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ラルフの覚悟

「ねぇ?さっきまでの威勢はどうしたのかしら?あーあ、つまんなーい。早く終わらせて、うふふふ。葵ちゃんの真っ白な肌に触手ちゃんを巻き付けるでしょお?それからぁ…オマンコをクチュクチュにしてぇ、ジュルジュル」

アスモデウスが口元の涎を拭う。

「はあ、はあ…」

(触れることさえ出来れば…)

ラルフは肩で息をしながらアスモデウスを睨みつける。

「あら?その目はまだ躾けが足りないのかしら?」

『ガァァンッ』

ラルフの足元の大理石を砕いて触手が飛び出す。

「ぐぁぁっ」

ラルフは顎を殴打されて吹き飛ばされる。闘い始めた頃の動きとは比べ物にならない。

「はあ、こんな弱い番犬ならいらないわねぇ」


王宮の屋根の上に場所を移した二人の戦いは、アスモデウスの生み出す触手をラルフが躱し、潰すことから始まった。

闘気で硬化されたラルフの体は、触手程度ものともせず引きちぎり、殴り、アスモデウスに肉薄した。

しかし、アスモデウスの狙いはそもそもラルフを殺すことではなく、疲れさせることだった。躱す事に集中するアスモデウスにラルフはあと一歩追いつけない。

もちろんラルフもアスモデウスの思惑にはすぐに気づいていたが、接近戦以外に戦術を持たないために結局、相手の思惑通りになってしまっていた。

「貴方の仲間がせっかく気をつけるようアドバイスしてくれてたのに…弱い上に愚かな犬ね」

「はあ、はあ」

(くっ…)


ラルフはロゴスに来てから図書館に通いつめて、様々な武道について調べていた。

元々銀狼であるがゆえの身体能力の高さから次々に修得していったが、そもそも銀狼の姿に戻ってしまえば、どんな武道も圧倒的な力の前に役に立つとは思えなかった。

それでもヒトの姿に固執したのは葵を思えばこそ。葵の大切な人を傷つけた姿で葵を守る事を出来うる限り避けるためだった。

そんな時に見つけたのが闘気術と点穴を組み合わせた拳法。もはや、使い手のいない古代の拳法だった。

点穴とはヒトの体内を巡る『気』の通り道にある小さな点。そこに闘気を撃ち込む事で相手の動きを止めることはもとより、様々な効果を産み出し、相手がヒトであれば絶大な力を発揮する。

しかし、戦闘中に相手の点穴に直接闘気を撃ち込むためには並外れた動体視力と速度が必要となる。それが使い手を喪う事になった原因だった。

(なんとか…一撃…)

だが、もはや練ることのできる闘気は僅かとなっている。

(あと一撃…それを点穴に流し込むしか勝機はない…)

その時アスモデウスがため息をついてラルフを見た。

「もぅ…面倒ねぇ。ちっとも面白くないし…」

欠伸をしたアスモデウスの目が冷たく光る。

「終わりにしよっか?」

声が低くなる。

『ドゴォンッドゴォンッドゴォンッ』

そして、その声に合わせるように、これまでよりも太い触手が何本も屋根を砕いて伸びた。

『ビュンッ』

(くっ)

これまでの触手よりも一段速い動きに、限界に達していたラルフの反応が一瞬遅れる。

その瞬間、ラルフの腹に二本の触手が叩き込まれた。

『ドゴォッ、ピキピキ』

「ぐああっ、ゴホッ」

倒れこんだラルフの口から血が吐き出された。

(骨がやられたか…だが…問題は…)

ラルフは思わず守るために残り少ない闘気を使い切ってしまった。体を覆う赤い光は完全に消えた。

体内を探るが、練ることが出来るほどの闘気は見つからない。

ぼんやりとした視界の中でアスモデウスが近づいてくるのが分かった。

「殺したりはしないわ。葵がよがり啼いてアタシのモノになるところを一番近くでじっくり見せてあげる」

闘気の消えたラルフを見たアスモデウスが唇の端をもち上げる。

「ね、今なら許してあげるわよ。ワンって鳴いたら許してあげる。ほらぁ、鳴いてっ、ワンッ、ワンッ」

「ぐっ」

ラルフの中にあったのは己への侮辱に対する怒りではなく、ここで自分が負ける訳にはいかないという使命感。

(どうすれば…)

『禁忌』

その時不意に脳裏に浮かんだ。

それは点穴について調べていたラルフが図書館の奥で偶然発見した本に書かれていた己の命を力に変える禁じられた技。

生命のエネルギーを力に変える分、爆発的な力を得る事が出来る反面、運が悪ければ命を使い果たし死ぬこともある。さらに、体がその力に耐えきれず壊れることもあったと言う。

(命…か)

ラルフは立ち上がり、全身から闘気を絞り出そうとした。

(ほんの僅かだけでいい…頼む…)

指先がうっすらと光る。

「寝てればいいのに。ホント、つまんない。やっぱりもう死になさい」

ラルフに追い討ちをかけるようアスモデウスが指示を出す。

(くっ、間に合わんかっ)

触手がラルフに届こうとした、その瞬間。

『ドゴオオオオオッッッ』

ラルフとアスモデウスの間の屋根が弾け飛んだ。

そのまま天にまで届くかと思うほどの雷撃はラルフに襲いかかる触手を燃やし尽くす。

「やんっ、なっ、またバアルの奴っ」

煙で視界が塞がる中でアスモデウスの能天気に文句を言う声が聞こえた。

(今しかない)

ラルフに迷いは無かった。

(命などくれてやる)

ラルフは己の鳩尾の点穴に指を突き立て、僅かに集まった闘気を注ぎ込んだ。

もうもうとした煙が風に揺れる。

(何も変わらん…闘気が足りなかったのか…)

『ドクンッ』

失敗した。そう思った時、ラルフの心臓が強く打った。

「ぐあぁぁぁっ」

(熱いっ…体がっ、軋むっ)

もうもうと立ち上る埃が風に流され視界が晴れた時、アスモデウスの前に立つラルフは体のサイズが一回り大きくなり、頭が狼の獣人となっていた。

「あら?いつのま…」

アスモデウスは、これまで以上に激しい闘気を見て言いかけた言葉を途中で止める。

(まだあんな力が残ってたって言うの?)

ラルフは身体中に走る痛み、だが、それ以上に燃え上がるような力を感じていた。

(この力…ほんの少しだけ、もってくれ…)

「ウオオオオ」

半狼となったラルフの口から雄叫びをあげて地面を蹴った。

『ビキッ』

体が耐えきれず、筋肉の切れる音がするが、覚悟を決めたラルフに躊躇はない。

(ぐうっ)

体の内側から激しい痛みが広がる。

(この程度の痛みっ)

「なっ?」

触手が闘気にぶつかるだけで潰れていく。

「まずっ、ちょっ、貴方たちっ」

アスモデウスが状況を理解して触手を呼んだ時には、焔のような闘気を纏った指先が躱すことの出来ない距離に迫っていた。

『ドゴオッ』

「ぎゃっ」

(終わりだ)

勢い余って数メートル吹き飛んだアスモデウスを見下ろしていたラルフの口から血が垂れる。

「うっ、ぐっ、ゴホッ」

口から血を吐いてラルフも片膝をつく。

(まだだ、もう少し…)

筋肉が悲鳴をあげているが、まだ倒れることはできない。

アスモデウスから目を離す事なく見つめる。

「ぐうぅぅっ、がはっ」

その時、倒れ込んでいたアスモデウスに異変が起こった。

「こんなっ、事ってぇぇっ、ぐっ、がっ、あぁぁぁぁっ」

アスモデウスの薄い腹が内側から圧迫されるように膨らんだ。

「があああああっ」

腹を突き破ろうとでもするように何かが暴れて腹の形が変わる。

「うっ、ゲエェェ」

しばらく苦しんだあと突然、口から触手が数本吐き出された。

「げほっ、がっ、あっ、おええぇぇ」

それを皮切りに、細い体のどこに入っていたのか、とめどなく口から触手が吐き出される。

「おええぇぇぇ…」

全て吐き出した時、アスモデウスではなくエヴァ・キアーラに戻っていた。

(これで、もう…葵には…)

『ズン』

力を使い果たしたラルフは本来の巨大な狼の姿に戻り、静かに体を横たえた。

◇◇◇

「うぅ…はぁ…はぁ…」

意識を取り戻し、涙と涎、鼻水にまみれた顔でエヴァが見たのは自分を囲む触手の群れだった。

「な…何よ…ちょっと、近寄らないでっ、止めてっ、いやっ、いやああああっ」

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