魂の残り香3

この国の中央であり最重要都市、王都。
だが、だからといって人々の生活は他の街と比べて何ら変わるところはない。

もちろん歓楽街もその一つ。夜になれば酒場は冒険者や商人、その他、様々な人達で賑わう。だが、その中の一軒の店はその日特別な雰囲気に包まれていた。

レストラン兼酒場。普段30席ほどの店内には臨時で50人分の席が用意されていたが、それも全ての席が埋まって、立っている客さえいる。

「なあ、今日は一体どうしたんだい?」

普段店に来ない行商の商人が物珍しさに入ると、偶然見知った仲間がいたので訊ねた。

「お前知らないのか?」

普段から王都を拠点にしていた仲間の商人が店の奥にいる一人の女を目配せした。

美しいウエーブのかかった黒髪の女がピアノの横に立っている。肩が全て出た露出度の高いドレスは美しい体を惜しげもなく客達の目に晒していた。

「おっ、イイ女だねっ」

女は常連客や彼女のファンらしき客と談笑している。口に手をあてて笑う姿は、貴族のような上品なものではないけれど、不思議な魅力を感じさせる。

なるほど、これほどの上玉はたとえここ王都でも見たことがない。商人はこの酒場の理由が理解できた気がした。

だが、すぐに商人はその考えを改めることとなるのである。

店の壁際に置かれたピアノ。その前に座っていた初老のピアニストが、鍵盤に指をかけた。すると、それまでざわめいていた店内が潮が引くように静まりかえった。

「しっ、始まるぞ」

「えっ?始まる…」

自分の声が思いのほか大きく響いて商人は口を押さえてキョロキョロと周りを見渡す。

「驚くのはここからだぜ」

仲間が小さく囁いた。

「ぇっ…?」

ピアノが落ち着いた伴奏を奏でる。

そして、女が歌い始めるや商人は自分の考えがいかに浅はかだったかということを思い知らされた。

「はあ…なんて…美しい…」

アルトで歌い出された一声、ただそれだけで商人は半分口を開けたまま固まった。

今夜ばかりは酒場に集う酔漢達もアルコールではなく女の歌に酔いしれる。

◇◇

酒場の奥の部屋。

ここは限られた人しか入ることが許されない特別な部屋。大きなベッドが奥に、そして、丸いテーブルと向かい合う二つの椅子。

女の歌が終わった酒場の酔っぱらい達の喧騒はこの部屋には聞こえない。完全に音を遮断した部屋なのだ。

そして、そこには先程歌っていた女と一人の男が向かい合っていた。女はドレスからマキシワンピースに着替えている。

「ごく」

苦虫を噛み潰したような表情でワインを喉に流し込む男。彼は若干16歳の時に英雄のパーティに所属して名をあげ、現在はこの街の盗賊ギルドのマスターをしている男である。

ところで、盗賊ギルドは名前だけ聞くと犯罪組織のようだが、実際には全くそのようなことはなく、むしろ逆の取り締まる側だとと言ってよい。

「それで、俺をわざわざ呼び出すということは何か聞きたいことがあるんだろう?」

また、同時に情報を集める組織でもあった。

「ふふ、焦らないで。夜は長いんだから」

椅子から立ち上がって、女が男のグラスにワインボトルを持った手を伸ばす。ノースリーブの美しい腋が男の目の前に晒された。

それだけではない。女の着ているワンピースは首もとまでしっかりとカバーしているものの、体の線がハッキリと出る。ある意味でミニスカート以上に扇情的だった。

「ふん、早く終わらせたいものだな」

ところが、男は女の姿にも全く動じる様子もなかった。また、女の方もそんな男の様子を楽しそうに見ているだけである。

「対価なら払うわよ。ふふ、それも特別なものをね♥」

◇◇◇

それから一時間後。

「うふふふ♥ほら?大きくなってるじゃない♥」

ベッドに男を押し倒した女はニッコリと微笑む。女はまた着替えていた。白のビスチェに白のパンティとガーターストッキングが褐色の肌によく映えている。

「くっ、レオノール…やめろっ」

馬乗りにされた男が悔しそうに女の名前を呼んだ。

「そんな顔をしてもダァメ♥」

女の背中からは蝙蝠のような翼が出ていて、尻からは先の尖った尾が出ている。

「ぐっ、こんな…」

「ほらぁ、好きなんでしょう?こういうの・が♥」

真っ赤な舌で形の良い唇を舐める。

「くっ」

「隠そうとしてもダァメ、だって貴方の魂に記憶が刻まれてるんだもん」

偽物のはずの女の姿に股間は熱くたぎる。

男は性的不能者だった。

男の初体験は精通した直後のこと。古代のダンジョンに挑戦し、人型の魔族に無理矢理奪われた。そして、この出来事が彼の心をひどく傷つけたのだ。

もちろん英雄のパーティに選ばれてからというもの、女には不自由しなかったわけだが、男は一度も女を抱かなかった。
いや、実際には抱けなかったのだ。裸の女を目の前にしても勃つものも勃たなかったのである。

実は男は何度かこの女以外の口の固い娼婦に同様のことをさせてみたが、股間はピクリとも反応しなかった。

「ほらぁ、入るわよ、先っちょが入っちゃうわよぉ♥」

男の肉棒を摘まんで位置を合わせると女はゆっくりと腰を下ろす。

「うっ、あっ」

男は声を我慢しようとするが、あまりの快感に思わず口から呻き声が漏れた。

「あの時もこうされたんでしょ?それで、ほらぁ、見られながら射精しちゃった、そうでしょぉ?」

男の脳裏に一人の少女が思い浮かぶ。自分とパーティを組んでいた魔法使いの少女。彼の初恋の少女が震えながら犯される己を見ていた。

「くそがっ」

男は力を振り絞って女と体を入れ換えた。

ビスチェの紐を乱暴にほどいて柔らかい胸をきつく掴んだ。

「あの時とは違うっ、俺はっ」

大きく開いた足の間に腰を入れてそのまま挿入した。

「ああんっ♥もう、せっかちなんだからぁ♥」

男は少年のように腰を振った。

「あっ♥あっ♥あっ♥」

不意にこれまで魔族のようだった女が、今度はあの初恋の少女のように見えた。涙目でまるで処女のようにぎこちなく男を受け入れる。

「あんっ♥カイルぅ、わたし、わたしっ、おかしくなるよぉ♥」

「いっ、いいぞぅ、ミラッ、俺でおかしくなるんだっ」

男はその晩三度女の膣に射精した。

◇◇◇◇

それは一週間ほど前のこと。その日は雲に太陽が隠され、肌寒い日だった。

俺は早急に来るよう呼び出されてトウェイン男爵の家に向かった。

これまでも何度か来たことがあるトウェイン男爵の屋敷は石造りの要塞のような建物だ。これは貴族が贅を凝らした屋敷をたてるのに対して異色とも言える。

その分警備のために兵も少なくある意味では質実剛健とも言えるかもしれない。

屋敷の前に立つ二人の兵が俺に気づいて頭を下げた。

「レナード様が来られましたら入っていただけ、とのことです」

執事もいないため、勝手に石造りの廊下を歩き、俺は執務室に向かう。

「入ってくれ」

トウェイン男爵は大男だ。俺が180そこそこに対して見上げるほどなので優に二メートルはあるのではないだろうか。さらに筋肉と脂肪に覆われた体は左右にも大きく、さながら小山のように感じる。

その男爵が体を机に縮めて山のように積まれた書類を処理していた。

「この書類を終わらせないといけないので少しそこで待っていてほしい」

男爵は仕事を溜めるタイプには見えないのだが。

「すまぬな」

しばらくして漸く顔を上げた。

「今日来てもらったのは、人形を処分してもらうためだ」

「ほう」

確かに俺の店の青年も言っていた通り、トウェイン男爵はこれまでに何体もの俺の人形を購入している上得意様だ。

トウェイン男爵は俺から最高級の人形を買う。男爵クラスでは決して安くない買い物のはずだ。

だが、その人形達はその後一切どうなったのかこれまで分からなかった。メンテナンスにも呼ばれることはなかったので、使い捨てられていると思っていたのだが。

「壊れた、ということですか?」

「いや、そういうわけではない。戦争に行くことになったので処分を任せたい。それと、新しい人形を頼みたいのだが…ああ、まずは来てくれ」

男爵は俺を連れて地下の部屋に入った。

「ふむ」

そこは地下室という暗いイメージとは全く異なる花の香りに満ちた室内。その中央にある天涯つきのベッドに一人の女が眠るように横たわっていた。

「…こちらは?」

「私の妻だ…」

ウェイン男爵の言葉は過去形だったが、確かにこの女には生命が感じられない。だが、死んでからまだほとんど日は経っていないようだ。

「病気か何かですか?」

「私が殺したのだ」