お姫様の屋敷

東門からまっすぐ伸びる大通りから一つ南側に入った道沿いにその建物はあった。

(すごいおっきな建物だなぁ、貴族の別荘だったりするのかな?)

高いレンガの塀を眺めながら僕がそんなことを考えていると

「こちらになります」

(へ?)

「こちらって…この家ですか?」

「はい」

「ちょっと大き過ぎないですか?」

「そうですねえ、敷地は広いですけど建物自体はそれほど大きくないんで…とにかく一度中を見てみましょう」

そう言って門を開ける。

鉄の門が開いて敷地内が明らかになる。

芝生が広がる中にこれまたレンガ造りの歴史を感じさせる建物が建っていた。

(確かに、敷地に比べたら建物はそんなに大きくないかも…だけどさぁ…)

「さあ、入りましょう」

そう言ってケイトさんが木製の両開きのドアを開けると、古い木の床で温かみのあるエントランスが現れた。

(ここだけでケルネの家の半分はありそうだよ…)

左奥の螺旋階段で上の階に上がれるみたい。一階は向かって左側に二つ扉があって、右に一つ扉がある、また、正面に暖炉ともう一つ奥に向かう扉があった。

(ふあぁ…)

僕が吹き抜けの高い天井を見上げてため息をついているとケイトさんが見取り図を見ながら説明してくれた。

「ええっと、左に二つある扉はそれぞれお風呂とトイレのようですね」

扉を開けてみるとトイレもお風呂も広くて、お風呂なんか床が大理石で出来ていて、5、6人くらいなら一緒に入れそうなほどの広さだった。

「右は特に決まった部屋ではないようです。おそらく居間じゃないでしょうか」

開けてみると、絨毯が敷かれていて、低いテーブルやソファ、暖炉があった。

「正面の扉が食堂ですね」

こちらも10人くらい座れそうなテーブルと、仕切りの向こうにキッチンがある。

「では、二階に参りましょう」

促されて二階に上がる。二階はトイレと風呂の上に位置する部屋が一つと、食堂やキッチンの上にあたる場所に部屋が二つ、居間の上に位置する部屋が一つ、合計四部屋のそれぞれかなり広い私室があった。

「管理は行き届いているはずなのですが、設備もチェックしておきましょう」

そう言ってトイレに行ってきちんと流れるかを確認した。次にお風呂に行く。

「お湯は…」

そう言って、お風呂の片隅にある大きな丸いハンドルを回すと、壁に彫刻された獣の口から勢いよくお湯が出てきた。

「あの…どうやって沸かしているのですか?」

ちょっと気になって聞いてみた。

「あっ、アオイ様達はこの街に来て間もないのでしたね。この街の近くに火山がありまして、この街でも温泉が湧き出している家があるんです。といっても、お風呂に使えるくらいお湯が出るのは珍しいんですよ」

(へえ、そうなんだ)

「キッチンも見ておきましょうか」

てきぱきとチェックするケイトさん。秘書の鑑のような人だ。

「魔石を使って火をつけることもできるようですし、外見は古そうに見えますが、中身は最新ですね!」

「あのぉ…この家はもともと何だったんでしょう?」

僕の質問にケイトさんが書類を見ながら答える。

「はい、この家の元の持ち主は…えっ?王女様!?」

「王女様?」

「は、はい。どうやら王女様が体調を崩された折に、温泉療養のために使われていたようです。その前も貴族が療養のために使っていたようです」

「はあ…」

(王女様かぁ…いきなりこんな凄い家が僕の家って言われても、どうも現実感が湧かないなぁ)

ラルフは温泉が気になるようで風呂から戻ってこない。

「では、いかがしましょう?」

ケイトさんが僕の顔をじっと見る。

「えっと、もうちょっと小さい家は…」

そう言いかけた僕にケイトさんの眼鏡がギラッと光った。

「葵様っ!!少しよろしいですか!!」

「えっ!?」

「Bランク以上の方には良い生活をしていただかないと困るのです!!周りのCランク以下のハンターはそれを目指して努力するんですっ!」

「は、はい!!」

「そのためには貯金などもっての他!!湯水のようにお金を使って豪勢な生活をしてください!いいですね!!」

「うええっ!?」

「そもそもこれ以上に小さい家はございませんっ!!理解されましたか!!」

「はいぃっ!!素晴らしいです!この家でお願いしますぅ!!」

「ラルフ様もそれでよろしいですね?」

(いつものケイトさんに戻った…ホッ…)

いつの間にかラルフが僕の横にいた。

「ああ、俺はどこだっていい」

「では決定でよろしいですね。こちらにサインをお願いします。…鍵はこちらになります。備え付けられている家具等はそのままお使いください。また、備え付けのものを処分するとか、困ったことが起こりましたら、ハンターギルドの方で承っております。私はこのままギルドで契約等を済ませておきますので。お二人の荷物は既に部屋に搬入してありますのでご確認ください」

早口でそう言ってケイトさんはスタスタと帰ってしまった。

後に残された僕とラルフ。

(なんか、マーガレットさんともこんなやり取りをした覚えが…そういえば荷物が既に入ってるって…どういうこと!?)

「………とりあえず、二階の部屋を見てみよっか?」

そう言って二階に行くと、廊下からはエントランスが見渡せる。

(すごいなあ。Aランクのハンターって一人でこんなとこに住むんだ…)

天蓋つきのベッドのある部屋に僕の服が、その隣の部屋にはラルフの服が入っていたのでそのまま使うことにした。

「葵、俺は風呂に入ってくるぞ」

ラルフがそう言って一階に降りていくのを見て、それなら僕もお風呂に入ろっかな、って着替えの準備をしていると村正が話しかけてきた。

(「主殿?」)

(「どうしたの?村正」)

(「気づいておるか?主殿は先日の戦いの最中、妾の力を解放されたのを」)

(「へ?僕、何かした?」)

(「はあ、全く、主殿はぼんやりされておるのぉ。思い出してみよ。あのオーガとの最後の斬り合いの際にオーガの心を読んだであろう?」)

僕はそんなことあったかな、と思い出す。

(えっと…まずオーガの打ち下ろしを躱して…………あっ、あの時かな、倒す直前にオーガの声がしたような気がしたけど…」)

(「そう、それじゃ。相手の体に触れずとも読み取れるようになったのじゃ」)

(「…でも、まだ村正は顕現しないね」)

(「それはもう少しかかるであろうな。とにかく、主殿は着々と成長されておる。妾は嬉しいぞえ」)

(「ほんと!よーし、明日からも頑張るぞっ!そうだ!この調子で男に戻る方法も見つけるぞー!!」)

(「じゃから、それは無理と…主殿?…むぅ…聞いておらんか…」)

僕は意気揚々とお風呂に向かった。
なみなみとお湯の入った湯船からはもくもくと湯気がたっている。ラルフは既に入っていてタオルを頭にのせていた。

「葵、掛け湯をしてまずは体を洗うんだ。それから温泉に浸かる、タオルは湯に浸けてはいけない」

ラルフに温泉の作法を教わってお風呂に浸かった。

「ふー!!温泉ってきもちいいんだね!」

肩まで熱いお湯に浸かると全身がほぐれるような気がする。

「俺も大和で入ったことはあったが、大陸に来てからは初めてだ」

「へぇ、大和にも温泉があるんだね」

「ああ、たくさんある」

そう言ってラルフが何気なくお風呂の縁に座ったのを見て僕は驚愕にうち震えた。

目の前にあるのは分厚い大胸筋に血管の浮いた男らしい上腕二頭筋、それに六つに割れた腹筋。

僕は自分の腕を見る。
無駄な脂肪はついていないけど筋肉質かと言われたら全然そんなことない。胸は柔らかいし、お腹もスッキリしてるけど割れてないし、足も細いし。
むしろ自分でもこの体で動けてるのが不思議なくらい。

「むっ?葵、目が死んでいるが何かあったのか?」

お風呂の縁に腰かけているラルフを恨めしい目つきで見ていたら気づかれた。

「ラルフって…いい体してるよね…」

ラルフが不思議そうな顔で僕を見ている。

「ねえ、ちょっと触っていい?」

お湯をかきわけてにじりよると、なぜかラルフは僕の手をスッと躱して風呂から上がった。
お湯が流れ落ちる発達した背筋にお尻もギュッと締まっていて、太腿もがっしりしている。後ろ姿も理想的な体つきだった。

「ズルいよね…」

「一体何の話をしてるんだ?」

「触っていい?」

「いや…なぜだ?」

「いいじゃん、ちょっとだけ…ねえ、ちょっとだけ、先っちょだけでいいからさあ…」

ラルフは無言でバスルームから出ていってしまった。

◆◆◆

「おっ、帰ってきてたのか」

支部長室にレオンが戻ってくると、ケイトが自分用のデスクで書類をしたためていた。

「はい、無事物件の引き渡しが終わりました。契約も…はい、これで終わりです」

「怪しまれなかったか?」

「ええ、全く。フフフ」

二人は悪い顔で笑顔を交わす。

「アオイがお姫様の邸宅に住んでるのはすぐにでも知れ渡るだろう。これはいい宣伝になるぜ」

「ええ、まだ二日ですが、既に男性ハンター達の依頼達成率も上がっています。新規ハンターの入会も期待できそうです」

「よし、落ち着き次第あいつらはルーキーだからってことにして毎日依頼を受けさせるんだ」

「なるほど、朝と夕方にギルドに来させるんですね、フフフ」

筋トレの一貫にお風呂でバタ足していた僕の知らぬところで、何やら大人達は悪巧みしていたのでした。

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