円卓を囲んだ十人の男達、物々しい雰囲気の中、その中の一人が槍玉に挙げられていた。
「アンソニー卿、この証拠を前にして、言い逃れはできんぞっ」
恰幅のいい貴族が椅子を倒して立ち上がった。
「ここにあるウォルトンやマローンに送った金と食料のリストは何だっ。公爵になるための賄賂以外の何物でもないだろうっ」
紙の束を叩きつけてアンソニー卿を睨みつける。
「ちっ、違うっ。それはっ、薬と引き換えにっ」
別の貴族がアンソニー卿に手紙を投げつけた。
「ではこれは何だっ、この手紙を読めば金と食料で公爵位を買ったようにしか読めんぞっ」
激しい糾弾の中アンソニー卿は震える唇で何か言おうとしたが、結局口をつぐんだ。
「いつまで経っても王都から薬が届かんではないかっ。このままだと領民も家族も死ぬしかないっ。貴様は我々と、我々の家族、領民の命を売ったのだぞっ」
アンソニー卿は唇を噛み締めて一人立ち続ける。
「何も言えないってことは、やはり、売ったのだなっ。お前は人間のクズだっ、死んだ我が娘に謝罪しろっ、死んで詫びろっ」
何も言わないアンソニー卿への罵詈雑言はさらに激しさを増した。
「出て行けっ、我々はお前を死ぬまで許さないっ、とっとと出て行って王都でウォルトンどもと仲良くやればいいっ」
ついに体格のいい一人の貴族がアンソニー卿の頭を掴んで扉に向けて乱暴に押した。
『ドサッ』
勢いよく倒れたアンソニー卿に手を差し出す者は誰もいない。
力なくよろよろと起き上がったアンソニー卿とレヴァインの目が合った。
「ノーマン…」
先ほどまで糾弾されていた時、何も言わなかったアンソニー卿の唇が開く。
「ノーマンっ、信じてくれっ。私は…」
堰を切ったように出かけた言葉をレヴァインの低い声が遮った。
「黙れ、ジェームズ」
「え…」
アンソニー卿の目が大きく見開いて、一瞬後に顔がクシャクシャになった。
「出て行けっ、お前が私の妻を…リサを殺したんだ…。二度と私たちの前に顔を見せるなっ」
レヴァインの声は怒りに震えていた。
「……皆…すまない…」
長い沈黙の後、アンソニー卿が絞り出したその声は居並ぶ者達の心に届くことはなく、よろけるようにして扉から出て行った。
◆◆◆
「話を続けましょう。南部の中心で発生した魔物の大群は瞬く間に南部の全領土に広がった。アンソニー卿はいち早く疫病の危険性に気がつき、王国に救援を求めたにも関わらず、それは我々の力の増大を恐れた人物達によって握りつぶされた」
「なっ」
「しかも、その災厄の最中、突如我々南部諸侯の中で公爵に叙勲されたものがいた。それがアンソニー卿だった。当然我々は、その意味を考えた。そして、彼が裏切り、我々の弱体化と引き換えに公爵になったのだと思い込んだ」
「それこそお前達の落ち度ではないかっ」
静かになったと思っていたら、ウォルトン卿が再び叫び始めた。
「黙れと言っている」
剣先を向けるレヴァイン卿の声には先程までよりもはるかに殺気がこもっている。さすがにウォルトン卿にもそれが分かったのか、気圧されたように黙った。
「私達が調べれば調べるほど、アンソニー卿にとって不利な証拠が出たのだ。それこそ不自然なほどにな。…ウォルトン、マローン、お前たちのやり方を私は許さん。ジェームズから疫病の薬の援助と引き換えに大量の金銭や食料を巻き上げた挙句薬は渡さず、さらに、偏った情報を我々に送りつけ、善良な男を陥れるなど人間のやり方ではないっ」
レヴァインは汚いものでも見るような目でウォルトン卿を見る。
「普段の我々なら逆に違和感を感じただろう。だが、領民がバタバタと死んでいき、魔物が攻めてくる極限の状況で冷静さを欠いた我々はアンソニー卿の無実の訴えに耳を貸すことなく、結果、結束は崩壊し、あのような惨事に至ったのだ」
「アンソニー卿は…?」
僕は思わず声を出していた。
レヴァイン卿が僕を見た。目が合った瞬間、僕の頭の中にレヴァイン卿の心が見えた。
(泣いている。レヴァイン卿の言っていることは本当なんだ…)
「死んだよ。全てが終わった時、自ら命を絶った。彼の死後しばらくして、私に送られてきた遺書には、全ての経緯とともに不甲斐ない自分を許して欲しいという謝罪で締めくくられていた」
レヴァイン卿が話しながらウォルトン卿の前に立った。
「その後、私は公爵に引き上げられ、国の要職に就く事となった。それもこいつらの差し金だ。南部諸侯の中で今度は私が裏切り者ではないかと疑わせ、結束を図らせないためだろう。だが、私は辞退しなかった。全ては…全ては今日、この時のため…、ジェームズと疫病で失った妻リサ、それに南部の全ての民の無念を晴らすためだっ」
(いけないっ)
僕が飛び出すと同時にレヴァイン卿が剣を振り上げた。
『ギィンッ』
ウォルトン卿に向かって降り下ろされた剣は村正によって止まる。
「娘、何をするっ」
「ダメだっ、殺してはっ」
『ギャンッ』
お互いに力で押しあった後、巻き上げるようにして僕はレヴァイン卿の剣を跳ね上げた。
「そうだっ、レヴァイン、お前がウォルトンやマローンを殺せばそいつらと同じになるだけだっ。アンソニー卿の誇りを取り戻す唯一の方法を捨てるのかっ?」
後ろから王子もレヴァインを説得を試みる。しかし、怒りと怨みに支配されたレヴァイン卿には届かない。
「ぐっ、お前達に何が分かるっ、友を、妻を失った悲しみがっ、この恨みがどれほどのものかっ」
レヴァイン卿が手を前に出した。
(何だ?あの黒い石は?)
◆◆◆
あの災害から半年が経っていた。
既に街は苦しいながらも復興を始めている。領民は3分の1ほどが亡くなり、食料や生活必需品にも事欠く有様だが、レヴァインは借金をしてなんとか領民の生活を守っていた。
(俺たちは領民の幸せを考えなくてはいけない…だったか?…ジェームズ)
『ガサッ』
もう何度も読み返したジェームズの手紙を机に置いてレヴァインは目頭に指を当てた。
手紙の下にはレヴァインがこの件について調べさせた報告書が散らばっていた。
この報告書と手紙が届いてからというもの毎晩レヴァインはこれらを読んでいた。
そこにはジェームズが疫病を危惧して国に援助を求めていたこと。しかし、一向に動かない国に直談判までしていたことなど、ジェームズのこの災厄における動向が書かれていた。
それらはジェームズから届いた遺書に書かれている内容の通りだった。
(ジェームズ…私達はなんと愚かだったのか…お前は無実だった…だとすると、ジェームズをハメたのはウォルトン、マローンか…)
相手はこの国の貴族の最高位に立つ五大公のうち二人。
一介の一貴族では戦うどころか、相手にもされない可能性の方が高い。
(ジェームズ…リサ…すまない。今のままでは奴らと刺し違えることすらできん。もう少し力を蓄えなければ奴らには…。いや、残りの大公についても調べる必要がある。それにもしかすると陛下もまた…)
◆◆◆
レヴァイン卿が掌を前に出して何かをしようとした。
(何だっ…)
僕が村正をいつでも抜けるよう体を低くした時だった。
『バゴォォォオンッ』
(え?)
僕らが入ってきた入口とは別の玉座の近くの扉がなくなっていた。
「「「「あっ」」」」
筋骨隆々で体のでかいお爺ちゃんが姿を現した。
「いけませんっ、まだ病み上がりです…」
「ええいっ、うるさいぞっ、テレサっ」
真っ赤な顔で腰にしがみついたテレサさんを引きずってお爺ちゃんが玉座まで歩いてくる。
「テレサさんっ?」「陛下っ」
皆の声が重なった。
(陛下?言われてみれば王子と似ているかも…って、この人が王様?あれ?そう言えばまだ安静なんじゃ…)
「ウォルトンっ、マローンっ」
レヴァイン卿と二人の大公の間に王様が割り込む。
王はレヴァイン卿と向かい合い、背後にうずくまる大公に尋ねた。
「今のレヴァインの話っ、真のことかっ?」
王様が右手を出すと、テレサさんがいつの間にか脇に控えていてサッと剣の柄を差し出していた。
『シュッ』
勢いよく抜かれた剣が白く輝いた。王とレヴァイン卿が睨み合う。
(ど、どうなっちゃうの?)
その場にいたものが固唾を呑んで見守る。
「先程からのレヴァインの話、扉の向こうでしかと聞かせてもらった。民なくしては我々は存在出来ん。だからこそ貴族は民のためにあるべき。それこそがこの国の貴族としての心構えのはずだ」
剣を抜いた王様は振り返って二人の大公にその切っ先を向けた。
「真のことかと聞いておるのだが?」
「いや…あの…」
「はっきり言わんかあぁぁぁっ」
口ごもる二人に激しい怒声が飛ぶ。
「……」
二人の大公はそれでも何も言わない。
「…沈黙は、レヴァインの言うことに間違いはない、ということじゃな?……貴様ら、民が苦しむのを分かっていた上で、アンソニーの訴えを無視して、民のために行動した仲間を陥れたというのだな?」
王様のこめかみに血管が浮き、その声は怒りで空気を揺らせた。
「貴様らああぁぁっ、立てぇぇいっ」
俯いたまま立ち上がったウォルトン卿とマローン卿の顔に王様の拳が飛んだ。
『ゴッ、ドガアアア』
二人は吹っ飛んだあげく、絨毯にあり得ない姿勢で倒れこむ。
(あの音…殴った時の音じゃないよね…生きてるの…かな?)
そして、王様は今度はレヴァイン卿を振り返った。
「すまぬっ、レヴァインっ、そしてかの件で被害を受けた全ての者に謝りたい。ワシが至らぬばかりに、多くの命を奪ってしまった」
王様がレヴァイン卿に頭を下げた。
「ワシがもっとしっかりしておれば、奴らが不正をするのも防げたはずじゃった…ワシの怠慢じゃ」
さらに、テレサさんから鞘を受けとると、剣を収めて、レヴァイン卿に渡すと、レヴァイン卿の前に跪いて首を差し出した。
「全てはワシの責任っ。レヴァインっ、お前の納得するようにしてくれぃっ」
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