「ちょっと、ミハエルっ?これっ、これっ、どういうことっ?」
僕の剣幕にスージーさんがヒイッと服の棚の後ろに隠れた。
「どういうことも何も…今日は水着審査じゃないかよって…こりゃあ斬新だな…」
試着室のカーテンから飛び出した僕をミハエルが能天気に眩しそうな目で見ている。
「うわーん、ジャスミンさんに言うからっ」
「いやいやいや、アオイっ、ちょっと待ってくれよぉっ」
「じゃあ、こんな格好で人前に出ろって言うの?ほんとに?どうなのこれっ?」
ミハエルがまた僕を見て…ちょっと目をそらす。
「いや、うん、似合ってるぞ…」
「ジャスミンさんに報告します」
僕は隣の店に駆け込んだ。
「ジャスミンさーんっ」
ミハエルが慌てて後ろから店に飛んできた。
「あらぁっ?アオイちゃん…」
目の下に若干隈を作ったジャスミンさんの胸に僕は飛び込んだ。
「ジャスミン、違うんだよっ、これはスージーが…」
既に涙目でミハエルが言い訳を始めたんだけど。
「見てよっ、これっ。どう思うっ?」
もともとは下着デザイナーのスージーさんが作った水着は一見すると下着のようにも見える。
「…なんてセクシーなの」
(…あれ?)
「昨日は落ち着いた黒のドレス、それに今日はその水着。ギャップに観客も審査員も目が奪われるに違いないわっ。ミハエルが考えたの?それともスージーが?」
ジャスミンさんから何か言ってもらおうとしたのに、なんだか勝手が違う。
「ええっと、ジャスミンさん的には…?」
「グッジョブッ」
サムズアップでウインク一発。
「あら?アオイちゃんは不満なの?」
「えっ?だって恥ずかしいし…」
「あん?」
するとジャスミンさんが久々にジェイソンさんになった。
「アオイよおっ、お前、何言ってんだ?これから優勝をもぎ取ろうってのに恥ずかしいだと?ちゃんちゃらオカシイぜっ。で、何だって?言ってみろよっ」
「あの…その…いぇ…」
「どうなんだ?はっきり言えやっ」
「がっ、頑張りますっ」
「そうだろ?一発気張ってこいっ」
◇◇◇
「あ、あのっ、そのっ…アオイさん、すみません」
スージーさんが頭から生えたウサギの耳をしょんぼりと垂らして化粧をしてくれている。ここは出場者の控え室。
「ううん、謝らなくて良いよ。ジャスミンさんに言われた通り、恥ずかしがってちゃ勝てないもん。それにスージーさんが睡眠時間を削って作ってくれた水着なんだから自信持って披露してくるよっ」
「あっ、あっ、あの…わっ、私っ、観客席から応援してますから…」
スージーさんが時間になったので控え室から出ていってしまって僕は取り残された。
(みんな凄い…)
恥ずかしげもなく着替えていく出場者達。僕は既に着替えて上に長めのパーカーを着ている。
(…うーん…何か忘れてないかな………あっ)
昨日の夜は疲れからうっかり薬を忘れて寝てしまったので、今日は薬ケースを持ってきていた。
(とりあえず飲んどかないと…)
ところが、水を買いに控え室を出た僕はいきなり道に迷ってしまった。
(えっと…ここはどこだろ?)
フラフラ歩いていると人の声が聞こえた。
(しょうがないから道を聞こう)
トコトコ歩いて、角を曲がろうとした瞬間、あっ、と気がついて僕は角に隠れた。
中年の男の人と女の子が抱きあっていた。
「ねえ、私、今年もグランプリ取れるかしら?」
女の子は甘えるような声を出す。
「んん?そうだな…」
男は低く、渋い声。
「ねっ、パパぁ。お願い。私、グランプリ貰えるなら何でもしちゃう…ねっ、ほらぁ、触ってみてぇ」
「ん?おいおい、そんなことしたら水着が濡れてしまうぞ?」
「大丈夫よっ、水着だもん。あんっ、パパの指がっ、あっ、太くてっ、わたし、我慢できなくなっちゃった…いいでしょ?ねっ?」
「フフフ、このステージが終わったらその水着を下に着たまま私のオフィスに来るんだ」
チラッと見えた銀色の尻尾から、どうやら昨年のグランプリ、エントリーナンバー1番の女の子のようだ。大人っぽい女の子なのに、子供のように甘えている。
(自信たっぷりのサバサバした女の子に見えたけど、分かんないなあ…)
そっとその場を離れてもと来た道を戻ろうとしたら、また道に迷った。
(はぁ…こっち、かな?)
なんだか人の気配がする部屋を見つけて扉を開けようとして手が止まる。
「ねえっ、一体どういうことなのっ?話が違うじゃないっ」
ヒステリックな女の子の声がドア越しに聞こえた。
「あんたが優勝間違いなしだから、わざわざこんなとこまで来たのよっ」
女の子は一方的に男を詰(なじ)る。
「いや…まあ、うん。大丈夫だよ。セシリアたんが一番さ」
(セシリア…って、ナンバー8番の子?)
フワフワの髪に天使みたいな顔をした子の口から出る言葉とは思えない。
「本当かしら?昨日だって、私よりあの最後の子っ、あの子の方が目立ってたわよっ」
「僕ちんが既に手は打ったよ。だから安心して、ね?ほら、可愛い顔を見せてよ」
「んっ…やめてっ、お化粧が落ちちゃうじゃないっ」
「いいじゃん、僕ちんはセシリアたんのために今日だって…」
「ダメに決まってるじゃないっ。バカじゃないの?グランプリを取るまではお預けよっ」
いけないものを見てしまった僕はこそこそと元来た道をまた戻る。
ラッキーなことに探しに来てくれた運営スタッフのおかげで僕も控え室に戻ることが出来た。
(さあ、早く飲まないと…あれ?)
出るときに置いたと思った薬のケースがなかった。
(カバンの中に直したんだっけ?)
カバンにもない。
「ああっ」
(ないっ)
ポケットを探りながら慌てる僕の様子が切羽詰まっていたからか、隣に座っていたナンバー11番の子が妙な顔をした。
「どうしたの?」
「ねぇっ、ここにこれくらいの箱がなかった?シルバーのケースなんだけどっ」
身ぶり手振りも入れて必死で説明する。
「うーん、私もさっき来たのよ…でも、私が来た時には無かったような気がするわよ」
(うわあっ、どうしようっ)
「皆さん、準備をお願いしますッ」
慌てふためいていると、運悪く女の子のスタッフが控え室のドアが開けた。
各々が上に着ていた服を脱いでスタッフが手渡すガウンを羽織る。
(大丈夫っ、そう都合よく発作なんて起きない…)
◇◇◇
「エントリーナンバー12番ッ、アオイ嬢の登場だッ。昨日は上品なドレスで会場を沸かせた彼女。今日はどんな水着姿が見せてくれるのかッ、期待が膨らみますッ」
(大丈夫…発作はない…)
この審査からは順番がくじ引きとなる。僕は最後から二番目。
舞台に出ていく女の子はカラフルで、色んな形の水着を着ていた。
昨日もそうだったけど、僕の着ている水着よりも際どいものばかりだ。
「見てくださいッ、昨日の清楚な服装から一変ッ、今日は小悪魔のような色っぽい水着で登場ですッ。デザインしたスージーさんによると、白いビキニの上から黒いレースを重ねることで、可愛らしさとセクシーさを出したかった、ということです。しかし、さすがは本職が下着デザイナーッ。アオイ嬢のスタイルと相まって直視するのが憚れるイケナイ魅力がいっぱいですッ」
少し汗ばんだ僕の体がスポットライトの光を浴びてキラキラと光る。
暑いのはスポットライトの熱だけじゃない。昨日以上に周囲の目が熱い。やっぱり薬を飲めなかったのが気にかかる。
キョロキョロとするわけにはいかないからまっすぐ前を向いて歩くけど、熱い視線が体に突き刺さって鼓動が速まった。
『ドクンッ、ドクンッ』
(大丈夫…これは、ドキドキしてるだけ)
ランウェイの終点、円い舞台に到着する。
『ドクンッ』
(ぁ…)
体から力が抜けた。
(ポーズを…とらないと…)
「あっ」
ヒールの高いミュールを履いていたせいもあり足がもつれてその場に尻餅をついてしまった。
大失敗だ。その上、男性の目が濁った熱を僕の股の間に浴びせてくる。
(くぅぅ)
これは恥ずかしさだけじゃない。発作が始まりかけている。
(なんでこんなときに…)
顔が熱い。目も潤んできた。
「………」
フォローしてくれるはずの司会者もなぜか無言。
(早く戻らないと…)
力が入らず、四つん這いに一度なる。胸とお尻に視線が集中した。
「ふぁ…んっ」
(はや…く……)
立ち上がった僕は、出来るだけ平静を装ってふらつきながら内股でランウェイを戻った。
「あっ、こんなとこにっ」
まばらな拍手のまま控え室に戻った僕は部屋の隅に落ちている薬のケースを見つけて大慌てで中身を取り出すと飲みこんだ。
そのお陰でなんとか発作を止める事は出来たけど…。
(ああっ…失敗しちゃったよぉ…)
冷静に戻った僕は、大失敗に頭を抱えた。
「アオイさんっ」「アオイっ」「お嬢様っ」
スージー、ミハエル、ハルが会場の出演者用の出口で待っていてくれていた。
「ごめんなさい…せっかくの水着だったのに…」
だけど、僕の予想に反し、評価は上々だったらしい。
「スゲエぞっ、スクリーンを見た連中が全員惚けてたぜ」「色っぽくて我を忘れかけちゃいましたっ。私の作った水着がこんなに誇りに思える日があるなんてっ」
ハルからブロマイドを渡された。早速販売され飛ぶように売れていたらしい。
水着姿の僕が四つん這いでこちらを振り向いている。なんだか目元が赤く染まっていて…。
(なんてこった…こんな顔が世間に…)
「最高にエロかったぜっ」
僕はミハエルの能天気な笑顔を張り飛ばした。
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