隠し部屋での戦い

気がつくと、僕は制服姿で寮と学院の間にある渡り廊下にいた。

それ以外はというと、『夢に持ち込めるものはその時身につけていたものだけ』という村正の言葉通り、ジェシカ達から贈られたチョーカーとモニカさんのくれた指輪、それに村正だけだった。

(ふーん…夢の中ってこんな感じなんだ)

なんだか全体的に暗い靄がかかっているような気がするのは、これが悪夢だからなのか。

(「でもさ、もっとフワフワした感じかと思ってたけど、現実とあんまり変わらないんだね」)

(「主殿、周りを見るのじゃ」)

村正に言われてみて気がついたけど、少し離れた場所は濃い霧に覆われて見えない。

(「あの霧まで行くと何もなくなるのじゃ。ブリジットの意識がそこまでしか作っていないのじゃ」)

(「なるほど…ん?誰か来たよっ!」)

僕は人の気配を感じて植え込みの植物の陰に隠れる。

(ブリジットさん…かな?)

『ペタ…ペタ…』

(裸足…?)

中に着ているブラジャーの模様がわかるほどの薄いキャミソールを着たブリジットさんが僕の横を通りすぎる。後ろからだと、むっちりと肉厚で柔らかいお尻の谷間にショーツが食い込んでいて、まるで何も履いていないように見えた。

(うわっ!すごい…)

もともと大人っぽい体つきのブリジットさんだから、思わず息を飲むような妖艶さだ。
それにしても、眼鏡を掛けているにも関わらずブリジットさんは周囲を気にする様子もない。というより、全く周りが見えていないように思える。

(「催眠術か何かかな…?」)

(「うむ…心ここにあらず、といった風情よの」)

後ろをつけていくと、ブリジットさんは学院の校舎に入る。

(ということは…)

僕の予想通りブリジットさんは学院長室に着くと、ノックもせずに入っていった。少し時間をおいてドアを薄く開いて見ると…。

(「あっ!」)

「おお、今日はまたスケベな格好をしおって」

声のする方を見るとブリジットさんと今は牢屋に入っているはずの学院長が向かい合って立っていた。
ガウンのようなものを着た学院長の手は、ブリジットさんの腰を撫でている。

「くくく、そろそろ正気に戻すか…」

学院長がブリジットさんの顔の前に手をかざすと、操り人形の糸が切れたように、魅力的な肢体がその太い腕の中に吸い込まれるように崩れ落ちる。

「……ぇっ!?ここはっ!?」

「ふふふ…ブリジット君、今日も楽しませてもらうよ」

すぐに誰に抱き締められているのかを理解したブリジットさん。

「どっ!?どうして…いやぁっ!」

さっきまでの様子とは違って、ブリジットさんの拒絶ははっきりしたものだった。学院長の胸を押して腕の中から逃げようともがく。そして、そのまま2人はもつれるようにして部屋の奥に移った。

「さあ、まずは口で挨拶してもらおう」

もはや、いやらしい内面を隠すこともなく下卑た笑みを浮かべる学院長。

「やだっ!あっ、ちょっと!何を出しているのっ!?汚らわしいっ!」

「ふっふっふ。これからお前を気持ちよくしてくれるものだぞ。綺麗にするのが礼儀だろう?」

どうやら学院長のガウンの下には何も着ていないらしい。

「クク、記憶を消すとは良いものだな。これを毎回楽しむことができる…さあ、座るのだ」

「いやっ!嫌なのにぃっ!?どうしてぇ…」

(「主殿!まだ目的を達してはおらぬぞえ!」)

(「わっ、わかってるから!」)

ブリジットさんの悲鳴に思わず力が入った結果、僕の目に2人の様子がしっかりと映しだされた。
学院長の命令にブリジットさんは抵抗しているように見えるけど、膝が徐々に曲がり始め、ついには膝立ちになってしまう。

「いやあっんんっ!むぐっ!ぷはっ!…学院長っ!やっ、やめてくださっ!むっんんんっ!」

無理矢理フェラチオさせられている音が強化された耳にはっきりと聞こえた。

(くそぉ!夢の中でまで…こんなっ!)

(「主殿、気持ちは分かるが待つのじゃ!」)

怒りのせいで力が強まってブリジットさんの感情が僕に流れ込んでくる。

(「分かってるよ!くっ!…早く隠し部屋へ行ってくれさえすれば…」)

頭の中に入ってくるブリジットさんの抵抗の声はだんだんと弱くなり、代わりに『ぴちゃぴちゃ』という水音が耳に響いた。

「さあっ!出すぞっ!こぼしたらお仕置きだからなっ!…ぐっうおおおっ!」

(「いやあぁぁぁ!」)

その瞬間、ブリジットさんの絶望の声が頭に響いた。

「んっ!!……んんんっ!……ゴクン…ゴクン…」

口の中に吐き出された男の精を全て飲み終えるまで、僕はブリジットさんに心の中で謝り続けることしかできなかった。

(くそっ!…だけど、やっと終わった…)

「くくく、では、次はこっちでやるか」

学院長はブリジットさんを立たせると、壁際の本棚から五冊引き出した。

(本…えっと…)

僕は目に意識を集めてその本の位置、タイトルを忘れないよう記憶していく。
それから学院長が本棚をゆっくりと押す。すると、まるで重さを感じさせない滑らかな動きで、本棚が壁の向こう側に押し込まれた。

(なるほど、本棚がドアのようになっているのか…よし、覚えたぞっ!)

2人の姿が消えると、本棚はもとの位置まで戻る。
それを待って学院長室に入った僕は本棚に取りついて本を引き出していく。

(これと、これと…)

(「主殿、このまま時が過ぎるのを待てば、夢が覚めますぞ?」)

(「何を言ってるんだよ!?ブリジットさんを助けなきゃっ!」)

僕は本棚を押し込んでぽっかり開いた空間に踏み入ると、続く階段を降りた。

(「はぁぁ…なんとなくこうなる気はしとったが…。仕方あるまい…妾にはなにやら嫌な予感しかしないのじゃがの…」)

螺旋状になった長い階段を降りていくとぼんやりとした光に、長い影がいくつか伸びている。

(あそこか!)

いつでも村正を抜けるように柄に手をかけたまま、注意深く部屋の中の様子を窺う。

(1、2…4人か…学院長に男が3人…よし!行くぞっ!)

そして僕は部屋に飛び込んだ。
黒い仮面に学院長と同じガウンを着た3人の男たちが招かれざる客の登場に一斉に僕を見る。

「ブリジットさんを離せっ!」

僕が叫ぶと俯いていたブリジットさんが顔をゆっくりと上げた。この短い時間に何かあったのか、ブラジャーの紐も肩からずり落ちて、豊満な胸が今にもこぼれ落ちそうだ。

「ぁっ!?…アオイ…さん!?」

目を大きく見開いたブリジットさんが僕に向かって震える手を伸ばす。

(必ず救いだすから!!)

「な、なんだ?」

村正を抜刀して近づくと男達は驚いたように後ずさって、その結果、僕とブリジットさんの間を遮る者がいなくなった。

(よし!)

ところが、「ブリジットさん、こっちに…」そう言おうとした僕の言葉はそれまで存在しなかった女の声に邪魔された。

「あらあら、威勢のいいお嬢さんね」

「誰だ!」

ブリジットさんを庇いながら、暗い部屋の奥を睨みつけて、初めてそこに玉座があることに僕は気がついた。

(エヴァ…こんなところにいたのか…?)

男達と同じようなフード付きのガウンを着ているけど、ゆったりとした男たちのものとは対照的に、こちらは体のラインを見せつけるようなタイトなものだ。

「そろそろ誰か来るとは思っていたけど、こんなに可愛らしい娘だなんて、ウフフフ、楽しみだわ♥️」

玉座に座ったまま妖艶に笑うエヴァ。

(ん?)

目の前にいるのは学院長の秘書をしていたエヴァに間違いはないんだけど。

「お前はエヴァなの?」

思わず口から出た質問に目の前の女は笑って答えた。

「うふふふふふふふ、よく気がついたわねぇ。ええ、私は正確にはエヴァの一部よ」

その言葉で違和感の正体に気がついた。
何度か会ったこともある。それなのに、目の前のエヴァはまるで僕に初めて会ったかのように話すのだ。

「もしかしたら本体と会ったことがあるのかしら?だとしたらごめんなさいね。私は貴女を知らないし、」

ゾクッとするような殺気がエヴァから放たれる。

「そして貴女はこの夢の中から永久に出ることはできないの!」

その言葉が戦いの始まる合図となった。

「やれるもんならやってみろっ!」

仮面の男達がナイフを振りかぶった。

(遅い!)

まずは正面の男を横凪ぎに斬る。

さらに勢いを殺さず、反転するようにして右の男を斬った。

最後は左にいた男…僕は村正を逆手に持ち、自分の脇腹に刀身を沿わせるようにして後ろに突き出す。

「ぐあぁ!」

村正は僕の背後から襲いかかろうとしていた男の腹を見事に貫いた。

「うわわわっ!」

瞬く間に三人が斬り倒されたのを見て、逃げようと玉座に向かった学院長。

『ズシャ』

しかし、学院長が、エヴァの元までたどり着くことはなかった。

「アッ、アオイさん!」

僕を見るブリジットさんの瞳は安堵と不安に揺れている。

「大丈夫、僕が助けるからさ」

安心させるように微笑んで、それから僕は部屋の奥に目を向けた。

「あらあら…貴女、見かけと違って随分強いのねえ。でも、そんなにのんびりしていていいのかしら?」

味方を失ったはずなのに、その態度に焦りや動揺は微塵も見えない。それどころか、長い足をゆっくりと組みかえる妖艶な仕草に思わず見つめてしまっていた。

「?」

「アオイさんっ!」

僕の意識を現実に戻したのはブリジットさんの悲鳴にも似た声。振り返ると、ブリジットさんが片手で口を押さえて、先程斬り殺した死体を指差している。

(ん……何だろう…?)

先程切り殺した死体の一つが膨らんでいる。皮膚がゴムのように延びて、まるで体の中で何かが暴れているようだ。

「ブリジットさん、下がって…」

そう言いかけた時、死体のガウンが破れて、何かが僕に向かって飛んできた。

『ブシュッ』

飛んできたその何かを避けて、斬り落とす。

(これは…生き物?)

切り落とした何かはビクンビクンとしばらく跳ねたあと死んだように動きを止めた。

(「主殿、よそ見をしている暇はないぞえ」)

村正の言う通り、じっくり見ている時間はくれないようだ。

(今度は五本かっ!)

『ヒュッ』

放物線状に飛んできた一本目を躱すと、その勢いのまま床にぶつかって石の床が砕けた。

(これは…当たるとマズいっ!)

『ヒュッ、ヒュッ』

僕は飛んでくる何かを次々に躱して、切り落としていく。

5本全てを切り落としたところで、ようやく謎の攻撃が終わり、それから僕はピチピチと跳ねる何かを見た。

太さは僕の腕くらい、長さはかなり長い。ピンク色のミミズのようだけど、なんだかヌルヌルしていてミミズとナメクジを足したような生き物だった。

「うふふ、それはねえ、触手よ」

(触手…あぁ、そういえばジルが作ってたなぁ)

触手と言えばジルと出会ったダンジョンの研究室だ。

(ん?ってことは…)

僕はジルに初めて会った時に触手に犯された感触を思い出して身震いした。

「どうしたの?顔色が悪いわよ…もしかして触手に嫌な思い出でもあるのかしらね?ふふふ」

エヴァがそう言うと残りの三体の死体が同じように膨らみ始めた。

「さあ、今度は逃げられるかしら」

『ビリビリビリッ』

ガウンが破けて三体の触手があらわれる。さっきのよりも大きい。

(「主殿、そいつらの弱点は根元じゃ、そこをやらんといくらでも再生するのじゃ」)

言われてみれば、それぞれの触手が根元でまとまっている。

(なるほど…)

ウネウネと空中を漂う触手の先からネットリとした液体が床に落ちた。

(この匂い…どこかで?)

甘い匂いが漂う。

「うふふふ、その液体だけど、催淫作用があるのよ」

「あっ、学院長室で焚いてたお香…」

学院長室で嗅いだあの匂いだった。

「ふふ、それはおそらく薄めて気体にしたものじゃないかしら…うふふ、経験があるならちょうどいいわね。原液を直接浴びたらどうなってしまうか想像してみて!」

(薄めてあの効果…触れたら終わっちゃうだろうな…)

◆◆◆◆◆

「ねえ、モニカ、葵と何を相談していたの?」

「いえ、大したことじゃないんです」

(まさか、もし自分が…なんてエルザ様には言えないわ)

「ふーん。無事帰って来れるわよね?」

エルザ様は心配そうに顔を歪めた。

「ええ、もちろんです。行く前に私がお守りも渡しておきましたから」

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