14周目 9月22日(水) 午前8時35分 高樹美紗

14周目 9月22日(水) 午前8時35分 高樹美紗

離れた席で亜紀が島津を拝んでいるのをアタシは眺めていた。どうしていいのか困った顔でこちらを見てくる島津。

(仕方ないわね)

携帯を取り出す。

『亜紀のバイトは断ること』

島津が慌てて携帯を鞄から取り出すのを目の端で確認しながら、続けて『琢磨と別れるために』とメッセージを書いて送った。

島津はメッセージを読みつつチラチラとこちらを振り返ってから、亜紀にすまなさそうに返事をしているようだ。

(はあ…)

島津の挙動は誰がどう見ても怪しい。

理沙でなくても二人に何かあると感付くに違いない。亜紀は気づかないふりをしているけど、アタシの方を全く見ないあたりは、むしろ確信した上でアタシと島津を見守ることにしたのか。

そこまで理解しつつ、だけど、アタシにはぶっちゃけどうすれば島津を落とせるのかは全く分からない。

(堕とすのなら簡単なのにね)

まずは邪魔が入らないよう立ち回る。それから一緒にいる時間を増やして距離を縮めることから始めるしかないか。

「よしっ」

アタシが立ち上がると隣の席の男子生徒が驚いたように見上げた。

「島津、どうしたんだ?」

「い、いや…なに、体育が楽しみだなって」

「そうか?ああ、島津は柔道部だもんな。俺なんかからしたら最悪だぜ。何で俺たちはこんなくそ暑いのに柔道なんだよ。女子は良いよな、水泳で」

(水泳ね…)

権田のルートは避けないといけない。だからアタシはちゃんと今朝水泳道具を一式島津に持たせている。

(さすがにこんだけ繰り返したらポカはしないわよ)

◆◆

14周目 9月22日(水) 午後6時30分 高樹美紗

放課後の柔道部。

「高樹さん、これから美紗ちゃんって呼んでもいい?あっ、ちょっと馴れ馴れしいかな?」

練習後、島津に沙紀が話しかけるのが見えたのでアタシはさりげなく近づいて二人の会話に耳をそばだてていた。

「美紗で良いよ。ありがとう」

沙紀はニコニコ笑顔で島津を見つめている。

「…どうしたの?」

「ううん、可愛いなって思って。うちの子達も美紗が来てくれただけでいつもとヤル気が違うもの」

「そんなことないから…」

沙紀からも歓迎されて島津は嬉しそうだ。

「あっ、今日さ、部員みんなでラーメンでも食べに行こうって言ってるんだけど、美紗も行かない?」

「えっと…」

迷った様子の島津を見た理沙が今度はアタシに声をかける。

「ねえ、政信、ラーメン行くでしょ?美紗も行くし」

(あまり理沙とは関わりたくないけど…理沙の思惑も気になる…どっちが良いか…)

アタシが考えていると。

「島津先輩っ」

一年の結城オサムが嬉しそうに寄ってきた。

「島津先輩も行くんですねっ」

他の後輩たちからも是非という声が飛ぶ。さすがにこれで行かないという選択肢は無くなってしまった。

「…ああ、そうだな。行くか」

◆◆◆

14周目 9月22日(水) 午後8時35分 高樹美紗

島津が家に入るのを見送ってからアタシは帰ってきた。

(今日も問題なし。よし、ちょっと整理してみよう。最初は痴漢から始まった。それからアホな大学生、それに琢磨、権田、亜紀の彼氏。うん、ここまで全部スルーしたわ)

今日も改めて思ったけど、やはり柔道部での島津は生き生きとしている。

(すごく柔道が好きなんだなあ)

島津は時に自分がアタシの姿になっている事を忘れたように指導に熱が入って部員達も目を丸くしていた。

(それにしても…)

不思議なのは沙紀の反応だ。

島津にきつくあたってきたこれまでの周回を思い出すと不思議なほどの柔らかい態度だった。

アタシは布団に寝転んで今日の部員達で行ったラーメン屋での出来事を思い出していた。

◇◇◇

14周目 9月22日(水) 午後7時15分 高樹美紗

「あのぉ、ところで高樹先輩は島津先輩の彼女さんなんすか?」

空気を読まない結城がさらっと爆弾を投下して、場が一瞬静まりかえった。

皆の視線が島津に集まり、その島津が不安げにアタシを見るもんだから、部員達も固唾を飲んで次のアタシの言葉を待っている状態。

(何て言うのが正解かしら…)

沙紀による嫉妬深さはこれまで何度も体験してきたし、ここはまだごまかした方がいい、と判断した。

「いや、彼女じゃない」

とりあえずそう言ってみたけど、まだまだ聞きたそうにしている。その視線は無視することにした。すると、アタシにはそれ以上は聞きづらいと感じたのか、島津に質問が向けられる。

「島津先輩とどこで知り合ったんですか?」

「あっ、えっと、昨日電車の中で、その…助けてもらって…」

島津はしどろもどろになりつつも答えた。でも、これなら大丈夫かとアタシを部員達の様子を窺うことにした。

島津の態度に部員たちの反応は様々だ。生暖かい目でこっちを見る者、納得したように頷く者。ただ、全員に共通しているのはこの程度では満足していないということ。皆の目を見ればさらに追求してくるつもりなのは明らかだ。

(参ったわね…)

こういう会話は沙紀の嫉妬を買う。アタシが沙紀の顔色を窺っていると、

「柔道経験があるんですか?」

だが、ここで、空気を読まない結城がまさかの助け船を出した。

「あっ、はいっ」

この言葉のおかげで話の向きが大きく逸れた。やはり柔道部だけあって部員達の興味もそっちに向いて、それからは柔道の話題ばかりとなった。

ほっとしつつも、アタシが気になるのはやはり沙紀だった。

これまでの周回では必ずと言っていいほど敵意を島津に向けてきた沙紀が、おとなしい。アタシが見ていることに気づいても、「政信?どうしたの?」とまるでなにも変わらないのだ。

(絶対変なんだけど…。一体どういうことなの…?)

アタシは自分の行動や島津の行動を思い返してみたが沙紀の態度をこれほど変えるような特別なことは思い浮かばない。

その後しばらくして、今日はお開きとなり、アタシと島津は駅のホームで電車を待つことになった。

「ごめんな。毎日わざわざ送り迎えしてもらって」

「気にしなくていいよ…えっ?」

そう言いかけたアタシは島津を見て思わず声をあげた。

島津は目を大きく開いて向かいのホームを見ている。

(何?)

アタシがホームに目をやった瞬間、電車が入ってきた。

「どうしたの?」

明らかに島津は何かを見て驚いた様子だった。それで、今は怪訝な顔で考え込んでいる。

「いや、あれ?何だろう…」

島津は演技ではなく本当に思い出そうとしているように見える。

「う~ん、なんか知ってる人がいたみたいな気が…」

「誰よ?」

島津を守るようにしながらアタシは向かい側を見た。まだ帰宅する会社員や学生で混雑したホームに知っている顔は見つけられない。

「それが…えっと、誰だっけ…?」

◇◇◇

14周目 9月22日(水) 午後8時45分 高樹美紗

ラーメン屋での出来事を思い出していたアタシはそこで、ふと気がついた。

(あれ?どうやったら好きになってもらえるんだろう?)

これまで自分が付き合ってきた経験を思い出そうとするものの、アタシは告白されて付き合ってきただけ。

(あれ?う~ん…)

どうしていいのかさっぱり分からない。

(そうだ…琢磨…それに権田、亜紀の彼氏がいるわね)

何度か島津が相手に惚れた回があった。

(…でもあれって恋愛なのかな?)

神様から見せられた映像からは肉体関係から始まっているようにも思われるし…。

「ああああっ、難しいっ」

水でも飲もうと台所に行くと婆ちゃんがいた。

「あれ?婆ちゃん、まだ起きてたんだ」

「もう寝るよ。政信は喉が乾いたのかい?麦茶なら冷蔵庫にあるからね」

わざわざ婆ちゃんは食器棚からコップを出してくれた。

「ありがとう」

よく冷えた麦茶が喉を通って頭がスッキリとする。

「政信、何か悩んでいるのかい?」

アタシはドキッとした。

「えっ?なんで?」

「悩んでる顔をしてるよ。婆ちゃんは寝るよ。お前も早く寝るんだよ」

「うん…あっ、待って」

台所を出ようとする婆ちゃんをアタシは無意識に呼び止めていた。

「なんだい?」

「あのさ、婆ちゃんは自分の事を好きになってもらいたい時、どうしたらいいと思う?」

なんだか婆ちゃんには自然に聞くことができた。

「難しい事を言う子だね。…そうだねえ…婆ちゃんが思うに、好きになってもらおうと思わないことだね」

「でも…」

「いいかい、政信。相手を思って相手のために何かをするんだ。人の心ってのはね、打算は届かないんだよ。何かを求めちゃ駄目なのさ。爺ちゃんと私が結婚するのを決めたときもそうなんだよ。デートの真っ最中に私の無くしたブローチを一生懸命探してくれた。周りに人もいっぱいいる中でだよ。そんな姿を見て私はこの人とずっと一緒にいたい、そう思ったんだ」

デートと言う時に婆ちゃんが少し赤くなったけど、なんだか可愛かった。

「ありがとう。何となく分かった気がするよ」

アタシはなんだか心が軽くなった気がした。

◆◆◆

14周目 9月23日(木) 午前6時30分 高樹美紗

翌朝。

昨夜のラーメン屋での流れで、今日から試合のある土日まで朝練に参加をすることになったので、アタシは早朝から島津を迎えに行って一緒に登校する。

島津が欠伸をするのを見てアタシは笑った。

「昨日は何時に寝たの?」

「いや、寝たのは早いんだけどさ、夢を見て何度か起きたせいかな」

「なによ夢って、ふあーああ」

島津の欠伸がうつったのか、言いながらアタシも欠伸をした。

「高樹だって夜更かししてたんだろ?」

「そんなことないわよっ」

そんなことを言い合いながら一日が始まった。