魂の残り香4

「知りたいことはリンドン伯爵令嬢の噂とトウェインの出征の経緯、この二つだったな?」

散々自分の弱味を見せてしまった男は女の顔を見ずに封筒を投げた。

「ありがとう。さすが、早いわね」

女はそんな男の顔を楽しそうに見つめる。

「ふん、詳しくはその資料を読め。それから…」

「くれぐれも資料は人目につかないように、でしょ?」

「そうだ。俺はすぐに出る。お前もくれぐれも人目につかないように出てくれよ」

気配を消して男は裏口から出ていった。

「ふふ、結構溜まったわね」

女も笑うとその場から煙のように消えた。

◇◇◇

俺は煙を口から吐いた。

読んでいるのは盗賊ギルドから流出した資料だ。

「ふむ」

リンドン伯爵令嬢は数年前に死んだことになっている。

俺はさらに目を通した。これは国への提出書類の写しだ。

名前:リィサ=トウェイン
死因:病死
病名:ネクロム病
感染場所:トウェイン男爵領
経緯:トウェイン男爵領、森にて魔物に襲われ感染

ネクロム病と言えば、アンデッドに襲われた際に罹患する病だ。

だが、なぜ男爵の妻がそのような危険な森にいたのか、そこまでの背景は書かれてはいなかった。

続いて二人についての噂が綴られている。

様々な噂があるが、纏めてみると、トウェイン男爵がリィサを捨てるために画策した、というものと、リィサが望まぬ結婚に耐えられず自ら死を望んだ、という話が大筋のようだった。これは男爵よりも格上の伯爵令嬢を妻とすることになったトウェイン男爵への貴族達のやっかみ、さらに美しいリィサと野獣のようなトウェイン男爵の容貌から庶民が面白おかしく流した噂なのだろう。

とは言え、これはトウェイン男爵の目論見通りになっていた。

さて、次にトウェイン男爵出征の経緯に俺は目を通す。

トウェイン男爵は戦争に行くと言っていた。もちろん王命により出征するというのは分かる。

だが、資料でもトウェイン男爵は最前線に名前が書かれていた。

普通最前線に行くのは平貴族や、その土地の豪族、騎士などが一般的で、そういう意味でもその土地の者ではないトウェイン男爵が一番最前線に行くのはおかしい。

誰かが動いたはず。

その時、御前会議の出席者の中に見知った名前があることに気がついた。

『リンドン伯爵』

なぜリンドン伯爵が出てくるのか。軍の要職に就いていたのだろうか。

読み進めるうちに俺は理解した。どうやら現在の軍務卿はリンドン伯爵の姉の嫁ぎ先だったらしい。

そのため、リンドン伯爵は王も出席する重要会議に顔を出すことが許された。

そこで何があったのか。答えは簡単だ。

◇◇◇

それから数日後、リンドン伯爵との約束の日になった。

その日も依頼された日と同じ、気持ちのよい晴れ渡った日だった。

「レナード様がお越しになりました」

再び俺はベッドのある部屋に案内される。

「ゴホッ、ゴホッ、すまぬな、レナード殿」

「いえ」

「…依頼の品はどこにあるんじゃ?」

「すみません、ここには用意しておりません」

俺の答えから一瞬間をあけて怒鳴り声が寝室に響いた。シンと静まり返っているだけにその声は屋敷の空気を震わせる。

「貴様っ、約束を違えるというのかっ。それがどういうことか分かっておるのかっ」

病床の老人とは思えない覇気のある声だ。さすがは伯爵と言ったところか。

だが、この程度のことは全く臆するようなことではない。俺はしっかりと老貴族の目を見つめて答えた。

「伯爵、『ここには』と俺は言ったんです」

「何をっ、ゴホッ、ゴホッ」

すっ、と執事が水差しを伯爵に手渡し、背中をさする。

「ほら、今日は天気も良いし暖かい。少し外に出ませんか?」

「む…ゴホ…ゴホ…」

俺の言葉に返事をしたのはこれまで一言も口を出さなかった執事の方だった。

「レナード様、旦那様は病の身。お医者様からも外出は避けるようにと言われておりますので」

なぜだかその時、トウェイン男爵とリィサの顔がちらついて、俺の中に嫌な気持ちが膨らんだ。少々人間と一緒に居すぎて毒されてしまったのだろうか。俺は盛大にため息をついて吐き捨てるように言った。

「見たところほっといたってあと数ヵ月の命だろう?それが二、三日縮んだところで変わりはしないさ。行かないと死ぬ前に後悔することになるぜ」

「なっ、…旦那様を愚弄するかっ」

当然老執事が目を見開いたが、そんな老執事を抑えたのは意外にも伯爵だった。

「いいだろう、レナード殿。ただし、それに見合ったものがなければお主の首はないぞ?」

俺はニッコリと笑う。

「必ずやご満足されるでしょう」

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