商業都市『クリューソス』

「頼むっ、俺に案内させてくれっ」

ジャイアントフロッグが突っ込んできた際に気絶していたミハエルは目覚めると、どうしても案内させろと言い張った。

「うーん」

「こう見えても俺は王(ワン)さんの商会に所属してるんだ。だから色々便宜もはかれると思うぜ」

「ワンさん?」

「ああ、王(ワン)さんはクリューソスの評議会の議員の一人なんだ」

「お嬢様、こんな男でも意外に役に立つかもしれませんよ」

「意外にってなんだよっ」

「そうかなぁ…じゃあよろしく」

「じゃあってなんだよっ」

「僕は葵。御門葵だよ。二人はハルとアメ」

「おいっ、俺の話も聞いてくれよっ」

アメに向かって言ったミハエルだったけど、そっぽを向かれてガックリ項垂れた。

◇◇◇

「で、アオイは何をしに来たんだ?」

ミハエルの案内でいとも容易くクリューソスに入った僕ら。

「うーん…」

正直に言うべきか悩む。

「って、言わなくても商人の勘が囁くぜ。ズバリ祭りだろ?」

「…」

「勘違いしてるならそのままで良いのでは?」

ハルが小声で僕に耳打ちする。確かにミハエルが知っているとも思えないけど…。

(まあ、一応聞くだけ聞いてみよう)

「ねえ、ミハエルはフードを被った男に見覚えはない?」

「フード?あるある」

ハルがまさか、と疑いの目をミハエルに向けた。

「ホントに?」

「ああ、でっかい男だろ?前に王(ワン)さんと一緒にいたぜ。こう…顔色の悪い、なんとなく不気味な感じの…」

ハルと僕は顔を見合わせた。これまで聞いてきた男の特長と一致する。

(当たりだっ)

「ねっ、ミハエルっ、そのワンさんには会えるっ?」

勢い込んで聞くと、ミハエルは苦笑いを浮かべた。

「いやあ…」

どうも歯切れが悪い。

(あれ?)

「ミハエルはワンさんの商会に属してるんでしょ?」

「とは言っても…向こうは超大物だし…」

目が泳ぎだした。ふと、ミハエルの煮え切らない態度を見ていた僕はミハエルの言わんとしていることに思い当たった。

「そうかっ、わかった」

突然僕が大きな声を出したもんだから三人の視線が僕に集まる。

「お嬢様、何がわかったんですか?」

ハルの質問に僕は今思いついたことを自信満々に答えた。

「ミハエルは小物なんだ、だから会えないんだねっ」

ブフッとアメが吹き出した。ハルも肩を震わせている。

「葵、こういう奴は下っ端っていうのよ…フフフ」

「あっ、そうだね。下っ端かあ」

アメと僕の会話の横でミハエルはなんとも言えない情けない表情を浮かべていた。

「いや、そう、そうなんだがけどな…そんなあからさまに言われると…」

(あっ、涙目になった)

「ちくしょうっ。俺はどうせ下っ端だよぉっ」

涙目で続けて何か叫んでいるミハエルはおいといて、困ったことになった。同じ商会の商人でも会うのが難しいなら、僕みたいな得たいのしれない旅の人間などは至難の技だろう。

「うーん、アトランテイス王国の名前を出したらなんとかならないかな?」

「ですがお嬢様、このあたりはアトランテイス王国と言ってもほぼ交流などありませんし、物珍しさでひょっとしたら会ってくれたら良いくらいのものですね」

「なあ…」

「無理やり家に押し込んだらいいじゃない」

「アメ、さすがにそれはマズいよ。下手したら捕まっちゃうから。…そうだ、一度アヴニールに戻って王様の手紙を貰ってくるとかはどうかな?」

「なあ…お前ら…」

「しかし、お嬢様、あの扉の魔術具はしばらく魔力を蓄える時間が必要だとジルさんが言ってましたよ」

「ああ…そうだった…。…そっか、ジルに聞いてみれば何か方法を教えてもらえるかも」

「俺の話を聞けぇぇぇっ」

ポカンとした顔で見るとミハエルがまくし立てる。

「会える方法なら二つあるんだが教えてやらないぞっ」

「あれ?なーんだ、方法があるんじゃん?」

ちょっと見直した。ハルも僕の隣で驚いたようにミハエルを見つめている。

やっと皆の視線が自分に向いたミハエルはコホンと咳をひとつして話し始めた。

「そうだ。一つはアオイが奴隷になること。王さんの本業は奴隷商人なんだ。アオイ達の容姿なら高値がつくことは間違いない。だから、きっと王(ワン)さん本人が確認するはず…」

「お嬢様、どうやら全くの役立たずのようですね。行きましょう」

ハルがくるっと振り返る。

「待って、待ってくれっ。もう一つの方法を聞いてくれっ、聞いてくださいっ。祭りのコンテストで優勝すれば会えるんだっ」

「どういうこと?」

「祭りのイベントはそれぞれの評議委員が一つずつ受け持つのが慣習でさ、今年のコンテストは王(ワン)さんが受け持ちなんだ。で、グランプリは評議委員との会食の際に何か一つ欲しいものがもらえるんだ」

(会食をわざわざする意味ってあるのかな?)

ミハエルの補足の説明によると、ワンさんやクリューソスの評議委員はクリューソスやその同盟都市、果ては他の同盟都市の商人の元締め的な存在で、都市国家群で生きていく上で彼らと面識があるのは大きなステータスになるらしい。

だが、それほどの力のある商人だけあってスケジュールは常に埋まっている。だから、「会いたい」で、「はい会いましょう」とは天地がひっくり返っても無理なんだそうだ。

「それ、僕も出られる?」

「えっ?ああっ、もちろん。っていうか出るために来たんだと思ってたぜ。よしっ、善は急げだっ」

ミハエルは僕らを連れてコンテストの事務所に向かった。

『ガチャッ』

事務所の扉をミハエルが開けて先に入る。僕からは見えないけど、ざわついていた室内にゲラゲラと品のない笑い声が響いた。

「おいおい、万年最下位のミハエルじゃねえかっ?」

「まさかコンテストで汚名返上を狙ってんのか?」

「言ってやるなよ。まあ、もうそれくらいしかないもんなあっ」

「よおっ、前回、前々回の優勝もいるし、アリストスから百年に一人の美少女も参加するんだぜ。お前の連れてくる女なんて恥かくだけだぜ、やめときな、ハハハハハッ」

「で、どんな女だ…よ…」

僕が続いて入ると、シーンっと静まり返った。

「コンテストの参加用紙だ。登録してくれ」

唖然とした顔の男がミハエルの出した紙を見もしないでパンパンと判子を押した。

「それじゃ行くわ。ああ、忙しい、忙しいっ」

用紙の一枚奪い取ってまだポカンと口を開けたままの男たちを尻目に僕らは事務所を出た。

「ふう。見たか?あいつらの顔、ハハハハハ」

ミハエルが腹を抱えて笑っている。

「あんなにバカにされてどうして何も言い返さないのさ」

僕がそう言うと、急に真面目な顔になった。

「いや、…俺の営業成績が最下位なのは間違っちゃないからさ。俺達は商人なんだ。人から何と言われようと、汚い手を使おうと稼ぐやつが偉いんだよ」

「ふーん。ちょっと分からないけど」

「ええっ?今俺ちょっと格好いい事言ったよな?」

「ところでコンテストって何するの?」

「………えっ?」

◇◇◇

さすがは商人の街だけあって、荷馬車が道を多数行き交う。荷馬車用の道と歩行者用の道に分かれており、荷馬車用は土、歩行者は石畳の上を歩く。

街の人たちを見ている分にはアトランティス王国と大きな違いは無さそうだけど、まず、亜人が目に入る。兎の耳のある少女や狐の尻尾を生やした若い男、犬の耳を垂らした老人など、様々な種類が入り交じっていた。

それに、他の街もそうだったけど、首や手首や足首に輪っかをつけた人とか、同じ入れ墨を入れてる人達もいる。

彼らは奴隷なんだそうだ。この都市国家群では昔から奴隷制度があって、制度化もされている。

「奴隷って言っても、実際には契約だから持ち主が何をしても良い訳じゃないし、むしろ契約外のことをすれば持ち主が罰せられるんだよ。食事や睡眠もきっちり与えられるし、給料がないとか、持ち主の同意なしに結婚出来ないとか、評議委員の選挙権がないとか不自由は確かにあるけど、奴隷の持つ借金の肩代わりも持ち主の負担になるから一概に悪いとも言えない」

ちなみに首に魔術印や輪っかをつけられているのは家事奴隷、腕は戦闘奴隷、足は労働奴隷なんだそうだ。

あと、ミハエルが声を潜めて、性奴隷もいると教えてくれた。性奴隷は首輪無しが多いらしい。代わりに体のどこかに魔術印が刻まれるのだそうだ。

服装は、というと、道行く人を見渡すと、南部に属すせいか、肩やら足やら、露出度は高めだ。

(マギーさんが喜びそうだなあ)

「コンテストってのはさ、審査員十人と観客による投票でグランプリを一人と準グランプリを二人選ぶんだ。審査ってのは、ドレス、水着、特技の披露によるものなんだ」

(…水着って…どんなだっけ?)

子供の頃に過ごしたケルネでは海で泳いだりもしたけど、女の子がどんな格好をしていたか、と聞かれても記憶にない。

(まあ、何とかなるよね?)

そう楽観的に考えることにした。

(ん?)

「あれ?今の店って服屋さんじゃないの?」

大きな服屋をミハエルは素通りしたので不思議に思って訊く。

「あの店は確かに大きいけど、既にグランプリの女の子の服を作ってるからダメなんだ」

「どういうこと?」

「ああ、あのな、コンテストはその出場者はもとより、出場者の服を作る店、アクセサリを作る店、全体をプロデュースする商人の闘いでもあるんだ。グランプリに選ばれた女の子の使ったものを作った店はそれだけで箔がつくからな。店によっちゃ、一年前から準備してたりする」

「なーるほど。つまり、まだコンテスト出場者の服を作ってない店に行かないと駄目なんだね」

「そういうこと。ちなみに出場者は…アオイが十二人番目か、さすがにもう増えないだろうから十二人ってわけだな」

「えっ?そんなにいたら服屋さんなんてあるの?」

「もちろんさ、ほらこっちだ」

路地に入る。

「大通りの店は全部ダメだけど、こっちなら大丈夫だ」

(確かに大丈夫かもしれないけど…)

こじんまりした小さな店の前で立ち止まった。

「祭りが始まるのは明後日。コンテストは四日間の祭りの間毎日行われるから、準備期間は二日間しかない…っと、ここだ」