10周目 9月20日(月) 午後9時 権田泰三

9月20日(月) 午後9時 権田泰三

『うわああっ、えええっっ』

「おおうっ」

突然耳に甲高い声が響いて、驚いたワシはイヤホンを引っこ抜いて画面を見た。

(一体、なんやねん?)

部活動をしていた生徒や顧問が帰ったあと、一人教官室に残って学園内に仕掛けた盗撮映像を確認するのがワシの日課だった。

録画時間を見ると午後2時過ぎ。

先程までパソコンの画面には高樹美紗の寝顔があった。

(高樹か…こいつ、ワシの授業ばかり休みよる)

そう思って見ていると、それまでの高樹が寝ているだけの映像に変化が起こった。

(…おっ?)

起き上がった高樹がベッドの上で伸びをする。体を反らせたせいで、ブラウスが挑発的に押し上げられる。

(こいつ…今まで気づかんかったけど、意外にエエ体しとるな…顔もキレイやし…)

我知らず画面を食い入るように見つめた。

(今日はこいつで一発抜いてから帰ろか)

ズボンを緩めてブリーフから息子を出したところで、なんと高樹が自分の胸を触りだしたのだ。

(おおっ)

思わず画面にかぶりつく。

(これはっ…ヌフフ、面白いことになりそうやで)

ワシは息子を握り締めて続きを見ようと音量を上げた。

そしたら突然叫び声をあげたのだ。

ワシはパニックになる高樹の横のカーテンが揺れたのに気がついた。シュッとカーテンが引かれる。

(誰か来よった)

同じく学園の制服を着た男子が映る。

ワシは会話を聞くために再びイヤホンを耳につけるとボリュームを上げた。

(高樹の男か…?…どっかで見たことあんな)

するとおもむろに坊主頭の男子が高樹に話しかけた。

『アタシは高樹美紗よ。あなたはクラスの…』

(ん?聞き間違いか?今…なんて言ったんや?)

『ああ、…島津正信だ』

今度は少女が男の名前を名乗った。

(はあ?なんやて?)

目をモニターから離さず、脱ぎかけたパンツを引き上げる。

(そや、思い出した。島津…インターハイの個人でエエとこまでいっとる…けどやあ…)

二人の会話はまるであべこべで、聞いていると頭がおかしくなりそうになる。

(島津が高樹?高樹が島津?)

混乱するワシを置いて二人の会話が進む。

『そうか、階段を昇ってたらお前が飛んできたんだった…。しかし、どうなってんだ?これは?』

少女はまるで男のように喋った。

『どうやら、アタシとアンタは入れ替わっちゃったみたいねぇ』

今度は低い声で坊主頭がオカマのような話し方をする。

『えっ?ああ…そうなるのか…。って、そんな馬鹿なっ?』

『でも状況を見たらそうとしか言えないでしょ』

『おいおい、なんでそんなに落ち着いてんだよ?一体どうすりゃいいんだ?』

『どうするもこうするも、正直にみんなに言ったら馬鹿だと思われるわよ』

『いや…だが…』

(なんやねん…意味わからんわ)

保健医が現れて二人が出ていくのを見つめながら、気分が削がれたワシは早送りをして次の獲物を探し始めた。

◆◆◆

9月21日(火) 午前8時10分 権田泰三

電車の中の一角、一人の美少女が痴漢に遭っていた。

(おおうっ、さすがは健さんや。上玉を狙っとるな)

「んっ…ん…」

少女は体を揺らして抵抗を表現していた。俯いた顔をボブカットが隠す。

(ククっ、気持ちエエんがバレバレやでぇ)

ワシは獲物が蜘蛛の巣に引っ掛かって逃げられなくなる様子を観察する。

(ん?)

ふと、視線を感じてそちらを向くと、正面に顔見知りの痴漢がいて、ニヤッと笑いかけてきた。

(まあ、健さんがヤるのを見ないわけにはいかんわな)

痴漢している男は通称『健さん』。痴漢の業界では伝説的な男だった。

(しかし、体つきもエロいのぉ。最近のガキどもは…)

少女の上気した顔を見つめる。

(健さんの獲物やなかったら奪い取るんやけどな)

よく見れば、周りの男達も同じような目付きをしていた。

(そりゃそうやわな。しかし…ん?あの制服…おっ、うちの学園やないかっ)

少女の顔や体ばかり気にしていて、降車駅の手前でようやく制服に気がついた。

(誰や?…うーむ)

儂が思い出そうと目を閉じかけたときだった。

「おい、おっさん、何痴漢してんだ?」

低いがよく通る声にパッと目を開ける。

(まさかっ)

健さんの手は少女の胸に入っている。言い逃れできない状況だった。

(むっ、またうちの制服か…ん?…この声はっ)

少女を助けた男子生徒の顔をよく見れば、昨日の夜に見たばかりの顔だった。

(なんや、島津やないか)

健さんは抵抗することもなく腕を掴まれたまま、駅に電車が入っていく。

痴漢行為を見学していたワシや周りの顔見知りはどうなるのかと息を潜めて事態を見守っていた。

「扉が開きます」

長い数分間の後に駅に入った車内に車掌のアナウンスが流れた。

『プシューッ』

「あっ、おいっ」

すると駅に着いてドアが開いた瞬間、健さんが突然暴れだしたかと思うと、島津の手を振り切って逃げ出した。

そしてその嵐のような一幕に残された乗客は唖然とするしかなかった。

『ザワザワ』

駅構内は普段通り、何も変わらない。

(うーむ、健さんでも失敗することがあるのか…しかし、まさか島津とはな)

「ああっ」

(そやっ、あいつ、島津やないか。…っちゅうことは…女の方は…)

ワシは走って改札を抜けて二人を追いかけた。

「はあ、はあ…」

島津は幸い身長が高いのですぐに見つけることができた。

後ろをつけながら顔をチェックする。

(やっぱり高樹や。よっしゃ、エエもん見つけたで)