「皆様ッ、コンテストの集計が終わりましたッ。グランプリの発表ですッ」
初日と同様、出場者全員が舞台に並ぶ。
初日とは異なり、今日は全員がお姫さまのような真っ白で豪華なドレスを着ている。
日が傾く頃に始まったこれがお祭りの最後のイベントだけあり、ステージの映像は街の広場など、数ヵ所で見ることができるらしい。つまり、街中がこの発表を見守っているというわけだ。
「見てくださいッ、この美しい姫君達をッ。全員がグランプリ…と言いたいところですが、残念なことにグランプリの栄冠を手にすることが出来るのは、この中の一人だけなのですッ」
徐々に明かりが消えていく。
「グランプリ受賞者には金貨500枚が贈られますッ」
今さらだけど、優勝した際の賞金など全く聞いていなかった。確か金貨一枚がだいたい十万イェンなので五千万イェン相当か。凄い金額だ…。
「さらにッ、コンテストの最高責任者である評議委員からの特別賞として、グランプリに輝いた人は何でも望むがままに貰うことが出来ますッ。例えば、別荘、宝石などはもとより、過去の優勝者の中には最高級の奴隷や魔術具をもらった方もいるとかッ。しかしッ、しかぁしッ、それ以上にこのコンテストのグランプリという栄冠こそが何物にも変えがたい賞となるのですッ」
その言葉とともに会場が暗くなって僕らの前に立つ司会者の姿だけが照らされた。
「それではグランプリ発表…の前に、まずは準グランプリの発表ですッ。惜しくもグランプリには及ばなかったものの、名誉ある準グランプリに選ばれたのはッ」
『ダダダダダダダダダダダ』
太鼓の音が鳴り響いて、スポットライトが会場の中をところ狭しと動き回る。
『ダンッ』
スポットライトが狐耳とウサ耳の二人を照らし出した。
「エントリーナンバー1番、デルフィネ嬢ッ、そしてッ、エントリーナンバー8番、セシリア嬢ですッ」
スポットライトが再び周り始める。
『ダダダダダダダダダダダダダダダ』
「そして栄えあるグランプリはッ」
パッと目の前が明るくなった。
「エントリーナンバー12番ッ、アオイ嬢ですッ」
上から花びらが降ってきて、会場中から惜しみない祝福の拍手が僕らに送られる。
「それでは三人は前に進んでくださいッ」
二人は自分がグランプリだと思っていたのだろう。デルフィネさんは青ざめ、セシリアさんにいたってはうつ向いて肩をプルプル震わせていた。
「三人の受賞者に一言ずついただきましょうッ。まずは昨年グランプリに続き今年も準グランプリに選ばれたデルフィネ嬢に一言お願いしますッ」
「えっ、ああ…、とても嬉しく思っております。これも全て私を応援してくださった皆様のおかげです…」
顔は強張っているけど、デルフィネさんは何とか節度ある態度を保っている。尻尾は力なく垂れているけど。
「続きまして、セシリア嬢ッ、お願い…あれっ?セシリア嬢ッ?」
司会者がデルフィネさんに話を聞いている間にセシリアをはランウェイを戻っていた。
「ちょっ、ちょっと、えええっ?」
壁に映し出されたセシリアさんの顔は涙ぐんでいる。
「あ…、それではッ」
さすがはプロの司会者、会場の空気を読んで、それ以上セシリアについては触れず、進行する事に決めたようだ。
「大会委員長、王偉(ワンウェイ)評議委員より、葵嬢にグランプリのティアラが贈られますッ」
そう言って司会者がランウェイを指し示すと、スポットライトが移動して、タキシードを着た人が観客に手を振りながら現れた。
(あの人がワンウェイ…フードの男への手がかりか)
遠くから見ていてもかなりの肥満体だ。それは僕が二人余裕で歩ける幅のランウェイをいっぱいいっぱいになっていることからも間違いない。
「紹介しましょうッ、我らがクリューソスの評議委員が一人にして今年のコンテストの運営委員長、王偉(ワンウェイ)ですッ」
『バチバチバチバチ』
会場が拍手に再び包まれる。ワンさんはドウモドウモと観客に手を合わせ、司会者の横に立つ。ワンさんは横幅も大きいが縦にも大きい。まるで山のようだ。
司会者の男の人もマイクを持つ手が届かないからか、ワンさんの前に移った。
さらに、剃っているのかな。禿げた頭で後頭部だけ三つ編みにした不思議な髪型をしていて、まん丸のサングラスをしている。怪しさ満点だった。
「この度は評議委員としても新参者のワシにこのような大役を与えてもろた上に大成功を収めることができた。全ては皆さんのおかげ、感謝してます」
(なんだか妙に訛ってるな)
「ずっと見せてもろてましたけど、グランプリの葵はんはもちろん、準グランプリの二人も、参加してくれはった方全員えらい別嬪さんがそろってて、眼福でしたわ。中でも三日目の葵はんの、なんて言うんかいな、…ああ、剣舞言うんですか?あれは見事やった。ワシも思わずブロマイドを買うてしまいましたわ」
客席から笑いが漏れた。
「ほな、こんな汚いオッサン違うて、綺麗所を見てもらいましょか」
拍手が起こり、司会者が僕を王さんの前に呼ぶ。
「ティアラの授与ですッ」
腰を少し曲げて頭を差し出すと、ティアラが載せられた。
割れんばかりの拍手はなかなか鳴り止まない。
「さてッ、それではグランプリの葵嬢に今のお気持ちをうかがいましょうッ。まずは、外国から来られて、いきなりこのような状況は戸惑っておられるのではないですか?」
僕にマイクが向けられる。
「はっ、はい…。コンテストのお話を聞いたときもこんな大きなイベントだとは思っていなかったので。それに、最初に出場者の皆さんを見た時から、皆さん綺麗で半分くらい諦めていました」
「二日目は前日の清楚な感じからは想像できない小悪魔めいた色っぽさがありましたが、あれは?」
「実は緊張で足がもつれてしまったんです。失敗したと思って落ち込みました」
客席からカワイーと声が上がる。
「ハハハ、あれは偶然の賜物でしたかッ。では、評議委員もおっしゃっていましたが、見事な剣舞について聞かせてくださいッ。途中で出てきた黒子は実は熱狂的なファンによるハプニングだと聞きましたが、まるで演技の一部にしか見えませんでした」
(なるほど、そういうことになっているのか…)
「ありがとうございます。ライトをハル…えっと、僕の仲間が操作してくれて、タマちゃんがアドリブで演奏を合わせてくれたからうまくいきました」
「最後にッ、実は新たなニュースが今朝入りまして、葵嬢とその従者の方がジャイアントフロッグを八体倒し、うち、三体は葵嬢自ら倒したと聞きましたが本当ですかッ?」
「えっ?ええ…ちょっとその…成り行きで…」
オオオッと会場がどよめく。
(どこでそんな情報を掴んだんだろう?)
「なるほどッ、では、葵嬢はグランプリだけでなく、あの獰猛なジャイアントフロッグから我らクリューソスを、都市国家群の人々を守ってくれたというわけですねッ。これは凄いっ」
耳がおかしくなるかというくらいの拍手がドームに立ちこめた。
◇◇◇
「それでアオイさんは…」「アオイさんっ、こっちに目線をお願いしますっ」「ジャイアントフロッグについて聞かせてくださいっ…」「来週発売の写真集ですがっ…」
コンテストが終わった後の控え室。僕らだけが残され、記者会見が始まった。いろんな方向から質問が飛ぶ。
「質問は一人ずつお願いします」
スタッフのお姉さんとハルが横から守ってくれなかったらきっと今ごろは揉みくちゃにされているだろう。ちなみにアメは一人先に宿に帰ってしまった。
ミハエルやジャスミンさん、スージーさん、オズワルドのおじさん、タマちゃんも同じく控え室で新聞記者やなんやに囲まれてインタビューを受けていた。
コンテストの優勝はこの街ではそれくらい重要なのだ。
結局、その日、解放されたのは日付が変わる頃。力尽きた僕は宿の部屋に入るなりベッドに倒れこんだ。
そして、僕らは数日の間クリューソスに滞在することになった。翌日と翌々日は写真集の撮影があり、その後クリューソスの同盟都市を歴訪するとのこと。
「アオイ、ちょっといいか?」
ミハエルが僕の部屋を訪れたのは二日目の写真集の撮影が終わって疲れきってベッドでウトウトしていた時だった。
時計を見ると深夜。
「んあっ?」
一応、仕込み杖を持ってよだれを拭きながらドアを開けるとミハエルと、その隣にフードの人影…。
(フード…)
「あっっ」
フードの人物から殺気が僕に放たれた。
「待て待て、アオイっ」
ミハエルが仕込み杖から刀を抜く寸前で僕を止めた。
「イリスもっ、悪ふざけはやめてくれ」
すると、イリスと呼ばれた人はフードを取った。
「ふああ」
金髪に真っ白な肌。美しい女性がいた。
「フフフ、すまない。コンテストでの剣舞を見させてもらって少し試してみたくなったんだ」
「アオイ、少し部屋に入れてもらえるか?それと、その…ハル君とアメちゃんにその、物騒なものをどけるよう言ってもらえるとだな…」
ハルが冷たい目でイリスの背中に槍先を向け、アメはあくびをしながらミハエルの首に小太刀をあてている。
「えっ、あっ、うん。ハルとアメも入ってよ」
五人でも十分な広さの部屋。ソファに僕、ミハエル、イリスが向かい合わせに座る。ハルとアメはミハエル達の後ろに立ったままだ。
「あのな…まず勘違いしないで欲しいのは、こいつはお前たちが探しているフードの男ではない」
それは見ればわかる。明らかな女性だから。先程から美しい女性の顔で、男っぽい話し方をするため少し違和感を感じるけど。
「自己紹介させてくれ。私はステファノスの王女専属の近衛騎士、イリスという。こいつの幼馴染みだ」
「ああ、ジャスミンさんが言ってた…」
ミハエルはいつそんなことを、などと首をかしげているけど、初めてジャスミンさんの店に行ったときに『イリス』という名前が出た。
「ジャスミンさんか、懐かしいな。私も昔はよく遊んでもらったものだ。ミハエルも一緒に遊ぼうと誘ったんだが、いつも断られてな」
「いやいや、お前らのしてた遊びって、真剣で斬り合ってたあれだろ?命がいくつあっても足らんわっ」
イリスは一応刃引きしてあったから切れないんだぞ。などと言っている。
「えっと、それで今夜は?」
「ああ、忘れてた。あのな、イリスはステファノスがアリストスを攻撃した事を教えに来てくれたんだ」
「そうだ。正確にはコンテストの初日の事だ。ステファノスはアリストスの同盟都市に攻撃した」
「そしたらステファノスとアリストスの戦争になったの?」
「いや、両者の国力は拮抗している。クリューソスが何もしなければ前線の都市国家や砦のやり取りで終わる」
「クリューソスが何もしなければ…か。戦時に王女とその側近であらせられるイリスが、コンテストを見るためだけにまさか来たわけじゃないだろう?」
ミハエルが口を出す。
「ふんっ、相変わらず目敏いな。そういうことだ。そうそう、アオイさん、王偉(ワンウェイ)には気をつけるように。今夜、会ってきたが、舐めるように私の体を見てきやがった」
「僕のことは呼び捨てで良いですよ」
そう言うとイリスさんは驚いた顔をした後、ニヘラと整った顔が崩れる。
「アオイ…ウフフ」
(なんだかキャラが…)
「アオイ…アオイ…ウフフ……ハッ」
自分の世界に没入していたイリスさんが戻ってきた。
「そうだ、大切な用を忘れるところだった。ミハエルっ、カバンをっ」
ミハエルに持たせていたカバンを開くと中から出てきたのは僕のブロマイドと、一冊の薄い本だった。
「サッ、サインをっ、頼みたいんだがっ、いやっ、無理にとは言わないっ」
イリスさんはそう言いながら恥ずかしそうにチラチラ僕を見る。
「ええっ?俺に持たせていたのはこれかよっ?大事なものって言うから…」
「これ以上に大切なものなどあるか?アッ、アオイ、頼むっ」
「いや、何て言うかさ、普通クリューソスの評議会の確約書とか、契約書とかだと思うだろ…」
「うるさい」
『ドゴッ』
「ゴホッ」
まだブツブツ言っていたミハエルが腹を抱えてうずくまった。
「良いですよ」
一枚ずつブロマイドにサインしていく。全部で30枚。
「あれ?これって今日撮った…」
薄い本の表紙は僕のブロマイドで、ペラペラ捲ると、今日撮影したばかりの僕が写っていた。
「ああ、ワンウェイがくれたのだ。まだ完成品ではないらしいが。この水着が私のイチオシだな。露出は少ないが、黒のレースからチラチラと見えるアオイの下腹がなんともエロい。それにこっちの水着の上にシャツを引っかけたのもまるで何も着ていないように見えてだな…フフフ。こっちの剣に頬擦りしているのなど、まるで、剣に奉仕しているようで…」
イリスさんがひたすら喋り続ける。ハルとアメはドン引きだ。
「なあなあ、もしかしてさ、それって、賄賂…ぐはあっ」
ミハエルが再びうずくまった。
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