ロゴスを出て二日目の午後、僕らは合流地点から数キロ手前で馬車を降りた。
荷物を下ろすと思い思いに伸びをしたりストレッチをして体をほぐす。
「さあ、ここからは歩きだ。1キロほど歩いたら本部組との合流地点だ」
そう言ってレオンさんが馬車の屋根に縛りつけていた白い布を降ろす。
「あれ?レオンさんって武器を使わないんじゃ?」
「ああ、お前らは知らないんだったな。もともと俺の武器はこれなんだが、これを振り回すと周りの仲間まで傷つけちまうんで、パーティで戦う時は使わねぇようにしてるのさ」
白い布を外すと無骨な鞘に収まった巨大な剣が現れた。
(…僕の体くらいあるけど…こんなの使えるの?)
「だが流石に今回は…な」
そう言って両手で持った剣を軽く振る。
僕の顔を剣圧が襲った。
(すごい!)
(「ほお、これはなかなかよのぉ」)
村正も感嘆の声を漏らした。
レオンさんはというと、じっと剣を見つめていた。
◇◇◇◇◇
空は晴れて小春日和のせいで、皆、早々にコートを脱いで歩く。
僕もコートと帽子を脱いで、暑かったので髪を一つにくくってポニーテールにした。
「「はぁ、はぁ」」
マリーとジェシカは普段体を動かさないからか、既に息が上がっている。
「マリー、ジェシカ、大丈夫?もう少しだから頑張って!」
僕は少し遅れ気味の二人の横に付く。
「ええ、ありがとう。アタシは大丈夫なんだけど」
ジェシカが横を歩くマリーを気遣わしげに見た。
「ありがとう。大丈夫、私、頑張るから」
マリーもそう言ってチラッとレオンさんの方に顔を向ける。
普段は飄々としたレオンさんだけど、馬車を降りてから少し雰囲気が変わった。マリーとジェシカもそれに気づいているのだろう。
強行軍に‼️文句も言わず必死でついてくる。
「おい、もうすぐそこだ」
レオンさんが遅れがちな僕らのところに来て教えてくれた。
大きく道が曲がっていて、曲がった先のちょっとした広場に20人ほどの人影が見えた。
「おう、レオンっ、早かったな」
そういうのはフルプレートに槍と斧の合体したような武器、ハルバードだっけ?を持った騎士のような人だった。
「ああ、オヤジも来たのか」
僕らはアトラス組の人たちを紹介してもらう。
「まず、このオヤジがロレンツォって言って、Sクラスハンターで、ギルドの現在代表様だ」
(偉い人なんだ)
「んなこと言っておだてても何にも出ねぇぞ。まぁ、儂は厄介者のじじいだからここにとばされたってわけだ。ヨロシク頼むぜ!」
「そんな歳でもないだろうよ。お前ら、このオヤジはこれでもラウル将軍とパーティを組んでた伝説級のハンターなんだぜ」
さらに、他の人たちの紹介に移る。
ローブを着た銀髪を長く伸ばした魔術師の男ヘルマン、年齢がよくわからないけど妖艶な雰囲気を漂わせる魔術師の女性カミラ。
二人は魔術師としてかなり有名らしく、ジェシカとマリーの目が一瞬で生き返った。
また、ごつい斧を持った筋肉ムキムキのおじさんのダールマン。
もう一人は今斥候に出ているからいないけど、狩人のヨアヒム。
それ以外にもいっぱいいるけど、みんな魔術師だった。
「おいおい、アトラス組はサポートばっかりじゃねえか」
レオンさんが突っ込む。
「そりゃそうだろ。こういうのは未来のある若い奴らより、儂みたいなロートルのがいいんだよ。…ってお前んとこは皆えらい若いな」
「こいつらはうちの奥の手だ。うちに入って1年でAランクに入った逸材だぜ」
「おおっ、儂らが取り逃がしたヴァンパイアをやったっていう若手かっ。よろしくなっ。…だが、レオンよ、ウィリアム、アンナ、アーヴァインは連れてこなかったんだな」
「ああ、あいつらはラウル将軍と面識があるからな。私情は戦いではいらん」
「よく言うぜ、お前こそ私情挟むなよ」
「オヤジこそな」
それからレオンさんからロゴス組が改めて紹介された後、実戦部隊とサポート組に分かれて作戦会議が行われることとなった。
ダールマンさんとヨアヒムさんは戦闘中はサポート組の護衛に入るらしいので、そっちに入っている。
「いいか、儂らの仕事は相手の将を倒すことだ。それ以外は無視していい。魔術師組がサポートしてくれるが、どれだけ早く、見つからずに敵将までたどり着けるかが最優先だ。雑魚どもは王国軍と貴族の私兵が雑魚どもを殲滅する手はずになっている」
「ほう、よく貴族どもが私兵を使う許可を出したな」
「ああ、儂もどうも妙だと思ってな。探ってみたら、レヴァインって伯爵が自ら言い出して貴族たちが纏まったみたいだ」
「ふーん。自分達の子供の命のためなら私兵も出すってか」
レオンさんの皮肉っぽい感想はさておき、作戦に戻る。
「まあ、とにかく儂らは突っ込んでドンッ、で終わりだ。細けえことは決めねえ。ぶつかった奴が叩きのめす!作戦開始は一時間後だ!」
(「これが作戦!?」)
(「敵戦力が分からぬゆえに、どうしようもないのじゃが…これはまた豪気というか蛮勇と言うか…」)
「分かった。お前らも分かったか?アオイ、ラルフ、ジルは三人セットで行け。何度も言うがやばかったら逃げろ」
レオンさんは作戦については特に気にならないらしい。
「はい!」
◇◇◇◇◇
しかし斥候から帰ってきたヨアヒムさんの思わぬ情報により、作戦開始30分前になって僕らの作戦に不安が生じた。
「ラウル将軍がいたんだっ!!」
「何言ってやがる。そんなわけねぇだろ!」
ロレンツォさんが叱責する。
「いや、オヤジ、本当なんだってっ!相手の将のいるはずの天幕の外に立っていたんだよ!」
「そんな馬鹿なことがあるかっ!アイツは死んだんだぜ!」
「いや!見間違うはずがねえよ。何度も見直したんだ!」
言い争いが続く中、時間ばかりが過ぎていく。魔術隊はダールマンの護衛のもと、既に先行している。
「くそっ!もう時間になっちまった!行くしかねぇっ!ヨアヒムは魔術隊に合流しろっ!さあっ!始めるぜ!」
そう言って僕らは足音を消しつつ敵の真っ只中に侵入していった。
「ふぅ…ふぅ…」
静かに息を吐いて歩く。
平原と聞いていたけど、背の高い枯れ草が遮蔽物となって僕らを隠してくれたため、一気に敵将のいる天幕の裏に抜けることができた。
(なんだかイメージと違うな。こんな簡単に裏を取られるような敵将にラウル将軍は負けたのかな?)
(「ねぇ、村正、変じゃない?」)
(「うむ。どうもおかしいの」)
(「罠じゃなければいいけど」)
「うぉっ!確かにあれはラウルじゃねぇか、…ヨアヒムの言ったとおり…だが、どういうことだ?あいつは何をしてんだ?」
「オヤジ、どうすんだ?」
「どちらにせよラウルの奴も儂らが近づけば気づくだろうよ、とにかくラウルと合流してから考えるしかないな」
「よし、魔術師たちに合図だ!」
ロレンツォさんが後ろを振り向いて魔術師に手を振る。向こうには目のいいヨアヒムさんがいるからしっかり見えているはずだ。
『ドグォーン!!!』
合図から数秒後、何の前触れもなく激しい爆発音と地鳴りが響く。
僕らが狙っている天幕とは逆の方で激しい炎が立ち昇った。
魔物たちが動揺して、天幕近くにいた一団が走っていくのが見えた。さらに爆発音が続く。しばらくすると天幕近くにいた魔物が全ていなくなった。
「今だっ!」
一番前をロレンツォさん、その後ろをレオンさん、そして僕ら3人が続く。
天幕までの距離は50メートルほど、10秒もかからず天幕の裏に着く、そして、その前にラウル将軍が立っていた。
「ラウルっ!無事だっ…ぬおっ!」
言いかけたロレンツォさんの動きが止まる。
(何があったの?)
ラウル将軍の持つ剣に血がついている。
(まさか…)
ロレンツォさんが膝をつく。続いてラウル将軍の剣がロレンツォさんに降り下ろされた。
『ギンッ!』
間一髪、レオンさんの剣がラウル将軍の剣筋を止めた。
「ロレンツォさんっ!」
「アオイっ!ここはいいっ!お前は敵将に向かえっ!」
僕が駆け寄ろうとするのをレオンさんが止める。
「オヤジは鎧の隙間を切られただけだっ!傷は深くないっ!」
ロレンツォさんをちらっと見ると荒い息をしているが確かに命に別状はなさそうだった。
「ラルフっ!ジルっ!行くよっ!」
そう言って走る。
天幕を十字に切って僕は飛び込んだ。
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