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日常の再開?

(えっと…ここは…?)

僕の周りは見渡す限り青一色、所々に霧が出ている。

(うーん…うわっ)

下を向いてびっくりした。足が地面についていない。というより、地面がなかった。

(落ちるっ)

ぞっとして頭を抱える。

(……あれ?)

しゃがんで頭を抱えていたけど、どうも落ちていく感じがしない。

(浮い…てる?)

霧だと思ったのはどうやら雲で、僕は空にプカプカと浮いているようだ。落ちていかないことが分かって安心した僕は周りを見渡す。

周りには何もないけど、眼下には小さい城のような建物が見えた。だけど、僕の知っている城とはデザインが全然違っていた。

(でも、行ってみるしかないよね?建物があるってことは誰か人がいるはずだし)

そう頭の中で考えると体がゆっくりと城に向かって降りていく。かなり近づいたところで城の中庭のような所に豆粒みたいな人影が見えた。

(あれは人かな?)

フワフワと降りていくに従って豆粒のような人がはっきりしてきた。二人の男の人が話をしているようだ。その男たちは着物を着ている。

(着物?ってことはここは倭国なのかな?)

「あのぉ?」

僕は地面に足が着いたので二人の後ろから話しかけてみた。だけど、全然僕を見てくれない。表情から察するに相当切羽詰っているようだ。

(おかしいな?もしかして完全に無視されてる?)

「あのぉっ、聞こえてますか?」

一人の肩に手を掛けようとしたら、手がすり抜けた。

(へ?すり抜けた?)

腕を振って男の肩を触ろうとするけど、何度やっても同じことだった。

(…はい?…これって一体?)

僕が首を捻っていると、遠くから足音がした。今度は女の人だった。着物に襷をかけて走ってくる。

「殿っ、お生まれになられましたっ」

その言葉に二人の男の顔がパッと輝いたあと、すぐに厳しい顔つきに戻る。

「そうか、して…」

殿と呼ばれた男がそこまで言ったところで、女の人の顔が曇る。

「…姫君でございました」

「そう…か。いや、すぐに顔を見に参ろう」

女の人が走って戻るのを確認して、殿と呼ばれた男がもう一人の男の方に向き直った。

「姫か…」

「殿っ」

「いや、分かっておる…」

そして、二人は別れた。

(どっちに行こうかな?)

とりあえず、僕は『殿』の後についていくことにした。

「おぎゃあ、おぎゃあ」

赤ちゃんの泣き声が聞こえて、徐々に近づいて来る。

部屋の前に先ほどの女の人が座っていた。『殿』を見て頭を下げ、横開きの扉を開いた。

「殿っ」

『殿』が入ると布団を囲んでいた女の人たちが居住まいを正して、頭を下げる。

「よい」

女の人たちが下がると、布団に寝ている綺麗な女の人と赤ちゃんが見えた。

「松…大儀であった」

「殿…」

『殿』が生まれたばかりの赤ちゃんの頭を撫でる。赤ちゃんがさらに激しく泣く。

「おぎゃあ、おぎゃあ」

(ほぉぉ…赤ちゃんだ…)

僕もどうせ触ることはできないけど、せっかくだから頭を撫でるふりだけでも、と手を近づけた時だった。

赤ちゃんが一瞬泣き止んで、パチっとその目が開いた。

(あれっ?僕を…見ている?)

そう思った瞬間、目の前が真っ暗になった。


◇◇


「おぎゃあ、おぎゃあ」

赤ん坊の泣き声で部屋の中の会話は途切れがちだ。

「おぎゃあっ、おぎゃあっ」

「殿……申し訳ご……」

「ふぐっ、ふっ、おぎゃあ、ぎゃあっ、おぎゃあ」

誰かが僕の頭を撫でるような感触がした。

「……構わ………名をつけんと……」

「おぎゃあ、おぎゃあ」

「殿っ……」

「おぎゃあ、おぎゃあ」

気がつくとそれまで周囲にあったいくつかの気配が消えて、聞こえてくる声も赤ちゃんの泣き声だけになっていた。

「う…う…ごめんなさ…」

(誰かが泣いている?)

しばらくすると赤ちゃんの泣き声の間ですすり泣く声が聞こえた。

(何を謝っているんだろう?)

見えないから誰が泣いているのか分からないんだよね。そう考えて初めて僕は自分が目を閉じている事に気がついた。

(そうだっ)

目を開いたら眩しい光が一気に入ってきた。

(うわっ、眩しいっ)

目が眩んで再び泣き出す。自分の口から出る泣き声を聞きながら僕はどうやら赤ちゃんの中に入ってしまったことに気がついた。

「…目が開いたか?…」

抱き上げた赤ん坊が泣き止んだのを見て切れ長の瞳を細めて女性が微笑む。

「妾がお前の母ぞ。妾はお前を絶対に守るぞえ…」


◆◆◆


翌日の夜中に僕は意識を取り戻した。丸一日くらい眠っていたらしい。

「うぅ…」

「む?起きたか?」

視界に人の姿が見えて顔を向けると、ベッドの脇の椅子にラルフが座っていた。

「う…ここはっ?」

なんだか体が痛い。

「王宮の準備した宿だ。体は大丈夫か?」

大丈夫だと答えるとラルフはジルを呼んだ。

(なんだろう?さっきの夢、やけにリアルだったけど…)

『カチャ』

扉が開いてジルが顔を出した。

「葵、体でおかしいところはないか?」

「えっ?あっ、うん。多分大丈夫だと思うけど…?何をみんな心配し…ああっ」

そこで、バアルとの戦いを思い出して、僕はシーツを跳ねあげる。

(そうだっ、サラが…)

サラの胸に刺さったナイフの柄がやたらとはっきり思い出した。

「サラ…そっか…」

涙が溢れてくる。ラルフがそっと肩を抱いてくれた。

「ううぅ…ぐすっ、ラルフ…ありがとう…もう大丈夫…」

「食事はどうだ?」

ジルの言葉に小さく首をふる。

「そうか…葵、起きたばかりだが今日はもう遅い。また明日にしよう」

「えっ?そんな時間なんだ…いいよ。二人とも寝てよ。僕も寝直すからさっ」

ジルやラルフはきっと寝ていないんだろう。

二人が部屋から出ていって、再びベッドに入ったけど、サラの事ばかりが頭に浮かんで眠れない。

「はあ」

こんなときはいつも村正が声をかけてくれるんだけどな。

(「村正?」)

村正に話し掛けるけど、返事はなかった。

(村正も疲れているのかな?)

そして、結局朝まで眠れないまま過ごした。


◇◇◇


翌日、外に出るような気分になれず、一日ベッドで過ごした。

夜になってさすがに眠気に襲われた僕は夢を見た。


◇◇◇

「千姫っ、こちらでございますよぉっ」

乳母の一人が手を叩いて赤ん坊を呼ぶ。

「だぁ、だぁ」

「千姫…こちらですよぉ」

返事を返した赤ん坊に満面の笑顔の乳母達がさらに手を叩く。

「きゃっ、きゃっ」

赤ん坊が這い這いをして乳母の手に向かう。母親は少し離れた所に座って微笑んでいた。

「さあっ、千姫っ、こちらっ、きゃあっ」

乳母が悲鳴をあげた。誰かにぶつかった。乳母が振り向くとそこには髭を生やした男が立っていた。

「あっ」

乳母達がしまった、という顔をして正座をして頭を下げる。

「今、千姫と申したのはお前か?」

「はっ、はい…」

乳母は先ほどまでとはうって変わって緊張した面持ちで答える。

「良いか、この子は千手丸、我が家の嫡男である。松…辛いだろうが、これは我が家、引いては我が家臣、領民のためじゃ」

「しっ、しかし…」

「八重、良いのじゃ」

年嵩の乳母が意見しようとしたが松によって止められた。

「殿、すみませぬ。妾の気が浮わついておりました」

松が頭を畳につけて許しを乞う。

「いや…お前の気持ちは分かる。…おかしいのは私の方だ。だが、許してくれ。どうしても世継ぎが必要なのじゃ」


◇◇◇


(こないだは生まれたばかりで、昨日は這い這いしていた。同じ人が出てきてたよね…?)

ベッドの上で僕は欠伸をしながら今朝の夢を思い出す。

(そもそも、出てきた人はみんな和服だったし、倭国なのかな?)

そんな事を考えているとノックの音がした。

「葵、眠れたか?」

扉が開いてジルが顔を出す。

「うん」

「うむ。顔色は良くないが昨日よりはましか。今日は外へ出るぞ」

正直あまり外へ出たい感じはなかったけど、ジルが元気のない僕を気遣ってくれているように感じる。

(心配させてばかりじゃダメだもんね)

起き上がって服を着替えようとしたところで気がついた。

(あれ?そういえば服がない…)

誰かが持ってきてくれていた僕の鞄の中にはアヴニールの制服しか入っていなかった。

(仕方ない、これでいいか)

僕は制服を着ると階下で待ってくれていたラルフとジルと合流して宿を出た。

空は秋晴れで青く、涼しくなったせいか、空気も澄んでいる気がする。

僕の知らない間に、王都も魔族の侵入を受けたとかでそこかしこが壊れて職人さん達が修理している。街は危機を乗り越えて活気に溢れていた。

だけど僕は大きく溜め息をつく。

バアルに勝ったもののサラの事を考えると僕は素直に喜べなかった。

「そういえば、どこに行くの?」

行き先を聞いていなかったことに今更気がついてジルに尋ねる。

「ああ、実はな…」

ジルが説明しようとした時、「葵っ、葵っ」と、遠くから声がして、向こうで手を振る女の人がいた。

「あれ?あれって…」

近づくと懐かしい顔がそこにあった。

「マギーさん?」

「そぉよぉ。マギーさんよぉ。久しぶりねっ」

マギーさんはロゴスで最初に知り合った服屋を経営する女の人だ。

昨日たまたまジルがこの街で出会ったんだと説明された。そしてマギーさんはロゴスのギルドメンバーが王都に来るのにくっついて数日前から来ていたらしい。

アンナさんやウィリアムさん、レオンさんが来ているそうだ。

「でもマギーさんはどうして王都に?」

「ふふふ、マギーさんはいろいろ考えているのよ」

ジルとラルフは事件の説明のためにギルドに顔を出すことになっていたらしく、一度別れる。

そして僕らは「立ち話もなんだから」とマギーさんの泊まる宿に場所を移すことになった。

「うわあ、広いんですね」

「王都のこの宿に泊まるのが夢だったの。だからかなり奮発したのよ」

最近のロゴスの様子やお互いの近況などを報告し合っていると、急にマギーさんが心配そうに僕の顔を覗き込んだ。

「ねぇ、葵、元気がないじゃない」

(あれ?どうしてバレたんだろ?)

「うふふ、マギーさんはいつもお客さんと会ってるからこういうことに敏感なのよ。何かあったんでしょ?マギーさんに言ってみたら楽になるかもよ」

聞き上手なマギーさんに乗せられてぽつりぽつりとサラの事を話す。

「そう。辛い経験をしたのね」

それから、気がつくとなぜか僕の前には服が並べられていた。

「アヴニールの制服も可愛いけど、やっぱりずっとその格好ってわけにもいかないでしょ?それに下着とかも無いと困るでしょ?」

結局下着から上の服まで全て着替えさせられてしまった。

長袖の白いブラウスにベージュのスカート。スカートはウエストのところを紐で編み込んで絞る。太ももまであるソックスは茶色。

「さすがはうちの専属モデルね。似合ってるわよっ」

膝上の丈は相変わらずだけど、これまでに比べればおとなしめのスタイルだった。

「これで良いのよ。調査の結果、これくらいの方が男の子の好感度がアップすることが分かったのよ」

髪もポニーテールにして、太いリボンで結わえる。

「はい、完成ね」

いつの間にかマギーさんのいつものペースに巻き込まれてしまったけど、話を聞いてもらったおかげか、少し気分が楽になった気がする。

『コンコン』

ラルフが僕を呼ぶ。

「王宮から呼び出しがあった」とのこと。

(きっとエルザも落ち込んでるだろうな…)

マギーさんにお礼を言って僕らは王宮に向かった。
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