実っているのが分かった。

「入学を許可していただき、ありがとうございます。アリス・キャロルと申します。本日からよろしくお願いします」

少女がそう言って静かに礼をした。黒い上質の絹のような髪がさらさらと流れ落ちる。再び前を向いた少女は髪を耳にかける。その仕草一つ一つが少女を魅力的に見せる。

「んっ、ゴホン、私が学院長のガビーノだ。こちらこそよろしく。この学院で勉学に励んでください」

ガビーノが目配せすると、秘書が制服をアリスに渡す。

「さあ、これから制服に着替えていただいて教室に案内しますね」

アリスが後ろを向くやいなやガビーノの優しそうな目つきがいやらしい男の目に変わる。

秘書に連れられて出ていく後ろ姿を食い入るように見送ると、引き出しから鏡を取り出した。

この学院内には魔術装置で侵入者をチェックする以外にガビーノが放った監視用の蟲が学院中に飛んでいて、蟲の目とリンクして映像が鏡に映し出される。

今、鏡には更衣室が映し出されており、アリスが入ってくる様子が様々な角度から見えた。

舐めるように見つめるその先で、アリスは何の疑いもなくカーディガンを脱ぐとブラウスのボタンを外す。

ピンク色のレースのブラジャーが映し出された。ガビーノは押さえつけられた胸の深い谷間に舌なめずりをする。

アリスは学院指定のブラウスに着がえて、今度は履いていたスカートのボタンを外す。

『パサッ』

スカートが落ちて、ブラジャーと同じ色のレースのパンティが映る。ハイレグで、尻の半分ほどしか隠れていない。脱いだスカートを拾い上げるために前屈みになったせいで白い桃尻がこちらに突き出された。さっき射精する直前でお預けになったせいで肉棒が再び熱くなる。

着替えを終えたアリスが扉の方に向かう。秘書がガビーノの目配せを理解して、小さいサイズを渡したようで紺色のチェックのスカートからチラチラと太ももが見える。

ガビーノの澱んだ瞳は部屋から完全に出て行くまでアリスの体を見つめ続けていた。


◇◇◇◇◇


僕は秘書の女性の後ろをついて廊下を歩く。

(ちゃんとできるかな?大丈夫だよねっ、あんなに頑張ったんだから)

教室の前で待つように言われ、秘書の人がノックをすると一人の女性が現れた。

「………」

僕の顔を見て固まっている。

「?」

「マーシャ先生?」

秘書の女性が教師に声をかける。

「あっ、ごめんなさい。えっと…はじめまして、私はあなたのクラスの担当をしているマーシャ・アシュリーです。授業は魔法薬を担当しているの。よろしくね」

「アリス・キャロルです。よろしくお願いします」

「はい、こちらこそよろしくお願いしますね。このクラスは皆とても楽しい子ばかりだからすぐに慣れると思うわよ」

担任の先生はとても若くて驚いたけど優しそうな人だ。

「それでは私はこれで。キャロルさん、頑張ってくださいね」

秘書の女性が去っていく。

「さっ、皆に紹介するわ。私の後をついてきてね」

『ガラッ』と引き戸を開けるとマーシャ先生が教室に入る。その後に僕も続く。

すると、それまでざわついていた教室が水を打ったように静まり返った。

(この視線とか静けさとか、ロゴスに来たばかりの頃を思い出すなぁ)

「こちらが、アリス・キャロルさん。今日から新しく皆さんとてもに学ぶ仲間です」

みんなの目が丸くなっている。拍手もまばらだった。

(あれ?もしかして…歓迎されてない?)

「えっと…、アリス・キャロルです。何も分からないので教えてもらえると嬉しいです」

再びまばらな拍手。

頭を上げて見渡す。男女比は半々くらい。女生徒の中にエルザもいた。ここでは僕はケルネの町長さんの孫娘という設定だ。散々ケイトさんに苛められて、今ならアリスと呼ばれても反射的に返事できるようになっている。それに自分のことを「私」というように矯正されたから、ボロが出るってことはないはずだ。

「はい、それではキャロルさんは、その後ろの空いている席に座って下さい。キャロルさん、分からないことがあれば隣の席のレヴァインさんに聞いてね。レヴァインさんもいいわね」

「はい」

「了解で~す」

僕とレヴァインさんが返事をして席に向かう。机の間を歩く間中、クラスメイトの目が僕に集まっているのが感じられた。

「はじめまして、サラ・レヴァインよ。キャロルさん、よろしくね。サラって呼んでちょうだい」

サラさんは褐色の肌に茶色のショートカット、青色の瞳が猫のようでキラキラ光っていた。

(よかったぁ、レヴァインさんは優しそうだ)

「こちらこそよろしくお願いします。私のこともアリスと呼んでください」

僕の学院生活一日目はこうして幕を開けた。
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