「まだかなあ?ちょっといくらなんでも遅いと思わない?」
窓から外を眺めてサラがイライラしたように言う。
二人が王宮に来たのは影が伸びる時間。最初に応対してくれた兵士にサラが名乗るとすぐに貴族が現れて応接のためのこの部屋に案内してくれた。
「あの人、すぐにお父様を呼んできますって言ったのにっ。外が真っ暗になっちゃったじゃないっ」
「まあ、そうかもしれないけどさ、サラのお父さんって公爵なんだろ?忙しいんじゃないの?」
ジョシュがサラをなだめるように言いながらソファに寝転がった。
「あれ?ジョシュのことだからてっきり退学になるって心配してると思ったんだけど」
「ここまで来たらもういいよ。サラのお父さんに会おうよ」
「うーん、せっかく可愛い娘が会いに来たっていうのに…」
サラが頬を膨らませて窓の外を見る。
「でもさ、公爵ってすごいんだね?さっき案内してくれたのも貴族なんだろ?サラの名前を言ってからの応対はまるで王女様みたいな扱いだったよ」
◇◇◇
僕はシーツを抱えて廊下を歩く。
窓から見える景色はもう真っ暗で、廊下は壁に備え付けられたランプの明かりで照らされていた。
(うーん、今日も忙しい一日だなあ)
合議の間の入口には先ほど確認した通りで、二人の兵士が立っていた。
頭を下げて通る振りをして、一人目にぶつかる。
「うぐっ」
「なっ」
シーツを二人目に投げつけると上手い具合に頭に被さって視界を奪う。
「うぉっ、ぐふっ」
倒れた仲間を見て驚く男の鳩尾に鞘に収めたままの村正を叩き込んで黙らせた。
(ふぅ)
(「この程度の人間ではもはや主殿に触れることすらできぬ。それにしても成長されたものよ」)
感慨深げに村正が呟くのが聞こえた。
(「村正、なんだか年寄りみたいだよ」)
(「なっ、何を言うかっ、主殿っ。妾はまだまだピチピチぞえっ」)
(「はいはい」)
後ろを振り向いて合図をすると、王子とゲオルグさん達騎士団が静かに現れた。
さらに角を曲がった先のもう一つの扉も同様にして無音で制圧した。
(さて、ここからだね)
角に立った王子を見る。
王子が頷いたのを合図にして僕とゲオルグさんが同時に各扉から部屋に突入した。
『バタンッ』
「むっ、何…」
見張りの一人がちょうど僕の目の前にいた。
僕はジャンプして正面から蹴り上げる。
ロングスカートの裾が翻って、爪先が男の顎にクリーンヒット。
「ぐぁっ」
(確か見張りの兵は二人いるはずっ)
視界の端ではもう一人が慌てて腰の剣に手をやるのが見える。
体をひねって着地すると同時に剣を抜きかけていた手を村正で突く。
「ぐぁっ」
剣が男の手から離れた。
『カランッ』
ふわりとスカートがおりてくる。
男の注意が床の剣に向けられた一瞬の隙を見逃さず、廻し蹴りで意識を刈り取る。
「ふぅ」
長い髪を後ろでまとめながらもう一つの扉を見ると、ゲオルグさんも二人の兵士を難なく倒して作戦は成功した。
(やってみたら、あっけないもんだね…でも、人質をこんな少人数で監視するっていうのもちょっと間抜けな気がするなあ。「ねえ、村正はどう思う?」)
(「そうよのお。言われてみれば確かに無用心じゃなあ」)
僕と村正が相談している間にも次々と騎士団員達が部屋に入ってくる。
壇上に王子が登った。
すると、貴族も騎士も、僕以外全員が膝をついた。
「皆、無事か?」
いつになく真面目な声を出す。
貴族たちが顔を見合わせる。なぜだか不可解そうな顔だ。
「王子、怪我人や病人はおりませぬ」
王子の言葉に、パーマー卿が答えた。
「よしっ、では各自屋敷に戻り武器、兵を連れて王宮前に集まれ。よいか、このような反乱を起こした不届き者共を一人残らず捕らえるのだ」
短い言葉だったけど、王子の言葉が進むにつれ、それまで不審そうだった目に敬意が生まれ、最後には皆が力強く頷いた。
(あれ?)
貴族たちがゲオルグさん達に警護されながら部屋から出ていく中、動こうとしないシーレ卿とレンナー卿に僕は近づいた。
「ハンターギルドから派遣されてきました。御門葵といいます。お二人は逃げないのですか?」
「いや、少し気になることがあってな。すまないが、謁見の間までついてきてくれんか?もちろん別で報酬も出そう」
「えっと…」
(追加の依頼は好きに受けていいってロレンツォさんが言ってたけど、王子の護衛が最優先だしなぁ)
うーん、と悩んでいると、後ろから王子が現れる。
「ほう、それは興味深いな。私も行こう」
「カルロ王子…」
「葵は私の警護担当だ」
シーレ卿はレンナー卿と一瞬目を合わせて、すぐに頷いた。
「王子も一緒にお願いいたします」
話が決まると、大公二人と王子、その後ろを僕が走って謁見の間に向かった。
◇◇◇
前を行く三人の速度が緩んで、扉の前で立ち止まった。
威厳が必要だからか、合議の間に比べると大きく、獅子や龍が表面に彫られている。
「なぜ扉の前に警備兵がおらぬ?」
王子が誰ともなく質問した。
だけど、もちろん僕は分からないし、二人の大公も荒い息で首を横に振った。だけど、その表情は少し緊張で強張っているように見えた。
「じゃあ開けますよ」
そう言って皆の前に出た僕が扉の取っ手を掴むと、後ろに立っていた二人の大公から緊張が伝わってくる。
グッと真鍮製の取っ手に力を入れると、『スゥ』っと音もなく扉が開いた。
まず目に付いたのは石の床を玉座に向かってまっすぐ赤い絨毯。絨毯は金色の縁取りがされていて、いかにも謁見の間って感じがした。
数段の階段があって玉座はその上にある。
そして空の玉座の下に三人の人物がいた。
(誰?)
「レヴァイン…」
王子が呟いた。
(ああ、あの人が…って…じゃあ主犯じゃんっ)
ツカツカと入っていく王子を守るべく僕も続く。
「馬鹿な真似はやめるのだ、レヴァインっ」
レヴァイン卿は膝をついて座り込む二人に剣を向けていた。二人は助けが来たと思ったのか顔をこちらに向けた。
「ウォルトンっ、それにマローンではないかっ。なぜここにいるっ?」
「おっ、王子っ」
『ヒュッ』
王子の姿を見て立ち上がろうとした二人の顔の前を剣先が通過した。
「「ヒィッ」」
「カルロ王子…やはり。五大公を除けば来るとしたらあなたか、パーマー卿あたりだと思っていました」
「レヴァイン、何を考えているのだ?」
王子がさらに近づく。
(これ以上は危険だな)
レヴァイン卿との距離は三メートルくらい。僕は何かあれば守れるように王子の半歩前に出た。
「なぜこのような暴挙に出た?」
王子の質問にレヴァイン卿は少し考える。
「そうだな…。ちょうどいい。この機会に王子に聞いて貰おうか。こいつらの罪を…王の罪をっ」
剣先でうずくまる二人を指し示す。
「逃げる素振りを見せれば殺す」
そしてうずくまる二人に吐き捨てるように言うと、僕らと向きあった。
「レヴァイン…」
「王子、少し思い出話に付き合っていただきましょう。と言ってもほんの数年前の事です」
レヴァイン卿が剣を下ろす。
「あ、ああ…聞こうか」
「この国では、何代も続く貴族が王都の近くに領地を頂き、私達のような新興の貴族は遠くに拝領するのはご存知ですな?」
王子が頷くのを見てレヴァインが話を続けた。
「もう20年も昔の事です。騎士身分だった私達が武勲をあげ、与えられたのはまだ何の開拓もされていない南部でした。若かった私達は少ない領民と、時には共に汗を流して開墾に励んだものです」
レヴァイン卿が懐かしい情景を思い出したように目を細めた。
茶色い瞳が遠くを見つめる。
(あれ?この目…どこかで…?)
なんだかこの人は初めて会った気がしない。
(顎鬚に褐色の肌か…うーん…どこだったかな?)
◆◆◆
「なあ、ジェームズ、俺たちも晴れて貴族様だぜっ」
夕暮れ、橙色に染まる王都の町並みが一望できる丘の上に二人の騎士姿の男が並んでいた。
「ノーマンは能天気でいいね」
「あん?」
「だってさ、今までは僕らだけが幸せになることを考えてきただろう?それが貴族になれば全ての領民の幸せを考えなければいけないんだよ」
ノーマンは顎に手をやり、少し考えるような素振りをする。
「うーん、よく分からないけどよお。ジェームズは考えすぎなんじゃねえか?俺達が幸せだと思うことを領民にもしてやればいいだけだろ?お前は昔っから難しく考えすぎなんだよ」
「ノーマン…」
「それに、お互い領地を貰ったって言ったって、田舎も田舎らしいぜ。何もないとこらしいからな。困ったときはこれからもお互い助け合えばいいじゃねえか。俺たちは何も変わらねえよ」
「そうか、…そうだな。これからもよろしく頼むよ。レヴァイン殿」
「ははは、よせよ。…アンソニー殿?」
「「はははははは」」
◆◆◆
「皆の努力に加えて南部は気候に恵まれていたこともあり、徐々に活気の溢れる地域へと成長しました」
そして、レヴァイン卿は小さく息を吐いた。
「私達南部10貴族は同じ境遇ゆえに協力し合い、結束を深めていきました…特に私とは幼い頃からの付き合いだったジェームズ…アンソニー卿がリーダーとなり、皆で共に南部は発展していきました」
王子も興味を持ったように目で話を促す。
「ところが、我々の領地の発展をよく思わないものがいたのです。当時、王国全体で見ると不作の年が続き、特に領地経営に行き詰まった者達の中には我々を妬む者も現れ始めていたのです。その中にはかなり高い地位の貴族がいました」
そう言ってレヴァイン卿はうなだれたウォルトン卿とマローン卿を見た。
王子と僕もつられて二人を見る。
「そんな時、突如として南部に魔物が現れたのです。私達は民を守るため戦ったが、魔物の数は多く、なおかつ疫病を持つものが多かった」
「その話なら聞いたことがあるぞ。南部で凄まじい被害が出たとか…」「違うのですっ」
王子の言葉を遮ってレヴァイン卿はひれ伏した二人を睨みつけて言葉を続けた。
「魔物や疫病だけなら食い止めようがありました。我々が力を合わせればあれほどの被害にはならなかった…」
「私達は関係ないっ」
その時、突然大声を上げるものがいた。ウォルトン卿だ。静かだった謁見の間に声が響き渡った。
「南部が被害を受けたのは偶然だっ。私達…私は何もしていないっ、関係ないぞっ」
口から唾を飛ばして真っ赤な顔で叫ぶ。
「黙れっ」
ウォルトン卿がレヴァイン卿の一喝に黙ると、再び謁見の間に静寂が戻った。
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