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つかの間の日常

王都アトラスの門はロゴスやアヴニールのように魔物などの外敵から街を守るための門とは違って王家の威信を示すために作られた豪奢な門だ。

(はぁ、今度は何なんだろ…?もう、なんで僕ばっかり…)

馬車を降りて門をくぐりながら僕はため息をついた。

アトラスの街はラウルさんの事件の時に一度来たことはあるけど、王都というだけあってロゴスより人も物も圧倒的に多い。

僕のアヴニールの制服は目立つのか、街行く人々がチラチラと見てくる。

(そっか…着替えてくれば良かったな。ああ、もう、また失敗したぁ。とりあえず、ギルドへ行けばいいのかな…)

そう考えながら歩いていたら、美味しそうな匂いがしてきた。

『ぐー』

(そうだっ、なにか食べよう。それぐらいしても怒られないよね?)

僕は美味しそうな匂いに足を向けた。


◇◇◇


「ふんふーん」

美味しい匂いに誘われて屋台が軒を連ねる通りを歩く僕の両手はすぐにコロッケやらホットドッグやらジュースなんかでいっぱいになった。

(さすが王都だけあって美味しいお店がいっぱいだぁ)

あっちのお店もこっちのお店も美味しそうなものが並んでいる。

フライドチキンを頬張りながらウロウロ歩いていると、目の端に何かが映った気がした。

(ん?)

立ち止まって少し戻る。

(一瞬何か見えた気がしたけど…気のせいかな?)

裏路地に近づいて中を覗き込んだら、手が伸びてきて、いきなり腕が掴まれる。

「わわっ」

その衝撃で落としそうになったホットドッグを片手で掴んだ。

「ちょっ、何っ?」

さらに強い力で路地裏に引き込まれる。

ジュースとコロッケが地面に落ちた。

(ああっ、コロッケ。まだ一口しか食べてないのにっ)

僕は腕を振り払って距離をとる。

(「村正っ」)

「しっ、静かにっ」

(ん?)

その声には聞き覚えがあった。相手の顔をよく見る。

「もごっ」

「よおっ、久し振りだな」

カーキ色のシャツに茶色いズボンを履いた男がニヤッと笑った。

「もご、もごもごもご?」

「おい…せっかく俺がキメてるんだからよ、とりあえずホットドッグを咥えて喋るのはやめようや」

モシャモシャとホットドッグを飲み込んで男に近づく。

「えっと…たしか…ヨアヒムさん、でしたっけ?」

ラウル将軍やマモンと戦った時に斥候の役割をしていた狩人だった。

「おうっ、お前がこの街に着いたら案内するようオヤジに言われてるんだよ」

「あれ?ギルドじゃないんですか?」

(てっきりギルドで話を聞くと思ってたけど)

「ああ、こっちも色々あんだよ。まっ、そういう込み入った話は後でオヤジに聞いてくれ。行くぞ」

そう言って先導されて着いたのは、場末の酒場だった。もちろんまだ、午前中で営業時間外だ。

ヨアヒムさんはキョロキョロと周りを見渡して扉を開く。

「さあ、早く入れ」

扉から中に入ると数段階段があって半地下にある店だった。

天井近くの窓から光が差し込んで埃がキラキラ輝いている。壁に並んだ酒樽の前のテーブルにロレンツォさんが座っていた。

「おおっ、葵。やっと来たか、待ちくたびれたぜ。ヨアヒム、ごくろうさん。尾行はなかったか?」

「ああ、二、三人まいてやった。だけど、いかんせんこいつは目立ちすぎだぜ」

僕の方を顎で示してヨアヒムさんは苦笑いをする。

(尾行なんてついてたんだ…)

「じゃあ俺は帰るぜ?」

「おうっ、また夕方来てくれ」

二人の会話が終わるのを待つ間、ロレンツォさんを観察する。

ロレンツォさんはさすがに鎧姿ではなく開襟シャツにズボンだ。

だけど、銀髪を刈り上げて、シャツ越しにも分かる筋肉隆々のおじさんは、もはや山賊の親分みたいだ。

「じゃあな、葵も頑張れよ」

ヨアヒムさんが手を挙げて出て行くと、店内に僕とロレンツォさんだけになった。

「そう言えばロレンツォさん、体は無事ですか?」

「当たり前だ。あの程度かすり傷だぜ」

(確か瀕死って聞いたけど…)

「そんなとこに突っ立ってないで、まあ座れよ」

酒樽を指差す。どうやらイスも酒樽のようだ。

「本当はギルドで話したいんだがな、今はギルドに近づくのはヤバいんでこんなとこに来てもらったわけだ」

「ヤバいって?」

友達と話すみたいな口調になってしまったけど、ロレンツォさんは気にした様子もない。

「ああ、最近きな臭えんだよ。ギルドもわけわからん奴等に見張られてるから、儂もこんなとこに隠れてるって訳よ」

なんだかギルドマスターとして、執務室にいる姿が想像できない。こっちの方が似合ってる気がしたけど、言わないことにした。

「ふーん。誰が悪さしてるの?」

「悪さって…お前な、…まあいいか。今、この街の裏側ではキャバリアー商会ってのが幅きかせてやがるのさ」

「キャバリアー商会?」

「ああ、もともとは中堅どころの商会だったんだが、このところ急激に成長して今やアトラスで三本の指に入る商会に成長しやがった」

(商会が拡大するのは商売上手なだけなんじゃ?)

「それって問題なの?」

そういうと、ロレンツォさんが顔をしかめた。

「ああ、普通に商売してるんなら問題ないんだが、何せ成長のきっかけが例のアヴニールに魔物が押し寄せた、あの事件だからな」

(あの事件で儲かる?)

不思議な顔をした僕にロレンツォさんが丁寧に教えてくれた。

「実はな、あの半年ほど前から徐々に食糧やら水の値が上がっていたのよ。当時は問題になるような額でもなかったわけなんだが、あの時貴族の私兵がたくさん来たろ?」

ふんふんと頷く。

「あれだけの兵士の食糧やら何やらの注文がアトラスの商会に押し寄せたわけだ。だが、量が量だけに、主要な商会連中も王都の備蓄分だけじゃ足りないし、かといって別の街の支店から回すにしてもすぐに準備できる量じゃなかった」

(へぇ、商会も色々あるんだなぁ)

「それがな、なぜかキャバリアー商会だけは充分な量をこの町に準備していた。まるで何が起こるのか知っていたようにな」

(……んー、つまり…)

「じゃあ、あの魔族と繋がりがあるってこと?」

「ああ、証拠はないが儂は確信している」

ロレンツォさんが頷いた。

「でも、どうしてギルドが見張られているの?」

「おそらく王宮の中で何か起ころうとしてるんだろうな」

「…なんで王宮?」

僕がそう言うとロレンツォさんが、ちょいちょいと指で「こっちに寄れ」と仕草をした。

僕が顔を寄せると声をひそめてロレンツォさんが話し出す。

「これは内緒だがな、財務卿からこないだ依頼が来たんだよ。その内容がな、毎日財務卿から連絡がくる手筈になっていて、もし連絡がなければ、秘密裏に王宮に会いに来いっていう内容だ」

「なんだか不思議な依頼だね」

「ああ、だが、こんな妙な依頼だからこそ何かある」

ロレンツォさんがニヤッと笑った。

「うーん。じゃあ僕に名指しで依頼っていうのはどういうこと?」

「いや、それは別件で前から来てた依頼だ。王女の件が優先だから、ある程度片付くのを待ってたわけよ。内容はメイドの振りをして王子を警護しろって依頼だ。お前王子と知り合いなのか?」

「王女とは学院で一緒だったけど…」

「お前の方はよくわからんが、王子からと財務卿からの依頼が重なるなんて始まって以来だぜ。とりあえず王宮に入る手筈をつけるから明日までお前はここで待機な。二階でのんびりしてろよ」

(はぁ、学生の振りの次はメイドの振りかぁ…)
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