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微睡の中で

「…る……丸…」

体が揺さぶられる。

「…千…る…」

「ん…」

私は寝返りをうった拍子に目を覚ました。

至近距離にある唇。

「きゃっ」

「うわっ」

思わずドンッと前に手を出すと、尻餅をついた武三が驚いて目を丸くしていた。

「どっ、どうしたんだよっ、掃除も終わったから戸締まりするぞ」

「あっ、ああ。そうか…寝てたのか。すまない」

私は内心の動揺を悟られないように努めて低い声をだした。

「いいよ。でも、今の千手丸の声、女みたいだったな。『キャッ』ってな。ハハハハ」

武三が何度も私の悲鳴を真似して笑う。

「なっ、何言ってるんだ」

(しまった…気が緩んでいたか…)

昨夜は城に来客があり、接待などで気を張っていたため、つい居眠りをしてしまったようだ。

(武三以外はもう帰った後のようで良かった…)

とりあえず胸を撫で下ろして、帰り支度を始めた。

私は15歳になっていた。歳相応に体つきも女性らしくなって、これ以上成長したら隠すのが難しくなるのではないかと危ぶんでいる。

道場での席次は二席となっていた。

また、武三も努力が実り、席次持ちとなり末席に名を連ねている。

「俺なんて気を抜けばあっという間に後輩に抜かれるからさ」

武三は農家の三男。働きながら道場に通うだけで大変なはずだけど、そう言って今も時間の許す限り誰よりも遅くまで鍛練をしている。剣の腕よりも私は一人の人間として武三を尊敬していた。

「まだ、誰かおるのか?」

その時、扉が開いて師である加茂直弼が顔をだした。僕らは方膝をついて頭を下げる。

「はっ、千手丸、武三でございます」

師は今年になって質の悪い風邪をひき、それ以来道場に顔を出す回数がほとんどなくなっていた。

そのため、今は第一席の安倍犬千代、二席の私、それに三席の芦屋三郎が師範代として指導に当たっている。

芦屋は私に負けて席次を失った後も相変わらずの態度ではあったものの、陰で努力しているのか、三年の間に三席の位置についていた。

「ちょうどよい。千手丸、稽古をつけてやろう」

「よろしいのですか?」

「うむ。剣を構えなさい」

武三が師に木刀を手渡す。

「千手丸、頑張れよっ」

小さく私を応援してくれた。

「ああ、ありがとう」

落ち着いて返したつもりだが、正直なところ私は心が踊っていた。

(師に指導していただける)

私は男女の骨格の違いからか、筋肉や力では犬千代殿どころか武三にも全く及ばない。だから豪剣はあきらめて、相手の力を反らし、利用する柔剣と居合いに重点を置いて努力してきた。

今や柔剣においてはこの道場でも私の右に出るものはいない。

(師であってもそう簡単には…)

ところが、そんな私の自信は粉々に砕け散ることとなった。

お互いに正眼に構えて向かい合う。

「うむ。よい構えじゃ。では始めよう」

(『筋肉の動き、爪先の向き、全てを見る』)

これは師の息子であり、城の剣術指南の加茂泰晴にかつて言われた言葉だ。私が今、席次の二位にいられるのも彼の指南のおかげと言ってもよいだろう。

(対の先、いや…後の先をとる)

相手の挙動と同時に動き出す対の先がベストだけど、何せ今回は師が相手だ。まずは後の先を狙う。

(広く、相手の全身を見て…)

相手の体のほんの小さな予備動作を見て次の動きを予想し、相手に合わせ、相手の剣の力を利用する、それが私のやり方だ。そのためには相手の体の一ヶ所だけを見ていては駄目だ。

私と師はお互いに相手の出方を窺う。

(隙がない…)

後の先をとると言っても、全くこちらから手を出さないというのは相手に待っていますとわざわざ教えるようなものだ。

だからこちらから相手を揺さぶる意味でも仕掛けようとするのだが、一見無造作に立っているように見える師には全く隙が見つからない。

(くっ、さすがは師だ…)

背中を汗が流れ落ちた。そして、それから勝負が決まるまでは一瞬のことだった。

(このままでは…よしっ、こちらからいくぞっ)

そう考えた瞬間、師の姿が消える。

「えっ」

一瞬、師の姿が視界の中でぶれたと思った時にはお腹の前で木刀が寸止めされていた。

(なっ、何が起こったんだ?)

「まずは一本。どうじゃ?もう一度やるか?」

師の言葉に「お願いします」と、すぐに構え直したものの、私の頭の中は混乱したまま。

(何も予備動作がなかった…そんなことがあるのか?)

いや、気づかなかっただけだ。今度こそ見極める。

そう意気込んで立ち合った二度目も同じだった。

(なぜ…動くことも出来ず負けるなんて…)

意気消沈する私に師が木刀を壁に掛けて話し出した。

「先の先…。どうやら、千手丸は目に頼りすぎじゃな」

「しかし、加茂泰晴様がっ」

私は唾を飛ばして師の息子の教えを説明した。

「うむ。あやつの言うことも正しい。じゃが、それならばなぜ目の見えぬあやつが柔剣を極められたんじゃろう?」

そう言われて初めて気がつく。

(そうだ……確かに…)

「千手丸、お主の目は確かに他の者とは比べ物にならん。じゃが、お主の目にはまだ見えておらん物があるのじゃ」

それから師は言った。それはまるで謎々のようだった。

「千手丸、その目を捨てよ。さすれば新たな世界が見えるじゃろう」


◇◇◇


(『目を捨てよ』『新たな世界が見える』…)

ほんの刹那の微睡みの中で夢をみていたようだ。目を開けるとルーさんが僕の体を甲斐甲斐しく拭いてくれていた。

「起きた…大丈夫…?」

弾正さんとルーさんは、先程までの狂乱をはっきりとは覚えていなかったものの、断片的な記憶と目の前で精液まみれで眠る僕を見て色々察してくれているようだった。

「これを着て」

続いて、僕の着ていた服はネトネトの粘液まみれだったので、ルーさんが準備してくれた服を着る。

長袖の白いブラウスに茶色のタイトなミニスカート。茶色のコルセットを肩から掛けてお腹のところで編み込まれた紐をきつく結んだ。

ウエストを締めたことで胸が強調されてイヤらしい視線を感じるけど、どうせ弾正さんが見ているんだろう。

「痛っ、ルー…違っ、イタタタ」

(やっぱりね…)

それから三人で狭い地下の牢屋から外に出た。すると、突然360度視界が開けて、満天の星空が目に飛び込んできた。

「わあ…」

あまりの絶景に言葉にならない。

「さて、葵はこれからどうするんじゃ?イシュクに戻るんか?」

僕が景色に見とれている間に自分の荷物を確認していた弾正さんが聞いてきた。

「うん、そのつもりだよ」

とは言うものの、砂漠を歩くのがいかに危険かは数日前に身をもって学習した。でも、だからといってどうしていいかも分からない。

「サンドリザードに乗ればいい…」

「えっ?」

ボソッと聞こえた声の方を見ると、ルーさんが指差していた。その指の指し示す先には砂の上でトカゲ達が気持ち良さそうに寝そべっている。

(あっ)

このトカゲには見覚えがある。あのバジリスクの盗賊団も乗っていたものだ。

「貸してくれるの?」

ルーさんが小さく頷く。

「道…この子達が知ってる」

「ほんとに?うわぁ、ありがとうっ」

さらに、話を横で聞いていた弾正さんが差し出したのは木製の杖。

「ワシからはこいつをやろう」

古木から切り出したのか飾りもほとんどなく、持ち手の先に唐草模様が彫られているくらいだ。

「この大陸の者は刀なんぞ使わんしのぉ。銘こそないが中身はそこそこの業物じゃ」

(中身?)

そう言われて目を凝らすと木目で隠すようにして一本筋が入っている。知らなかったら絶対に気づかないほど精巧なものだ。

(…仕込杖…)

テレサさんが使っていたのを思い出して力を込めるとクンッと刀身が中から現れた。

そのまま抜いてみると長さも村正とほぼ変わらない。月の光に翳してみると、村正にはもちろん及ばないものの、業物というだけあって充分だ。

「…でもいいの?僕、お金ないんだけど」

「ええんじゃ、こいつは全然売れんのでな。それに丸腰ではこれからもしんどいじゃろ?」

「ありがとう」

弾正さんにお礼を言うと「それに楽しませてもろうたしの」と言ってまたルーさんに足を踏まれて悶絶していた。

「ふふふ。じゃあ行くね」

僕がそう言ってトカゲに近づくと眠っていたトカゲ達が一斉に目を開いて騒ぎ始めた。

「ギー、ギー」

忘れてはいけないことだけど、僕らは現在脱獄の真っ最中なのだ。

「しっ、静かにしてっ」

すると、不思議なことにトカゲ達は僕の言葉が分かったのか静かになった。

「すごい…もうリザード達…手なずけた」

「えっと…どの子に乗れば…?」

ギーギーとすりよってくるトカゲ達におっかなびっくり、ルーさんに助けを求めようとした時、トカゲ達ザザッと後ずさる。

(?)

「ギャギャッ」

奥の暗闇から声がして、他よりも一回り大きなトカゲが現れた。他のトカゲと違って鞍をつけていない。

「この子、群れのボス…誰も乗せたことがないのに…」

ルーさんの驚いたような呟きに対して、トカゲのボス君は僕に背中を向けるとしゃがみこんだ。

「乗れってことかな?」

差し出された背中を触ってみると、背中全体が固い鱗に覆われていたけど、一部分だけ柔らかい場所があった。

(なるほど、ここに座るのかな?)

「んっ、しょっ…と」

跨がろうと脚を上げかけると弾正さんが素早くしゃがむ。

「イタタっ、ルーっ」

案の定というか、弾正さんの顔をルーさんが無表情でつねっていた。

「ギャ」

弾正さんとルーさんのやり取りを半ば呆れて、半ば微笑ましく見ていると、早くしろ、と言わんばかりにボス君が振り向いて鳴く。

「ちょっと待ってよっ」

「ぁっ」

ルーさんが小さく声を上げたのが聞こえたけど、何か言う前に僕をのせたボス君は立ち上がっていた。

「ギャギャッ」

「あっ、アオイ…」

ルーさんが何か言おうとしてるけど、ボス君はなにやら嬉しそうに歩き出してしまった。もう止まりそうもない。

「ありがとうっ、ルーさんっ、弾正さんも仲良くねっ」

僕は離れていく二人に振り向いて手を振る。

ルーさんが何か言いたげだったのがちょっと気になったけど、月明かりに青く輝く砂の大平原をボス君が走り出してすぐに二人の姿は見えなくなった。


◇◇◇


「行ってしもうたか。……さて、それじゃあワシも…」

葵の姿が見えなくなるまで見送ってワシも適当なサンドリザードに跨がる。

しかし、サンドリザードは立ち上がろうとしない。

(?)

背中に何やら気配を感じて振り返るといつの間にかすぐ後ろにルーが立っていた。

「ややっ、ルー?どうしたんじゃ?」

「ダンジョー、どこに行く…?」

「えっ、あっ、いやなに、そのじゃな…」

「ずっと一緒…ダンジョーが言った。それとも私を置いていく…?」

「いっ、まさかっ、そんなわけなかろうっ」
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