「ねえっ、モニカ、本当に大丈夫なんだよね?ちょっと葵、早く起きなさいよっ」
葵さんが夢の中に入って、もうすぐ6時間が経とうとしていた。
最初は眠っているように静かだった葵さんが急にうなされ始めたのが、数時間後。それから呻き声をあげ始めたところで、隣にベッドを準備して葵さんを寝かせた。
葵さんから危険な可能性は聞いていたが、一時間もかからないものだと思っていたので、私もどうして良いのか分からない。
しかし、二人は一向に起きることなく、時間ばかりが過ぎていく。王女には眠っていただきたかったが、頑なにそれを拒否して一緒に二人を見つめていた。ところが明け方頃、急に葵様が苦しみ始めて、それと同時にブリジットさんが涙を流した。
(葵さん…)
それからは酷かった。夢の中で何が行われているのか…、葵様のシーツがグショグショになるほど体中から体液を漏らし、何度もシーツを交換したが、間に合わないほどだった。
そして夜が明けた。
『ゴゴゴゴゴ』
早朝、アヴニールの門が開かれ、一人の男が到着した。
『コンコン』
扉がノックされて薄く開けると寮長が立っていた。
「新しい警備の男が、アリスさんにお会いしたいと来ています」
(こんな時に?)
寮長からの取り次ぎに私が向かう。
寮のエントランスに降りると銀髪で長身の男が立っていた。一見優男に見えるが、ただ者ではない空気を纏っていた。
「ここにアリス・キャロルがいるはずなのだが?」
「ええ、おります…。あなたは?」
「ラルフが来たと伝えて欲しい」
私はその言葉にピンときた。
「あなたはもしかして…」
「ああ、ロゴスから来た」
「こちらへ」
ラルフさんを連れてブリジットさんの部屋に案内する。
扉を開くとラルフさんは葵様とブリジットさんを見てから私の方を向いた。
これまでの経緯を話す。
「なるほど…分かった」
(葵様がこんな状態なのにどうして何も言わないのかしら?)
「お前は王女を休ませた方がいいのでは?」
そう言われて王女を見るとベッドにもたれ掛かるようにして寝息をたてていた。極度の心労で倒れた王女を部屋まで運び寝かせると、私はブリジットさんの部屋に戻った。
『カチャ』
扉の中に入ろうとして立ち止まる。
ラルフさんは慈しむように葵様の頭を撫でていた。
私に気づいたラルフさんは葵様から離れる。
「もう一人の仲間に聞いてみたが、葵はどうやらこの少女の夢の中で戦っているようだ。そして、そんなことが出来る相手は魔族のようだ」
「えっ、しかしっ、そんな話聞いたことが…」
「ああ、魔族など、ほとんど出会うことはないからな」
「どっ、どうすれば…」
「どうしようもない。葵が勝てば帰ってくる、負ければ死ぬ」
(ああ、私が軽く見ていたばかりに…)
「お前は寝ておけ、あとは俺がみる」
「あのっ、私もいさせてください」
「だめだ、お前は王女を守るのが仕事だろう」
そう言われて部屋を追い出された。
目が覚めると夕方だった。ブリジットさんの部屋に行くと、出る前と同じ光景が広がっていた。
「あの…私が軽く考えていたせいで…止めるべきでした。すみません」
「いや、葵は危険だと知っていても行っただろう」
それから、さらに一日が経ち、そろそろ二人の健康状態が不安になる。
(葵様やブリジットさんも心配だけど、ラルフさんもこの二日の間、一睡もしていない)
ラルフさんは片時も葵さんから離れず様子を見守っていた。
◇◇◇◇◇
葵は快楽の海にたゆたっていた。
絶え間ない刺激に意識を失うことも許されず、ただ、ひたすらイカされ続ける。
「ぁぁ…」
もはや声も枯れてしまった。
「あらあら、もう終わりね。こんなことならもう少し遊んであげても良かったかしら」
エヴァが葵を包んだ触手のボールの真下から見上げる。そのすぐ前ではブリジットが両腕を触手に絡め取られて項垂れている。
エヴァは葵から目を離すと、今度はブリジットの方を向いた。
「ねぇ、ブリジットちゃん、あなたはどうされたい?」
「……もう…私…無理…耐えられない。…助けて…下さい…」
「うふふっ、あはははははははっ、ブリジットちゃん、貴女、自分だけ助かりたいのねっ、あはははっ、助けに来たアリスちゃんを見捨ててっ」
項垂れたブリジットの床にポタポタと水滴が落ちる。
「良いわっ、それじゃ、ゲームをしましょう。ここから、寮の貴女の部屋まで逃げ切れたら貴女だけ逃がしてあげるわっ」
その言葉に眼鏡のレンズの奥でブリジットの目が光る。
どこからともなく砂時計を準備するエヴァ。
「それじゃ、触手が三分後に貴女を追いかけるわよっ」
そう言うと触手が離れた。エヴァが、砂時計を逆さに向ける。
『ドサッ』
ブリジットが床に倒れた。
「さあ、ブリジットちゃん、早くしないと三分たっちゃうわよぉ」
ブリジットは四つん這いで必死に這う。
それを見たエヴァが馬鹿にして笑った。ところが、入り口近くに来たときにブリジットの動きが止まった。楽しそうに笑っていたエヴァの顔が曇る。
「あら?まさか、もう諦めたとかじゃ…」
その言葉は途中で止まる。
ブリジットは学院長のナイフを持って立ちあがった。
「はあ?もしかして、それでどうこうできると思ってるのかしら?」
エヴァの言葉には答えず、ブリジットは触手の束に向かって叫んだ。
「アリスさんっ、私っ、助けに来てくれて本当に嬉かった。なのにっ、なのに私っ、何もできなくてっ、だけど…これが私の夢ならっ…」
悲痛な叫び声は途中で涙声になる。
持っていたナイフを逆手に持ちかえたブリジットは両手でナイフの柄を握ると自分の胸に突き刺した。
『ドンッ』
「…え…?」
ブリジットが自分の胸を見る。ナイフの刃が跡形もなく消えていた。
◇◇◇◇◇
「もう出来たのですか?」
暗闇の中から現れた男が小瓶を差し出す。
「こちらも事情があってな」
「そうですか、早く出来て良かった…」
◇◇◇◇◇
「アリスさんっ、私っ、助けに来てくれて本当に嬉しかったっ」
(…ブリ…ジット…さん…)
「…私っ、何もできなくてっ」
(そんな…こと…ない…)
『ドンッ』
「きゃははははははっ、残念だったわね。貴女は私の許可なく死ねないのよっ。自分が死ねば夢が覚めてアリスちゃんが助かると思ったの?浅はかだったわねっ」
「ああああああああっっっ」
ブリジットさんの悲鳴が聞こえた。
(ブリ…ジット…ブリジットさんっ)
僕は一瞬意識を取り戻した。
「うあああああっ」
もがこうとすると、触手の刺激で意識が朦朧となる。
「くぅっ」
(くそおおおおっ)
快楽を堪えて指を噛んだときに、青く光る指輪が目に入った。
(これは…モニカさんから渡された…お願いっ、助けてっ)
モニカさんの顔が浮かんだ。
「うわっ」
祈りに合わせて指輪が青い光を放つ。さらに首からも赤い光が迸る。
二つの光が僕の体に流れ込んできて『スッ』と霧が晴れるように意識がはっきりした。
(なんだか分からないけど今しかないっ)
村正を出して周りの触手を切り裂いた。
『グラッ』
体が落下する感覚。
目の前に驚いたエヴァの顔がある。
「おおおおおっ」
落下するのに任せて反射的に村正を出した。
『ザシュッ』
エヴァに重なるようにぶつかった僕は村正を離してそのまま床に転がった。
「あ、あ、な、何なの…これ…貴女…どうして…」
村正が突き刺さったエヴァはそう呟いて倒れた。
「ブッ、ブリジット…さん…」
薄れゆく意識の中でブリジットさんの泣き笑いの顔が走り寄ってくるのがぼんやりと見えた。
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