プレゼントを着てみたけど

翌日、僕とラルフは家を出てギルドに向かった。
ヴァンパイアの件の書類の提出や聞き取りなんかがあったためだ。

ジルは家で留守番をしてる。と言っても自分の部屋に籠りっきりで今日は顔を合わせてもいないけど。

ちなみに家に戻ったときには一番大きい部屋に研究の装置が入っていた。まあ、もともと部屋は余ってたから問題はないけどね。

『カランカラーン』

僕らがギルドの建物に入るといきなり拍手が鳴り響く。

「???」

「えー、この度は我らのクランメンバー並びに、恥ずかしながら私とウィリアムまで生きたまま救助してくれた葵、ラルフに感謝の意を捧げたいと思う」

アンナさんの音頭にさらに激しい拍手が僕らに送られた。

この人数はどうやらアンナさん、ウィリアムさんのクランメンバーも相当数参加している。

「葵、ラルフっ、こっちへ」

そう言って、皆の前に立たされると、助けた12人がいっせいに頭を下げた。

「二人のおかげで助かったんだ。僕らで出来ることがあったら何でも言って欲しい」

ウィリアムさんの言葉とともに、大きな紙袋を胸に抱いた女の子が前に進み出てきた。緊張からか俯いたままで顔はハッキリと見えない。
隣のラルフの前にもブロンズタグの女の子が立っている。こちらはこちらでラルフの前だからか緊張しているのがはっきり分かるくらいガチガチになっていた。

女の子が何か呟くように言って紙袋を差し出した。

「ありがとう。大事にするよっ!……?」

受け取ろうとしてるんだけど、女の子のほうが手を離さないので不思議に思って顔を覗き込もうとすると、パッと顔をあげた。

「あっ!あの!あの時!私意識がなかったので!」

「?」

急に大きな声を出すもんだからびっくりしてしまった。でもって女の子は早口で続ける。

「私、葵さんのお姫様姿が見られなかったんですぅ!」

ラルフの方は受け取りも済んで、みんなが拍手をしようと僕らを見ていたので、その声はギルド内にこだました。

(うわあ…)

関係ない観客の中からも、「姫?姫ってなんだ?」と聞こえる。

せっかくバレないように口止めしてたのに、きっとこれで噂が広まるのだろう。

「あっ、あのっ、これ、私が作ったんで着てください!そっ、それと、お姫様姿もぜひ見たいです!そっ、それとっ、そのっ、ラルフさんと葵さんを主人公にした漫画を私……」

と、その時、鼻息荒く僕に近づいてきた女の子の頭にベシッとチョップが突き刺さって、女の子が頭を抱えた。

「葵さん、すみません。この子ちょっと変わってて……」

ラルフにプレゼントを渡していた女の子によってズルズルと引きずられていき、改めて僕らは拍手とともにお礼を受けたのだった。

そして、その騒ぎが去った後、僕らはケイトさんに呼ばれて支部長室に案内された。

ケイトさんがドアをノックする。

「お連れしました」

ドアの向こうから「おうっ、入れ」という声がする。

(なんだこれ?)

そこにはウィリアムさん、アンナさんを除くAランク、Bランクの人が集まっていた。

「二人とも待ってたぞ」

そして、アンナさん、ウィリアムさんの二人が遅れて入ってきたところでレオンさんが本題に入った。

「アオイ、ラルフ、今回の討伐の報酬だが、まずはお前らのランクをAに格上げすることになった」

『パチパチパチ』

拍手が起こる。

「Bランクから上の昇級には同じBランクやそれより上のランクメンバーの同意も必要となるのだが、今回はなんと全会一致で昇級だ。おめでとう!」

再び拍手。

「えっ、あっ、はい。ありがとうございます」

「Aランクともなると下手な貴族よりも身分が高いからな」

「はあ…」

僕の反応にレオンさんは苦笑いをした。

「うん、まあ、おいおい分かるだろ、では次にその他の報酬だ」

ここからはアーバインさんがするらしい。

「まず、ギルドからの特別報奨金として2000万イェン、さらにこのヴァンパイアには王国から懸賞金がかけられていたため討伐成功報酬で5,000万イェン、合計7000万イェンとなります」

「おおっ、そうだっ!」

レオンさんが横から大きな声を出した。

「なにか他にも希望があれば遠慮なく言ってくれ。うちのギルドの大事な仲間を救ってくれたんだからな。ギルドから出る報奨金は安いが、その代わりだいたいの希望は通すぞ」

(えっと…希望、…欲しいものかぁ…)

「今すぐでなくても、何か思いついてからでいいですよ」

悩んでいた僕がアーバインさんの言葉に頷くと、レオンさんが今度はラルフの方を向いて尋ねる。

「あと、報酬はいつも通り一括でアオイの口座に振り込んでいいか?」

「ああ、それでいい」

ラルフが短く答えて解散となった。

「よし、話はここまでだ、アオイ、ラルフ、しばらくはゆっくり休め」

◆◆◆◆◆

「何これ?」

紙袋から服を取り出すと僕は頭をひねる。

ことの始まりは、僕らがギルドメンバー救助の報酬を貰ってから数日後のこと。その日は今年最後のAランク、Bランクの会議がギルドで行われることになっていた。

ロゴスの支部は一つ一つのクランが大人数だ。特にアンナさんやウィリアムさんのクランは人数が多いこともあって、この会議には依頼をある程度事前に振り分ける目的がある。

それに、ギルド本部からA、Bランクへの依頼があったり、名指しの依頼などもここで情報を共有することで、結束をはかる意味も有るらしい。

通常は月の終わりにあるんだけど、今回は年の暮れが近いということもあり、ちょっと早くに行われることになっていた。

今年最後だからとギルド員たちもできる限り集まる(その後忘年会をするとか)と聞いたので、僕はこの機会にジルをギルドメンバーにしようと考えた。

「あっ、せっかくだし、こないだお礼にもらった服を着ていこうかな」

僕はこの間救助のお礼に渡されたプレゼントを着ていくことにした。

袋を覗いただけだったけど、服みたいだったし、一度は着ないと失礼だもんね。

そう思って取り出してみたのが現在の状況。

白いブラウスと黒の膝上丈のワンピース?それにレースで縁取りされた明らかにエプロンにしか見えないものと白いニーソックス、さらにカチューシャが入っていた。

(これは誰の着る服なんだろう??)

そう思いながらもとりあえず着てみた。

リビングにはジルとラルフも服を着替えて、コーヒーを飲んでいた。ジルはスーツにカーディガン。ラルフはシャツにジャケットだった。

「ねえ、これなんだけど、どう思う?」

僕の質問にラルフはいつもどおり、「よく似合うぞ」と言ってくれたけど、ジルは笑いをかみ殺している。

「ねぇ、ジルはどう思う?」

「ふっ、イイんじゃないか?」

「変じゃない?笑ってるし…」

「いや…くくっ、似合いすぎて笑ってしまっただけだ。葵は本当に面白いな!」

(なんだろ?まぁいいか…)

「そういえば、ラルフは救助のお礼に何もらったの?」

「ああ、俺はこのジャケットだった」

「そうなんだ(ラルフのは普通にオシャレな服なのに)…じゃあ行こう」

家を出ると、僕らを見る人たちの目がいつもより更におかしい気がする。
どうおかしいかっていうと、生暖かい目っていうか。一部の男の人や女の人は目が血走っていたのがちょっと怖い。

『ガチャ』

ギルドの扉を開くと入った受付は既にわいわいと人の熱気で暑い。

僕にこの服をくれた女の子を偶然見つけた。

「二人とも、ちょっと待ってて、挨拶してくるから」

僕はそう言って女の子のもとに向かった。

「こんにちは、服ありがとう」

友達と話していた女の子がこちらを向いてマジマジと僕の全身を見た後「はうっ」と鼻血を出して後ろ向きに倒れる。

「ええっ、ちょっとっ、大丈夫っ?」

慌てて前かがみになって起き上がるのを助けようとすると僕の後ろがざわめいた。振り返ると男の目が僕のお尻に集中している。

(わわっ)

慌ててスカートの後ろを手で押さえた。

「いえ、大丈夫です…予想をはるかに超えた萌えに…死にかけていただけなんで…」

(モエ??)

「いえいえ~、大丈夫ですっ、すみません、この子興奮しちゃって」

友達らしき女の子に手を貸してもらって女の子が立ち上がった。

「……リアルでこんなの見れるなんて…」

完全に違う世界にイッちゃってるみたいで、彼女の友達も気にしてないみたいだし、まぁ、いっか、と振り返った僕の前に今度は長蛇の列が出来ていた。

「アオイさん、握手をお願いします」

「ぜひ、ハグさせてください」

「結婚してくださいっ、一生大切にしますっ」

意味がわからないけど、握手をする羽目になった。ハグと結婚は断ったけど。

遠目に見えるラルフは憮然とした表情で、ジルはお腹を抱えて笑っていた。

「ラルフっ、会議が始まるぞ。アオイはどこだ?」

僕が順番に握手をしているとアンナさんが呼びに来てくれたみたいだ。

「コラッ、お前ら、何してるんだ、ぁ?」

僕の姿を見たアンナさんが一瞬止まって、次の瞬間には僕はアンナさんの腕の中にいた。

(アンナさんの動きが見えなかった…)

抱きしめられたまま体をナデナデされる。

「はあ、はあ、素晴らしい…」

「あの?アンナさん?」

「ハッ」

しばらくしてようやく元に戻ったアンナさんが離れる。周りの男たちから注目を浴びていたことにアンナさんが真っ赤になった。

「お前ら、散れっ、散れっ、さあ、アオイ、行くぞっ」

そう言って僕らを連れて支部長の部屋に向かった。

◇◇◇◇◇

「やっと来ましたか…ん?」

不機嫌そうなアーバインさんが固まった。

「あ…葵さん…」

アーバインさんが後ろを向く。

(やっぱり変な格好なんだ…)

そう思ってがっかりしていると、レオンさんが大笑いしながら僕の服を指差した。

「アオイっ、お前、メイド服着て、どういうプレイしてんだっ、がははははっ、おっ、アーバイン、お前何をニヤついてんだ?ははーん、お前、こういうの好きだったんだなっ」

(メイド服…ってメイドさんが着る服だよね。なんでプレゼントがこれなんだろ…)

「よーし、アオイ、ちょっとこっち来い」

そう言われてレオンさんのところに行くと耳元で囁かれる。

「いいか?言えるな?」

「は、はぁ…?」

僕はアーバインさんの前に行く。アーバインさんも背が高いから僕が見上げるような形になった。

アーバインさんはチラチラと僕を見るけど、決して目を合わせようとしない。

「ご主人様…葵を可愛がってくださいませ」

そう言うとカッと顔が赤くなったアーバインさんが走ってドアから出ていってしまった。

レオンさんが我慢できないというように大笑いする。周りの人は苦笑い。

「えっと…これでいいんですか?」

「はははっ、良いぞ、アオイ」

しばらくしてアーバインさんが帰ってくる。

アーバインさんがゲフンッゲフンッと咳をして僕を見ないようにしてレオンさんの机の脇に立った。

「さあ、今年最後の会議を始めるぞ…まずは…っとその前に、アオイ、後ろの彼は?」

「えっと…お願いがあって…」

「んー、まあいいか。じゃあ、アオイのお願いは最後な」

会議はレオンさんの性格からか、どんどん進み、1時間経つ頃には全て終わった。

アンナさんはジーッと僕の方を食い入るように見つめているし、アーバインさんを含め、男の人の半数くらいが僕をチラチラと見るのでちょっと気まずかったけど。

「で、アオイ、後ろに連れているのは?」

「あっ、はい。レオンさんがこの間、何でも言っていいと言ってくれたんで、僕の仲間をギルドメンバーにしたいと思いまして」

「ああ…うーん」

レオンさんのことだから即決してもらえるかと思ったら、なんだか渋い返事。

(あれ?ダメだったかな?)

「お前が連れて来るってことは、Bランク以上ってことだろ?」

「はい…パーティを組みたいんで」

「うーむ…さすがにBランク以上だとなぁ…他のハンターの手前なあ…」

簡単に通ると思い込んでいたけど、考えてもみたらBランクって凄いんだもんね。
簡単にBランクになっちゃったら不満をもつ人も多いだろうし。

(ん?)

諦めようか、と思ってたら、レオンさんの目がなにかをアピールしてることに気がついた。僕と目を合わせると不自然に横に視線を向ける。それも何度も。

(んー……何が言いたいのか分かんないよ!)

「うーん…あのな、こういう決定は支部長だけじゃなくて支部長代理の了解も得ないといけないからなあ…」

(あっ!)

やっと分かった。レオンさんが渋っていたのはどうやら規律に厳しいアーバインさんが原因なんだ。

(ということは…)

僕はアーバインさんを見つめる。

「うっ!」

アーバインさんの目が泳ぎ始めた。

「ダメですか?」(ジー)

「ううっ!」

アーバインさんが顔ごと僕から目を背ける。

「ゴホンゴホン」

横目で見れば、レオンさんが両手を祈るように握っている。

「お願いします」(ジー)

僕も胸の前で両手を合わせて握る。

「うっ、で…では、Cランクにして、葵さんと同じ依頼を受けることができるということにすればどうでしょう?」

「おおっ、その手があったかっ、よし、では、彼は…」

「ジル・ヴラドです。魔術師です」

僕が紹介する。

「うむ。ジルをギルドメンバーにして、Cランクハンターとする。だが、基本的には葵、ラルフと同じ待遇でどうだ?」

「ありがとうございます」

うまくいって良かった、と胸をなでおろしかけた時、

「あっ、あのぉ…」

そう言って手が挙がる。

「なんだ?マリー」

おずおずと手を挙げたのはストレートの茶色い髪の女の子だった。長いスカートとセーターを着て眼鏡をかけている。

普段の会議では全く話さない彼女はもう一人の女の子と共同運営で魔術師パーティを組んでいる。

「あっ…あのっ…えっと…」

レオンさんの声にビクッと震えて、なかなか言い出せない。

「どうしたんですか?」

アーバインさんが優しく訊く。パッとこちらを見上げた彼女の顔は眼鏡の奥の大きな目と、小さな唇の小動物のような可愛らしい顔だった。

「ぁの…そのぉ…」

なかなか言い出さないマリーさんに焦れたレオンさんが「早く言え」と突っ込む。

「ジ、ジルさんを試してみたいんですっ!」

その場にいた全員の頭の上に?が浮いた。

「えっと…その」

真っ赤になって俯くマリーさんに代わってそこからもう一人の少女が言葉を継ぐ。
赤いくせ毛をポニーテールにしたこちらはミニスカートとセーターを着た少女。こちらも切れ長の目の美少女だった。

「マリーはね、そこの金髪の力を疑ってるわけじゃないのよっ!試してみて力が足りないならウチらが面倒みてあげるからっ!!あっ、魔術師ならそれなりの力を持っていてもらわないと、ウチらまで実力がないと思われちゃうからよっ!それだけなんだからねっ!」

(なるほど、魔術師自体が舐められたら困るってことかぁ)

僕がうんうんと頷いているけど、なんだか場が妙な雰囲気になっている。生暖かいというか…。

「ありがとうございます。マリーさん、それにジェシカさんですね。同じ魔術師同士助けて頂ければ嬉しいです」

皆の注目が集まったジルが笑顔で言うと、マリーは「ほぉ」っと顔を赤らめて再び下を向いてしまう。ジェシカは「そんな、助けるとかじゃないんだからね!」と言った。

『パンッ、パンッ』

レオンさんの手を叩く音で皆が前を見る。

「今年最後のイベントかっ!面白そうだな。よしっ、じゃあ、今から力を試そうぜ。そうだな…もし、二人に勝ったらBランクでどうだ?」

レオンさんが楽しそうに言った。

「いいんですか?」

アーバインさんが止めるけど、結局「家はどうせ葵の家だから金もかからんし、本部は何も言わんよ、それに二人に勝つ力があればBランクどころかAでも良いくらいだろ?」というレオンさんのゴリ押しに負ける形になった。