管理人ほう

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「「「ワハハハハッ」」」

階下からは楽しそうな笑い声や喋り声、さらに時折聞こえる怒号。

(眠れない…)

ソファに寝転がってみたものの、階下の酒場の酔っぱらい客がうるさくて眠れない。

(もう、ロレンツォさんもアジトにする場所考えたら良いのに…)

僕をここに置いてきぼりにした張本人は下で楽しく騒いでいるようだ。

(ホントにあの人、隠れる気あるの?)

眠るのを諦めた僕は手持ち無沙汰になって、夕方届いたメイド服を広げてみる。以前ロゴスで着たメイド服はスカートが短かく、露出も多かったけど、こちらは膝下くらいまでありそうだ。

(やることもないし一度着てみよっかな?)

まずは黒のワンピースに袖を通して前のボタンを順番に留めていく。衿と袖口は白で、黒いフリルが留めた前ボタンを隠す。

(うーん、さすがは王宮のメイド服、お堅い感じだけど手が込んでるなぁ)

頭に白いフリルのカチューシャをつけてエプロンを結ぶ。

鏡の中にはまさにメイドの僕が映っていた。

『ドォンッ』

「おいいっ、あおいぃっ」

その時、扉が乱暴に開いた。酔っぱらったロレンツォさんが転がるように入ってきた。

「えっ?」「ん?」

時間が止まったように、メイド姿の僕と酔っぱらいはしばらく見つめ合った。

「ありゃ?すみまへん、間違いました」

酔っぱらいは扉を閉めた。

『ガチャ』

(何だったんだろ?)

僕は首を捻る。

『ガチャ』

「えっと、すみませんが、ここにあお…おっ。葵っ、お前葵かっ?」

「?」

「おいっ、くそぉっ、ちょっと来いっ」

「えっ、ちょっと、ロレンツォさん?」

僕は手を引っ張られて階下に連れていかれた。

(なっ、何するの?)

「うおーい、みんなっ、注目っ」

階段を叫びながら降りていく。

「ちょっと、ロレンツォさんっ?」

「「「うおおおおおおっ、メイドさんだあああああああっ」」」

僕は思わず耳をふさいだ。酒場の客が僕を見て大合唱していた。

「酒は足りてるかああああっ?」

ロレンツォさんが大声で叫ぶ。

「「「お酌してくれええええっ」」」

客が返す。

『ツンツン』

背中をつつかれて振り返ると、酒場の主人らしきおじさんが、ボトルを持って微笑んで立っていた。

「お願いしますね」

「は?」

「メーイドさーん、酒が足りないよおお」

客がグラスを逆さに向けて僕を呼ぶ。

(注いでこいってこと?)

仕方なく、客のおじさんの元へ行くとグラスに注ぐ。

「メイドさん、かわいいねえ」

酒を注いでいる間、おじさんに話しかけられて愛想笑いする。

「おいっ、ズルいぞっ。メっ、メイドさんっ、こっちもおっ」

横の男がそう言って持っていたグラスをぐいっと飲んで空にした。

「はっ、はいっ」

僕は急いでそちらに向かう。

それを見ていた客達が目を合わせると、一瞬止まって…次の瞬間グラスを煽った。

「「「メーイドさーんっ、おかわりー」」」

酒場の夜はまだまだ始まったばかりだった。


◆◆◆◆


葵が眠ったのは明け方、空が白みかけた時だった。そして、酒場の二階で眠っている頃、王宮では異変が起こっていた。

それは主要な貴族が集まった合議の間に、突然王宮を警護するための兵士が入ってきた事から始まった。

「なっ、なんだ?お前たち、呼んでおらんぞ?」

貴族たちの多くは困惑した表情だった。兵士はそれほど多くないとはいえ、二箇所ある入口を塞いだ。

(これは…)

レンナーは事前にシーレから聞かされていたため、他の貴族に比べると落ち着きがあった。貴族たちの様子を見ていると、一部の貴族が他の貴族を囲むように外側に移動していく。

(レヴァインの息のかかった貴族はまだ三分の一ほどか、だが、これは…早すぎる)

シーレと話したのはつい一昨日のことだった。すぐにレンナーは自領に早馬を向かわせたが、兵達が来るまで三日はかかる。

レンナーはシーレと目を合わせた。

(…レヴァインに先手を取られたということか…)

レンナーもシーレもさすがは大公という身分で要職に就いているだけのことはあった。冷静に事実を確認する。

あるものは怯え、あるものは勝ち誇った、貴族たちの間で様々な視線が交錯していた。

『ガチャ』

その時、合議の間の扉の一つが開き、兵士が道を開ける。入ってきたのはレヴァイン卿であった。

レヴァインは議長席に着く。

「レヴァイン卿っ、一体これはどうしたことかっ?」

様々な声が飛ぶ。ざわめきが収まるのを待って、レヴァインが静かに宣言した。

「皆様方、本日、今をもって私たちがこの王宮を占拠した」

それまで、意味がわからないという顔をしていた者や、自分は関係ないという顔をしていた者たちの顔がサッと青ざめた。

既に事態をなんとなく感じ取っていた者達はレヴァインに対して口々に質問、罵りの声を上げる。

「静かにっ、静かにしろっ」

外側を囲んだ貴族が兵から剣を受け取り、内側に刃を向ける。

「くっ、お前らも仲間かっ、何を考えているんだっ」

基本的に王宮内には武器が持ち込めないため、丸腰だったレンナー達はなす術もない。

「さて、それではまずは皆さんに一筆書いてもらおう、なに、たいしたものではない。我々に権力を委譲するという内容だ」

「なっ」

抗議しようとした貴族に剣が向けられる。

結局、貴族たちが順番に座らさせられ、サインをさせられていくこととなった。そして最後に二人が会議机に座らされた。

「さて、レンナー殿、シーレ殿、お願いいたします」

レンナーはどうすべきか悩んだが、シーレが隣でサインするのを見て続くことにした。

「ありがとうございます。さて、それではこれから皆様にはこの部屋にいていただきます。ああ、逃げようなどとは考えないよう…ん?」

レヴァインが言葉を止める。部屋の後ろの扉付近で騒ぎが起こっていた。

「おいっ、何をするっ」

一人の貴族が兵士の方に走ったのである。すぐさま兵によってその貴族は床に押し倒される。

「おいっ、私を誰だと思っているんだっ、宰相ウォルトンだぞっ、お前のような兵ごときには話をすることすら許されん立場なのだぞっ」

(いつの間にあんなところに…だが、これはいかんな…)

レンナーはシーレを見る。シーレも真剣な目でウォルトンの様子を見ていた。

「構わん、殺れ」

レヴァインの声に兵が剣を振り上げた。

「ひっ、ひぃっ」

ウォルトンは腰が抜けたように床に尻餅をついて手を挙げた。

絨毯に染みが広がる。

(失禁したか)

「たっ、助けっ」

しかし、ウォルトンの言葉は最後まで続かなかった。

『ブシュッ…ゴロン』

一つの恐怖に歪んだ顔が絨毯に転がった。

「皆さん、逃げようなどとは考えないように、この部屋を出ようとする者はこのようになる。もちろん外部との連絡もとらないように。ああ、それから、皆さんの中にはアヴニールに親類縁者がおられる場合もあるだろう。アヴニールは現在我々の手の中にある。妙なことをしたら分かっておろうな」

そしてレヴァインとその一派は部屋を出ていった。


◆◆◆◆


合宿所、二日目。王宮内でクーデターが起こっている頃、こちらはいまだ動きがなかった。

ラルフ、ジル、エルザ、モニカがエントランスで話し合いをしていた。

「ジル、この魔法具は確かなのか?」

ラルフは珍しく、少し焦れたようにジルに訊いた。

「もちろんだ。私の作るものに間違いはない」

二人の会話を聞いていたエルザも渡されているイヤリングを触りながら会話に加わる。

「でも、早く出てきてくれないと学院に戻れないわよ。せっかく、学院は相手のテリトリーだって言うからこっちに移動したのに…」

「王女。エヴァは誰かを襲うにせよ、逃げるにせよ近いうちに必ず動く。今はうまく魔力を隠しているが、奴が何かすれば必ず魔力の波動を感知する。それまでは我々の側から動くのは得策ではないのだ。それにここなら私たちも相手も地の利は互角。また妙な隠し部屋などがあっても困るからな」

「ジルさんの言うとおりです。相手は夢の中まで罠を張るような敵。おそらく逃げるタイミングを計っているのか、それとも別の目的があるのか…どちらにせよ、相当用心深い相手ですので」

エルザが渋い顔をするのをジルとモニカがたしなめた。

(全くもう…あの隠れ家は気に入っていたのに…。でも、私の目的には全く気がついていないようね…)

柱の陰から気配を消してこの会話を聞いているものがいることに気がついた者は誰もいなかった。
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