夢の中へ

学生たちが気づくこともなく、学院長の件は終わった。ガビーノ学院長は監獄送りとなり、死ぬまで強制労働となった。だけど、エヴァ・キアーラは姿を消したまま今も見つかっていない。

さて、事件後、ブリジットさんは王家の医師による診察を受けて、体には何の問題もなく妊娠等もしていないことがわかった。
また、精神的な面においても、毎回あの催淫作用のあるお香が使われ、意識の朦朧とした中で行われていたようで記憶はほぼ残っていなかった。

このように、一見すると不幸中の幸いだったんだけど、何もかもうまくいったわけではなかった。エルザによると夜中になると彼女の部屋から叫び声が聞こえてくる、とのことだ。
朝は普段にもまして辛そうだし、サラからは「覚えていないけど、毎晩怖い夢を見る」と聞いた。

(意識の上では覚えていないだけってことなのかな?…悪夢…なんとかならないのかな…)

とはいえ、ブリジットさんが事件に関わっていたことはエルザ王女とモニカさんと僕くらいしか知らない。一般の学生にはガビーノ学院長が学院の予算を着服していた、ということにしたため、一時話題になったくらいで、すぐに日常が戻ってきた。

ラッセル先生も事件そのものの記憶は無かったみたいだけど、自ら辞表を出して学院から去った。何か思うところがあったのだろう。

それから、学院長がいなくなったことで臨時とはいえ代わりをしているのはなんとエルザだ。
エヴァの息がかかったものがいるかもしれないため、最も安全な人選がされたというわけなんだけど、おかげで寝る間もないほど大忙しだ。

さて、僕はというと。

「アリスってハンターだったんだっ!」「本当はアオイっていう名前だったんだね!!」「カッコいいっ」「スゴいっ、魔物と戦ったりするの?」

せっかく落ち着きかけていた学院生活は再び賑やかになってしまった。

目立たないように動いたつもりだったんだけど、寮の僕の部屋から学院長が連行されたのは誰にも見られず、というわけにもいかず。
そして、実家と手紙でやり取りした学生から僕がハンターであることが発覚してしまった。ドナが言うことには、下級貴族や商人の間で僕はそこそこ有名になりつつあったことも原因のひとつらしい。

僕は、もう退学かなぁ、と思ってたんだけど、まだエヴァが見つかっていないことと、試験をきちんと受けて入学したことが評価されて、そのまま生徒と護衛を継続することになった。

こういった諸々の事情で、学院での生活にも変化が起こった。
まず、エルザが学院長の執務をするため、いくつかの授業を欠席することとなった。
そのため、正体のバレた僕もその時間を利用して学院内に隠れているはずのエヴァ・キアーラを捜索することにした。

エヴァという危険人物が潜んでいるかもしれないので、ぶっちゃけ休校にして大規模に捜索した方が安全だと思うんだけど。

「はあ…確かに一旦実家に帰らせた方が楽なんだけど、序列がどうだ、責任がどうだ、ってイチイチ文句言ってくる貴族がいるのよ!!」

エルザが僕の質問に一通の手紙を破り捨てることで答えた。どうやらエルザは相当お冠のようである。これにはさすがのモニカさんも苦笑いをするしかない。

しばらく面倒な貴族について呪詛を吐きまくって、ようやくエルザは落ち着いた。

「それに出入りが激しくなれば、それに乗じてエヴァが逃げるかもしれないでしょ?2週間ぐらいで学生全員分の馬車やら何やらの準備が整うから、もしエヴァを捕まえられなかったらその時は考えるわ」

それから数日後の放課後、僕はモニカさんと学院長室の応接テーブルの上を睨んでいた。エルザは執務机で書類に目を通している。

「葵さん、数日かけて学院内を捜索してもらいましたけど、どこか気になるところはありましたか?」

テーブルの上のに広げられた学院内の地図にはいたるところにバツ印がつけられている。

「うーん、全部回ったけど、怪しいところはなかったですね、本当にエヴァはまだ学院内にいるんですか?」

「はい、それは間違いありません。学院の周りに張られた魔術結界は通過を阻めるほどの力はありません。ですが、痕跡を残さず通る事は不可能です」

(「それなら敷地内から出ていないのは間違いなさそうだね」)

(「うむ。あとは…ほれ?主殿、思い出さぬか?」)

一生懸命思い出そうとするけど、全然思い浮かばない。なにを勘違いしたのか「うりうり~恥ずかしがらんでも~」と妙なことを言い出す村正。

(「えっ?なんのこと?」)

(「つれないのぉ。妾と主殿の出会いを忘れておられるのか」)

「よよよ」って自分で言ってるよ。

(「でも…そっか!」)

「この学院だけど、どこかに隠し部屋みたいなのがあるとか?」

「そうですね、私もそれを考えていました。そこで、図書館から創設時の図面を持ってきたんですが…」

名案だと思ったら、既にモニカさんは検討していたらしい。恐るべし、まるでロゴスのギルドにいたケイトさんのようだ。
ただ、モニカさんの言葉はどうも歯切れが悪いのが気になって聞いてみた。

「何か問題があったんですか?」

「ええ、ちょっと見てください」

僕はモニカさんの取り出した古い図面を覗き込む。

(ん…?ここが学院長室で……特に何もないように見えるけど…)

「変わったところはあるんですか?」

「いえ、それが、全くないんです」

「じゃあ…」

そう言いかけた僕を制して、モニカさんがもう一冊の本を開ける。そちらも図面のようだ。

(うーん、図書館の建物の図面のようだけど?)

「ちょっと見ていてください」

モニカさんがブツブツと何かを呟いた。すると彼女の指の先に水が集まってきた。

「いいですか?」

図書館と学院のそれぞれの図面の目立たないところに水滴を落とした。片方だけ水滴の落ちたところの色が変わった。

(ん??)

「これは?」

「ええ、今私が落とした水滴はほんの少し酸を帯びた液体なんですが、色が違っているのは、材質が違うからなのです」

「?」

「つまり説明しますと、この二冊はともにこの学院の創設時のものなんです。それなのに材質が違う。もっとはっきり言えば、こちらの色の変わらない図面はここ二十年程の間に書かれたものということになるのです」

「なるほど…ってことは…」

「おそらくですが、ガビーノが学院長になってからのはずです」

(そういうことか!)

(「主殿、本当に分かっとるのかのお」)

(「わっ、わかってるよ!」)

「なぜか写本されて、しかも創設時に作られたようにカモフラージュされているってわけなんだよね!」

モニカさんが頷いたのを見てホッとしたのは内緒だ。

「ええ。間違いなく何かを隠そうとしています」

「「ふぅ」」

僕らは同時にため息をつく。

「正しい図面はとっくの昔に処分されているよなあ…」

(どこかに隠し部屋があるはずなのに…うーん。せめて誰かが隠し部屋を見ててくれたらなあ。……うんっ?そうだっ!)

僕は閃いた。

「そうか、あの方法なら…もしかしたら…見つけられるかも…」

「何かあるんですか?」

モニカさんが僕の言葉に反応する。

「はい、だけど…上手くいくか…ちょっと時間を下さい」

◇◇◇◇◇

学院長室を出て寮に戻る道すがら僕は村正に話しかけた。

(「ねぇ、村正」)

(「如何がなされた主殿」)

(「村正の能力で相手の心を読むことができるじゃん、それならさ、ブリジットさんの記憶も見れたりしないかなって思って」)

(「なるほどの、ブリジットの記憶を探れば隠し部屋が分かるというわけじゃな?」)

(「うん」)

(「そうじゃのぉ…出来るといえば出来るが…」)

(「あれ?簡単じゃないの?」)

(「主殿は妾を便利屋か何かと勘違いしておるのではないか?全く」)

(「そっ、そんなことないよ、えへへ!」)

(「仕方ないのぉ。既に分かっておるとは思うが、妾の力は相手の意識に入り込むもの。意識には入れるんじゃが、記憶はまた別の部分ぞ」)

(「じゃあ、やっぱり無理なの?」)

(「話は最後まで聞くのじゃ。記憶を見ることはできんが、もし仮に夢を見ている相手の意識を見れば何が見えるのじゃろうな?」)

(「そうかっ!…夢の内容を知ることが出来るわけだね」)

(「そうじゃ。じゃが、これは簡単ではないぞえ。相手の中に入り込むことになるからの。意識を見るのとは違って、他人の夢を見るには、主殿の意識そのものをその夢の中に投入しなければいけないのじゃ。下手をすれば取り込まれて戻ってこれないかもしれぬぞ」)

(「だけど、それしかないでしょ?どうしたらいい?」)

(「そういうと思っておったわ。ブリジットが夢を見ておる時に、彼女のもとに行くのじゃ。あとは意識を見ようとすれば自然に分かるじゃろ」)

(「ありがとう、村正」)

◇◇◇◇◇

夜、寮の消灯時間が過ぎる頃、僕はブリジットさんの枕元に立った。エルザとモニカさんにも事情を話して来てもらっている。

「葵、大丈夫なの?」

「うん。任せてっ!」

僕は心配そうなエルザに返事をしてブリジットさんを見た。

(「主殿、夢に持ち込めるものは、今身につけているものだけ、外からは何も助けられぬ。夢の中でつけられた傷は、実際の傷として肉体に及ぶ」)

(「つまり、夢の中だからといって不死身じゃないんだね」)

(「さよう、気を付けなされ。ブリジットの夢が終わるまでは帰って来れんからの」)

(「分かった」)

(「では行こうかの」)

僕はブリジットさんの手を握って意識を集中した。

◇◇◇◇◇

(本当に人の夢に入ったりなど出来るものだろうか?そんなことは夢魔にしか出来ないと思っていたけど)

モニカは半信半疑で葵の様子を見ながら考えていた。

(とはいえ、どうやら当時の図面は完全に処分されてしまったようだし…今は葵さんに賭けるしかないわね)

「多分大丈夫ですけど、もしもの時はエルザをお願いします」

小声で耳打ちしてきた葵に頷く。
葵はベッドサイドに座り込み、ブリジット・レンナーの手を握って目を閉じた。

そして、フッと体から力が抜けたようにブリジットの枕元に突っ伏した。

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