「オヤジ!」
崩れ落ちるロレンツォのオヤジに止めを刺そうとラウルさんが無表情で剣を振り上げる。
「クソっ!」
俺は腕を伸ばすようにしてオヤジとラウルさんの間に剣を突き出した。
『ギンッ!』
力は乗っていなかったが、なんとかラウルさんの剣筋を変えることはできた。
(危ねえ!)
オヤジを庇うように前に出る。ラウルさんは何の感情も表さず、その場で俺たちを眺めている。
「ロレンツォさんっ!?」
「葵っ!ここはいいっ!お前は敵将に向かえっ!」
俺は飛び出そうとする葵を止めた。今はオヤジ一人に皆で構っているべきではない。
「オヤジは鎧の隙間を切られただけだっ!傷は深くないっ!」
葵がオヤジをちらっと見て天幕に入ったのを確認してから、ラウルさんと対峙した。
(ラウルさん…)
見た目に大きな変化はないように感じるが。
(目に生気がない…)
しかしその瞳が明らかに違っていた。以前の輝きは失われ、今はどす黒く濁っている。
(だが、これなら操られている可能性も…だとしたらまだ…)
「いえ、残念ですが彼は死んでいます」
すぐ横からまるで自分の考えを読んだかのような声がした。
驚いて目を向けるとそこには葵と一緒のはずのジルがいた。
そして分かってはいたが、考えたくなかった事実がはっきりと告げられた。
「何をしているっ!お前は葵の援護に行けっ!」
内心の動揺を隠そうと、俺の口調は無意識に厳しくなってしまった。
「ええ、すぐに行きます。ただ、気をつけてください。彼は死して操られているとはいえ、生前の力を完全に使うことができます」
(生前の力?こいつはラウル将軍のことを知っているのか?)
パッと目をジルに向ける。ジルと目が合った。金色の瞳は悲しい色をしていた。
「もう、助けられないか…?」
動揺もおさまり、思わず俺の口から出た疑問とも独り言とも言えない言葉にジルの「はい」という無慈悲な一言が耳に刺さる。
(そうか…だめか…)
ジルが離れ、俺は一人になった。
(俺も早く葵を助けに行ってやらんと…)
「ふっ!」
剣を一度振って無理やり気持ちを切り替える。
ラウルさんに意識を集中する。
ラウルさんが剣を正眼に構える。対する俺は下段に構えた。
駆け出しの頃に稽古をつけてもらったラウルさんと目の前のラウルさんの姿が重なる。
(まさか、こんなことになるなんて考えたこともなかったな)
『ヒュッ』
ラウルさんが鋭い踏み込みとともに突きを放つ。
(くっ、速いっ)
反らせた体の横を剣先が抜ける。さらに躱した剣の先から白い光線が発射された。光線の当たった地面の枯れ草が燃え上がった。
(危ねえっ!光の精霊かよ!)
俺の鎧は安くはないが機動力重視で隙間だらけだ。
(くっそ、こちとらオヤジみたいなフルプレートじゃねえんだよ!)
「だが、次はこっちの番だぜっ!」
得意の下段からの切り上げ。大剣の巻き起こした暴風がラウルさんを襲う。
しかし、それをバックステップでラウルさんは容易く避けた。
(剣筋を見極められているか…それに、まさか死んだあとまで精霊の加護があるとはな)
脳裏にかつてのラウルさんの戦う姿が思い出される。
(ラウルさんの代名詞、光の精霊…か。ガキの頃ギルドの訓練場でよくねだって見せてもらったっけな。生意気な俺にハンターとしてのイロハを教えてくれたのは、ラウルさんとオヤジのパーティだった…)
チラッと後ろを見る。オヤジが青い顔で荒い息をしていた。葵には浅い傷だと言ったが、あれはそんなに浅い傷ではない。
(オヤジ…それほど時間はかけられないか)
「ラウル…『さん』付けはもうしねえ。俺の尊敬するラウルさんはもう死んじまったんだからな。いくぜぇぇっ!」
俺は体内の闘気を全身に巡らせると低い態勢で飛び込む。
ラウルはその場を動かず上段に構えた。
(俺の剣より速く降り下ろせるってか?甘くみるなよっ!一撃で決めてやるっ!)
全身の闘気を腕に集中する。これで腕力は桁違いに上がる。
地面すれすれを通る剣が風を起こして砂ぼこりが舞い上がった。
「おおおっ」
ラウルは速さについてこれない。
(決まりだっ)
その時、ラウルさんの声が耳に蘇った。
(「頑張ったな、レオン。これからはお前も一人前のハンターだな」)
(あれは初めて討伐依頼を成功させた時だったか…)
頭を撫でられた手の暖かさが、ラウルの笑顔が同時に脳裏をよぎった。
(ダメだ!これを止めちまえば、オヤジも死んじまうんだぜ!)
「くそぉぉぉっ」
ぎりぎりで剣を止める。
『ヒュッ!』
見上げるとラウルの降り下ろされる剣。
俺は妙に落ち着いてそれを眺めていた。
(ああ、これは死んだな)
ゆっくりと剣が降りてくる。
突如、衝撃が体を襲った。
「ぐあっ!」
(なっ!?)
無様に転がった俺の視界に青い空が広がる。
「馬鹿野郎っ!」
起き上がった俺の前にハルバードの柄を杖のようにして立ったオヤジの姿があった。
「はあ、はあ!…ほらな、言わんこっちゃない。はあ、はあ、…私情は挟むなって言っただろうがっ!…坊主はそこで見てろっ!」
そういうと先程までの苦しそうな表情とは一変して鋭い目つきでラウルを睨み付ける。
「ラウルよお、儂を斬るだけならまだしも、若いのに手を出すのはいけねえな。パーティの不始末はパーティ内でケリをつけんとな」
ハルバードを頭の上で回すと。切っ先をラウルに向ける。ラウルも再び剣を正眼に構えた。
それからは圧巻の戦いだった。
オヤジがフルプレートの隙間から流れ出す血を構う様子も見せず、ハルバードを振り回し、ラウルがそれを流し、止め、反撃をする。剣先からは光が放射され、オヤジの胸のプレートがそれを跳ね返す。
動くたびに飛び散るオヤジの血で辺りの枯れ草が真っ赤に染まった。
「はあ、はあ、げほっ!」
しかし、長い攻防の末、ついに、オヤジが咳き込み、口から血を吐き出した。
「オヤジっ!」
「坊主!黙って見てろっ!」
口元の血を手のひらで拭ったオヤジが体を落とした。
(オヤジ…決める気だ)
二人が向かい合い、時が流れる。先に動いたのは間合いに劣るラウル。
距離を詰めようと飛び込んだ。
オヤジのハルバードがラウルを襲う。
『ギャンッ!ギャンッ!』
オヤジのハルバードの細かい突きをラウルが捌きながら徐々に二人の距離が接近する。
『バリバリ』
その時、二人の向こうで、天幕が破裂するようにして、巨大な黒い半球が現れた。
(なんだ?)
俺が目を離したのはほんの一瞬のことだった。
だが、視線を戻すと、ラウルの剣がオヤジのフルプレートの腹を貫いていた。
(オヤジっ!)
「ぐぬうっ!」
しかし、それでもオヤジは止まらなかった。剣を腹に刺したままハルバードを振りきり、ラウルの肩から脇腹までを切り裂いた。
崩れ落ちるラウル、だが、オヤジも同時に力尽きたように崩れ落ちた。
◇◇◆◇◇
「やはりここにいたのか」
酒場のカウンターで管を巻いていた俺の横に男が座った。
なぜわかった?と言おうと思って横目で見ると、先に答えが返ってきた。
「ロランは強面のわりに優しいからね。きっとまだ一人で後悔していると思ったのさ」
「顔のわりにってのはやめろ」
ハンターなんてやくざな商売してりゃ、仲間が死ぬなんてこたあ日常茶飯事だ。
毎月抜けたメンバーの名前がギルドの壁に小さく貼り出されている。
これまで生きている方が不思議な状況を幾度となく潜り抜けてきた。それが、この最後の仕事でトチるなんてアイツは馬鹿としか言いようがない。
「気持ちは分かるよ。だが、もう半年だ。そろそろ…」
「そろそろ、何だ?」
声に殺気がこもっちまった。だが、隣の優男はそれにさして反応もせず、グラスを口につけた。
「君にギルドマスターの打診が来ているんだろ?」
「ああ、そういうお前は近衛兵長だったか?」
俺の隣にいるこの男はまるで貴族のようなたたずまいをしている。
顔も整っているのでギルド内でも貴族の落胤ではないかと、本人が否定した今でもまことしやかに囁かれているのだ。
「私は近衛兵になるよ。そしてゆくゆくは将軍になるつもりだ」
こいつなら窮屈で面倒な王宮でも上手くやるだろう。
そこで、ふとパーティを組んで10年。当たり前のようになった言葉遣いが妙に気になった。
「なあ、顔は生まれつきだとして、その口調はどこで覚えたんだ?」
「ああ…うん、ちょうどいいかもしれない。君には言っておこうかな。別に隠すつもりはないのだが、私は孤児だったのだ」
俺は驚いたが、同時に納得もできた。こいつがパン屋の倅には逆立ちしたって見えねえからな。
「残飯をあさり、泥水を啜って生きていた私を救ってくれた人がいたんだ。言葉遣いはその人の影響だな」
その恩人が貴族だったのだろう、と思ったが、本人がそれ以上なにも言わないのだから俺も何も聞かなかった。
そして、ラウルは宣言した。
「将軍になって私はこの国を、国民を守る」
その声には眩しいほどの真っ直ぐな決意が込められていた。
「子供かよ?」
思わず笑ったが、ラウルの顔はいたって真面目だった。
(そう…か。なら俺はギルドマスターとしてこの国を守るとするか…)
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