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最高のご褒美

さて、王宮に着くとテレサさんが待っていてくれた。

「葵、よく来たね。お嬢様がお待ちかねだよ」

テレサさんに連れられて一度王宮を出た。

「どこに行くんですか?」

不思議に思った僕が尋ねると「病院さね」という返事。

(えっ?エルザも怪我したの?)

「だ、大丈夫なんですか?」

「ああ、お前さんらのとこの良い魔術師のおかげでなんとかなったみたいだよ」

テレサさんには疲れなど全く感じない。僕を待つような事もなくどんどん歩く。

「あっ、あのっ」

立ち止まったテレサさんにようやく追いついて口を開こうとしたら、テレサさんが杖で目の前の建物を指し示した。

「そら、着いたよ」

大きな役所のような建物。開かれた扉も大きい。

「さあ、行くよっ」

兵士やハンターの中に怪我人もかなり出たようで廊下まで治療を待つ患者で混雑している。

「おお…」

僕らが廊下を歩くと男達からどよめきが起こった。

「おやおや?お嬢ちゃんはどこぞの貴族様のご令嬢かな?」

包帯まみれのおじさん達が数人イヤらしい笑いを浮かべて僕らの前を遮った。

「お嬢ちゃん、誰かの見舞いかい?ちょっとおじさんの体が腫れていてねえ。ちょっとさすってくれよ?」

リーダー格の男の手が伸びて、腕が掴まれる。

「えっ?あっ」

「なっ、街を守るために怪我をした俺たちを慰めるのも貴族の仕事だろ?」

引っ張られた。ヒールのある靴のせいでうまく力が入らない。男達の中に引きずり込まれそうになって、テレサさんに目で助けを求めた。

「全く…邪魔だよっ」

『バシッ』

テレサさんの杖がおじさんの手を打つ。

「うおっ、婆さんっ、くそっ、何をす…」

「誰が婆さんだって?」

『バシッ、バシッ』

「痛っ、ちょっ、そっちはっ、折れてるって。分かった、分かったって。もうしないからっ、痛いっ、すまんっ、すみませんっ」

それからテレサさんが床を杖で叩くと男達が道を開いた。

「ありがとうございます」

「ふんっ、男ってのはこれだから面倒なんだよ」

(容赦ないなあ…)

階段を上がろうとしたらテレサさんが振り返った。

「何を見てるんだい?」

僕も不思議に思って振り返ると、数人の男が顔を引っ込めた。

ハッと気がついてスカートの後ろを押さえたけど、遅かった。

「見えたか?」

「ああっ、ピンクだった」

「くっそお、俺も見たかったぜ。脚さえ折れてなきゃ…」

そんな声を後にして上の階の廊下に着いた。

(この階は入院する患者用かな?)

先ほどまでとは違って静かだ。

「ふう。さあ、ここさね」

一番奥の個室の前で立ち止まる。

ノックすると「はい」とエルザの声がした。

ドアを開けて入ると数人の人達が立っていた。

エルザ、ジョシュ、ゲオルグさんと…それに意外な人の姿。

「あれ?ウィリアムさん?」

「おや?葵さん?おひさしぶりですね」

(さっきテレサさんが言ってた良い魔術師ってウィリアムさんのことだったんだ)

ロゴスのハンターギルドに所属するAランクのハンター、ウィリアムさん。そういえば、回復系に特化した魔術師だった。

「葵殿、体調はいかがですか?」

ゲオルグさんが敬礼してきた。

「あっ、うん。大丈夫…」

それにしてもジョシュに何て言っていいか。チラッとジョシュを見る。

「葵の元気な顔も見たし、私は帰るわね」

エルザがゲオルグさんとテレサさんを連れて出ていこうとした。

「えっ?エルザ?良いの?」

振り返ったエルザは不思議そうな顔をした後、申し訳なさそうに言った。

「良いも何も葵や婆や、みんなのおかげで私はかすり傷一つないわよ?」

(じゃあ…入院してるのは?ベッドに寝ているのは…?)

「うふっ、くくくっ」

ベッドの上で頭までかぶったシーツが揺れる。

「あはははっ、じゃーん」

シーツが舞い上がって、その下から聴き慣れたいたずらっ子のような声。

「どうっ?アリスっ、驚いた?」

頭が真っ白になった。

「え…?サラ…?だってナイフが…どうして…」

「だからよせって俺は言ったんだ」

ジョシュがサラに言う。

「はあ」

目を押さえてエルザが溜め息をついた。

サラは僕の顔を見てイタズラに失敗した子供のように急に不安そうな顔になった。

「あの時、偶然サラの胸ポケットに入っていたペンダントのおかげでナイフが急所からずれていたんだ」

ジョシュの説明がぼんやりと聞こえた。

「そんな…ほんとに…?僕のせいで死んじゃったかと…」

「ありゃ?…アリス、泣いてる…?」

僕はジョシュに手伝ってもらってベッドに座ったサラに飛びついた。

「アリスっ、うぇっ、痛いっ、痛いっ、って聞いてる?傷が開いてぇっ、ねっ、ジョシュっ、助けてっ」

「うわあああん、サラぁ、生きててよかったよぉぉ、ええぇぇん」

涙を流して喜ぶ僕に、サラは顔を痛みに歪ませたまま諦めて背中に手を回した。


◇◇◇


「じゃあ、僕も行くね」

ウィリアムさんは仕事で出ていき、エルザ達もいなくなった病室でジョシュとサラと三人で世間話をしばらくしていた。

(もう一つ聞きたいけど…何て切り出したら)

するとサラが改まって僕を呼んだ。

「葵さん」

先ほど、本当の名前も二人には伝えていた。

「お父様の事なんだけど、助けて頂いてありがとうございました」

深々と頭を下げる。

「そんな…畏まらなくても…それに葵さんとか、呼び捨てで呼んでよ」

そう言うと、サラはいつもの悪戯っ子のような笑顔を見せた。

「そう?じゃあ、葵ね。でも葵がいなかったらきっとお父様は救えなかった。だから…命の恩人なの。本当にありがとう」

(レヴァイン卿、うまくいったんだ…)

僕はあの戦いの最後を思い出した。

「これで終わりだ」そう言ってバアルに止めを打つ瞬間、僕はバアルの心だけを斬る事を思いついてそれを実行した。

バアルと一緒にレヴァイン卿も死んでしまう可能性も充分あったけど、レヴァイン卿を死なせないためには賭けるしかなかった。そしてどうやら賭けには勝ったようだ。

「レヴァイン卿は…?」

「陛下は罪に問わず、そのまま貴族として国のために働いて欲しいと仰って下さったんだけど、お父様は『反乱の首謀者たる自分が無罪だと禍根を残す』とか言って、揉めに揉めた結果、貴族としての身分は剥奪で、近衛騎士団長に就任することになったのよ」

「ふーん。でも、良かったぁ」

(「村正のおかげだよ」)

村正に話しかけても返事がない。

(そういえば、バアルとの戦いが終わってから村正と話してないかも…どうしたんだろ?)

村正の事を考えながら病室を出ると廊下で二人が待っていた。

「あれ?ジル、ラルフも。迎えに来てくれたの?」

ラルフは周囲を警戒するように何も言わず目を閉じている。

「ああ。元気になったようだな。ロレンツォができれば今日来て欲しい、とのことだ」


◇◇◇


病院を出た僕ら三人はそのままギルド本部に向かった。

石で出来た白い建物の入り口の扉の上にはハンターギルドのシンボルでもある剣と盾の旗がぶら下がっていた。

ロゴスよりもさらに巨大な建物に入ると、本部もロゴスのギルドと同様、ホールになっていて受付がある。さすがに扱う案件の種類が多いためか、受付の数も多い。

(どの受付かな?)

僕らが歩くのにしたがってハンター達が会話をやめて、道が開く。

(もうね…なんか慣れちゃったよ…はぁ)

「あれが…」「戦…」「名前の通り…」

こそこそと話す中に耳慣れない単語が混ざる。

(セン?名前の通りって、何だろ?)

「よく来たなっ、センキ葵っ」

首をかしげていると、聞き覚えのある声が上から聞こえた。

「あっ、ロレンツォさんっ」

「無事で良かったぜ」

「葵、お疲れさん」

階段をロレンツォさんが降りてきて、その後ろからレオンさんとアンナさんが続く。

アンナさんが走り寄ってきて抱き締められた。

「話を聞いたときにはこの男どもを殴ってやろうかと思ったぞ。全部お前達に丸投げしてっ」

レオンさんとロレンツォさんを親指で示して僕の手をとった。

「おかえり、葵。無事で何よりだ。」

「アンナさん、久しぶりっ。…うーん、まあ、でもさ、何とかなったし」

周りのハンター達の注目を浴びながら会話をする。

「ところで、アンナさん、センキって何?」

「あー、あれな…えっと…」

何だか言いにくそうにするアンナさんに代わってロレンツォさんが含み笑いをして教えてくれる。

「お前の通り名だよ」

「へえ」

(センキ…『戦鬼』か。かっこいいな)

「お姫さんみたいだって一部で話題になっててな。本部にもかなりファンがいるんだぞ」

(お姫さん?)

「ねえ、お姫さんって?」

「だから、お前の通り名だよ。『戦姫』、戦う姫さんだろ?」

(戦う…姫…)

「ええっ、姫っ?…僕はてっきり戦いの鬼って書くんだと…」

「ははは。お前が『鬼』って顔かよっ。それに止めるのはもう無理だぜ。お前の通り名はロゴスが発祥だから既に国中のギルドには伝わってるなっ。がはははは。これからは『戦姫の葵』だなっ」

(…そんなぁ…穴があったら入りたい)

頭を抱える僕の周りの人混みから「可愛いっ」だの「恥ずかしがる姿も萌え~」とか聞こえた。

(男なんですけど…一応…)

「さて、ワシの部屋に行くか…ん?うずくまってどうした?」

(誰のせいだよっ)

「姫っ」「ああ、守りたい…」「私の手をお取りください」

耳を塞ぎたくなるような声から逃げるようにしてギルド長室に向かった。

「まずは、お疲れさん。改めて、よくやってくれた。お前はこの国を救った英雄だ」

「そう思うならあの通り名をなんとかしてよ」

「ん?通り名?」

「だからぁ、あの『せ』…『せん』」

恥ずかしくて自分で言うのも躊躇われる。

「ん?」とかロレンツォさんがとぼける。

(くそぉ、わざとだな)

唇を噛み締めてロレンツォさんを睨む。

「可愛いなあっ。その顔っ、赤くしちゃって」

アンナさんが抱きついてきた。

(違うっ、そうじゃなくてっ)

「だが、通り名はなかなか付かんのだぞ。それに、お前の親父さんも『鬼神』と呼ばれていたわけだから『き』つながりで良いんじゃねえか?」

レオンさんのフォローはフォローになってない。

(父さんは鬼で僕は姫…)

「まあ、王宮は吹き飛んで修復にもう少し時間がかかるから、近々城の方で貴族を集めて今回の騒動の発表があるらしいぜ。国からお前達への報酬はその時らしいが、ギルドとしてもお前達に報酬を渡さんと格好がつかん。ランクをAランクからSランクに上げるのはもちろんだが、何か他に欲しいものはないか?」

再びロレンツォさんが聞いてきた。

(うーん…)

「何かある?」

ラルフとジルは興味が無さそうだ。

「Sランクに昇級だけで良いんだけど」

「そういうわけにもいかんのだ」

(うーん、欲しいものねぇ…)

悩む僕を三人がじっと見る。

「そうだっ、アンナさんなら何が欲しい?」

「ん?私か?そうだな…女性ハンター達が引退後に働ける場が欲しいな」

怪我をしたり、歳をとったりして引退したハンターに出来る仕事は少ない。男なら護衛とかもありそうだけど、女性は探すのが大変そうだ。

「分かった。じゃあ、それ下さい」

そう言うと、三人が口をポカンと開けて僕を見る。

「いや、葵っ、ちょっと待て。私なら欲しいと参考に言っただけで、お前の欲しいものを貰うんだっ」

アンナさんは喜んでくれるかと思ったけど、なんか焦っているし…。

「あのな、葵、そんなパンを買うみたいに言うなよ」

レオンさんは呆れ顔だ。

「本当にそれでいいのか?」

ロレンツォさんは真剣な顔で聞いてきた。

「うん、良いよ」

「分かった。アンナ、主だった女性チームのリーダーを王都に集めろ。レオン、お前は国中に支店を持つ商会のトップにワシの名でアポをとれ。こいつは忙しくなるぜっ」

「おうっ」「はいっ」

二人が飛び出していった。

「あの~」

「葵、伝え忘れていたが例のレストランの予約は取っといたぜ。明日の晩空けといてくれ。もちろん後ろの二人もだっ」

『バタンッ』

ロレンツォさんが走り去っていくのをポカンと口を開けて僕は見送った。
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