HOME > 妖刀戦記 > title - 夢の中へ
2015/07/30

夢の中へ

ブリジットさんは王家の医師が診察したところ、体には何の問題もなく、妊娠等もしていなかった。

また、精神的な面においても、毎回あの催淫作用のある霧を使われて朦朧とした中で行われていたようで記憶はほとんど残っていなかった。

ただ、彼女の部屋から夜中に叫び声が聞こえることがあるという。

(意識的には覚えていないだけで、無意識には覚えているということか…悪夢か…何とかならないのかな…)

しかし、ブリジットさんが事件に関わっていたことは王女とモニカさんと僕くらいしか知らないため、一般の学生にとっては一時の話題になったくらいで、すぐに日常が戻ってきた。

ラッセル先生は事件の記憶は無かったみたいだけど、自ら辞表を出して学院から去った。何か思うところがあったのだろう。

そして学院長がいなくなったため、代わりをしているのはなんとエルザだ。他に適任者もいないし、もしかしたら、エヴァの息のかかったものがいるかもしれないため最も安全な人選がされたというわけだ。

さて、僕はというと。

「アリスってハンターだったんだっ」「カッコいいっ」「スゴいっ、魔物と戦ったりするの?」

せっかく落ち着きかけていた学院生活は再び賑やかになってしまった。

目立たないように動いたつもりだったんだけど、寮の僕の部屋から学院長が連行されたのは誰にも見られず、というわけにもいかなくて、ハンターであることは隠しきれなかった。

もう退学かなぁ、と思ってたんだけど、まだ、エヴァが見つかっていないことと、試験をきちんと受けて入学したことが評価されて、結局生徒と護衛を継続することになった。

ちなみにハンターっていうのはバレてしまったけど、名前はアリス・キャロルのまま通すことにした。ケルネ出身の元ハンターっていう事になっている。

エルザが学院長の執務をするため、いくつかの授業は出席しないことになったため、僕もその時間はどこかに隠れているはずのエヴァ・キアーラを捜索していた。

僕はなぜ、休講にして生徒を実家に帰さないのか、とエルザに尋ねてみた。

「はあ…すぐにでも家に帰らせた方が楽なんだけど…。誰から帰らせるかで貴族が揉めるのよ、だから今、大量の馬車を準備してるとこ。後は出入りが激しくなればそれに乗じてエヴァが逃げるかもしれないでしょ。って言っても、馬車やら何やらの準備が整うまで二週間、出来ればそれまでに見つけ出して捕まえたいわね」

それから数日後の放課後、僕はモニカさんと学院長室で相談をしていた。エルザは執務机で書類に目を通している。

「アリスさん、数日かけて学院内を捜索してもらいましたけど、どこか気になるところはありましたか?」

僕はモニカさんが出した学院内の地図を見る。

「うーん、全部回ったけど、怪しいところはなかったですね、本当にエヴァはまだ学院内にいるんですか?」

「はい、それは間違いありません。この学院の周りには実はドーム状に魔術結界が張られています。そして痕を残さずこの結界を通る事は不可能です」

(ふーん、それなら敷地内から出ていないのは間違いなさそうだ)

「うーん、じゃあ、この学院だけど、どこかに隠し部屋みたいなのがあるとか?」

「そうですね、私もそれを考えていました。そこで、図書館から創設時の図面を持ってきたんですが…」

モニカさんの言葉はどうも歯切れが悪い。

「何か問題があったんですか?」

「ええ、ちょっと見てください」

そう言って乗り出すとモニカさんの取り出した古い図面を覗き込む。

(ん…?ここが学院長室で……特に何もないように見えるけど…)

「変わったところはあるんですか?」

「いえ、それが、全くないんです」

「じゃあ…」

言いかけた僕を制して、モニカさんがもう一冊の本を開ける。そちらも図面のようだ。

(うーん、図書館の建物の図面のようだけど?)

「ちょっと見ていてください」

モニカさんがブツブツと何かを呟いた。すると彼女の指の先に水が集まってきた。

「いいですか?」

図書館と学院のそれぞれの図面の目立たないところに水滴を落とした。水滴の落ちたところの色が変わった。

(ん?色が違う?)

「これは?」

「ええ、今私が落とした水滴は酸を帯びた液体なんですが、色が違っているのは、材質が違いからなのです」

「?」

「つまり説明しますと、この二冊はともにこの学院の創設時の図面なんです。それなのに材質が違う。もっとはっきり言えば、この学院の図面はここ二十年程の間に書かれたものということになるのです」

「なるほど…ってことは…」

「おそらくですが、ガビーノが学院長になってからのはずです」

(そういうことか…)

「なるほど、なぜか写本されて、しかも創設時に作られたようにカモフラージュされているというわけなんだね」

「ええ。間違いなく何かを隠そうとしています」

「「ふぅ」」

僕らは同時にため息をつく。

「正しい図面はとっくの昔に処分されているよなあ…」

(どこかに隠し部屋があるはずなのに…うーん。せめて誰かが隠し部屋を見ててくれたらなあ。……うんっ?そうだっ)

僕は閃いた。

「そうか、あの方法なら…もしかしたら…見つけられるかも…」

「何かあるんですか?」

モニカさんが僕の言葉に反応する。

「はい、だけど…上手くいくか…ちょっと時間を下さい」


◇◇◇◇◇


学院長室を出て寮に戻る道すがら僕は村正に話しかけた。

(「ねぇ、村正」)

(「如何がなされた主殿」)

(「村正の能力で相手の心を読むことができるじゃん、それならさ、記憶も見れたりしないもんかなって思って」)

(「なるほどの、ブリジットの記憶を見れば隠し部屋が分かるというわけじゃな?」)

(「うん」)

(「そうじゃのぉ…出来るといえば出来るが…」)

(「あれ?簡単じゃないの?」)

(「主殿は妾を便利屋か何かと勘違いしておるのではないか?全く」)

(「そっ、そんなことないよ、えへへ」)

(「仕方ないのぉ。既に分かっておるとは思うのじゃが、妾の力は相手の意識に入り込むもの。意識には入れるんじゃが、記憶はまた別の問題なんじゃ」)

(「じゃあ、やっぱり無理なの?」)

(「話は最後まで聞くのじゃ。記憶を見ることはできんが、もし仮に夢を見ている相手の意識を見れば何が見えるのじゃろうな?」)

(「そっ、そうかっ…夢の内容を知ることが出来るわけだね」)

(「そうじゃ。じゃが、これは簡単ではないぞえ。夢を見続ける相手の中に入り込むことになるからの。意識を見るのとは違って、他人の夢を見るには、主殿の意識そのものをその夢の中に投入しなければいけないのじゃ。下手をすれば取り込まれて戻ってこれないかもしれぬぞ」)

(「だけど、それしかないでしょ?どうしたらいい?」)

(「そういうと思っておったわ。ブリジットが夢を見ておる時に、彼女のもとに行くのじゃ。あとは意識を見ようとすれば自然に分かるじゃろ」)

(「ありがとう、村正」)


◇◇◇◇◇


夜、寮の消灯時間が過ぎる頃、僕はブリジットさんの枕元に立っていた。

エルザとモニカさんにも事情を話して来てもらっている。

「葵、大丈夫なの?」

「うん。任せてっ」

僕は心配そうなエルザに返事をしてブリジットさんを見た。

(「主殿、夢に持ち込めるものは、今身につけているものだけ、外からは何も助けられぬ。夢の中でつけられた傷は、実際の傷として肉体に及ぶ」)

(「つまり、夢の中だからといって不死身じゃないんだね」)

(「さようじゃ、気を付けなされ。ブリジットの夢が終わるまでは帰って来れんからの」)

(「分かった」)

(「では行こうかの」)

僕はブリジットさんの手を握って意識を集中した。

◇◇◇◇◇

(本当に人の夢に入ったりなど出来るものだろうか?そんなことは夢魔にしか出来ないと思っていたが…)

モニカは半信半疑で葵の様子を見ながら考えていた。

(しかし、どうやら当時の図面は完全に処分されてしまったようだし…今は葵さんに賭けるしかない)

「多分大丈夫ですけど、もしもの時はエルザをお願いします」

小声で耳打ちしてきた葵に頷く。

葵はベッドサイドに座り込み、ブリジット・レンナーの手を握って目を閉じた。

そして、フッと体から力が抜けたようにブリジットの枕元に突っ伏した。
関連記事

コメント

非公開コメント