管理人ほう

管理人ほう

「君は倭国の出身のようだ。介錯を頼みたい。サムライにはそういった情けがあると聞いた」

「んぁっ、はっ、はいっ」

(快感になんか負けてる場合じゃない)

僕は誰もいなければすぐにでも自慰をしたくなるほどの疼きに耐えてなんとか頷いた。

『ガシャ』

黒い鎧の上半身を脱ぐと、レヴァイン卿が座る。

「レヴァインっ」

王の呼び掛けに顔を上げたレヴァイン卿は穏やかな顔をしていた。

「陛下、ありがとうございました。私はこれより国を乱した罪を償わせていただきます。願わくば私に賛同した貴族、我が家臣、領民、家族には寛大な沙汰をお願いいたします」

「レヴァイン…分かった」

王の目に涙が浮かんでいたが、レヴァイン卿の決意を感じとって、何も言わない。

「さあ、頼んだぞ」

レヴァイン卿が逆手に持ったナイフを腹の前に構えた。

ランプの明かりでレヴァイン卿の影が揺れる。

「いくぞ「お父様っ」」

その時、大きな声が謁見の間に響いた。

(この声は?)

僕の視界に思いがけない少女の姿が映る。

(え?まっ、まさかっ)

あまりの驚きで一瞬体の疼きすら忘れてしまうほどだ。

「サっ、サラ…?どうしてここにっ?」

「アリスっ?アリスこそどうして?って…エルザっ、そこに座ってるのってエルザじゃないっ?ううん、そんなことより、お父様っ?」

(お父様?……あっ…レヴァインって…まさか…サラの…父親?)

見比べるように二人の顔を交互に見る。

(そうだっ、どこかで見たことがあったはずだっ)

「お父様っ」

「近寄るなっ」

サラがこちらに走り寄ろうとするのをレヴァイン卿の強い声が止めた。

(あっ)

レヴァイン卿の顔に一瞬、苦悩の表情が浮かぶのが近くにいた僕には見えた。

だけど、サラにはレヴァイン卿の表情まで見えなかったはずだ。ビクッと立ち止まったサラにレヴァイン卿が続いて冷たく言い放つ。

「はあ、はあ…いいか、サラ、今の私はもはやかつての私ではない…邪魔するようなら娘だろうと容赦せん」

「何言ってるの?お父さ…」

なおも近づこうとするサラに向かってマイムールを突きつけた。

「近づくな、と言ったのが聞こえなかったのか?」

「え…、お…父様?どういうことなの?」

サラは周りの惨状を見てみるみる顔が青ざめる。

「…まさか…これっ、お父様が…?じょ、冗談だよね?お父様…だって…」

サラの震える声は言い終わる前に泣き声に変わった。

「そうだ。全て私のしたことだ。お前など私の娘でもなんでもないっ。早くこの場を去れっ」

「そん…な…」

サラは後ずさるようにして、少し離れると、入り口の方へ振り返った。

(レヴァイン卿…)

サラが泣きながら謁見の間から走って出ていくのをレヴァイン卿は悲しげな目で見つめる。

「幸せに…な」

『ガシャ』

サラの後ろ姿が闇に消えると、レヴァイン卿は再び跪いてナイフを構えた。

「頼む」

僕は村正を振りかぶった。

(もう少しだけ…もう少しだけもって…)

体の疼きに耐えるのもそろそろ限界だ。もう少ししたら意識が快楽に飲み込まれるだろう。その時、どうなってしまうかは分からないけど、仕方ない。

(みんなを守れたんだから…)

レヴァイン卿が目を閉じた。僕も村正を掲げる。

『ヒュッ』

「だめぇっっ」

「何っ」

再びサラの声にレヴァイン卿と僕の腕が止まった。

「なぜ戻ってきたっ」

謁見の間の入り口から叫ぶサラの姿にレヴァイン卿が驚いたような声を出した。

「お願いっ、お父様っ、昔のお父様に戻ってよぉっ。私…わたしはお父様と一緒にいたいよぉっ」

涙を流して再びサラが父親に訴える。

「サラ…」

涙を浮かべたレヴァイン卿が手を上げて、下ろした。

(え…?)

『トス』

鈍い音がして、サラの胸からナイフの柄が出ている。

(何が起こっ…?)

「…ぁ…」

小さく口から吐き出されたサラの吐息が耳に入ってきたけど、僕はまるで夢の中の出来事のように、馬鹿みたいに立ち尽くしていた。

「お…とう…さま…」

サラの唇から血が一筋流れ落ちて、スローモーションのように体が崩れ落ちる。

「サラぁぁぁっ」

座ったままのレヴァイン卿の雰囲気が再び変わっていた。

「グハハハハハハハッ、待った、待ったぞォォ、この瞬間、こ奴の意識が私から逸れる瞬間をっ」

バアルの顔でレヴァイン卿が高々と笑う。

「サラぁっ」

サラのもとに走ろうとした僕の足が、疼きでもつれる。

(こんなときにっ、んああっ…)

学院でのサラの笑顔が頭に浮かぶ。

「サラぁっ」

倒れたままサラに向かって伸ばした僕の手がバアルに踏みつけられた。

「痛っ」

「ククク、ようやくこの体が完全に私のものになった。愛する娘が死ぬ瞬間の絶望は最高だったぞ…クッ、クハハハハハ」

バアルの高笑いが頭上から降ってくる。

「さて、まずは…そうそう、お前達からだな。だが、安心しろ。すぐに王女も、それにここにいる連中も逝くことになる」

バアルがマイムールを高々と掲げた。

『カッ…ドゴォォォォン』

天井に開いた穴から眩しい光が降ってきたかと思うと、一瞬後に凄まじい爆発音がした。

『バチバチバチバチ』

マイムールの刀身が金色に輝き、周囲に光の筋が飛び散っている。

(「主殿…今度こそさらばじゃな」)

覚悟を決めたような村正の声。

(「村正ぁっ」くそぉっ、僕が殺られたらテレサさんもエルザも王様もみんな殺られる)

だけど、今の僕は起き上がることすらできない。

「この国が、この世界が滅び行くのをあの世で見ているがいいっ、フハハハハハ」

これまで出会った仲間達の、友達の顔が浮かんだ。

(くそぉっ…僕に力があれば…みんなを守る力が…)

『バチバチバチバチ』

刀身に充填された雷が部屋の大気を揺るがし、激しく鳴る。

そして、ピタ、と剣先が僕に向けられた。

「今度こそ終わりだ」

(「力が…」)

(「「え?」」)

マイムールの先が一際眩しく輝くと同時に村正とは別の男の声が頭に響いた。


◆◆◆◆◆

真っ白な部屋。

暖かい光が僕を包み込んでいる。

(ここは…僕は死んでしまったのか…?「村正、いる?」)

(「ここにおるぞえ」)

起き上がって見渡すも、誰もいない。この白い空間の中にいるのは僕だけだった。

(「ここはどこなんだろ?」)

(「ふむ…天国…というわけではなさそうじゃな」)

(そうだっ、みんなはっ?)

勢いこんで起き上がる。

「力のない己を呪うか?」

声が頭に直接響く。

「誰だっ?」

聞いたことのない男の声。

(「この声…うぅっ」)

村正が苦しそうに呻く。

(「村正っ、どうしたのっ?」)

(「うぅぅ、なんじゃっ、誰ぞ?」)

「お前は力を欲するか?」

再びそう聞かれて僕は答える。

「欲しいっ、僕はみんなを守るだけの力が欲しいっ」

頭の中で声の主が微笑んだような気がした。

「みんなを守るため…か。お主のような者を待っていた。力を貸してやろう。あの時私にも力があれば…今度こそ……千…を……」

声が消えていく。

(「待つのじゃっ、その声っ…思い出せぬ…誰なんじゃっ?」)

村正が叫んだような気がしたけど、急速に意識が消えていく。


◆◆◆◆◆

『ズガァァァァンッッッ』

マイムールから発射した雷撃が消えた跡にはメイドの二人は影も残っていなかった。

(さて、約束通り王女を殺して封印を解くとするか)

玉座を振り返った私は見間違えたかと、もう一度見る。

「なんだとっ?」

若い方のメイドが王女の前に年寄りのメイドを寝かせていた。

(なぜ、そこにいる?…まさかあの一撃を躱したというのか?そんなはずはない)

「貴様っ、どういうことだっ?」

少女までの距離は数歩。一気に距離を詰めてマイムールを一閃する。

『ヒュッ』

立ち上がった少女を薙ぎ払った…はずだった。だが少女の姿はない。

(何ッ)

床に座っていたはずのメイドが俺の隣に立っていた。

「お前はレヴァイン卿の境遇につけこみ、サラにまで手をかけた…」

「こんなっ」

剣をさらに振る。

(スピードの問題ではないっ)

『ヒュンッ』

背後に気配がした。

(また躱された…偶然ではない)

静かな、だが、冷たい声が後ろから聞こえた。

「僕はお前を許さない」

「うるさいっ」

振り向いてマイムールから凝縮した雷を撃つ。

『ドゴォォンッ』

激しい爆発が壁を砕き、土煙があがる。

「クハハハハハ、今度こそ」

煙の中から現れた刀が、考える暇もなく、俺の腹を捉える。

『ズバァァッ』

「うおおおっ」

(……?)

自分の腹を見下ろす。

(繋がっている…?)

「…?ククッ…ハッハッハッハッ、大層な事を言って…私を傷つけることも出来ないナマクラだったかっ」

私は無防備に目の前に立つ少女を斬った。

『ズバッ』

少女のワンピースが裂けて、血が迸った。

『ズシャ』

腹から臓物が落ちる。

「ふん…単なるこけおどしだったか…」

一瞬でも冷や汗をかかされた事が腹立たしい。

少女に怒りがこみ上げる。少女の腹から溢れる血や肉片を見る。

(ん…倒れていない…だと?)

「許さない」

少女が一歩踏み出した。

「そんな馬鹿なっ、なぜ死なんっ?」

『ボトッ、ボトッ』

動いた拍子に少女の腹から内臓が落ちる。

「うおおおお」

マイムールを床に突き刺すと電撃を放射した。

『バチバチバチ』

少女の髪が焦げて、端正な顔が焼きただれた。

だが、少女は体中に火傷を負いながら歩みを止めない。

「クソっ、クソぉっ」

私は手当たり次第剣を振る。





僕は膝をついて動かなくなったバアルを見おろしていた。

「ど…どうしたというのだ…?」

シーレ卿が部屋の端から恐る恐る僕に声をかけた。

「バアルは僕と戦っている幻の中にいます」

僕はそう言ってバアルを見た。

バアルは、なんだかブツブツと呟いていた。

「これで終わりだ」

そう言って無防備にさらけ出されている首に剣を振り下ろした。

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