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2015/04/30

【騙されたのは?ifルート】 騙されたのは葵⑯

「はあ…」

私は教官室に戻ると自分の席についていた。

「どうしたんだい、アシュリー先生。なにか心配事でも?」

隣の席からヒディング先生が話しかけてくる。他の先生方は食事をとりに出ているので、今この部屋は二人だけだった。

彼は私より3つ年上で30歳になったばかりの何かと面倒を見てくれる先輩だ。それだけじゃないけど…。

「え?」

椅子の背もたれから体を起こして私も彼を見た。

「いや、今ため息をついてたからさ」

眼鏡の奥から髪と同じ色の茶色い瞳が心配そうに見つめている。

「そうですか?」

努めて元気そうに振舞った私に、よく日焼けしたヒディング先生が眉をひそめる。

「午前の授業中に何かあったのかい?」

「あの…そうですね。一人、生徒が体調を崩して…」

私がそう言うとヒディング先生が椅子の背もたれに体重をかけて腕を組んだ。

「なるほどな…生徒の体調を心配して悩むなんてアシュリー先生は優しいな」

「いえ…そんな…」

「先生のクラスは優秀だもんな。それに家柄の良い子も多い。誰が体調を崩したの?」

「えっと…それが、キャロルさんなんですが…」

キャロル、キャロル…首をかしげて考える。

「最近転校してきた…」

「ああ…、あの有名なキャロルさんか」

『あの有名な』と言うのはキャロルさんのあまりの美しさから教官の間でも一時噂になっていたからだった。

だけど、彼の口から出た言葉に無意識にピクっと反応してしまう。

「ヒディング先生も『あの可愛いので有名なキャロルさん』は知っているんですね?」

授業も持っていないはずのヒディング先生が生徒の顔を知っていたことで、言葉に刺が混じってしまった。

「ん…?」

一瞬私の目を見たあと、ヒディング先生がニヤッと笑った。

「ふーん…」

ヒディング先生は周りを見渡して、教官室に二人だけなのを確認すると椅子を私の近くに寄せた。

「マーシャ、嫉妬かい?」

そう囁くと、私の腰に手を回す。

「ロバート…」

私たちは学院の皆には内緒で付き合っていた。実は二人の中では来年にも結婚の計画を立てている。

「生徒にヤキモチを焼くなんて可愛いね」

ギュッと腰を引き寄せられて、私のシャツの膨らみが彼のたくましい胸に密着した。

「あっ…」

「大丈夫、僕には君だけだよ」

彼の顔がすぐ目の前にあった。首筋から耳の裏に大きな手が回される。

思わず瞼を閉じた私に彼の唇が近づく。

しかし、触れそうになったところで我に返った。

「こっ、ここじゃっ」

私はキスを迫るロバートの胸を軽く押して顔を背けた。

「いいじゃないか、僕たちの他には誰もいない」

ロバートは我慢できないように私の腰を引きよせようとするが、私は立ち上がった。

「ダメ。誰が来るか分からないわ」

「はあ、全く、真面目だな」

ため息をついてロバートが私から離れると、私は座らずに昼食を鞄に片付けた。

「あれ、どこへ行くんだい?」

「ちょっと保健室と実験室に行ってくるわ。アリスさんも気になるし、あと明日の授業の準備もしないと」

「マーシャは本当に真面目だな…行ってらっしゃい」

「ごめんね。行ってきます」


◇◇


『ガラガラ』

「いらっしゃい…って先生でしたか」

保健室に着いた私を年配の女性の保健医が白衣で柔和な笑顔で出迎えてくれる。

「今日も生理痛?」

何度かお世話になっているので保健医とも顔見知りだった。

「いえ…今日は違って…」

話しながら保健室を見渡すとベッドはカーテンが開いていて全てのベッドが空なのが分かった。

(おかしいわね)

「どうしたの?」

「あの…キャロルという生徒が来たはずなのですが…」

私がそう言うと保健医はノートを確認する。

「うーん、このノートに保健室に来た生徒の名前や使った薬などをメモしてるんだけど…えっと…キャロルさん…キャロルさんね…」

保険医がノートから顔を上げた。

「キャロルさんという生徒は来てないわよ」

(え…?)

「本当ですか?」

「ええ。今日はずっと私もここにいたから間違いないわよ。それにキャロルさんってあのキャロルさんでしょ?」

保険医が再びノートを上から下まで確認するのを見て私は首をかしげた。

(おかしいわね、教室に戻ってみようかしら)


◆◆



「ありがとう、サラ。行ってくるね」

僕はそう言って立ち上がる。

『つーっ』

(ひゃっ)

内腿を愛液が垂れているのが分かる。

(長いソックスにしておけば良かった…)

ニーソックスならバレにくいかもしれないけど、短い靴下なので、誰かが気づいてしまうかもしれない。

みんなの視線が自分に向けられていると思うと心臓の音が強くなる。

(そうだっ、いっ、椅子…)

椅子の座っていたところには愛液で濡れていた。

僕は誰かが気づく前に急いで椅子を机に押し込んだ。

(…早く行かなきゃ)

そう思ってなんとか教室を出た。

(はぁ…熱い…)

廊下はちょうど食事時のせいで人もいなくて助かったけど、歩き出すとパンツの擦れる感覚にビクビクっと体がなってしまう。

(だめ…体が…我慢できなくなってきてる…学院長…室に…行かなきゃ…)

保健室に行くとは言ったものの、この疼きを止めてくれるのは薬ではない。

だから学院長室に向かった。


◆◆


(保健室にもいないし、教室にもいない。寮の部屋にも帰っていなかった…一体どこへ行ったのかしら)

なんとなく妙な予感のした私は保健室を出たあと、再び教室に戻り、さらにアリスさんの寮の自室にも行ってみたが、やはりアリスさんの姿はなかった。

(うーん、慌てても仕方ないわよね。落ち着いて考えましょう)

気がつけば慣れ親しんだ実験室に私の足は向いていた。実験室の集まった区域は静かで人の気配がない。

(今日の午後は実験の授業がないのね)

『カチャ』

(あら?)

魔法薬の実験室に鍵を差し込んで違和感を感じた。

(鍵が開いてるわ)

魔法薬の中には強力な毒薬や酸、媚薬など軽い気持ちで扱えば、大問題となる劇薬が含まれているので、教官が責任を持って施錠することが規則で決まっている。

(誰かが利用しているのかしら?)

私と同じように授業の準備をしていそうな教官の顔を思い浮かべながらドアノブに手をかけた瞬間、悪寒がした。

(なっ、何なの?)

嫌な感覚に息を飲んでノブから手を離した私は、手とノブを順番に見つめる。

(今のはなんだったのかしら…?)

私はおそるおそるドアノブを握り直した。今度は慎重に扉を開く。

その瞬間、扉の隙間からネットリとした空気が私の体にまとわりついてきた。

(なにっ…これって…?)

咄嗟に魔法薬が漏れ出したのではないかと疑ってはみたものの、落ち着いて考えてみると、該当するような魔法薬は思い浮かばなかった。

(教室を間違えたのかしら?)

それで思わず教室名のついたプレートを見上げる。

【魔法薬実験室】

(そうよね…間違いないわよね…)

再び教室内に目を向ける。

普段使っている明るく清潔な教室は薄暗く禍々しい雰囲気で、まるで知らない教室のように見えた。

(ううん、教室が違うというよりむしろ空間が違う)

私は一枚の扉を境にして広がる異世界に茫然と立ち竦む。

(魔法薬が漏れ出したわけじゃない…だけど絶対におかしい…誰か…そうだわ、ロバートを呼んで…)

ようやく気を持ち直して誰かを呼びに行こうと振り返った時だった。

『むぐ………じゅぽ………んぐ………』

呻き声が私の耳に届いた。

(何かしら?誰かいるの?)

薄く開いた扉の隙間から暗い教室を覗きこんだ私の目に白い物体が映る。

(あれは…)

奥の教壇の上で揺れる何かは最初は全く見えなかったが、薄暗さに目が慣れてくると制服のシャツだと分かった。

誰かが向こうを向いて座っているのだ。

(誰かしら…こんなところに…)

扉のノブを掴んだまま目を凝らす。

誰かがいるのは教卓のそば、教室の一番前だ。私がいるのは教室の一番後ろの扉。

後ろ姿で顔は見えないものの、白い背中に真っ黒な髪が垂れている。床に直接座っているせいか髪は床に届きそうだ。

(…女の子…っ‥まさか…アリスさん?)

先ほどから探していた少女の顔が真っ先に頭に浮かんだ。

(でも、保健室に向かったはずのアリスさんがこんなところにいるはずないわよね)

そうは思うものの、見れば見るほどその後ろ姿がアリスさんにしか見えなくなった。

長い髪が揺れている事から頭が動いているのは分かる。

(何をしているのかしら…。いえ、その前にとりあえず誰がいるのかだけでもはっきりさせないと)

その時、私の気持ちが伝わったのか、少女が顔を横に向けた。

(あっ)

表情までは見えないもののその横顔は見知ったアリスさんのものだ。

(やっぱり…)

「ァ…」

私は『アリスさん』、そう呼びかけようとして寸前でなんとか言葉を飲み込んだ。

(何かしら?)

アリスさんの向こうに何かが一瞬見えたような気がした。

薄暗い教室の奥まではっきりと見えないものの、アリスさんは何かの前に座っている。

(一体何をしているの?)

アリスさんの様子からは今すぐどうこうといった危険はないように見える。

(今するべきことは扉を閉めて応援を呼びに行くこと、それは間違いない。だけど、誰がいるのか、何をしているのか、それも分からずに応援を呼びに行ってもきっと理解してもらえない。それなら、アリスさんの奥に何があるのかを確かめた上で誰かを呼びに行こう)

少しの間逡巡した末に私は決断した。

(よしっ)

教室内にいるのが自分の教え子であることも手伝って、私の中に力が生まれた。

(もしかしたら単にサボっているだけかもしれないし…それならお説教ね)

そう考えると少し口元が綻んだ。

(大丈夫よ、ちょっと入るだけなんだから)

私は自分を元気づけて薄く開いていた扉を音を立てないように開いて教室内に滑り込んだ。
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