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蜘蛛男

食事の最後にデザートとコーヒーが運ばれてきた。執事さんによる柔らかいスポンジのケーキの説明が終わるのを今か今かと待って、終わるや否や早速フォークを突き刺した。

(んまあああぁぁっ)

パクパク食べているとすぐになくなってしまった。

ラルフはまだ手をつけてもいない。

ジッとラルフの前に残された手つかずのケーキを見る。

「俺はコーヒーだけでいい」

スッとラルフが皿を僕の方に移してくれた。

「良いのっ?」

ラルフが頷いてカップを取り、一口啜る。

そんな光景を執事さんとメイドさんが微笑んで眺めていたが、仕事を思い出したように、「ごゆっくりどうぞ」と言って出ていった。

「さて、葵」

「ふぇ?」

僕はラルフの分のケーキを口に運びかけた態勢でジルを見る。

「私たちに隠していることがあるだろう?」

「何が分かったんだ?」

ラルフもジルを見る。

アーンと開けた口から涎が垂れそうになって、僕は我慢できずケーキを口に入れた。

(んまあああぁぁっ、何個でもいけるよぉぉ)

「まずはそうだな…、おそらく葵は村正の力が使えないのではないか?」

(へっ?んぐっ)

驚いた拍子にケーキで喉が詰まった。

そうなのか?とラルフが僕に目で聞いてきた。

「んっ…んぐぐっ」

僕は目の前にあった葡萄ジュースでケーキを流し込む。

「ん…ゴクンッ、なんで分かったの?誰にも言ってないのにっ」

「簡単なことだ。ラルフ君も分かるはずだが」

ラルフにジルが目をやる。しばらく考えるように目を閉じた後「なるほど」とラルフも頷いた。

(あれ?なんでラルフにも分かるんだろう?)

「次に、発情についてだが、葵がバアルと闘った際の反動がまだ終わっていないと考えるのが自然だろう」

「えっ?」

再び驚かされて、先程の種明かしを聞くのも忘れてしまった。

(あれってバアルの時の反動なんだ…っていうか、なんでジルが知ってるの?)

「見てたのっ?」

「ああ。最初から最後までな。ラルフ君に周囲と空間を隔離する魔術具を渡しておいたのが役にたっただろう?」

(うわあ…だからラルフはあんなに余裕だった…って、ちょっと待てよ?)

「え?じゃあさ、ジルはあんなことになるって分かってたわけ?それならなんとかしてくれてもいいじゃんっ」

「ああ。だが、想定していた、という程度の事だ。バアルとの戦いの激しさに比べて明らかに反動が小さかったからな。おそらく本来その反動は葵が壊れるほどだったのではないだろうか。だから、葵を守るために小出しになっている可能性は考えていた」

(うーん。確かにそうかも…ん?)

「あれっ?ってことはまだ終わりじゃないって事?」

「ああ、その可能性は高いだろう」

ガーン。

(今日はラルフがいたから良いけど、いや、良くないけど…)

ジュースを飲んで気を落ち着かせる。

「えっと…いつ起こるのかは…?」

「それだが、バアルとの戦いから今日で三日だ。普通に考えれば三日おきと考えられるが、これも可能性の問題だからな」

(つまり、分かんないってこと?それじゃあ、おちおち外に出ることも出来ないよぉ)

グラスに残ってたジュースを飲み干して葡萄ジュースの瓶からグラスに注ぐ。

「話を戻すぞ。今回はこれまでの発情とは違っていたのではないか?」

(えっと、そう…かな?)

「私にはお前自身が発情するわけではなく、周りの生き物を発情させているように見えた。そして、まるで周囲の生き物の欲情に合わせてお前も欲情しているように見えた。実際のところはどうだった?」

「えっと…、いきなり力が抜けた感じがしたんだ。だけど自分から発情したという感じじゃなくて、おじさんたちの興奮が伝染ったみたいな…うん、確かに今までとはちょっと違っていたかも…」

喉が乾いてまたジュースを飲む。

「確かに…。男達の欲情の方が先だったな」

ラルフも冷静に状況を確認していく。

「なぜ違うのか…。何か心当たりはないか?」

僕はバアルとの戦いの最中の不思議な声と最近みるようになった夢の話をした。

「奇妙な声と不思議な空間、それに夢か…。発情にも村正が使えなくなったことにもそれらは関係しているのかもしれんな…」

目を閉じて考えこんだジルにそれまで話を聞いているだけだったラルフが提案する。

「ジル、薬か何かで抑えることは出来ないのか」

ジルの目が光る。

「うむ。私もそれを考えた」

そう言って一本の小さな瓶をテーブルに置いた。

僕はそれを手にとって見る。香水の瓶のような綺麗な形。

「これを葵が飲んで…ん?おいっ、葵?」

ジルとラルフの顔がくるくる回る。

「はれ?ジリュ?ラリュフ?」

ラルフが僕の手からグラスを取って匂いを嗅ぐ。

「これはアルコールが少し入っているようだ…。葵…まさか…」

「ん?らいじょうぶらよ。よっぱらったりしないかりゃ。……そうら、おくしゅりにょまにゃいと」

僕は薬の蓋を開ける。

「まずいっ、ラルフ君止めるんだっ」

ラルフがジルの言葉に反応して僕の手から瓶を取り上げようとした。

「らめぇ、のむぅ」

ラルフの手が届く前に僕は瓶を煽る。

「葵っ、吐き出せっ、それは媚薬だっ」

ジルの両手がそれぞれ僕の手を掴んで広げる。

(びにゃく?にゃるほどぉ)

「ジルも飲みたいろ?」

僕は顔をジルに向けて伸ばした。

「うっ」

僕がジルに両手を掴まれている、ということはジルもまた両手が塞がっている、ということになる。ジルが僕を躱すことは出来ない。

『ブチュ』

口移しにジルに薬を流し込む。

「ぐっ」

ジルの焦った顔を見ていると可笑しくなってきた。

「うふふ、ぼくはのんでなかったれしたぁ」

フラフラ立ち上がるとラルフを見る。

「ラリュフもぉ」

「いかんっ…ラ、ルフ君…逃げ、ろっ」

ジルが何か言ったがもう遅い。

「らぁめ。にがしゃにゃいよぉ」

ラルフに飛び付くと唇を奪う。

「むぐ…ごく」

「ぷはぁ…ゴクン。うふふ。これれびょうどうだよぇ」

ラルフにも薬を飲ませて、残った分は飲み干した。

『ドクンッ』

体が熱くなる。

「ありゃりゃ?にゃんかへんだよぉ。おくしゅり、もぉないんれすけど?」

瓶を振っていたらジルに抱き上げられた。

「んにゃ?」

そのままソファに座らされた。

「ぐっ、うぅぅ」

ラルフも横にドサッと座る。

「らに?らにしゅるの?」

背中のリボンが解かれる。背中がパサっと開いたかと思うとソファに体を押しつけられた。


◇◇◇


「ひひっ」

酒場のカウンターの端で突っ伏したまま男が呻いた。男というには既に老境に入っており、まず、目立つのはその頭だろう。髪が一本たりとも残っていない日焼けした頭は黒光りして、見ようによっては卑猥なモノを連想してしまう。

さらに、貧相な顔に前歯が二本出ていて、老人の助平な本性をこれ以上なく伝えていた。

そんな老人が酒場に入ってきたのは夕刻前。まだ、空の青い時間だった。

卑猥な顔の老人に舐めるように見られ、女冒険者達が逃げるように店から出ていった。

それからかれこれ五時間は飲んでいる。さらにその半分以上の時間、カウンターに突っ伏して過ごしていた。

店の主人は気味の悪い客に話しかけようか迷っていたが、結局別の客の注文を受けることにしたようだ。

(この部屋じゃなっ…ひひひっ)

老人の左目には眼帯がされており、もう片方の目も閉じているため周囲からは酔いつぶれているように思われている。

だが、その眼帯の中には大理石の床に敷かれた絨毯、それに重厚な樫の扉が映っていた。

(むぅぅ…)

扉の取っ手を握る手が視界に入る。

その手の袖は黒いシャツに折り返しが白い、メイド服だった。それは先程まで葵たちの部屋でサーブしていたメイドの一人だ。

取っ手を握る手に力を籠める。

(さすがに施錠はされとるな…)

鍵がかかった扉は開かなかった。

(さてさて)

周囲を警戒するが、今日の客は先日の事件のせいもあり、この部屋だけ。それは最初に警備の新入りの体に憑依した時に調べはついている。

会議などにも使われるためシュクランは食事が終わったあと数時間の滞在も珍しい話ではない。つまるところ、しばらくは誰も二階には上がってこないはずだ。

そこまで頭を働かせたところで、老人の左目に映った視界が下がる。目の前にドアの鍵穴があり、その奥に光が見えた。

(ひひひ、女が一人と男が二人。ナニをしとるんじゃ?ナニをしとるんじゃ?)

視界が鍵穴に吸い込まれるように近づき…。果たして、鍵穴の先には老人の予想通りの光景が広がっていた。

少女はワンピースの上半身がはだけられ、素肌の肩が露になっていた。

「いひっ」

老人が見ている事に気づくはずもない。少女が指を咥えて快楽に喘いでいる。ソファの背もたれ越しの後ろ姿だけでも老人は痛いほどチンコが勃起した。

「いひひひ」

甲高い笑い声に周りの客が黙った。薄気味悪そうにテーブルに突っ伏したまま笑う老人を見る。

(もそっとこっち向いてくれんかのぉ、ほれ、もそっと)

しかしそもそもソファが扉に背を向けているため、いくら老人が祈ったところで見えるはずもない。

(ぬぬぬ…)

不満に呻く老人の視界に、今度は立っていた男が跪くのが見えた。

老人の頭の中では大きく足を開かされた少女のオマンコに男の口が吸い付くのがありありと浮かぶ。

「ぬうう」

(何とか見たいっ、じゃが、鍵を開ければさすがにバレるかもしれん)

問題は少女ではなく残りの二人だ。街中でも二人は老人の気配に気づいていた。

老人が少女の姿を初めて見たのは数日前、少女は制服姿で二十歳そこそこの女と王都で仲良さそうに話していた。

思わず見つめたのはその制服が夢にまで見たアヴニールのものだったからだ。

老人は制服マニアでもあった。

それ以来少女をつけ回していたのだが、男二人のうち、必ずどちらかが一緒にいたため手を出せずにいたのだ。

(じゃが…どこかに必ず突破口はあるっ。ワシは今までどんな厳しいミッションもクリアしてきたんじゃから)

老人は必死に部屋の中を観察した。

(どこか…どこかに…)

ふと窓に目を遣る。カーテンに隙間が見えた。

(ひひひ。見つけたぞいっ)

『ガタッ』

老人は立ち上がるとテーブルの上に多めに金をぶちまけて走り出す。老人が酔いつぶれていると思っていた店の主人と客達は呆気に取られてそれを見送った。

(さて、あの部屋は…)

店を出た老人は長年の経験から頭の中にシュクランの見取り図を瞬時に思い浮かべた。

(魔術での警報なんぞワシにとっては赤子の手を捻るようなものよ。地面につかなければ鳴りもしない、中に入るのはさすがに骨が折れるがの、ひひひ…何も中に入る必要なぞないのじゃよ)

街路樹にしゃがみこむと老人の指から糸が伸びる。

糸が道を横切る頃には老人の指がなくなっていた。

指だけではない。糸が伸びるのに反比例するように老人の体が無くなっていく。それはまるで老人の体が解(ほど)けていくかのように見えた。

そして、糸がシュクランの高い塀を越える頃には体の半分ほどが無くなって、中身を失ったシャツの袖が風に揺れる。

数秒間の後には、しゃがみこんでいた老人の姿は消え、服だけがその場に落ちていた。
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