管理人ほう

管理人ほう

イシュクから西に向かった僕らは、砂漠を越え、そこから草原を南に向かうと小さな都市に到着した。

小さいながらも城壁のある街。

都市国家群の一つだ。

都市国家群とは、それぞれ独立した国家としての機能を持った都市の集まりだ。それぞれ政治体制や税制、兵制などが異なり、さらに文化も都市ごとに特色がある。

また、有名なガリアーニという魔術師が都市国家出身ということもあり、都市国家群は大陸の中でも最も魔術や魔術具が発展していると言われている。

「ここがレイモーンかぁ…都市国家って言っても小さいんだね」

隣に立つラルフは何も言わず小さな城壁を見ていた。

地図の上ではアトランティス大陸の南西に三十ほど都市国家群は点在しており、その中でも一番東にレイモーンは位置している。

都市国家はもともとはそれぞれが完全に独立していたらしいんだけど、現在はステファノス、クリューソス、アリストスの三都市が力を持ち、ほぼ全ての都市がいずれかの都市の作る同盟に属している。

まず、西の海に面した南北に細長い勢力範囲を持つのがアリストスによる同盟。アリストスは市民による民主制の都市国家だ。

次にそれより東側の内陸に王を中心とした軍人が政治を行うステファノスの勢力範囲がある。

そして、二つの同盟の南に接しているのが商人による評議会で政治の決定を行うクリューソスによる同盟。

レイモーンはクリューソスとステファノスの勢力範囲の間に位置しており、はっきり言って街の規模はケルネよりも小さいかもしれない。

「ははは、小さいかあ」

気のよさそうな門番のおじさんが僕の声に気づいて笑い声をあげた。

「あっ、ごめんなさいっ、その…バカにしたわけじゃ…」

「いやいや、良いんだよ。おかげで面倒な同盟に入らなくて済んでるんだからな。ははは」

おじさんは笑顔のまま僕らの服を指差す。

「それはそうと、その格好からして、キミ達は砂漠を越えてきたようだけど。ここは簡単に入れるから良いが、気をつけるんだよ。他の街は許可がないと入れなかったりするぞ」

この街は許可もなにも、そもそも用もないのに人が来ること自体珍しいらしい。儲けが期待できないため、決まった行商人以外はほとんどこの都市には立ち寄らないのだとか。

だけど、僕らは敢えてこの都市を目指してやって来た。なぜならおじさんも言うようにこの街はどの同盟にも加盟していないからだ。中立だからこそ、情報収集にはもってこいなのだ。

「そっかあ。あれ?おじさん、ひょっとして頭についてるのって…」

おじさんは僕の質問に少し自慢げに耳をぴくぴく動かした。

「ああ、俺は犬人(ワードッグ)なんだ」

さらに、わざわざ後ろを向いてズボンから出た尻尾も見せてくれた。ぶんぶん振っているのは自慢できて嬉しいからかな?

「ん?その顔は獣人を見たことないのか?ああ、だがこっちの方は多いからな。これから都市国家をまわるならいくらでも見られると思うぞ」

そう、この都市国家群は亜人達が多い事でも知られているのだ。

「……そうだ、やっぱりこの格好は目立つのかな?」

僕はひとしきりおじさんの耳やら尻尾やらを眺めてから、ふと思いついて聞いてみた。

「ああ、そうだな。この街だとそれほど珍しくはないが、ここ以外じゃ目立つかもしれないな」

(やっぱりどこかで服は買わないとダメか)

「葵、ちょっといいか?」

レイモーンに入ろうとしたところでラルフに止められて一度僕らは街を出て街の近くの草原に戻った。

「葵、ここで俺とジルは交代する」

「あれ?そうなの?」

「ああ。ジルも昔馴染みがいるとかで都市国家に用があるらしい」

ラルフはそう言うけど、それだけじゃないのを僕は知っている。ラルフは砂漠でバジリスクの呪いにやられたのをまだ引きずっているのだ。

「うん、分かった。…あれ?でもどうやって帰るの?」

僕の質問にラルフが溜め息をついて鞄からドアノブと鍵を取り出した。

「何それっ?」

(ドアじゃなくてドアノブだけ?…って言ってもドアなんて持ち歩けないけどさ)

「葵もジルから説明を受けただろう?」

そう言われると言い返す言葉もない。

(ラルフがいると思ってちゃんと聞いてなかった…)

「使うのは俺も初めてだが…」

ラルフがドアノブを片手でもって鍵を刺しこむと光が線になってドアを形作った。

「えっ?すごいっ、何この魔術具っ」

ラルフが鍵を回して扉を開くと虹色に輝く空間が向こうに見える。

「この光の先はアヴニールに繋がっているはず…葵?聞いているのか?」

(うわあっ、カッコいいっ)

「ねっ、ラルフっ、僕も入ってみたいっ」

「ああ?いや、だが、これは…」

ラルフにしては珍しく躊躇しているように見える。

(もう一押しっ)

「良いじゃん、僕もっ」

そして渋るラルフにくっついてドアの向こうに飛び込んだ。


◇◇◇


「それで二人とも帰ってきたのか」

「はい…」

床に正座した僕の前でジルが苦々しげに眉間にシワを寄せた。

「この魔術具の消費する魔力の大きさについては言ったはずだが?二人も運んだとなると…ああ…」

ジルがこれ見よがしに大きなため息をついた。

「やはり、これは次に葵を運んだらしばらくは使えないぞ。ラルフ君がついていながら、全く」

「ごめんなさい」「すまん」

ラルフは椅子に座ったままジルに頭を下げていた。

(怒られた~。けど、何で僕だけ正座?ラルフは~?)

「もしもの時に使えなかったらどうするんだ。はぁ…まあ、いい…」

まだまだお説教が続くと思っていたのにあっさり終わった。

「葵、ちょっと来てくれ」

アヴニールの塔の最上階、ジルの部屋の研究室に入る。ラルフはどこかへ行ってしまった。

「これだ」

「あっ」

王城でもらった人形がテーブルに寝ている。

「動くの?」

「いや、まだ起動の条件が分からないのだ。あまり変なことをするなよ」

「へえ、うわあ。すごいねっ。人間みたいだね」

机にかぶりつくようにして僕は二体を見つめる。

「おいっ、話を聞け」

(綺麗な顔だなぁ…)

二体とも僕より幼い顔つきで黒髪のストレートヘアだ。女の子は肩の上で、男の子は耳にかからない程度に切り揃えられている。

(桜もこんな感じなのかな?元気でいると良いけど…)

おかっぱ頭の女の子の人形を見て、僕はほとんど記憶にない妹に思いを馳せた。

「綺麗な瞳だね。宝石みたいだ」

まっすぐ揃えられた前髪の下に赤紫の瞳が光を反射して輝いている。七三にきっちり分けられた男の子の瞳も青紫色の中に複雑な色が入っていた。

「ああ…そうだな…」

ジルは諦めたように机に座った。

「赤紫の、そうだっ。女の子はアメジスト。それに青紫の目の男の子はオパールっ。雨(アメ)ちゃんと晴(ハル)君だね」

『ィィーン…』

「ん?」

『パチ』

(あれ?二体が今、瞬きをしたような…)

目を擦ってもう一度見るとやはり目を閉じたままだった。

(目を閉じたまま?…あれっ?さっきまで開いていた…よね?)

「ねぇ」

ジルを見ると机に向かって何やら書いている。

(気のせいかな)

『パチパチ』

「うわあっ」

見間違いじゃないっ。明らかに瞬きしているっ。

「あっ、ジっ、ジルっ」

「葵、おまえな…」

多分「いい加減にしろ」そう言いかけたジルも目を見開いた。

「何だとっ、葵っ、お前っ、何をしたんだっ」

「知らないよっ、どうしよぉっ」

椅子を蹴り飛ばしてとんできたジルに隠れて見守る。

「ふあーあ…」

女の子が伸びをしてまず起きあがった。

「へ?」

明らかにその赤紫の瞳には僕が映っている。

(ぼっ、僕を見てる?)

「ん…く…ふあーあ」

続いて男の子が起きた。男の子もジルに隠れている僕を見て、すぐに台から降りると丁寧にお辞儀をした。

「初めまして、お嬢様」

(お嬢様?僕のこと?)

「ねえ、ハル、今度の主人は口がきけないのかしら?せっかくこっちから挨拶しているのに。間抜けな顔をして」

あまりのことに唖然とする僕を見て、女の子は馬鹿にしたように男の子に言った。

「こらこら、そんな風に言ってはいけないよ、アメ」

(ハル?アメ?)

「ひょっとして…」

「何だ?葵、心当たりがあるのか?」

「う…うん。ハルとアメってさっき僕が付けた名前なんだ」

僕らの会話を聞いたアメちゃんが怪訝な顔をした。

「何言ってるのよ…まさか…何も知らずにアタシ達に名前をつけたの?」

あー最悪、と言いながらアメが天井を見上げた。場が静まり返った。

(何、この空気…)

どうしたものかと考えていたらハル君がアメちゃんを宥めてくれた。

「でも、名付けただけじゃ僕らは目覚めないんだから、きっとマスターとしての資格があるんだよ」

(おおっ、大人だっ)

「フンっ、いい子ぶっちゃって。ハルはいっつもそうっ」

アメちゃんはツンなのかな?人形みたいに(人形だけど)整った顔だからそんな態度も可愛らしく見える。

「あの…僕は御門葵です。ハル君にアメちゃん?」

ハル君は微笑んで頭を下げてくれたけてど、アメちゃんは目が一瞬合うとプイッと横を向く。

「フンっ」

(ええっ)

いきなり嫌われてるぅっ。

「ほら、挨拶をしようよ。改めて、初めまして僕はハル、この子は…」

「アメよっ、いいっ?アタシはあなたみたいなのがマスターだなんて認めないんだからっ」

(そんなこと言われても…)

口をパクパクしている僕に代わってジルが話を進める。

「ふむ。私はジルだ。あと、ラルフという仲間がいる」

「なるほど。よろしくお願いします。葵お嬢様、ジルさん」

(葵、お嬢様ぁ?)

「ハル君、呼び方なんだけど…」

「ええ、確かにおかしいです。お嬢様、ボクらの事は呼び捨てでお願いします」

「いや、そうじゃなくてね…ハル君」

「お嬢様、ボクらはお嬢様に仕えるモノです。呼び捨てでお願いします」

身長は僕より少し低いけど、ハル君は有無を言わせない。

「あ、はぃ…えっと…アメ…ちゃんは?」

「フンっ、アタシもアメで良いわよっ」

そっぽ向いたまま吐き捨てるアメちゃんの態度は一周回っていっそ清々しい。

「ところで、君達はキリングドールではないのか?」

落ち着いたところでジルが質問をした。

「ええ…、ボクらは機械仕掛けの人形ではありません」

「やはりそうか。なるほど…」

ジルの瞳が興奮ぎみに輝く。

「君たちの体を少々調べさせてもらえないか?」

手をワキワキしながらジルが二人に迫った。

「アタシは嫌よっ」

アメはフリフリのメイド服を抱き締めるようにして後ずさる。

「ボクなら構いませんよ」

苦笑しながらハルが頷いた。

「すまないな。よしっ、葵っ、ちょっと行ってくるぞ」

嬉しそうにジルがハルを抱くようにしてどこかに消えていった。そして僕は二人が消えてから気がついた。

(ひょっとして…僕とアメの二人っきり…?ジル、ハル、早く帰ってきてぇ…)

重い空気のまま数時間経ってようやく二人が帰ってきてくれた。

「葵、どうした?顔色が酷いぞ」

「アメっ、まさかお嬢様に何かしたんじゃないだろうね?」

「はあ?何言ってるのよっ。そんなわけないでしょっ」

「…大丈夫。ちょっと待ちくたびれただけだから…」


◇◇◇


「そうそう、さきほどハル君と話していたのだが、次の都市国家群には二人も行ってもらうことにした。私も少々用があるため葵にくっついて移動するわけにもいかないのでね」

「む?」

ラルフが明らかに苛立ったような顔でジルを睨む。だけどジルは涼しい顔でそれを受け流した。

「ラルフ君、不満そうだな?」

「ああ。護衛が子供二人で葵に何かあったらどうするつもりだ?」

すると、ラルフの刺のある言葉に今度はアメが噛みついた。

「はあ?アンタ、アタシ達を舐めてんの?」

食卓に殺伐とした空気が流れる。

(ひいい)

「そんなに言うならアンタがついていけばいいじゃないっ。それとも行けない理由があるわけ?」

ラルフのこめかみに血管が浮き出てる。

「ああ、分かったわ。何か失敗でもしてジルと交代するのね?」

(あっ、いけない…)

「貴様っ」

ラルフがついに立ち上がった。

「ふんっ、ヤル気なら相手してあげるわよ」

「それはこっちの台詞だ」


◇◇◇


塔から出ると、ちょうど生徒たちが寮に帰る時間だった。

「わあっ、アオイだっ。最近見なかったけどどこに行ってたの?」

遠くから僕らを見つけてサラが走ってきた。すぐに他の学生もなんだなんだと僕らの周りを遠巻きに囲む。

「待って、サラ、待って下さい…はあ、はあ」

ユッサユッサと胸を上下させてブリジットもやって来た。

(なんだか和むなあ)

「葵様、おかえりなさい」

「ただいま、ブリジット」

「うふふ、ただいま、ブリジットだって…恋人みたい…」

ブリジットが顔を赤らめてブツブツ呟いている。

(ブリジット…なんだか変だけど…?)

「おおっ、始まるぞっ」

ギャラリーの声にラルフ達を見ると二人が距離をとって向き合っていた。

「寝起きの肩慣らし程度にはなるかしら」

フリフリのメイド服のアメがいつの間に抜いたのか、二本の小太刀を交差するように逆手で構えている。

「死んでも恨みっこなしだからねっ」

そう言ったアメが一瞬で間を詰めた。

「速いっ」

いつの間にか野次馬の生徒達は騎士志望が増えていた。

『ヒュンッ、ヒュンッ』

アメは二本の刀で猛攻を仕掛ける。

「すげえっ」「三っ、いや、四回かっ」「いや、今のは五回だろ?」

アメの斬撃の数を生徒達が数える。

(今のは六回、フェイクが二回だね)

ラルフは紙一重で躱しているけど表情は真剣だ。

「なかなかやるじゃないっ、ヤアッ」

すれ違い様に斬りかかったアメ。ラルフがそれを躱してアメの側面に入ろうとすると、今度は前へ突っ込んだ勢いを利用した回し蹴りがラルフの顎を狙う。

「うっ」

ラルフが顔を反らせてそれを躱すと、アメはさらに追撃した。

「まだまだっ」

ラルフがさらに仰け反る。

「引っ掛かったわねっ」

それ以上躱せないところまでラルフの体が反ったのを見たアメがとどめを刺しにかかる。

どうやらアメはラルフが紙一重で躱すのを見て狙っていたようだ。

ラルフは今以上に体をそらすことはできない。かといって今さらフットワークで躱すには体勢が悪すぎる。

これではさすがにラルフも回避は間に合わない。

『ギィンッ』

だけど、完璧に踏み込んで斬りかかったアメの刀はラルフの拳に弾かれた。

「ふんっ、やっと本気を出すってこと?」

ラルフが腕に闘気を纏っている。

「ハルっ、手伝いなさいっ」

アメの瞳がキラキラと輝いた。

「ふふ、ボクらが一緒に闘うのも久しぶりだね」

落ち着いた口調のハルの瞳も蒼い光を放つ。

「ラルフさん、二対一だけど許して下さい。ボクらはそもそも一対(いっつい)なんです」

ハルの手にもいつの間にか槍が握られていた。

「おおっ、槍使いも参戦かっ?」

ギャラリーがざわめく。

「いくわよっ」

再び戦闘再開。今度もアメが突っ込んだ。だけど先程との違いはアメのすぐ後ろにハルがいるってこと。

『ギンッ、キイィーン』

さっきまでは躱していたラルフが闘気で強化した腕でアメの攻撃を弾く。なぜなら、アメの後ろからハルが槍を構えてラルフの隙を狙っているからだ。

(うまい…)

ハルはアメの攻撃の際に一瞬生まれる隙をうまくカバーしながら、なおかつラルフの死角から槍を放つ。

「すっ、スゲエっ。動きが見えないっ。どっちが優勢なんだっ?」

「どう見てもあの女の子だろっ」「あのラルフさんが防戦一方だぜ」

ギャラリーもラルフが押されていると見たようだ。

(だけど…)

「はぁ、もういいわ。これで満足したわけ?」

一度ステップバックして距離をとったアメが刀を鞘に戻すと、腰に手をあてて怒鳴った。

「ああ。お前たち、葵を頼む」

「フンッ。本気出すつもりのない相手と戦っても楽しくも何ともないわっ」

『バンッ』

アメはそう吐き捨てると塔のドアを力一杯閉めた。

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