体操着

二日目、寮の食堂で朝食を食べる。

「おはよう、アリス。よく眠れた?」

食堂に入った僕に、まず声をかけてくれたのはエルザだ。隣にはモニカさんもいる。

「おはよう。うん。凄くベッドがふかふかで、気持ちよかったぁ!ねぇ、昨日も思ったけど、ここのご飯って美味しいよね!」

「当たり前よ、だって、ここの料理人になるのは、王都で一番になるのと同じくらい難しいのよ」

「へぇ」

二人が朝食を取りに行く間に、サラとブリジットさん、ジョシュが来た。

「おはよう」

僕が挨拶すると、サラからは元気よく、ジョシュは目をそらせて挨拶が返ってくる。

「…はよ」

ブリジットさんは呟くと椅子に倒れこむように座った。

(ブリジットさん?らしくないな。何かあったのかな?)

昨日の礼儀正しい振る舞いとのギャップに何かあったのかと身構えると、サラが手を振った。

「ブリジットの事は気にしないで、元々朝は調子が悪いのよ。ま、最近は特にひどいけどねっ!」

(あぁ、朝が弱い人なんだ…)

机に突っ伏したブリジットさんを残して二人が朝食を取りに行った。

みんなが帰ってきて、ブリジットさんもサラの取ってきたコーヒーで少し回復したようだ。

「ね!今日は戦闘術の授業よ、アリスは体操着持ってる?」

サラは嬉しそうだけど、戦闘術という単語が出たとたんブリジットさんの顔色がまた悪くなった気がする。

「あっ、うん。寮の部屋に用意されてた。だけど、戦闘術?」

(僕なんかは馴染みのある科目だけど、貴族の女の子も戦ったりするのかな?)

不思議に思ったのが顔に出たのかエルザが説明してくれた。

「ああ、戦闘って言っても私達は、騎士クラスや魔術クラスじゃないから護身術程度なのよ」

エルザと話していると、サラがジョシュをからかい始めた。

「ジョシュはアリスの体操着姿見れるから嬉しいんでしょ~」

「なっ!そんなこと…」

二人がギャアギャア騒いでいる横でクローゼットに入っていた体操着を思い出す。

(たしか、白のポロシャツに、短めの黒いショートパンツだったよね)

「ねぇ、サラ?男子もショートパンツなの?」

「ぶふうぅっ!」

なんとなく聞いてみたら、サラが吹き出した。

「アリスっ、やめてよっ、ジョシュがショートパンツ履いてる姿を想像しちゃったじゃないっ!」

「なっ、俺だってあんなの履きたくねぇよっ!」

(仲がいいなあ)

サラとジョシュが言い合っているのを不思議に思って見ているとモニカさんと目があった。

「男子は膝までのハーフパンツですよ」

微笑んで教えてくれる。

「でもさ、アリス、ディックのやつには気を付けなさいよ!アイツ、授業中チラチラ女子の脚を見てくるのよ!」

ジョシュが友達に誘われていなくなると、サラが急に真面目な顔をして言った。

「そんなことないですよ。ラッセル先生をディックだなんて。もう、サラったら!」

コーヒーを飲んで少し復活したブリジットさんがフォローする。

「ブリジットはそのへん鈍いから気が付いてないだけよ、ねっ、エルザもそう思うでしょ?」

エルザもちょっと考えて、苦笑いをした。

「ええ、時々そういう目をしていることもあるけど、男の人は仕方ないんじゃない?」

「ねっ?」といたずらっぽい目つきで僕に向いて言うもんだからバレるんじゃないかとヒヤヒヤした。

「うーん、そうかなぁ?」

サラはエルザの視線に気づかずに首をひねっていた。

◇◇◇◇◇

午前の授業が終わった。

二日目になってクラスはさすがに落ち着くと思ったけど、今度は他のクラスの生徒が教室に入ってくるようになった。

休み時間になるたびに教室がパンクするほど生徒が集まってくるので、すぐに教師たちが、他のクラスの生徒は僕らの教室に入ってはいけないというルールを作るハメになった。その結果、僕らの教室の廊下が他のクラスの生徒でいっぱいになるという事態に。

(誰にも相手にしてもらえないのは寂しいけど、なにもこんなに来なくても…)

「アリスっ!すごい人気になったね!」

昼休みになったけど外に出にくいので僕は教室で昼ご飯だ。サラが僕に付き合ってサンドウィッチを食べながら隣から顔を寄せてきた。

「うん。嫌われるよりは嬉しいんだけど、これはさすがにちょっと…」

「まぁ、顔がいいってのも良い事ばかりではないってことね」

サラがニヤッと笑った。

(サラだって十分可愛いと思うけどなぁ)

「あっ、次は格闘術だよっ。そろそろ更衣室に行こっ!」

「うんっ」

時計を見れば昼休みも半分位終わっていた。

サラと一緒に廊下に出ると他のクラスの生徒の視線が突き刺さる。

(歩きにくいなぁ)

俯いて足早に更衣室に向かおうとしたら、一人の男の子が僕の前に立ちふさがった。

真剣な面持ちで僕を見つめてくる。

(えっ?なっ!何っ?)

「あっ、あの…俺…ジェームズって言います。読んでくださいっ!」

手紙が目の前に差し出された。

「…?…はい?」

手紙を受け取ると周りから拍手が起きる。僕はいたたまれなくて急いでその場を後にした。

「ねえ、アリス、受け取っちゃって良かったの?」

後ろから駆け足で追いついたサラが心配そうに僕に聞く。

「?」

「だって、それ、ラブレターでしょ?読んだら返事もしないといけないし…まっ、まさかっ!付き合うの?」

「らぶれたー?ラブレターっっっ!!??」

(しまったぁ!慌ててたから受け取っちゃったよぉ!)

「アリスくらい可愛かったらラブレターくらい何度ももらってるんでしょ?」

サラの目は好奇心で輝いていた。

「いやいやいや!!生まれてこのかた全然もらったことないよ」

「ふーん。でもその様子じゃ、付き合うとかなさそうね」

せっかくからかう材料が増えそうだったのに、と残念そうにサラが笑った。

そうこうしているうちに更衣室に着いた。予定外の事件が起きたせいで、半数ほどは既に着替えて外に出ている。僕らが入るときに入れ替わるように数人が出て行った結果、更衣室内は僕らと数人だけになった。

「さっ、早く着替えよう!」

サラはネクタイを外してブラウスのボタンも既に外している。今日は白い上品なブラジャーだった。

「ん?アリスは私の体に興味あるのかな?」

「えっ、あっ、ごめんっ!」

サラの声にビクッとして僕も慌ててブラウスを脱ぐと体操着のポロシャツを取り出す。

「でもさあ、ホントにアリスの肌って綺麗だよね」

すぐ後ろで声がしたかと思うといきなり指が背中をなぞった。

「ひゃんっ…ちょっとぉ、サラっ」

「雪みたいに真っ白だし、きめ細かいし…触って下さいって言ってるよね」

今度は脇腹を撫でられる。

「んっ、ダメだってぇ」

「反応もいいし、これ以上したらどうなっちゃうんだろう?」

サラの息が耳にかかる。

「やっ、あっ、だめっ、もう授業の時間になっちゃうからぁっ」

「いいじゃん、もうちょっとだけ…ね?」

そう言って手が胸に向かう。

「あっ、だめっ」

そう言って僕は何とかサラの手を逃れて離れる。目が潤んじゃってるのでサラの顔がよく見えない。

「チッ!惜しいっ!」

白いポロシャツを着て、スカートを手早く脱ぐと、急いで黒のショートパンツを履く。

「はぁ…もぉ…」

「ごめんねぇ、なんだかアリス見てたらイジメたくなっちゃってさ!」

サラも着替え終わっている。

「もうやめてよ」

「ん~、考えとくっ!」

ワシャワシャと手を動かしながらニタニタと何かを妄想しているようだ。

(これ絶対考えてないし…)

◇◇◇◇◇

授業開始前。

「例の娘、先生のクラスですよ」

教官室の自分の席に着くと、羨ましい、と言わんばかりの顔で同僚の中年教師がイヤらしい笑みを浮かべて話し掛けてきた。

「他の生徒と何も変わりゃしませんよ」

建前上答えたが、格闘術の教師として楽しみと言えば、女子の体操着姿を間近で見れることくらいだ。

35歳になったディック・ラッセルは、元々はハンターだった。20歳までにCランクに上がったディックは将来有望なハンターだったが、とある依頼で脚に大きな怪我をしてしまった。
リハビリで普通に暮らせるレベルまでは回復したが、それはハンターとして終わってしまったことを意味していた。

ハンターを引退する際、ギルドからは職員にならないか、と声をかけてくれたのだが、そんな気分にはなれず断った彼が酒浸りの日々になるまでそう時間はかからなかった。

そんなときにアヴニールでの仕事を斡旋してきたのはやはりハンターギルドだった。

(いい加減、先を考える時なのかもな…。金持ちのガキどものおままごとに付き合うってのも悪くないか)

最初はそう思って真面目に教えていたが、ハンター時代と違って生きるか死ぬかといった緊張感のない職場で、情熱は年々冷めていった。

(どうせお遊びなんだから、俺がおこぼれをもらったってバチは当たらんさ)

そう思うようになると、女子の体が気になり始めた。
女子用の体操着はポロシャツにショートパンツ。体の線がハッキリと出る上に、半袖の腋や太腿の隙間から下着が見えることなんてざらにある。

勉強一筋でやって来た平民の娘もそうだが、特に貴族のお嬢様は男の視線に無防備だから性が悪い。

実際、教官と言えども、長期休暇を除けば学院外に出ることは難しい。まだまだ若いディックなどは、教員用宿舎で生徒達をおかずに自分で処理していた。

「おっと、そろそろ授業ですね」

そう言って皆がぞろぞろと出ていく。

俺も最後に出た。

(今日は中庭か…)

手を額にかざす。日差しはもう夏のようだ。中庭が近づくにつれてガヤガヤと生徒の声が聞こえてきた。

『ジリリリリリリ』

ちょうど俺が中庭に着いた時にベルが鳴った。

「おいっ!始めるぞっ!全員集合っ!!」

そう言うと生徒達が周りに集まってくる。

その中に見たことのない顔があった。
黒髪をポニーテールにした少し童顔だが人形のような整った容姿としっかり発育した体は、教官仲間の間で人気のこのクラスの中でも一際目立っている。

(ほう、こいつが編入生か。なるほど、顔も体も噂になるはずだ)

「まずは柔軟体操だ。怪我しないようしっかりと伸ばしておけよ」

そう言うと、各々が柔軟体操を始めた。一応校則では一番上までボタンを留めるように決められているが、夏のような日差しに皆1つ2つと外している。

普段ならレンナーのでかい胸を楽しむ時間だが、今日は編入生をじっと見つめた。

座って体を前に倒すと、首もとからつぶれた胸の谷間が見える。

(これは噂以上だな…)

さらに芝生に座って大きく開脚しているせいで、太ももの付け根に白っぽいものが見えた。

(せいぜい楽しませてもらおう)

王女と楽しそうに話す編入生を見ながら俺は唇が弛むのを抑えるのだった。

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