管理人ほう

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「お帰りっ」

アランが仲間とともに帰ると、上手くいった事を察した留守番の仲間達が笑顔で出迎えた。

「留守中に問題はなかったかい?」

ディジーの質問に首を振る面々。

「アランっ、首尾はどうだった?」

留守組をまとめていた年嵩の男に返事をする代わりにアランが後ろを振り返った。するとゲイルがニヤッと笑って重そうな革袋を掲げた。

『チャリ』

袋の中から聞こえた高い金属音にワッと歓声が起こる。

「よし、ゲイル、皆に分配してくれ」

「アラン、どこかに行くのか?」

不思議そうなゲイルの言葉に部屋に戻るとだけ答えてアランは自室に向かった。

ベッドがあるだけの小さな部屋。

アランはベッドに寝転がって枕の下に隠していた一枚の手紙を取り出した。

『孤児院に危害を加えられたくなければ言う通りにしろ』

そこには続けて北の森の中にある世界樹をバジリスクの毒で枯らせることが指示されていた。

『期限は十日。それを過ぎれば孤児院の餓鬼を一人ずつ殺す』

ハーフエルフのアランはイシュクで生まれ、幼くして両親を亡くした。その後、野垂れ死にしてもおかしくなかったアランを救ってくれたのは孤児院だった。

迫害されているハーフエルフには森エルフや荒地エルフと違って守ってくれるものなど何もない。

そんな中、孤児院だけは違った。孤児院の院長、サリオン・エルサリオンはハーフエルフの子供達に分け隔てなく愛を注いでくれた。

しかし、それは孤児院の中だけのこと。孤児院を一歩出ると状況は変わる。容赦ない差別に晒され、アランの友達の中には謂れのない暴力に死んだものまでいるのだ。

アランとて、いつまでも孤児院にいるわけにはいかない。だからハーフエルフのために立ち上げたのが半月(ハーフムーン)だった。

(世界樹…か)

世界樹がエルフ達にとって崇める対象であることはエルフでなくとも知っている。世界の負の感情を吸いとって浄化するらしい。

(なら、なぜハーフエルフの迫害がなくならないっ)

アランは幼い頃、この質問で純血の荒地エルフでもあるサリオン先生を何度も困らせたものだった。

このようにアランにとっては世界樹など信仰の対象どころか、むしろ恨んでいると言っても過言ではなかった。だから世界樹などという役にも立たない木よりも孤児院の子供達の命のほうが何倍も重い。

それでもすぐに動かなかったのは理由がある。それはこの手紙を誰がここに置いたのか、誰が書いたのかをハッキリさせたかったからだ。

アランが半月を立ち上げたのは孤児院を出たハーフエルフ、それに街にいる言われなき差別に苦しむ仲間で助け合うため。

(しかし、今、半月の中に裏切者がいる…)

アランは灰色の髪を指でグシャグシャにして、手紙が届いてから何度も考えてきた問いをもう一度自らに投げ掛けた。

(外部の人間がここに来ることは難しい。弾正とかいう老人にしてもここに来たのは手紙が届いた後…やはりメンバーの誰かか…)

一人ずつ思い浮かべかけて、アランは考えるのをやめた。

(ふうっ、仲間を疑うなんてサリオン先生に言ったら怒られちまうな…。いいさ、仲間なら何か事情があるんだろう。俺は誰にも言わず、この手紙に書かれた通りにやってやろう)

アランは静かに覚悟を決めた。


◇◇◇


今日も道場での稽古が終わった後に犬千代殿と武三の三人で自主練で汗を流した。

武三は僕と同い年で百姓の子供らしい。ただ、三男でこのまま家にいても迷惑をかけるとの思いで自ら弟子入りを決めたそうだ。この道場への支払いのために親類の家に居候しながら稽古が終わると働いているそうだ。

「でも、この道場で腕を磨いたと言えば職にもありつけるだろうし、それを思えば苦労のしがいもあるさ」

私はそう言って笑う武三の姿に自分がどれほど恵まれているのかを知って恥ずかしく思った。

「でもさ、千手丸が来てからこの道場は平和になったよ」

鍛練の後片付けをしつつ武三が話しかけてきた。

「えっ?」

「芦屋も序列から落ちて、もう偉そうにはできないしさっ」

武三はそれがよっぽど嬉しいのか白い歯を見せて笑った。

「それだけではないぞ。皆が千手丸を見習って熱心になった。武三にしても、稽古の後に居残りをするなど以前は考えられなかったな」

私の隣で武三と犬千代殿の掛け合いが始まった。武三が「それは言いっこなしで。へへへ」と頭を掻いて笑う。

(平和だなあ。ずっとこうならいいんだけど…)

初日に悪目立ちしてしまったかなあ、と不安になったものの予想外に周囲からは称賛の声を受けた。よっぽど芦屋三郎は嫌われていたようだ。

序列を持たない者が平等に道場の掃除をするルールなのだが、武三が言うには序列に入る前から三郎はサボるし、同じ立場の武三達を顎で使うなど周りの反感を買っていたらしい。

「よし、帰る前に銭湯に行くか。俺が奢ってやろう」

「やったぜ」

犬千代殿の言葉に武三が両手をあげて喜んでいる。

(銭湯…まっ、まずい)

「あっ、えっと…私は…ちょっとこの後に…そう、用が、用がありますので」

私は急いで荷物を片付けて道場を後にした。

二人は不思議そうな顔をしていたが銭湯に行くわけにはいかない。

「はぁ」

城下にある私に与えられた家に帰ると溜め息をついて袴の帯を緩めた。

激しい動きの中でも緩まないようギュッと締めつけているためこれだけでも体が楽になる。

さらに袴の上を脱いで胸に巻いたサラシを解いていくと押し潰されていた乳房が現れた。

(またちょっと大きくなった気がする)

私は女の証を忌々しく見下ろした。最近何となくおっぱいが痛くなったかと思うとサイズが大きくなっていく気がする。

(バレなければいいけど…)

芦屋三郎の目を思い出す。武三の言う通り芦屋は稽古に来ても初日のようにぞんざいな態度をとることはなくなったが、稽古の最中にふと視線を感じることがある。

例えば、落ちた木刀を拾おうと腰を折った時、犬千代殿に弾き飛ばされて倒れた時、背後から粘着質な視線が体を這い回る。

振り返るとそういう時には必ず芦屋がいるのだ。

(いや、弱気になってどうするっ。私は土御門家嫡男として恥ずかしくない男にならなければいけない)

私は首を振ると嫌な予感を振り払った。


◇◇◇


「う…ん…」

眩しい光が瞼の裏に映る。

薄く目を開いた僕は見慣れない天井をぼんやり見つめる。

(……ここは…?)

「あっ、おきたぁっ、せんせーっ、せんせーっ」

けたたましい少女の声と走り回る足音が頭に響いて急速に覚醒した。

「痛っ」

頭がズキズキと痛む。

「こらっ、エリス、静かにしなさい」

走り回る少女をたしなめる落ち着いた声と共に扉の向こうから銀髪の男性が現れた。

「すまないね、うるさくして。体は大丈夫かな?」

先生と呼ばれた男性は苦笑いをして丸眼鏡の奥の目を細めた。まだ二十代くらいだろうか、褐色の肌、銀髪、耳が尖っている事から荒地エルフだと分かる。

「…あっ、頭が少し…」

「安心しちゃ駄目だよ。君は砂漠をさまよってきたんだろう?」

そうだ、思い出した。石にされたラルフのところから街を目指して歩きだした僕は丸一日かけてここまできた。

僅かな持ち物以外は全て失ってしまったので、僕は飲まず食わずでなんとかイシュクに辿り着いた。

「あっ、助けていただいてありがとうございます。僕は御門葵と申します」

「私に礼は必要ないよ。今朝街の入口近くで倒れていた君を見つけたのはエリス、さっきの子だからね。私はこの孤児院の院長でサリオン?エルサリオンだ」

(孤児院?)

僕が質問しようとすると扉が勢いよく開いた。

「あれ?せんせーっ、もうおはなししてるっ、ズルいっ」

水差しとコップを持ってトテトテと歩いてくる少女。黒髪から尖った耳がとび出している。

(尖った耳…確かエルフの特徴だっけ?)

エリスは勢いよく言った後はサリオン院長の後ろに隠れてチラチラと恥ずかしそうにこちらを見ている。

「エリス、アオイさんに水を持ってきたんじゃないのかい?」

それでもモジモジしているエリスに僕は笑いかけた。

「初めまして。僕は葵です。エリスが助けてくれたんだね、ありがとう」

するとエリスは恥ずかしそうに笑ってコップを差し出した。

「あのね、ア…オイ?おねえちゃんが、かべのところでねてたんだよ」

その時の事を一生懸命話ながら水を入れてくれる。

「それでね、エリスがせんせーにいってね…」

嬉しそうに話すエリス。だけど、コップがもう一杯で。

「あっ、エリスっ、ちょっと」

「ふぇ?あーっ」

ドボドボとシーツに水がこぼれた。

「ふぇぇ、ごめっ、ごめんなさい」

泣きそうな顔のエリスに僕は微笑む。

「大丈夫だよ。ありがとう」

水を飲むと頭痛も少しましになった気がした。

「ん?」

エリスが僕を見ている。

「アオイおねえちゃん、わたしとおんなじー」

髪の毛を触ってエリスが笑う。どうやら髪の色を言っているようだ。

「エリスは両親を知らないんだ」

サリオン院長がエリスの頭を撫でながら彼女の身の上を教えてくれた。

エリスは赤ん坊の時に捨てられていたそうだ。彼女の容姿からハーフエルフであるのは明らかで、誰も関わりあいになろうとしないのをサリオン院長が引き取った。

偶然だけどエリスが赤ん坊の時に捨てられていたのは僕が倒れていた場所だったそうだ。

「エルフも人間も同じなのに、その二種族の子供が差別されるなんて恥ずべきこと、どうしてそれが分からないのだろう」

それから僕に明日まで寝ているように言ったサリオン院長はエリスを連れて出ていった。

僕はベッドから窓の外を眺める。

オレンジ色の太陽が一日の終わりを伝えてくる。

(なんとかあいつらの情報を集めてラルフを助けないと…)

サリオン院長からは寝ているように言われたけど、のんびりなんてしていられない。

僕は靴を履くと立ち上がった。自分の姿を確認する。頭からストンとかぶる黒のワンピース、長袖に丈も足元まであるけど、袖は広がっているし布は薄いので涼しい。

(ん?)

違和感に襟を引っ張って覗きこむとブラジャーが外されていた。

(まさかサリオン院長が?)

これまで様々な男に狙われてきたせいで一瞬疑いそうになったけど、眼鏡の奥の優しそうな眼差しや暖かい雰囲気からそれはないと思う。

(えっと…僕の荷物は…)

部屋の片隅には僕のリュックがあったけど、見渡しても着ていた服はない。

(洗ってくれているのかなあ?まあ日も暮れたしこの服なら大丈夫そうだけど…そうだっ)

窓から外を見ると同じような服装の女の人が見えた。散々服装で目立ってきた僕は学習している。

(よし、これなら外に出ても大丈夫そうだぞ)

リュックから僅かな持ち物である財布の入ったショルダーバッグを肩から掛けて僕はこっそり部屋を出た。

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