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湖畔での戦い~ラルフ~

「カルロ殿下、魔術で上手いこと大公達と連絡はとれないものなのでしょうか?」

そう言うとカルロは鼻で笑った。

「ふっ、あのな、それが出来るならとっくにやっているさ。この王宮内では魔術は使えんのだ」

(そうなんだ)

「この王宮と後宮の地下には古代の魔術装置が設置されているのだと聞いている」

「では、その魔術装置は停められないんですか?」

「停めるには王が必要なのだ。実はな一昨日、王に解毒剤を飲ませたのだが、いかんせん倒れていた期間も長い。解毒が完了したとしても、さすがにまだ立ち上がることもできんはずだ」

(それじゃ無理か…)

「まずはなんとか中の様子が分からないことには…」

その時、扉がノックされた。

「誰だっ?」

思わず身構える。

「あのぉ」

扉の向こうから、か細い少女の声が小さく聞こえた。

ホッとして緊張を解くと王子が「いいぞ」と返事をする。僕は一応気を引き締めて鍵を開けると扉から離れた。

薄く扉が開く。

「テレサ様から、王子に伝えるように、と言われて…」

「なんだ?というか、扉を開けろよ」

「えっ、でも…そんな…やだっ、王子様ってそんな趣味がっ?」

王子が扉に近寄り、押すと「キャー」と悲鳴が上がる。

(なんだろ?)

しばらくして扉の隙間から少女の顔が覗いた。

「…あれ?服を着てる…」

拍子抜けしたような声で言うと、少女はおずおずと部屋に入ってきた。

「どういうことだ?」

「あの…テレサ様が…その…中で二人がまぐわっていらっしゃったら邪魔しないように、と…」

「婆やめ」

(勘違いもここまでくれば凄い…)

「それは後のお楽しみだ。で、どうした?」

(ん?なんか聞き捨てならないような?)

「あの、私の友達に厨房担当がいるんですけど、一緒に晩御飯食べようって言ってたのに、急に仕事が入ってダメになったって…それを私が愚痴ってるのをテレサ様がお聞きになって、王子にお伝えするようにって…」

王子は口に手を当てて考えていた。

「なるほど。至急テレサを呼べ」

「はっ、はいっ」


◇◇◇


「おかしいわねぇ。ジョシュ、ゴメンね」

「いいよ。仕事が忙しいんじゃないの?」

サラとジョシュは王都内のカフェでお茶を飲みながら相談していた。

二人が王都についたのはまだ陽の高い時間だったが、そこからサラの父親の住んでいる屋敷を見つけるまでが一苦労だった。

サラも何度か来たことがあったとは言え、いつもは馬車で乗りつけるので、どこにあるかなど知らなかったからだ。

それでも何とか見つけたところまでは良かったのだが、今度は門が閉まっていて入れなかったのだ。

「どんなに忙しくても家の管理はメイドや執事がするはずなんだけど…こんなことってありえる?」

サラは何度も首をかしげてジョシュに聞くが、そもそもジョシュは貴族ではないので分からない。

「なあ、これ以上遅くなると陽が落ちてしまうよ。暗くなったら森の中は危険だし、さすがに寮長にバレてしまうから一旦帰ろうよ?」

ジョシュの提案に、太陽がオレンジ色に染まりつつあるのを見てサラも頷いた。

「そうね…あっ、じゃあさ、最後に王宮に行ってみましょ?ダメもとで聞いてみたらお父様に会えるかも知れないしっ。ねっ?」

二人はそれなら急がないと、と立ち上がった。


◆◆◆


日が傾き始めた頃、合宿所ではエルザとモニカが困惑していた。

「寮長にもう一度確認しましたが、やはりサラさんとジョシュさんが戻っていないそうです」

「まさか、エヴァが…?」

「姫様、それなら魔力を感じ取るはずです。ですので、考えられるとすると二人でどこかに行ってしまったか、他の魔物に出会ったか…」

ジルとラルフも不穏な空気を感じとって二人に近づく。

「手分けして探しましょう。お二人もお願いできますか?」

「分かった」

「いいだろう」

「では、王女は私と一緒に探しましょう」

それぞれが散る。


◆◆◆


四人が分かれてしばらくした時、ラルフのイヤリングが高い音を放った。

「むっ」

ラルフは湖の周囲の道から外れて森の中に入る。

『ィイーンッ、キィーンッ』

音が徐々に大きくなる。

『キイィーン、キイイィーン』

思わず顔をしかめてラルフはイヤリングを外して走った。

(近いっ)

『ザザッ』

森の小道の途中に女の姿が見えてラルフは立ち止まった。

夕焼けに照らされた女の顔がオレンジに染まっていた。

「ふふ、ようやく来たわね」

エヴァが微笑む。

その妖艶な笑みと見事な体のラインに反して―カモフラージュに身に着けたていたのだろう―アヴニールの制服のアンバランスさが異常な色気を醸し出していた。

「ああ、葵を散々いたぶってくれたようだな」

そんなエヴァの姿を一顧だにせず、ラルフの声に殺気がこもる。

「葵?知らないわねぇ…?」

ゆっくりとラルフに見せつけるように髪をかきあげて流し目を送る。

「うふふふ」

微笑みながらラルフに手を向けると、エヴァの瞳が赤く輝いた。

『ドスンッ』

その瞬間ラルフの後ろにあった木が倒れる。

「ふっ」

一瞬早くその場から飛び退いていたラルフは軽く息をつく。

「ふふふ、今の不意打ちを躱すなんて見てくれだけじゃなさそうね。それじゃ…もっといくわよ」

『ドンッドンッ、ドンッ』

エヴァの足元に土煙が立ち上がったかと思うとラルフの飛び退いた後ろの木々がなぎ倒されていく。

「ふふ…」

『ドンッ、ドンッ、ドゴッ』

ラルフが拳を突き出した先の地面に、土でできた蛇のようなものが倒れて、のたうち回っていた。

「空中で墜とすなんて、やるじゃない」

『ゴッ、ドガッ、ゴッ』

躱すことをやめたラルフは土の蛇を撃ち落としながら徐々にエヴァに接近する。

「ふん、そのくだらん土の玩具がお前の力か?」

「玩具ねえ…いいわ、ちょっと本気を出してあげる」

ラルフの挑発に笑うとエヴァが黒い石をどこからともなく取り出した。

「見てなさい、なかなか見られるものじゃないのよ。うふふふ」

そう言うと、握った石から黒い靄(もや)が出る。

そしてすぐに黒い靄(もや)に包まれてエヴァの体は見えなくなった。

「んっあぁぁっ、あんっ、やっ、ああああっ」

靄の中からまるで喘ぎ声のような声がこだます。

「んっ、んあっ、あっぁぁぁあああああっっっ」

喘ぎ声が止まった時、変化したエヴァの姿がラルフの前に現れた。

頭から山羊のような角が生え、170センチ程度だった身長は180センチのラルフと肩を並べるほどになっていた。

それに背中には禍々しい翼を生やしている。

もともと窮屈そうだったブラウスのボタンは弾け飛び、衣服を失った豊満な裸体が惜しげもなく晒されていた。

「はぁ、はぁ…何度やってもタマらないわぁ…」

エヴァが激しく喘ぎながら体を抱きしめて快感に震える。その真っ赤に光る目が恍惚として濡れていた。

「ん~、久しぶりにこの体になったわねぇ」

しばらく快楽の余韻に浸っていたエヴァが腕を上げて体を伸ばす。

「なるほど、これが本当の力というわけか…」

強いプレッシャーで周りの草木が震える。

「…あっ、そういえばこの格好になるといちいち服が破れちゃうのが唯一の欠点なのよね」

エヴァが緊張感のない声でそう言うと、魔力が収束して布のように体に纏わりつき、レオタード姿となった。

「お待たせ。さっ、始めましょう」

エヴァが手を上げると土が盛り上がって無数の触手が蛇のようにウネウネと揺れた。

「ちなみに、この子達なんだけど、玩具じゃなくって触手って言うのよ」

赤い瞳が輝くと土でできた触手達がラルフに向かって飛んだ。

「何度やっても同じことだ」

数本を撃ち落としたラルフの足元から新たな触手が襲いかかる。

「ふんっ」

ラルフが空中に飛び上がって躱す。

「あら、うまく躱したわねえ。でも…」

空中で落下するラルフに向かって手を振った。

身動きの取れないラルフに触手が鞭のようにしなって襲いかかる。

「ふんっ」

ラルフは空中で触手を撃ち落とそうと拳を突き出した。

「うふふ」

その光景を見たエヴァが不気味な笑いを浮かべた。

『ガバァ』

これまで同様、拳が触手を粉砕しようとした瞬間、二本に分裂した。

「むっ」

対象を失った拳に分裂した触手が絡みつく。

「ぐっ」

ラルフの意識が腕に向く。

『ドゴォォッ』

新たに放たれた触手がラルフの腹に直撃して、木をなぎ倒しながら吹っ飛んだ。

「あらら、終わっちゃった?」

エヴァが土煙の上がる森の奥を見つめる。

「もうちょっと遊んであげても良かったかしら…って…あら?」

ラルフがもうもうと立つ煙の中から姿を現した。

「…この程度か?」

「あれ?まさか無傷…?」

ラルフの体が赤く輝く。

『ダンッ』

ラルフの足元の地面が沈むとほぼ同時に、エヴァの目の前にラルフが現れた。

「キャッ」

拳がエヴァの体を捉える。

『ドガァッ』

今度はエヴァの体が草木を抉りながら吹っ飛んだ。

エヴァが吹っ飛んで出来た道を、ゆっくりとラルフが歩く。

「く…やるじゃない…」

エヴァが立ち上がる。

「でも、まだまだこれか…あれ?えっ、もうなのぉ?」

突然エヴァの体が霧のようにぼやけ始めてラルフが足を速める。

「っとに、もうっ、ここまでみたいね…、いい?今度会った時には覚悟してなさ…」

(本体ではない…これはどういうことだ…?)

消えたエヴァをしばらく見つめたラルフは急ぎ、合宿所に向かって走りだした。
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