初めての特訓では色々やらかしてしまった。あんなにラルフを連れていくのを拒んだのに数日でこの体たらく、これからはもう少し考えて行動するようにしないと恥ずかしさに耐えられなくなりそうだ。
ともあれ、お腹が空いたので僕らは一階の食堂で夕食をとることにした。
「なにこれっ!すっごくおいしいっ!」
銀狼亭の主人の作る料理は田舎育ちの僕にとっては初めて食べる味だったけど、これが驚くほどおいしい。
「あらあら、そんなにがっつかなくても誰も取りやしないよ」
もりもり食べる僕におばちゃんがあきれた顔をする。
料理も美味しいと評判なだけあって、食堂は大盛況だった。あんまりにも勢いよく食べていたからだろうか、おばちゃんだけじゃなくて周りの人も僕らのテーブルを見ている。
「やっぱりアオイだったか!」
ふと、聞き覚えのある声がしたので見上げると、そこにいたのはアンナさん。
「むは、ふぁんふぁふぁん!」
「ほら、口の中のものを飲み込んでから話せよ」
アンナさんもあきれた様子で僕に水をくれた。
「んん、ゴクン、アンナさんもご飯ですか?」
アンナさんに話しかけられた途端、僕らに向けられる視線がさらに増えた気がした。
(やっぱりアンナさんはAランクのハンターだから有名なんだなぁ)
「相席いいかな?」
向かい合って座るラルフにひと声かけたアンナさんは、ほっぺたを膨らませてリスのようになっている僕を苦笑いで眺めた。
「ごめんなさい。おいしすぎて止まらないんです!」
「アオイちゃんは嬉しいこと言ってくれるわねぇ。アンナちゃんは何にする?」
おばちゃんがアンナさんのオーダーを取りに来た。
「えっと、そうだな。アオイと同じ棒棒ドリのタルタルソースかけにしようかな」
「はいよっ」
そう言ってから奥の厨房に「ボーボーひとつねー!」っと声をかけた。
なるほど、このおいしいお肉はボーボーと言うのか。今度また食べよう、と頭の中でメモをとりつつ、フルーツを絞ったジュースに口をつける。
「ところで、アオイ、あんた実は凄いんじゃないかっ!」
僕はハッ!と顔をあげた。
ジュースもおいしい!!
ベリーとミルクを混ぜたシンプルなものではあるものの、それだけに素材の味が生きている。
「こら!聞いてるのか?」
「ふぇ?」
アンナさんの目が鋭い。
(お、怒ってる!?なんで!?)
ドキドキしながらジュースをさらに一口。やっぱりおいしい。もう一口飲んでも怒られない、よね?
「ギルドの職員からちらっと聞いたんだが、Bランクの新人が来たって職員の中ではちょっとした騒ぎになってるらしいぞ」
と、言われましても何がすごいのかよく分からないし、ジュースはいつの間にかなくなっちゃったし、もう一杯飲みたい。
「あっ、そうなんですか?」
「そうなんですかじゃないよ、全く。驚いた新人だな。明日試験が行われるみたいだから今日は早めに寝とけよ。ほら私のジュースをやるから」
「はぁい!」
(やったー!!ん?試験?)
なんか気になる単語があった気もするけどジュースがおいしくて全部忘れた。
◆◆◆
「しかし…よろしいのですか?Bランク以上の力がありそうとはいえ、15、6の子供、それも女の子にやらせるのは危険だと思うのですが」
アーバインが眼鏡を持ち上げつつレオンに尋ねる。
「ふっ…大丈夫だ。俺の見立て通りならむしろ面白いことになるぞ、お前は…ああ、まだハンターになっていなかったから知らないかもしれんな。10年ほど前にミカドという名前のSランクハンターがいた」
「…知らないですね」
「だが、『鬼神』と言えば聞いたことくらいあるんじゃないか?」
「ええ、伝説のハンターですよね…まさかっ…?」
「ああ、そのまさかだ。俺がAランクになった頃、本当に一時だったが、数々の伝説を作っていた男の名前がミカド・マサノブ、登録はサムライだった」
「では…あの子が『鬼神』の血縁か何かだと?」
「そういうことだ。明日は俺も出張る。……なあ、面白いものが見れそうだろ?」
◆◆◆
翌朝。
僕はギルドに行くために服を着替えようと服を並べてみてため息をついた。
「葵、どうしたんだ?」
ラルフは黒のワークパンツに白いシャツ、黒のジャケットに着替えていた。
サラサラの長い銀髪を後ろで一つに括っているんだけど、これなら女の子の視線を集めるのも納得だ。というか、ますます注目されるんじゃないかな。
「見てよこれ」
マーガレットさんの選んでくれた服はスカートばっかり。長ズボンがないのは予想していたけど、ショートパンツも昨日の以外には一着しかないのだ。
「葵なら何を着ても似合うぞ」
そういう問題ではない。僕はつい最近まで男だったんだから、こんなヒラヒラの短いスカートなんて色々心もとなくて落ち着かないんだ。
とはいえ昨日と同じ服というわけにはいかないので、マーガレットさんが一緒に入れてくれていたコーディネイトのメモに従って服を着ていく。
(こういうところはマメなのに…お客さんの服の好みも聞いて欲しい…)
とりあえずスカートはまだハードルが高いので、黒のショートパンツにすることにした。
マーガレットメモによると薄手のニット生地で編まれたカットソーを合わせるようにとのことだ。色は深い赤で細身のノースリーブのカットソーは首もとが詰まっているので露出は低めだったけど、着てみると体の線がはっきり出てしまうことに気がついた。
だけど、他の組み合わせよりはましかなぁ。それに黒のニーソをはいたら太腿も隠せるしね。
「ラルフ、準備できたよ!行こう!」
外はカンカン照りだったからパーカーは着ないで僕らは意気揚々とギルドに向かった。
今日が僕のハンター生活一日目、頑張ろう!そう思ってギルドの扉を潜ったんだけど…。
(朝はこんなに混むんだ…)
中は昨日とは比べ物にならないほどの人の山で僕らは入り口付近でたたずんでいた。
(前が全然見えない…)
すぐにハンターになれるのかと思っていたけど、まさかこんなにたくさんの人が僕と同じように呼ばれているとは思いもよらなかった。
(ハンターになりたい人ってこんなにいるのか…)
「おはよう、アオイ、ラルフ」
入り口付近でキョロキョロしていると、アンナさんが人ごみを縫って声をかけてくれた。
「おはようございます。朝はすごい混むんですね!」
ラルフもアンナさんに向かって頷いている。でも、僕らの存在に気がついた周囲が潮を引くように静かになった。
(また注目されてる…)
はぁ、とため息をついていると昨日会ったアーバインさんと受付のお姉さん、それに赤毛のワイルドな男の人がカウンターの前に立った。
「アオイ・ミカド様、ラルフ・シルバー様、前にお進みください!」
(うぇっ?名指しで呼ばれちゃった!)
三人の登場でギルド内は静まり返っていたので受付のお姉さんの声が響く。
(やっぱりこの声…あの時の女の人だ。ということは赤い髪の人がレオンさんなのかな?)
人垣が崩れるようにしてカウンターまで道ができたので、僕らは一番前列まで歩いて行った。
近くで見ると、受付のお姉さんは昨日あんなに乱れていたのが夢だったんじゃないかと思うほど、きっちりとした服装と態度で二人の後ろに控えている。
「おはようございます、アオイさん。昨日の手紙の検証が終わりました。アオイさんの単独での18匹の灰狼、黒狼を討伐が確認できました。また、こちらは非公認ですが、銀狼を退けた力はBランク以上に相当します」
アーバインさんの言葉に周りからは「おぉー!!!」と野太い声が上がる。続いて「銀狼?伝説じゃねえか!」「Aランクの間違いじゃないのか?」「あんな嬢ちゃんが!?」などと口々に声をあげた。
アーバインさんは騒然となったギルド内が落ち着くのを待って話を続ける。
「ただし、Bランク以上になると様々な特権が付与されるため、そのままルーキーに与えると他のギルドメンバーに悪い印象を与えてしまう可能性があります」
アーバインさんがそう言った直後、「そうだそうだっ!」「その経歴は嘘かもしれんぞっ!」「こんなに可愛いのに!!」などヤジが飛ぶ。一部変なのが混じっていたけど。
それから再びアーバインさんが言葉を続けようとしたのを、隣にいた男の人が遮った。
「あー、俺はレオン、アオイにラルフだったか。挨拶が遅れたが、俺がここの支部長だ。俺としてはアオイくらい可愛い女の子ならBランクの一つや二つ、くれてやりたいところなんだが…そういうわけで試験をさせてもらうことにした」
(レオンさん、この人が昨日エッチしてた…)
目の前の二人を見ていると全然そんな風には見えないけど、僕は昨日のレオンさんと受付のお姉さんの密事を知っている。それもかなり詳しく。
顔が火照って二人の顔を見れない。
「おい、支部長!いきなり口説くな!」「イヤー!!アタシのアオイちゃんが野獣に妊娠させられるぅ!!」「支部長がアオイちゃんに話しかけるのを禁止しろ!!」
どうやら周りの人達は、僕がレオンさんの言葉に照れていると思ったみたいだ。なんだか受付のお姉さんの目が一瞬鋭くなった気がする。
「うるせえ!!てめえら!ぶちのめすぞ!」
レオンさんが叫んだ。
「いいか!!試験の内容を発表するから静かにしろ!!この街の北の山間部にある廃村がオークの群れに支配された!アオイ、ラルフの両名でこれを殲滅してきてもらう!!」
「おぉー!!!」再びどよめきが起こる。
「ちょっ!ちょっと待ってください!」
ところがその時、異を唱えるものが二人。
「ん?ウィリアムにアンナか?どうした?」
「その案件は僕のクランでパーティを組んで六人で討伐するはずでした!ラルゴの支部のCランクやBランクハンターでも失敗した案件なんですよ。ですので、彼女たちがいくらBランクの使い手だとしても二人での殲滅は危険だと思います」
ウィリアムさんの言葉に、うんうんと頷いているものも多い。
「そもそも、オーク相手に女の子を行かせるなんて良くないだろ!」
アンナさんの言葉には女性のハンター達が同意を示してギルドがざわつく。
『パンッ、パンッ』
手を叩く音に皆が前を向いた。
「二人の意見はもっともだ。だが、それは心配いらん。なぜなら我々もついていくからな。どうせならアンナ、お前も参加しろ!それでは話は終わりだ!オークは女を拐った。時間がねえのは分かるだろう?さあ、用のないやつは散った、散った!」
レオンさんの解散の言葉にどんどん人が出ていった。すれ違い様に、女性陣からは「気をつけてね」と心配そうな目で見られ、男性陣からは主に顔と胸と足を見られながら応援された。
(あれ?集まってたのってハンター希望者じゃなかったんだ…)
そして、残った僕らのところに先ほどのウィリアムさんとアンナさん、それに受付のお姉さんが次々にやって来て励ましの言葉をくれる。
「本当に気をつけてください。一応僕も後ろからついていきます。危なくなったら逃げてくださいね」
それから声を落として「僕はオークの上位種のオークキングか、それ以上の種がいると踏んでいる。くれぐれも注意して」とまず最初にウィリアムさんが教えてくれた。
次にアンナさんが声をかけてくれる。
「大変なことになったね。いいか?オークっていうのは女の体に種をつけて繁殖するんだ。特にアオイは無理するなよ!苗床にされるからな!」
最後に受付のお姉さんが深々と頭を下げてきた。
「昨日は名乗らず失礼しました。私は支部長付きの秘書のケイトです」
今日もカッチリとしたスーツに身を包んだ受付のお姉さんはケイトさんというらしい。しかも受付じゃなくて秘書だった。アンナさんとは違った意味でできる女って感じだ。
「こちらが依頼書と地図になります。私はたまに受付にも立ったりしますので、お会いすることも多いかと思います。でも…危なかったら逃げてくださいね。後ろには支部長と支部長代理がおられますので、絶対に安心ですから」
(ケイトさんって見た目は厳しそうなのに優しいんだな)
「いえ、せっかく試験をしていただけるので頑張ります。ありがとうございます」
そう言って今度はレオンさんのところに行った。
「歩いて4日程の距離だが、今回は時間が惜しい。だからこちらで最高の馬車を準備した。明日の朝には現地に到着予定だ。では急がせて悪いが準備が出来次第、北門に来てくれ」
「はい」
僕らはそのままギルドで水筒や携帯食料を買って、銀狼亭に一旦戻った。急いでパーカーを引っかけるとおばちゃんから応援とお弁当をもらって北門に向かう。
「おっ、来たな。これで全員集合か」
北門を出ると既にレオンさん、アーバインさん、アンナさん、ウィリアムさんが待っていた。
「アオイさん、改めましてウィリアムです。僕は主に治癒魔法を使いますので、役割り的には後方での支援をすることになります」
ウィリアムさんが自己紹介してくれて僕も慌てて頭を下げた。
「葵とラルフです。よろしくお願いします」
(治癒魔法使いかぁ。確かに穏和そうなウィリアムさんに合ってる気がするなぁ)
「来たぞっ」
和やかに挨拶をしていると、レオンさんの声がして、頭を上げると砂埃を上げながら馬車が一台現れた。
かなり大きな馬車で屋根つきのキャリッジだ。四頭の馬が引いている。
「全員乗ったらすぐに出るぞ!」
◇◇◇
馬車はなかなか快適だった。揺れは結構あるけど、椅子のクッションが衝撃を和らげてくれているのでお尻が痛くなったりはしなさそうだ。
馬車の中ではこれまでの経緯やオークについてアーバインさんから説明があった。
なるほど、ケルネにはオークが現れたことがなかったから知らなかったけどみんなが心配する理由が分かった。
そして途中、何回か馬を交換しながらほとんど休憩なしに馬車は走り続けた。予定通り明け方には現場近くに到着するとのことで僕らは仮眠をとることにした。
『ヒヒーン』
「んあっ?」
慣れない馬車で長い時間揺られて、自分でも気づかなかったけど疲れていたのかもしれない。いつの間にかぐっすり眠り込んでいた僕は激しい揺れで目を覚ました。
「てめえ!死にてぇのかっ!!」
外から御者さんの激しい怒号が聞こえて、僕と同じように目覚めたレオンさんが「何だ?」と、窓から外を確認する。カーテンの向こうはすでに明るくなっていた。
後ろの馬車も止まって、ぞろぞろと僕らは降りる。すると、僕と同い年くらいの少年が御者のおじさんが怒鳴りつけていた。
「あー、どうしたんだ?」
レオンさんが御者のおじさんに尋ねる。
「あっ!起こしてしまって申し訳ねぇ!いやね、いきなりこの坊主が馬車の前に飛び出してきたんでさぁ」
そう言って少年を指さす。すると、僕らの視線を受けて、いきなり男の子が地面に座り込んで頭を下げた。
「あんたたち、オークを退治しに来たハンターなんだろ?ロゴスから来たんだろ?俺はキースって言うんだ!頼むっ!俺も連れて行ってくれっ!」
「なぜそう思うんだ?」
アーバインさんの眼鏡が光る。
「俺はオークに村が襲われてからずっとあいつらを見張ってたんだ!」
(オークに襲われた村の生き残りってこと…?)
それから急遽、レオンさんとアーバインさん、それにアンナさん、ウィリアムさんが集まって相談を始めた。
そして、その結果、少年を放置して勝手な行動をされては困るので連れていくことになった。
「勝手な行動をとらないこと、それが守れないようであれば捨てていくからな」
「ああ!邪魔はしない!みんなを助けたいんだ!」
少年はレオンさんに大きく頷く。
また、地図で現在地を確認した結果、馬車が襲われる可能性を考慮して、馬車にはここで待っていてもらうことになった。
明け方に歩き始めたんだけど、村が目視できるようになるころには、少し暑くなっていた。
「アオイ、ラルフ、準備しろ!」
レオンさんが声をかける。
「はい…それにしても暑いなぁ」
僕はパーカーを脱いで水を飲む。
ラルフも準備はいいみたいで、さぁ行きますか、と思ったときに横槍が入った。
「おい!まさか二人だけで行くのかっ?」
例の少年だった。
「そうだ」
レオンさんが言うと、少年が胡散臭そうに僕らを見る。
「あんたらが来る前、もっと強そうな奴らが10人くらいで全滅したんだぜっ、なんでみんなで行かないんだよっ?」
「俺たちは後ろからついて行くさ。アオイ、ラルフ、俺たちが後ろからついて行って囚われた女や隠れた奴は殺すからお前らはどんどん行っていい。ボスを倒して来い!」
「はい」「ああ」
「おい!俺の話を聞けよ!!」
少年が大きな声を出した。
「おい、坊主、素人は黙ってろ、お前の声でオークどもに俺たちのことがバレちまうだろうがっ!」
レオンさんの厳しい声がとぶが、それでも少年は何か言いたそうな顔で僕らを睨みつけていた。
「では、行ってきます!」
そう言って僕らは村への入口の木の柵に向かった。
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