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夢からの生還と王宮内の不協和音

葵さんがブリジットさんの夢の中に入ってから丸三日経った。

王女はほとんど食事を取っておらず、眠るといっても、意識を失うまで起きているせいで、顔色も悪い。

「王女、もう今日はお休みください」

「嫌よっ、葵のそばにいるんだからっ」

ラルフさんもこっちに来てからまだ一睡もしていないはずだ。

「あああああああああああああっっ」

深夜二時を過ぎた頃、突然、ブリジットさんが大きな叫び声をあげた。

ベッドのそばでうつらうつらしていた王女がパッと目を覚ました。

「ブリジットさんっ、ブリジットさんっ?」

王女がブリジットさんの手を握って声をかける。

(一体何が…あっ)

葵さんのシーツの中から青い光が漏れた。さらにそれに呼応するように葵さんの首のチョーカーが赤い光を放った。

(この光はっ)

「何これっ、どうしたの?ねえっ、モニカっ」

「これはどういうことだ?」

王女とラルフさんが説明を求めるようにこちらを見た。既に光は消えている。

「この青い光を放った指輪は私が出発前の葵さんにお守りとして渡したものです。夢の中へは身につけているものしか持ち込めないと聞きました。しかし、逆に言えば、身につけておけば持ち込めるのではないかと思ったので、私の精霊術…水の精霊を封じた指輪を渡したのです。どうやら、今、夢の中で水の精霊の力が発動したようです」

「なるほど」

ラルフさんが頷く。

「じゃあ、こっちのチョーカーは?」

王女が赤い光の消えたチョーカーを指差す。

「このチョーカーは葵さんがここに来るときに友達からもらったと聞いていますが…先ほどの光からは魔力を感じました。水の精霊は私から離れるとその力は発揮できません。ですが、夢の中でこの魔力を媒介に水の精霊が力を放出したのかも…」

「うむ…夢の中で何かが起こったようだな。勝負はそろそろ決まるか…」

ラルフさんが独り言のように言ったとき、二人が動いた。

「うっ、うう…」

葵がこれまでとは違った動きをみせる。

(これは…何が起こっているんだろう)

「ううう…ん…?」

まず葵さんが薄く目を開ける。

「あっ、葵っ、起きたのっ、起きたのね?」

王女が葵さんに抱きついた。

「え…?エルザ?」

訳がわからないという顔の葵さんと目があった。

「お帰りなさい、葵さん」

「モニカさん、ただいま戻りました……あっ、ラルフっ…いつの間にっ?…あっ、そうだっ、ブリジットさんっ…」

葵さんが隣のベッドを見る。

「ブリジットさんっ」

葵さんの言葉に反応するようにブリジットさんが目を開けた。

「アリ…スさん…?」

「ブリジットさんっ、戻ってこれたよっ」

「……あっ、アリスさんっ、ごめんなさいっ、私のせいで…」

「ううん、ブリジットさんの最後に頑張ってくれたおかげで私は目覚められたんだよ。ブリジットさんがエヴァに勝ったんだ」

「本当に…?私が役に立てたの…?」

ブリジットさんの目に涙が浮かぶ。

「うん、ブリジットさんがいなかったら間違いなく戻ってこれなかったよ」

葵さんの言葉を聞いたブリジットさんは両手で顔を覆うと泣き始めた。

部屋の中に安堵の空気が広がったとき、葵さんがお腹を押さえて再びベッドに倒れ込んだ。

「葵っ、じゃなくってアリスっ、どうしたの?」

「アリスさんっ」

王女とブリジットさんが同時に声を上げた。

「……お…お腹すいた」

部屋に『グーキュルル』とお腹の音が鳴り響いた。

「…ぷっ、くふふふっ、あははははは」

王女がこらえきれなくなったように笑う。

「もう、散々心配させといて、お腹がすいた?良いわよ、いくらでも食べさせてあげる」

王女が廊下に出ると寮長を呼んで指示を出している。

「モニカさん、ありがとう、この指輪がなかったら負けていたよ」

葵さんが指にはめた銀色の輪を見せる。既に力を使い果たしたせいで青い宝石はなくなり、単なる銀の指輪になっていた。よく見るとチョーカーについていた赤い宝石も消えている。

「いえ、お役に立てて良かったです」

それだけ言うと私はラルフさんに気を使って王女の後を追うように廊下に出た。

「ねぇ、ラルフ、いつこっちへ来たの?………」

扉を閉めるときにラルフさんに話しかける葵さんの弾んだ声がした。


◆◆◆◆◆


レンナー法務卿はシーレ財務卿に呼び出されて執務室を訪れた。

「レンナー殿、すまぬな」

年齢ではシーレの方が一回り年上のため、大公という同じ貴族としての位ではあるがレンナーは敬語で話す。

「いえいえ、シーレ殿、いかがなされましたか?」

「単刀直入に言おう、最近の王宮の様子が少々気になっておる」

シーレがレンナーの顔をじっと見る。

「ええ、そうですね…なにやらきな臭い感じはします。例えば、レヴァイン卿…でしょうか?」

我が意を得たりという表情でシーレが頷いた。

「そう、以前、合議の場で話したが、奴は頭の切れる傑物であるという印象を持ったのだがな…」

思い出すようにレンナーが視線を空中に漂わせる。

「合議の間…ああ、近衛兵団の編成の時ですか?確かに、こう言ってはなんですがウォルトン殿の小倅とは格が違いましたな。それに、以前のアヴニール襲撃の際の手際の良さは公爵にしておくには惜しい人物です。私たち大公のいない中で見事に収拾して見せましたから」

シーレも頷く。それから表情を厳しくした。

「しかし、奴はどうやら分不相応な野望を抱いておるようなのだ」

「何か掴まれたのですか?」

レンナーの質問に、紅茶を一口飲むとシーレが吐き出すように行った。

「ああ、貴族の間で急激にレヴァインを崇拝する層が増えているらしい、そして、今、奴の兵がこの王都で増えておることに気がついておるか?」

レンナーの表情からそれまでの余裕が消えた。

「兵…まさかっ、クーデター…」

「そうだ、どうやら、我々五大公の要職独占を苦々しく思っている貴族たちを焚きつけておるようだ。デュカス外務卿が今この王宮にいないのは幸運かもしれんな」

シーレの目が驚愕で見開かれる。

「だとすると王のご病気も…?」

「その可能性も否定できん。あれほど元気な王がご病気というのがそもそもおかしかったのだ。…しかし、それは証拠もない。王が身動きを取れない間にクーデターを行い、王を傀儡として自分が実権を握るつもりかもしれん」

「でっ、では、レンナー家は急ぎ領地より私兵を王都に向かわせます」

「うむ。しかし、貴族への根回し、兵の集まり具合を考えても今日明日ということはなかろうが…。私もできる限りの手は打っておこう」

二人は人払いをして行われたこの内密な話が聞かれているとは思ってもいなかった。

(む…さすがは大公と言うべきか…。私兵が増えると面倒だな。アヴニールの状況もこちらの当初の予定から少々ずれてきている。予定よりはかなり早いがやるか…もしもの時は…ククク)


◇◇◇◇◇


葵さんはブリジットさんの部屋でご飯を食べると、疲れたようで再び眠りについた。そしてその日は一日起きなかった。

王女と私は何度も見に行く。

「う~ん…もう…食べられないよぉ」

「はあ、何となくどんな夢を見てるか分かるわ」

王女が呆れた目で葵さんを見る。

「もう安心ですね。さて、私たちは葵さんが起きたらエヴァを見つけて倒さなければいけません」

私がそう言うと王女の顔が引き締まった。

「そうね、何が起こるか分からない以上学生や教職員をそのままにしておくわけにはいかないわね。それで、明日、早朝から学生たちの避難を始めます」

しかし、そう言えばこの数日色んなことがありすぎて学生の避難についてはあまり王女と話さなかったことを思い出した。

「学生の受け入れ態勢はどのようになるのですか?王都にこれだけの人数を収容できるとは思えないのですが…」

「そうなのよ。大変だったわよ、全く。問題はお金と体面だったんだけど…」

「はい」

学生数800人、教員まで含めると1000人近くの人間を移動させるのはお金もかかる。さらに、王立の名前がある以上、何かあっては王の威信にも関わるのだ。

「最初は実家に帰ってもらおうと思ったんだけど、それぞれの家に送るにはお金が掛かりすぎちゃって…すごく遠くから来てる子もいるんだもの」

王女はゲンナリとした顔をした。

「確かにこの学院には国中から生徒が集まってきているし、保護者への説明が難しいですね。ですが、どうするのですか?」

「それがね、なんと王都の近くにちょうどいい建物があったのよ。もともとは学院の合宿で使っていた建物だったらしいんだけど、最近はほとんど使われていなかったみたい」

私は記憶の中で探してみるが、5年前、15歳で入学して以来、そのような場所は聞いたことがなかった。

「ええ、確かに、私も聞いたことがありません。どこにそのような施設があるのですか?」

「えっとね、王都から一キロくらいの森の中に湖があって、その湖畔にあるのよ」

「へえ、そんなものが…ちゃんとした建物なんですか?」

「調べてみたら、ずっと管理はやっていたみたい」

なるほど、色んな所に向けて馬車を出すよりも同じ場所に向けて走ったほうが効率的だ。

「はあ、大変でしたね。王女、お疲れ様でした」

「うふふ」

二人で寮のエントランスまで降りた時、見知らぬ男性の姿があった。私は王女を庇って前に出る。男は私たちを見て大げさに礼をする。

「あなたは誰ですかっ」

まさか不審な人物が紛れ込むとも思えないが、時期が時期だけに厳しい声を出した。

「ああ、やっと人がいたか…私はジル・ヴラドという。アリス・キャロルに用があってきたのだが」

名乗った男はラルフさんと同様美形だったが、こちらは少し冷たい印象を受けた。

「ええ、アリス・キャロルは当学院の生徒ですが…?」

「おっと、警戒されてしまっているのかな?アリスとは旧知の関係でね。少々仕事がらみの話があるのだが」

(なるほど、ラルフさんと同様彼もアリスさんの仲間なのだろう…)

どうするべきか逡巡していると私の後ろに視線を向けて男が手を挙げる。

「ラルフ君」

「ああ」

ラルフさんが階段を下りてきたところだった。

「さて、これで疑いは晴れたかな?美しいお嬢さん」

微笑むと冷たい印象が薄れて、人懐っこい顔に見えた。

(なんだか葵さんの仲間の方はハンサムな人が多いわね)

「ねっ、モニカ、なんだか葵の仲間って無駄にかっこいい人が揃ってるよね?」

王女も同じ感想を持ったらしい。

そこで、四人で再び葵さんのもとに向かう。

「だめ~、そのケーキは僕のだよぉ~、むにゃむにゃ…」

枕を抱きしめて葵さんがゴロゴロと寝返りを打っていた。

「どうだ?」

ラルフさんがジルさんに尋ねる。

「ああ、大丈夫だ。精神力を相当使ったみたいだな。明日には目覚めるだろう。おっと、少し待て…」

そう言ってポケットからイヤリングを出した。

(あの石…何かしら?)

「ほう、お嬢さん、これが何か気になるのかな?」

ジルさんが急にこちらを向いたのでドキッとした。

「えっ、ええ」

「これは魔力を覚えさせる宝石だ。魔力の波動は人それぞれ異なっているのは知っているか?」

「授業で習ったわよ。魔物であっても魔力を持っていれば、その数だけ固有の波動があるのよね」

後ろから王女が答える。

「これはこれは、王女様もなかなか聡明でいらっしゃる」

王女が胸を張る。

「で、これに魔力の波動を覚えさせると、近くにその魔力を持ったものがいれば音を出して教えてくれるというわけだ。だから、ほんの少し、残り香のような魔力を覚えさせているのだよ…ふむ。もういいか」

そう言うとそのイヤリングをラルフさんに渡した。
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