僕の意識が戻ったのは翌日も昼過ぎのことだった。
まず、体を見て、無事であることを確認すると周囲をチェックした。鳥の声が聞こえるから近くに狼はいないようだ。
岩の中から這い出る。昨夜は暗い中で気付かなかったけど服がボロボロになっていた。
(…助かった…)
疲れ果てて町に戻ると体中に浴びた血を洗ってベッドに横になった。
◇◇◇◇◇
次に目覚めたのはその日の夜中。
体中が痛い。
(そう言えば昨日は結構やられたから…)
そしてまどろむようにして再び眠る。
朝方になって『ドンドンッ』と玄関が叩かれる音で目が覚めた。
ベッドから起き上がろうとすると節々が痛む。
「は、はぁーい」
そう言って痛む体に鞭うって何とかベッドから抜け出す。玄関の鍵を開けるとジェイクがいた。
「おいっ、葵っ、大丈夫なのか?」
怒っているような心配しているような顔。
「えっ?あ、うん。ボロボロだけどね」
ジェイクを家に招いて僕は椅子に座る。
「寝てなくていいのか?」
「うん。ちょっと体が打ち身で痛いだけで…」
「そうか、良かったよ」
安心したように話すジェイクは久しぶりに見ると日焼けして、胸板なんかも厚くなって、海の男って感じになっていた。
「ジェイクは男らしくなったね」
「そ、そうか?まあ、オヤジと一緒に毎日海に出てるからな。それより葵、町長さんから聞いたぜ。無茶したみたいだな」
ジェイクがドサッと革袋をテーブルに置く。
(…?)
「町長さんから灰狼6体と黒狼1体分の報酬だそうだ。『無茶するなって言ったのに』ってマジで怒ってたぞ」
(うわぁ、バレてたんだ)
「あとな、ハンターギルドに今朝早く依頼を出したらしい」
「そっ、そうなんだ…」
(やっぱり僕だけではこの町を守れなかった…まだまだ僕は弱い…)
「アルのことはハンターを要請していても間に合わなかったからお前のせいじゃないってさ。それにしても銀狼なんてヤバいのが出るなんてなあ、お伽噺の世界だと思ってたぜ。まあ、そんなわけでゆっくり休めってさ」
(あれ?)
「なんで銀狼がいるって確定してるの?」
ジェイクは声をひそめる。
「実はな、お前が寝ている間にまたやられたんだ。今度はロイのとこだ」
「ロイって、まさか…あの?」
ロイというのは僕らの学校時代の同級生で物静かな優しい友達だった。
「そうだ、夜中に襲われて…」
「それで、ロイは?ロイは無事なの?」
「あいつは無事だ。家族もな。全員で町の中心にある親戚の家に避難していたらしい。で、町の奴がロイの家の近くで銀色に輝く狼を見たんだってさ。ああ、それとな、今は避難勧告が出されてるから夜は地下室な」
ホッとしたが、やはり自分の弱さが恨めしい。
(父さんならきっと昨日の夜の間に倒していたはず…そうすれば被害はなかった…)
ジェイクが帰ったあともその気持ちが薄れることはなかった。
◆◆◆◆◆
翌日、町長さんが3人のハンターを連れてうちにやって来た。僕は朝から鍛練をして水浴びをした直後でまだ濡れた髪を拭きながら扉を開けた。
「葵君、この人たちがハンターギルドから来てくれた方たちじゃ」
不潔な感じの男達で盗賊と言われても納得できそうな風貌。3人とも僕の体を上から下まで舐めるように見つめてきた。
(ハンターギルドってこんな人たちなんだ…)
後ろの痩せた男が口笛を吹く。
「こんなかわいこちゃんが黒狼を倒したって?」
「まさか…父親だろ?なっ、お嬢ちゃん、お父さんはどこにいるんだい?」
リーダーらしいニキビヅラの男の細い目が僕の体にまとわりつく。
「なあ、町長さん、銀狼をやったらこのお嬢ちゃんと楽しませてもらえるのかい?」
後ろのもう一人の軽薄そうな男が町長さんにありえないことを言い出した。
「…それはだめですじゃ」
町長さんがハッキリと言ってくれたけど、3人から受ける粘着質な視線は変わらない。
正直、早く帰って欲しい気分になった。町長さんも彼らに好意的な印象を持っていなさそうだった。だけど、せっかく来てくれたハンターだけに邪険にすることもできないようだ。
「そんなこと言わずにさあ、俺達はCランクハンターだぜ?」
汚い歯を出して笑う。言うことも盗賊レベルだ。
「あ、あのっ、僕は男です!」
「「「ええっ!?」」」
盗賊たち…いやハンター達が疑わしい目で僕を見る。
「おいおい、何言ってんだ?」
町長さんの方を見るハンター達。
「本当ですじゃ、それにこの子が灰狼や黒狼を倒したんですじゃ」
「げえっ、マジかよっ」
(そんなことより…この人達、ちゃんと退治つもりはあるのかな?)
間近で銀狼を見た僕は不安に駆られる。こんな連中にあの銀狼を倒せるのだろうか?
「あ、あの…銀狼については良いんですか?」
「ああ、そうだな、一応ちゃちゃっと頼むぜ。なにせ俺たちは忙しいんだからな」
僕はあの日見た銀狼についてや、群れについて話す。
銀狼に遭ったくだりで町長さんが思わずといった感じで口を挟んだ。
「葵君、銀狼にまで遭っておったのか…無茶はするなとあれほど言うたのに」
「すみません、町長さん…」
町長さんの心配してくれる気持ちが嬉しく、心配させて申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
そして、ハンター達は僕の話をつまらなそうに聞いていたかと思うと、話が終わるなり出発しようとした。
「うんうん、分かった分かった。よし、それじゃ行くか」
「あっ、あのっ、大丈夫なんですか?」
そう言った僕に嘲りの笑いを見せて彼らは森へ入っていった。
◆◆◆◆◆
葵の家を出たハンター3人はまるで危機感なく森を進んでいった。
「リーダー、なんでこんな依頼受けたんだよ?」
「本当だぜ…つまんねえ狼退治って…割が合わねえよ!」
痩せた男と軽薄そうな男は不満げな顔でリーダーを見た。
「そう言うな。町で女どもを見ただろ?結構粒ぞろいじゃねえか!」
「だけどよぉ!」
それでも文句を言おうとする二人にリーダーは目を剥いた。
「グチグチ言うんじゃねえ!そろそろ俺たちも依頼をこなさねえとギルドの偉いさんに目をつけられちまうんだよっ!」
「はあ…仕方ねえなあ…」
2人は納得はしたが、やはり不満げな表情で話し続ける。
「だけどよお、銀狼なんて本当に出んのか?伝説級だぜ?」
「俺たちじゃ束になってかかっても勝てるわけねえぞ!」
「大丈夫だ。ギルドからは確認して来いって言われてるだけだし、そもそも銀狼なんていやしねえよ。どうせ灰狼にビビって勘違いしただけだ」
「「あー、なるほど!」」
「じゃあさっさとやってあのアオイちゃん?としっぽりといこうかね?」
軽薄そうな男が笑う。
「お前、男だって聞いてなかったのかよ?見境なしだな、おい!」
痩せた男が驚いて男の顔を見る。
「はあー?お前こそあんな嘘信じちゃってるの?あんなの嘘に決まってるだろ!いいぜ、お前はヤんなよ?あの濡れた髪、色っぽいうなじ、ヒヒヒッ!たまらねえな!」
軽薄そうな顔をさらに歪ませてせせら笑う男にリーダーも頷いた。
「確かに…町長のジジイにあんなに大事にされてんだからな。もしかしたらどっかの令嬢かもしれねえな」
「あの顔ならどこの娼館でもナンバーワンになれるぜ。っつーか、あの上品な顔立ちなら貴族のお姫さんとでも張り合えるんじゃねえか?」
痩せた男もすぐに2人の会話にのってきた。
「ああ、確かに気品があって…あのお人形みたいな顔を汚すのは楽しそうだなあ。組み敷いてぶち込んでやったらどんな声で啼くのか…いけねえ、勃ってきちまったぜ」
「おいおい、アオイちゃんのケツは俺のもんだぜ」
「「「ぎゃはははは!!」」」
男たちが葵の痴態を想像して鼻の下を伸ばしながら森の奥に向かっていた時だった。
「ん?ちょっと待て!あれを見ろ!」
リーダーの指差す方を見た2人もそこに何がいるのが分かった。1頭の小さな狼が寝そべっている。3人が油断なく近づくと、どうやら子供の灰狼がトラバサミの罠にかかって身動きが取れなくなっていたのだ。
3人の顔に汚い笑みが浮かんだ。
◇◇◇◇◇
「オレの番だな?しっかり飛べよ!オラアッ!」
「キャイン!!」
痩せた男が子狼の腹を蹴り飛ばす。子狼は地面に落ちて口から血を吐いて痙攣していた。
「おっ!これ、今までで一番飛んだんじゃね?」
「いやいやいや、さっきのオレの方が遠かったろ?」
3人は子狼を蹴ってその飛距離を争って遊んでいたのだ。
「よし!次で決めるぜ!アオイちゃんのケツはオレがゼッテエもらうぜえ!」
だが、子狼は動かなくなっていた。
「ん?」
「あーあ、死んじまったか?」
「なんだよ、つまんねーな!」
軽薄な顔の男が動かなくなった子狼を蹴り飛ばすと道の先に一頭の灰狼がいた。
「いやがった!」
「楽勝だな!よしっ、お前ら、やるぞ!」
そう言って3人が走り出したが、自分達に気づいているはずの灰狼は全く動こうともしない。
「変だな?どうしたってんだ?」
「構わねえ、そのままぶっ殺すぞっ」
3人が灰狼に突っ込もうとした瞬間、横から2頭の大きな顎が突っ込んできた。
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