管理人ほう

管理人ほう

結局、俺は昨夜は世界樹のもとに行くことはなかった。

そして、今日はどうしてこんなことになってしまったのか…。

今、俺の隣には黒髪の少女、葵がいる。

「おかしいなあ。ねえ、アズもそう思うでしょ?」

アオイにジッと見つめられて俺は口ごもる。

アズとは俺のことだ。今日葵に会うなり名前を聞かれて思わず出た偽名。アランのアにバズのズ。我ながら安直な偽名である。

「ねえ、聞いてるの?盗賊団のことを知っている人がいないなんて、そんなことってあると思う?」

葵は自分の探している盗賊団のリーダーが隣にいる男だとは全く気づいていないようだ。

「あー、いや、俺も知らないくらいだし、たいして有名じゃないんじゃないかなあ」

「そんなわけないよ。バジリスクって伝説級の魔物だよ?みんな隠してるん…」

はいはい、と聞き流していたその時、俺は前から来る男達に気づいた。

(奴らはっ、なんでこんなとこにっ)

俺は慌てて葵を手近なオープンカフェに連れ込む。

「いてっ、何するのさっ?」

文句を言おうとした葵の口を押さえて席についた。

頭を下げて男達が俺に気づかず通りすぎるのを確認する。

「ねえ、ちょっと」

俺はテーブルに視線を移した。葵は特に怒った風でもなく、メニューを眺めていた。

「説明してよね。ご飯でも食べながらさ」

ウェイトレスが注文を取りに来たので食事をすることにした。

「あれは、はむはむ…ゴクン…誰だったの?」

「ああ、あれはアラグノール。三人いる荒地エルフの長老の息子だ」

「?」

俺が苦々しく言った言葉は、いまいち葵はエルフのことが分かっていないようだったので一から説明する。

「エルフってのは大昔はこの砂漠の北の森で暮らしていたらしい。ところが、なんか理由があって一部が南下した。で、今では森に残ったのが『森エルフ』、砂漠に移り住んだのが『荒地エルフ』って言うんだよ。耳が尖っているのは同じだが、森エルフは金髪に真っ白な肌、瞳は碧色なんだが、森から荒れ地に移り住んだエルフ達は長い間に銀髪、褐色の肌、瞳は黄色になった」

「ああ、そういえばさっきの人達、銀髪だったね」

「で、エルフってのは種族の誇りが強く、純血を重んじる。そして、純血の奴等からしたら混血は自分達の血が混じっているだけに他種族以上に忌み嫌ってるのさ。だから例えばエリスみたいな人間とエルフのハーフってのは差別の対象になるんだ」

ふんふんと頷いていた葵が口を開いた。

「だから混血のあなたは隠れたわけね?」

「え?」

俺は自分が混血だと言ったか思い出そうとした。

「簡単だよ。あなたはエリスに頼まれて昨日僕を探しにきたし、あの孤児院出身なんでしょ?それに…あなたも耳が微妙に尖っているよ」

葵は俺の想像よりもかなり賢いようだ。

「ああ。まあ、間違ってないな」

「で、さっきのは純血だからあなたが出会ったら面倒なわけね?」

「そうだ。特に奴は、アラグノールは根っからの純血主義者で森エルフすら嫌ってるって話だ」

俺が幼い頃、孤児院で仲の良かった友達がある日いなくなった。そして翌日、そいつは街の外壁の外で身体中に矢が突き刺さって見つかった。後になって知ったのはアラグノールの遊びの犠牲になったということだ。

また、数年後、別の友達が矢は刺さってはいなかったが、肌は爛れて身体中から血を出して死んだ。アラグノールの毒薬の実験台にされたのだ。

(くそ野郎がっ)

俺は思い出すだけで怒りに震える。

(だが…今の俺にはバズもいる…機会さえあれば…)

相手はエルフの長老の一族。奴を殺すことは荒地エルフ全部を敵にまわすことを意味する。俺一人なら逃げ延びることもできるが、きっと半月の仲間や孤児院の子供達、イシュクの街のハーフエルフは皆殺しに遭うだろう。

「ねえ、荒地エルフと森エルフっていうのは仲はいいの?」

「えっ、ああ」

アオイの言葉で俺は暗い思考から現実に戻った。

「そうだな、森エルフは世界樹を守る使命を帯びていて、どちらかというと浮世離れしているから分からないが荒地エルフの中にはアラグノールみたいに森エルフすら嫌ってるって奴らもいるみたいだな」

そう言いながら、ふと、あの脅迫文の主がアラグノールかもしれないと俺の中で何かが囁いた。

(…もし世界樹を失えば世界樹を守る森エルフにとっては大失態になる。奴にとっては自分達が優れていると喧伝する格好の材料になる…)

「なるほどね。さっきのは嫌な奴なんだね。だけど、どうしてこの街に?彼らはどこに住んでるの?」

「純血の荒地エルフはこの街の近郊に集落を作って住んでいるが、買い物をしに来たり…あとは、そうだな…サリオン先生に会いに来たのかもな…」

「サリオン先生に?」

「ああ。サリオン先生は純血の荒地エルフなんだよ。それも現在の長老の血筋なんだ」

「純血なのに孤児院を経営するなんてエラいんだ」

葵はフンフンと頷いてデザートを注文した。

◇◇◇

葵達がカフェで食事を始めた頃。

『バンッ』

孤児院の玄関の扉が乱暴に開かれた。広い室内にいた少年、少女達が何事かと目を向ける。

そしていち早く気がついた年長の子供達が幼い子供を抱いて部屋の角に集まった。

孤児院に現れたアラグノール達は部屋の角で恐怖に息を潜める子供達を汚いゴミを見るような目で見て、歩き出そうとした。

「おにいさん?せんせいのおともだち?」

エリスがアラグノールのズボンを握っていた。

子供達の顔が青ざめる。

「エリスっ」

子供達の中でも一番年長の少年が危険を省みずエリスのもとに駆け寄った。

「すっ、すみません…この子はまだ小さくて…」

「ああっ?」

少年の方を向いたアラグノールの脚が少年の肩を蹴り飛ばした。

『ゴッ』

「ぐうっ」

少年は倒れたものの急いで起き上がってエリスに手を伸ばす。

「ぐっ、エリス…早くこっちへ…」

『ドスッ』

そんな少年の鳩尾にアラグノールの腰巾着の男の爪先が入った。

「がっ、うっ、おええっ」

少年はもんどりうって胃の中のものを撒き散らす。

「エ…リス…」

少年の必死の行為も空しくエリスは状況を理解できないまま、恐怖に震えて動けないでいた。

「ちっ、靴が汚れちまった」

どこか興奮した目つきの腰巾着に対して、アグラノールの瞳からは何の感情も読み取れない。

「邪魔だ」

一言そう言ってアラグノールの爪先が今度はエリスに向かう。だが、幸運なことにその足がエリスに届くことはなかった。

「お待ちなさい」

アラグノールと男達は入ってきた入口の扉を振り返る。

「エルサリオン」

アラグノールと同じ銀髪に茶褐色の肌、黄色い瞳。

「先生っ」

部屋の角にいた子供達から安堵の声が漏れた。

「ケイン、大丈夫ですか?」

アラグノールを無視してサリオンはケインと呼んだ少年のそばに跪いて背中をさする。

「は、はい…」

「よく小さなエリスを守りましたね。さあ、あちらで待っていなさい」

ケインはふらつきながらエリスの手を握って他の子供達のもとへと向かった。

「アラグノール、一体何の用ですか?」

サリオンの眼鏡の奥の柔和な目が鋭い光を放ち、アラグノールを睨み付ける。

「ああ?混じりものの餓鬼ごときで目くじら立てるなよ。久しぶりにこの街に来たからお前の顔を見にきただけだ」

「そうですか…では、用は済んだのですからお帰り下さい」

にべもなくそう言い放ったサリオンの言葉にアラグノールの腰巾着が色めき立つ。だが、それをアラグノールが止めた。

「お前ら、やめておけ。お前達では相手にならない」

それから入口の扉に向かいかけたアグラノールは立ち止まった。

「エルサリオン、近々長老が代替わりをする。いいか、俺は必ずや長老になる。その時にはこんなくだらん場所は必ず潰してやる」

『バタン』

開いた時と同じように唐突に静寂が戻ってきた。


◇◇◇◇


「おい、街で見かけたが、なぜアイツは呑気にこの街にいるんだっ」

木製の窓を全て閉じた室内は昼間にも関わらず真っ暗だった。

声は苛立ちを帯びている。

「ちゃんと脅迫状を奴に届けたんだろうな?」

暗い室内のベッドには一人の女が裸で横たわっていた。つい先程まで行われていた男の劣情を吐き出すだけの情事。その疲労で女はしどけない姿を見せていた。

「おいっ、どうなんだっ。期限は今日までだ。それを過ぎればどうなるか…分かっているんだろうな?」

「は…い」

苦しそうに女が口を開く。

「あの女のせいか…」

男が忌々しそうに歯軋りをした。

「いつまで寝てるつもりだっ。いいか、すぐにでも計画の邪魔になるあの女を捕らえろ」

「あの…女とは?捕まえて…どうすれば…?」

「アオイという女だ。殺しても構わん。それが嫌ならアランが俺の言うことをきくまでお前らのアジトにでもぶちこんでおけっ」

男が窓を開けると傾き始めた日射しが差し込む。男の褐色の肌と銀髪が輝いた。
関連記事
Posted by

Comments 0

There are no comments yet.

Leave a reply