『ゴーン、ゴーン、ゴーン』
テレビから除夜の鐘が聞こえてくる。
「うしっ、そろそろ出るかっ」
隆が立ち上がった。
「ちょっと、…本気?」
「仕方ないだろ?姉ちゃんには逆らえないし。大丈夫、遊なら気づかれないし、お詣りしたらすぐに帰ればいいさ」
隆は何でもなさそうに言うけど、僕の立場でも同じこと言える?
夜の七時過ぎ、ドアベルが鳴って僕が玄関に出ると美鈴お姉ちゃんが立っていた。その時に既に嫌な予感はしたんだ。
「今晩隆の奴と初詣に行くんだって聞いたわよ。おじさん、おばさん、遊君をお借りしますね」
お父さんも「あまり遅くなりすぎんようにな」と炬燵で早くも一杯始めてるし、お母さんも「いってらっしゃい、鍵は持って出るのよ」などと悠長な事を言って手を振っていたけど、絶対ろくなことにならない。
案の定、お隣の家に連れていかれた僕は早速玄関でお姉ちゃんに迫られていた。
「どうして早く言わないのっ。もうっ、そんな話は真っ先にお姉ちゃんにするのが筋でしょう?」
えっ、でもお姉ちゃんが帰ってる事も知らなかったし…。
「本当はお姉ちゃんも一緒に行きたいけど、夜には研究室に戻らないといけないから、せめて初詣に行く遊君に服を着せてあげるわねっ」
お姉ちゃんの目がキラッと光った。
「いっ、いいよっ。僕はこの格好で…」
後ずさる僕にお姉ちゃんはにじりよってきた。
「あっ、そうだ…忘れ物したかも」
そう言って玄関を出ようとした僕の手がお姉ちゃんに掴まれた。
「だーめ、来なさいっ」
そのまま僕はお姉ちゃんの部屋に連行された。部屋に入るとき、隆の部屋のドアがうっすらと開いて中で隆が両手を合わせて頭を下げているのが見えた。
隆…助けてよ~
それから一時間も経たないうちに僕は涙目でリビングの床に座らされていた。その周りからは何度も何度もフラッシュが焚かれる。
「ちょっと、隆っ、レフ板もっと下を向けてっ、…そうよ、遊君は足を崩して…いいっ、可愛いわっ」
なぜかリビングにスタジオが作られて、隆をアシスタントにお姉ちゃんがカメラでシャッターを切りまくる。
そして僕はというと、女物の振袖を着せられていた。ご丁寧に化粧までさせられて…。
(うわああんっ、僕…男なのにぃっ)
撮影会は夜九時頃まで続き、お姉ちゃんが大学の研究室に帰らなければいけない時間になってようやく解放された。
ただし…
「遊君はその格好で初詣に行くのよ。隆っ、分かってるわね?」
隆にデジカメを渡しながら低い声で何か言うとお姉ちゃんは出ていった。
『ガチャガチャ』
お姉ちゃんが出ていくと僕らはなんだか疲れはてて無言でテレビを眺め、除夜の鐘が終わる前に隆の家を出た。
★★★
僕らが行こうとしているのは学園の近くにある割りと有名な神社だ。
誰か知り合いにこんな姿を見られたら…。
電車の中でも気が気じゃなかった。女の子になっているときも周囲の視線を感じるけど、女装しているときは別の意味でドキドキする。
…まさか、バレてないよね…?
僕は下着までご丁寧に女物だ。
バレたら変態さんまっしぐらだよぉ…
「ふう、誰にも会わなかったな。ここからは大丈夫だろ?」
駅を抜けるとさすがに深夜だから街灯はあるものの道は薄暗く、知り合いとすれ違っても僕だとは分からないはずだ。
と、いきなり後ろの集団から声がかけられた。
「あれ?隆じゃね?」
ギクッ
僕らが立ち止まると後ろの集団が追い付く。
「ほら、やっぱり隆だよ。なんだ、お前も初詣か?」
聞き覚えのない声から隆のクラスの生徒だろう。とは言え僕の顔を知らないとは言い切れない。
「あれ?なんだよ、女と初詣か。羨ましすぎるぜ」「ははは、じゃあよいお年を~」
僕が俯いている間にその男子達は僕らを抜かして先に行った。
…はああああ、ドキドキしたあぁぁぁ
考えるまでもなく、こんな姿が見られたら完全に誤解されてしまう。
…こんなんで大丈夫かなぁ?
目的の神社は学園のもう少し先にある。神社に入ったらもっと生徒がいるはず。そう思うと泣きたくなった。
「さっさと終わらさないとバレそうだな」
ところが、学園の前を通りがかった時に、ふと門の端に隙間があるのに僕は気がついた。
…あれ?開いてる…?…そういえば、女になったのも神様のせいだったんだよね…
僕は琢磨の袖を引っ張った。
「ん?どうした?」
「ねえ、初詣なんだけどさ…」
★★★
「遊っ、さすがにヤバいだろ」
「大丈夫だって」
僕らが今いるのは学園の中庭。止めようとする隆を引っ張って少し開いていた門から入ってきた。
この中庭には小さな、知っている人しか気づかないような祠がある。
理事長が最近建てたもので鏡がご神体だ。
「さあ、お詣りしよう」
ここでも初詣になるはずだし、誰にも会わずに済む。我ながら名案だ。
隆は嫌がるけど、こんな姿をクラスメートに見られたら生きていけない。
僕が手を叩いて手を合わせると、隣で諦めたように隆も手を合わせた。
…今年もいい年でありますように…成績も上がるといいなぁ…そうだっ、あとっ、女の子に間違われるのをなんとかして欲しいですっ…お願いしますっ
最後のお願いが切実なのはきっと気のせい。
(「ワシに初詣の客とは随分久しぶりじゃのぉ」)
…へ?
僕は周囲を見渡した。
…気のせいか…
(「気のせいではないぞ」)
「誰っ?」
僕は思わず叫ぶ。
「おいっ、遊?どうしたんだ?」
僕の大きな声に驚いた隆が僕の顔を覗きこんだ。
「えっ、いや頭の中で…」
そこまで言いかけたところで体が動かなくなった。
…これって…金縛り?…えっ、何っ…
(「ほほほ、誰じゃと思ったらお主じゃったか。やはりこの体は相性がいいぞえ」)
なんだか体がおかしい。胸と股間に違和感を感じる。
まさか…この感じは…
(「そうじゃ、女にしてやったぞえ」)
頭の中で声が響く。
……なんで…
(「先程女っぽいのをなんとかして欲しいと願ったではないか?じゃから叶えてやったのよ」)
ほほほほ、と頭の中で声が笑う。
違うよっ、何とかしてっていうのは男らしくして欲しいってことで…本当に女になってどうするのさっ
(「なんじゃ、そうかのかえ。てっきり女性の格好もしておるし、女になりたいのかと思ってしもうたわ。じゃが、一度変えてしもたら戻すには…お主なら分かるの?」)
…まっ、まさかっ、…また?
僕はその言葉の意味するところを理解した。
…嫌だっ、無理だよっ
(「それでは仕方ないのぉ、ワシがなんとかするしかないかの」)
「大丈夫か?遊っ、なあ…」
隆が僕の肩に触れようとした瞬間、口が勝手に動いた。
「ねっ、隆っ。暖ったかいとこ、行こ?」
「暖かいとこ?」
僕の手が隆の手をとって足が歩き出す。
ええっ、ちょっと…どうなってるわけ?足が勝手に動いてるぅぅっ。どこ行くのっ?
パニックになる僕だけど、喋りたくても口が動かない。そのまま僕らは校舎内に入った。
「あれ?なんで鍵が開いてるんだ?」
「きっと守衛さんが閉め忘れたんだよ」
…何喋ってるの?ちょっと待って……隆ぃっ
一生懸命叫ぼうとするけど、体は反応しない。
隆も首をひねりながら僕に引かれて廊下を僕の教室まで向かう。教室に入ると僕の体が暗い教室の中でエアコンを操作した。
隆はなぜ鍵が開いていたのかまだ不思議そうにしていた。後ろを向いた隆に僕の足が音をたてず忍び寄る。
…ちょっと、何するつもりなんだよっ?
「遊、なんでこんなとこに…うおっ」
そう言って振り向きかけた隆の体に僕の体がぶつかった。
「うおっ、どうしたっ」
隆が僕の体を抱き留める格好になった。僕の顔が隆を見上げて、隆の手を掴むと着物越しの胸に押しつけた。
「隆っ、ちょっと触ってみて」
ちょっと、何言わせてるんだよっ…って言うかやめてよぉっ
『ムギュ』
ブラジャーはさすがにつけていないので柔らかい胸が潰れる。
「あんっ」
僕の口から出た高い声が夜の教室にちょっと驚くくらい大きく響いた。
「うおっ、遊っ、何をっ……んっ……まさか…」
隆は最初は何を冗談を、という顔だったのが、真剣な顔になる。
『ムニュムニュ』
「やっ、あっ、隆っ」
確かめるように僕の胸を揉んでいた隆の手がようやく止まった。
「お前…また女に…」
「ちがっ、あれっ、ちょっとぉっ」
……あれ?声が出る…?
「隆っ、手をどけてよぉっ」
「んなこと言ってもお前の手が…」
僕の手が隆の手の上からしっかり押さえつけている。
……あれ…?なんでぇ…?
(「どうじゃ?ん?気持ち良かろ?」)
頭の中で笑いをこらえるような声がした。
そんなっ、こと…ないぃぃっ
(「隠さんでも分かるのじゃ。今、ワシとお主は感覚が繋がっとるからの。ほれっ、ほれっ」)
『ムニュムニュ、ムニュムニュ』
「あっ、はぁ…」
甘い息にドキッとする。
(「久しぶりでたまらんのじゃろ?」)
「ちがっ…」
んんっ、ほらぁっ、隆だって困った顔してるでしょ?
僕の顔が上を向いた。隆の予想通りの困ったような顔が見える。
(「ふうむ…なるほど、お主の言うことも間違いないようじゃな。久しぶりで照れておるのかのぉ………そうじゃっ」)
くるっと僕の体が隆に背中を向けた。
…今度は何するつもり?…
(「お互い顔を見合わせておっては照れるじゃろ?じゃからこうして見えないようにしてじゃな」)
僕の手が下ろしていた隆の手を掴んだ。
「遊、ダメだ…」
隆が欲情に耐えて腕に力をこめる。さすがに剣道で鍛えた隆の力には敵わない。
……隆…頑張って…
(「全く…無駄な努力をしおってからに…」)
少し苛立つような声が頭に響くと同時に僕の唇が意思とは別に動いた。
「隆…男に戻るには…仕方ないの…お願い…」
こんな声が出せたのか、と自分で驚くくらい甘えた声がでた。
こんな声で誘われたら……隆っ、ダメだよっ、騙されちゃっ…
だけど、隆の抵抗する力が弱まる。待っていましたとばかりに僕の手が隆の手を着物の胸元に持ち上げた。
僕の手はそのまま胸元の合わせ目を緩めて、隆のごつごつした手を胸元へと導く。
「あっ…ふぅぅ…」
冷たい指先が素肌に触れ、その指がおっぱいに向かってゆっくりと進んでいく感覚に鳥肌が立つ。
「はぁ、はぁっ、はあっぁっああっ、」
吐息の中に甘い声が混じり始めた。暖房はついているけど、まだ白い息が暗闇の中で立ち上る。
…こんなのっ、ダメ…なのにぃ……このままじゃ…おかしくなりそぅ…
(「やっと素直になりおったな」)
頭の中で嬉しそうな声がした。
………?
(「見てみるがよい。もうワシは何もしとらんぞ」)
そう言われて見下ろしてみると、隆の手はもう自らの意思で僕のおっぱいを揉みほぐしていた。そして僕の手は力を入れず、隆の太い腕に添えているだけだった。
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