管理人ほう

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(おおー、これが王宮なんだぁ)

街の中心に壁で囲まれた建物があるのは気づいていたけど、近づくにつれてその大きさに圧倒される。

アヴニールやこの街の外壁ほど高くもないし、堅固にも見えないけど、どこまでも続くような長さだ。

さらにその周りには水路がめぐらされていて、王宮に入るには橋を渡って門を抜けなければいけない。

「お帰りなさいませ」

テレサさんと僕が橋を渡って王宮の門に入ろうとすると、衛兵が直立して出迎えた。

門から玄関扉に向かう間も、多くの人がテレサさんを見て頭を下げる。

(テレサさんって偉いんだなぁ。うーん…特に変な様子は感じられないけど…シーレ卿が連絡忘れただけなんじゃないの?)

僕は王宮の様子を見ながらそう思ったけど、テレサさんの眉間には皺が寄ったままだった。

「葵、まずはこのまま後宮に向かうよ。旦那様と坊ちゃんが心配だからね」

小さい声で囁くと、杖を突いて歩いているとは思えない速度で歩き出す。

散々走ってはいけないと叱られた僕も早足で追いかける。

『コツッコツッコツッコツッ』

美しい石でできた床にテレサさんの杖の音が響く。

「さっ、ここからが後宮だよ。王族以外は男子禁制さね」

テレサさんが扉を開くと、大きな中庭に出た。その中央の屋根付きの渡り廊下をテレサさんに先導されるように歩く。

(うわぁ…綺麗だなぁ)

中庭にはバラ園や、様々な種類の木々や花々が植えられており、美しい花々が咲いていた。遠くには外でお茶でもする用なのか、石でできた休憩所のようなものも見える。

「ほら、キョロキョロしないっ」

叱られて前を向くとテレサさんは、もう渡り廊下の向こうにいた。

「さあ、行くよっ」

テレサさんの手で豪奢な後宮の扉が開かれた。

「ふあぁっ」

王宮も十分荘厳な感じだったけど、執務のための建物で過度の装飾はなかった。

それに対して、こちらは贅を尽くした作りになっている。

深い赤色の絨毯だけでも一歩踏みこんだだけで、高価であることが分かるほどだ。

「ここに、旦那様や坊ちゃん、それにお嬢様のお住まいがあるんだよ」

広いエントランスの奥に螺旋階段があり、そう言っている間にもテレサさんは螺旋階段の中腹まで上っていた。

「葵っ、トロトロしないっ、行くよっ」

そう言うと大きな声で「坊ちゃん、坊ちゃん」と叫びながら階段を飛ぶように上がっていく。

(テレサさん…本当に杖って必要なのかな?)

仕方なしに僕も急いで後を追う。

(えっと…テレサさんは…)

『ドンッドンッドンッ』

周りを見渡す必要もなく、激しい音のする方を見ると、廊下の先でテレサさんが一つの扉を叩いていた。

「坊ちゃん、開けてくださいっ、婆やですよっ、カルロ坊ちゃんっ」

だが、いくら叩いても扉が開く気配はなかった。

(テレサさん、王子はいないんじゃ…)

もし、王子が部屋にいるのなら階段くらいから十分聞こえているだろうに。そう思っていると、テレサさんが物騒なことを言い始めた。

「ちゃんとお呼びしましたよ、婆やは今からこの扉を壊します。いいですね?」

(ええっ?テレサさん?何言っちゃってるの?)

「いきますよっ、三…二…」

カウントが一になる直前、扉が開いた。

「婆や、騒々しいぞ。それに扉は壊さないでくれよ」

王子が顔を出した。

「あああっ、坊ちゃん、無事だったんですね。良かったっ。婆やは坊ちゃんの身に何かあったら、と寿命が縮む思いでっ」

王子の手を取り、テレサさんは涙でも流すんじゃないかってくらい感激している。

「婆やの寿命は一体どんだけあるんだよ…」

王子は苦笑いをしたあと、成り行きを見守っていた僕に気がついたように顔をこちらに向けた。

「坊ちゃん、この娘は今日から坊ちゃんの世話係となったものです。葵っ、こっちに来な」

「はい」

「これは葵というものです。まだまだ足りないところはありますが是非ご賞味ください」

(ご賞味?)

僕がテレサさんの横に立つと王子が頭の先からつま先までジロジロと見た。

「ぐふふ」

テレサさんが笑っている。

「坊ちゃん、婆やは嬉しいですぞ。ようやく、世継ぎを作る決断をしていただけたのですね。大丈夫です。この娘は乳も尻も育っており、いつでも子を産める準備が出来ておりますので。婆やは坊ちゃんが全く女に興味を示されないことが心配で、心配で…もしや男色の気があるのかと思ったり、巷の噂で娼館に狂っておられるとか聞くだけでも寿命がいくらあっても足りないと…」

「…婆や、もういいよ。そうだな…葵、入ってくれるかい?」

(だからご賞味なんだ…って、えええっ、まさか僕、そのために呼ばれたの?)

「ぐふふ…葵、頑張るんだよっ、最悪夜這いしてでも…」

テレサさんの話が続く中、王子に手を掴まれて部屋に引っ張りこまれた。

『ガチャン、ガチャ』

扉が閉められ、鍵がかけられる。

「さて……、ん?葵、何をしている?」

僕は部屋の隅、ドアから一番遠いところに逃げていた。

「いや、あの…へへへ、まさか…違いますよね?」

愛想笑いをしながら隅っこのさらに壁際に後ずさる。

「何が違うんだ?」

王子が僕の方に近づいてくる。

『ドン』

背中が壁に当たった。王子がさらに近づいて来る。

「いやだっ、来ないでくださいっ、人を呼びますよっ」

僕は叫んだ。

「だから何を言ってるんだ?」

王子の言葉がきつくなる。

「えっと、僕と、その、ナニをして子供を作ろうとしているんじゃ…」

しどろもどろになった僕を見て、王子が吹きだした。

「ブハッ、なんだ、そんなことを考えていたのか。馬鹿だなっ、あれはテレサが言っているだけだ。俺はエルザがあんまりにもお前の話をするから興味がわいただけだ」

(そっ、そうなんだ…良かったぁ)

ホッとした僕が警戒を解いた瞬間、手が伸びる。

「へ?」

顎をクイッと指で持ち上げられたかと思うと王子の顔が急接近してきた。

「しかし、お前面白いな。それにエルザの言うとおり、美しいじゃないか」

王子のニヤッと笑う顔を見て緩みかけた緊張を張り直した。


◆◆◆


(合議の間に軟禁されて半日、そろそろ夕刻か)

パーマーはカーテンの引かれた窓を眺めた。

皆、さすがに半日も経つと、グループに分かれて、和やかに話をしたりしている。しかし、まるで、禁忌に触れるかのように、誰もがこの事件を話題にしない。

大公二人の所にも数人が集まり、話をしたりしている。

(なんとかしないと…)

「シーレ殿、レンナー殿。少しよろしいですか?」

「パーマー殿か、…その顔は世間話では無さそうだな」

レンナーがパーマーの顔を見て表情を引き締めた。

「おいっ、下手なことは言うなよ。誰が聞いているか分からんぞ」

大公とパーマーの顔を見た数人の貴族の一人がたしなめた。

「ふう…いや、どうせ何を言ったところで奴等は気にせんよ。どうせ数日後に我々は謂れなき罪状で処刑されるはずだからな」

皆がシーレ卿の言葉に押し黙る。

「単刀直入に聞きます。お二方はレヴァインの目的を何だとお考えでしょうか?」

レンナーがパーマーの目を見て、ゆっくりと考えながら答える。

「そうだな、まず、彼はこの場を占拠し、我々の全権を奪った。つまり、法と財政だな。さらに、軍務卿は病に倒れ、現在は副官のレヴァインが軍も掌握している。つまり、この国の政治の中枢はほぼレヴァインに握られたと言って良いのではないか?それこそが奴の目的だろう」

(確かにそうなのだが…)

レンナーの言うことは確かに理屈は通っている、しかしパーマーは何か違和感を覚えていた。

「しかし、レンナー殿、事がこのようになった以上、はっきり言いますが、私が調べたところ、王の御病気、ウォルトン卿、マローン卿の御病気はレヴァインの盛った毒が原因です」

(そうかっ…違和感の正体は…)

自分で言った『毒を盛る』という言葉が、パーマーに天啓のように違和感の正体を告げた。

周りにいた貴族の数人がパーマーの言葉に目を丸くして驚いているのを無視して、パーマーは自分の考えに熱中して話続ける。

「毒を盛るという行為は面倒な上に、様々な証拠を残します。それなのに、殺しもしない毒を盛るということは、リスクはあっても得られる利益はほとんどありません。では、何のために王や大公達に毒を盛ったのでしょう?」

「だから、王が不在の間にこのクーデターを成功させるためではないのか?」

レンナーが答える。周りの貴族たちも今更何を言っているのかと不思議そうな顔をした。

「ええ、武力を使わないのならそれも分かります。しかし、今のように力押しでクーデターを行えば、結局この場にいない貴族の反発も予想されます。王を生かしておけば、彼らは王を担ぎ上げて自分たちの正当性を主張するでしょう。それならいっそのこと王も殺し、レヴァインが王になれば簡単に解決する。なのに王を生かしたままこのようにクーデターを起こすというのは解せませぬ。一言で言えばレヴァインの動きに一貫性が感じられないのです」

パーマーの物言いは、通常なら王に対する明らかな不敬だが、この場にパーマーを咎めるものはいなかった。

レンナーを含め、貴族たちがパーマーの言葉を検討するように黙り込む。

「確かにそうだ。レヴァインの動きには違和感が有るな」

しばらくしてパーマーの意見に納得したように貴族の一人が呟いて二人の大公を見た。

「パーマー殿の言うようにもっと穏便にすることもできたはずだな。ん?そういえば奴はアヴニールがどうこうと言っていたな。…あれにも意味があるのか?国の大事に我が子一人の命をはかりにかけるような貴族などいないだろうに」

(む?)

パーマーの目に貴族の一人が呟いた言葉を聞いたシーレとレンナーの顔が一瞬、ほんの一瞬ではあったが、引きつったように見えた。

(シーレ卿、レンナー卿には何か心当たりがあるのか…?どちらにせよこれ以上は話してくれそうにもないか…)

パーマーは考えを整理するため席を立った。

大公二人の考え込む姿を見た他の貴族たちも空気を読んだように一度席を外す。

「まさか、レヴァインはあれの存在を知っているのか?」

二人になった途端、シーレが呟いた言葉にビクッとレンナーが顔を上げる。

「いえ、そんなはずはありませぬ。あれは五大公と王のみ…」
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