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土御門家の使命と道場

バアルとの戦い以降見始めた不思議な夢は、最初は赤ん坊だったが、気がつけば十二歳になっていた。

「やあっ」

『カンカンカン』

「はっ」

『カンッ』

父上は僕の剣を受けとめ、鋭い一撃を打つ。

「ま…参りました」

「いや、強くなったぞ、千手丸。その歳でこれだけの腕なら明日から通う道場でも恥ずかしくはなかろう」

父上は満足そうに微笑んだ。

「うむ。ちと汗をかいたな。湯殿の準備をさせよう。お前が先に入れ」

「はっ、ありがとうございます」

久しぶりの父上との稽古に汗をかき、湯殿に向かう。

「ふぅ」

袴を脱いで、胸に巻いていた包帯を解くと、膨らみ始めた胸が解放される。

「…」

湯船の中の小さな膨らみを見つめて溜め息をついた。

僕は大名家の嫡男として産まれた。だけど、この胸を見れば分かるが、男ではない。

『千』と名付けられた僕は幼いときから『千手丸』として生きてきた。剣も学問も男として学んだ。

なぜ自分だけが、と考えることもあったけど、一度母上に聞いた時に涙を流して謝る姿を見てからは誰にも言わなくなった。

だけど、その母上は昨年病に倒れ、呆気なくこの世を去った。

「泣かないで、千…貴女だけに辛い目をみさせて、母上を呪ってくれていいのよ」

そう言って涙を流したのが、僕の見た母上の最期の姿となった。

(明日からは外の世界に出るんだ。僕…いや、もう僕なんて言っていてはダメだな。私…は土御門千手丸。土御門家の者として恥ずかしい姿は見せられない)

両方の頬をパンっと叩いて湯船を出た。



「皆、集まるのじゃ」

白髪を後ろで無造作に束ねた老人、加茂直弼が、各々剣の鍛練に励む門下生に声をかけると、五十人以上いる門下生達が素早く師の前に集まり正座して言葉を待つ。

「本日より一人門下生が増える。さあ入りなさい」

一人の少年が扉から入ると、入り口近くに正座して先輩門下生に頭を下げる。

「本日から神鳴流加茂道場にお世話になります、土御門千手丸と申します。若輩者でございますので先輩方、御指南のほどよろしくお願いいたします」

門下生達がその苗字にざわつく。

「うむ。皆も気がついたとは思うが、千手丸はこの地を治める土御門家の嫡男である」

師の言葉に門下生達が顔を見合わせて戸惑った様子を見せた。

「だが、臆するでない。お前達同様この道場に入ったからには何ら特別扱いはしない。お前達もそのつもりで接するように」

そこまで言ったところで手が挙がった。ニキビ面で、目が細くつり上がっている。性格の歪みが顔に出ているような男だった。周りにも数人同じような下卑た笑みを浮かべる男がいる。

「芦屋か、どうした?言うがよい」

「ってことは今んとこ序列は一番下ってことだよなあ?ヒヒヒ」

芦屋の言葉は師に対する言葉遣いではない。案の定年嵩の門下生が大きな声で叱責した。

「三郎っ、師に対して何だっ、その言葉遣いはっ」

しかし、芦屋は悪びれた様子もなく、むしろ嘲るように笑った。

「ふんっ、また安倍か…下臈の腹が調子に乗っていやがる」

「三郎っ、貴様っ」

芦屋三郎。この名前を千手丸は昨夜父上から聞いていた。芦屋家は現在政権の中枢にいて、千が男として育てられる原因を作った家の三男坊だ。

◇◇◇

「この機会に全てを話そうと思う」

夕餉が終わり、父上が語った話を思い出した。私の家(土御門家)はその名が似ていることからも分かるように将軍家である御門家と遠い血縁関係にある。

父、土御門政直は政権内でもかなりの力を持つ重臣の一人だ。

かつて、戦いが日常だった時代であれば力こそが正しかったのだが、現在は大きな戦いもなく、その分政治力が問われている。

そして、父上に匹敵する重臣の一人が芦屋道綱。常に父上をライバル視して足を引っ張ろうとしていた。

この土御門家の所領には鉱山があり、良質の刀が作られる。それほど広くない割に収入は良い。この事も芦屋道綱は気に食わないらしく、何かに理由をつけて領地替えを目論んでいるらしい。

跡取り問題はそのような芦屋にとって都合のよい口実であった。母上は体も弱くもう一人生むことなど出来る状態ではなかった。そのため私が嫡男の振りをすることとなったのだそうだ。

「ですが、この体についてはいずれ露見してしまうと思うのですが…」

膨らみ始めた自分の胸を思い出した私の質問に、父上は誰にも言わないことを条件に教えてくれた。

「この地には災厄が封印されておるのだ」

災厄ないしは穢れと呼ばれているそれは結局は何なのかは分からない。

だけど、土御門家はその封印を守るのが表に出さない裏の顔なのだそうだ。また、なぜかは分からないが土御門家にはその力が代々伝わっているらしい。

そして、一番の問題は災厄の力はこの国を滅ぼすほどの力を持っている事である。だから将軍家に近い土御門家がこの地を治めなければいけないし、この秘密は他の大名に知られるわけにはいかないのだ。


◇◇◇


「芦屋っ、口が過ぎるぞっ。安倍も熱くなるでない」

千手丸が父との話を思い出している間に、芦屋三郎と安倍という名の年嵩の門下生は師の言葉に双方黙った。

「そうじゃな、序列について千手丸に教えておこう。当道場では、年齢や入門した順以外に剣の力量によって十の序列を決めておるのじゃ。見なさい」

そう言って師は門下生達に目を移した。一番前の中央に先程芦屋三郎を叱りつけた男が座っている。

「こやつが主席の安倍犬千代じゃ」

髪を後ろで縛った無精髭の男が頭を少し下げる。

「へっ、十八にもなって未だ元服できんなど恥ずかしい…」

芦屋の周囲から揶揄する声が聞こえた。

「いい加減にせんかっ」

師の一喝で頭をすくめて黙る。

続いて序列二位、三位と紹介され、十位に芦屋が紹介された。

「では力を見るために、この場で土御門に稽古をつけよう。我こそは、と思うもの、手を挙げよ」

師の言葉に二本の手が挙がる。先ほどからやりあっている二人だ。

「ふむ。安倍に芦屋か。では序列のこともある。芦屋、土御門と立ち合いなさい。それぞれ参ったと言うか明らかに勝負のついた時点で終わりじゃ。良いな」

「はいっ」

千手丸は立ち上がって壁にかかった木刀を一本選ぶ。

「ヘヘヘ」「序列つきの三郎様が負けるはずなかろう」「思いきりやってくだされっ」

芦屋の取り巻きの言葉に芦屋は汚い歯を見せて笑った。

芦屋はヒョロッとしているが背は千手丸よりかなり高く、千手丸を見下ろしてニタニタと笑う。

「始め」

声がかかり千手丸が正眼に剣を構えると、面倒くさそうに芦屋も上段に構えた。

「オラッ」

舐めているのか力任せに上から振り下ろす。

だが、その剣は千手丸にとってはあまりに遅かった。

体を半歩下げると芦屋の剣は空を切った。さらに突き、払いを左右に半歩ずらして躱す。

「ちょこまかとっ、この臆病者がっ」

相手が剣を出さないので油断したのか、芦屋が大きく振りかぶった瞬間、狙いすました千手丸の一撃が腹に叩き込まれた。

「おごっ、ごほっ、ごほっ、おええっ」

「坊ちゃん」「三郎様っ」「大丈夫ですかっ」

取り巻きが囲むも芦屋は倒れたまま顔も上げられない。

「勝者、土御門千手丸。よって、これより千手丸を序列十位とする」

取り巻き達が一斉に師に向かって「何かの間違いだ」「油断しただけだ」などと言うものの師の決定が覆ることはなかった。

その間、芦屋三郎が顔を上げることはなかったが、床を見つめるその目は屈辱に血走っていた。
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