10周目 9月23日(木) 12時25分 高樹美紗
(まさか権田に目をつけられるなんて…)
アタシは放送が流れて島津が出ていくのを見つめながら考えていた。
(痴漢はもう絡んでこないはず)
何度も繰り返した結果、アタシがどういう行動をとれば痴漢がどう動くかは分かった。敢えて逃がすと寄ってこない。
(もう琢磨もちょっかいは出さない)
琢磨もこちらから(概ね島津から)何もしなければ大丈夫だ。
(クソ大学生もスルーしたし、島津を柔道部に誘って仲良くなるはずだったのに…。権田は新しいわね…プールの授業を休んだのがまずかったのかしら…?)
今日はもう木曜だ。残り四日、時間はそれほど残っていない。
(諦めちゃダメよ。むしろこれをチャンスにしないと…。権田から何かされてるなら…いや、きっと何かされてるんだから助ければ…よしっ、アタシも教官室にっ)
立ち上がろうとしたアタシの前にスッと人が立った。
「島津君、美紗の事なんだけどちょっといい?」
(亜紀から島津に?何かしら?…仕方ない。さっさと話を終わらせて話をしにいかなくちゃ)
亜紀に頷いてアタシは席を立つ。廊下に出ると教室から少し離れた場所に行く。
九月はまだまだ暑く生ぬるい風が開け放たれた窓から吹きこんできた。
「島津君ってさ、美紗とは付き合ってるの?」
開いた窓から外に顔を出した亜紀が、さらっと聞いてくる。
(なんだ、そんな話なら後にしてよね)
とは思うものの、アタシは顔には出さず返事をした。
「いや。…それがどうかしたのか?」
亜紀は驚いたような、それでいて残念そうな顔をした。
「ああ、その反応は本当に付き合ってないのね…最近の美紗ってちょっと昔みたいになったから島津君のおかげかなって思ったんだけど…」
「昔みたいに?」
アタシは話を早く切り上げるつもりが、亜紀の言葉に引っ掛かりを感じて思わず尋ねてしまった。
「うん。中学くらいから美紗、変わっちゃったのよ。昔はお人形みたいな顔に性格も素直でさ、世間知らずなお嬢様だったのよ。まっ、今とは違う意味で浮いてたんだけど」
寂しそうな亜紀の横顔にアタシの胸がチクッと痛んだ気がした。
(何なのよ…全く…)
「それよりさ」
アタシの方を振り向いて亜紀が話題を変える。
「美紗の事でちょっと気になることがあって…」
「ああ」
こっちが本題のようだ。
(そうそう。昔話よりこっちのが大事なのよ)
「権田なんだけど…先輩から噂を聞いてて…あくまで噂なんだけど、権田が前にいた学校で生徒をレイプしたって…」
亜紀の顔は噂と言いながら真剣そのものだった。
亜紀がアタシの事をこんなに気にしてくれているなんて、何だか不思議な気持ちになる。
「だけど、こういうのって男子には言えないだろうから、私の方で探りを入れてみるわ」
「ああ、頼む。俺に手伝えることがあれば何でも言ってくれ」
(亜紀だけに任せる訳にはいかないわ。アタシも何か考えないと…)
廊下に残るという亜紀をおいてアタシは教室に戻った。
「なあっ、葛城の話って何だったんだ?」
周囲の友人達から話しかけられる。
「いや、たいした話じゃなかった」
「モテる男は言うことが違うねえ」
◇◇◇
10周目 9月23日(木) 13時00分 島津政信
『コーンカーンコーン』
教官室を出た俺は焦って教室に走りだしたが、教室まであと少しというところで、『ニチャニチャ』とスカートの中で音がするのに気がついた。
(この音…)
すぐに何の音か分かって立ち止まる。
(急がないといけないけど…このまま戻ったら…)
よく考えたら手もザーメンまみれになっている。
(くそっ)
教室は目と鼻の先だが、とりあえず手近な女子トイレに入った。
『ジャー、ゴシゴシ』
石鹸で手をしっかり洗う。それから個室に入った。
(うっ)
スカートをたくしあげてギョッとした。パンティは権田のザーメンまみれ。
このまま教室に戻ったら、臭いですぐにでもバレていたかもしれない。
(気づいて良かった…だが、どうする…?)
迷うまでもなく結論は明らかだった。むしろ早く体から離さないと臭いが染み付いてしまう。
(脱ぐしかないよな…)
パンティを下ろすと『トロォ』と透明の粘液が股間からパンティに滴り落ちるのが見えた。
(え…)
それを見た瞬間、俺の顔から血の気が引く。透明の粘液、それは権田のザーメンではなかった。
恐る恐る割れ目に手を這わせる。
『チュク』
(そんな…)
生暖かい粘液が指を伝って垂れてくる。
(なんで…?…まさか…感じていた…?)
トイレットペーパーで股間を拭うと漏らしたのかと疑いたくなるほどグチュグチュに濡れていた。
(そんなはずないっ…)
何度も頭を振って自分を落ち着かせる。
(後で考えよう…まずは教室に戻らないと…)
トイレットペーパーを流すとパンティを足から抜く。
『カチャ』
その時、トイレのドアが開く音がした。
(ん?誰だ…?)
まさか権田ではないだろうが、俺は息を飲んで気配を探る。ドアを開けた誰かはトイレの中をうろついた後、俺のいる個室の前で立ち止まった。
「美紗…?」
探るような小さな声は聞き覚えがあった。
「亜紀?」
返事を返すと安心したように葛城の声が普段通りになった。
「ああ、良かった。廊下からチラッと見えたから見に来たのよ。もうっ、早くしなよ、授業始まっちゃうよ」
「うっ、うん」
俺は脱いだパンティを屑入れの奥に突っ込んで個室を出た。
「心配かけてゴメン」
わざわざ見に来てくれたってことは心配かけていたんだろう、と謝る。
「私より、島津に謝ったほうが良いかもね。ずっとアンタを気にしてる感じだったから」
(そっか、そうだよな…)
粘液が一滴太ももの内側を垂れる感触に思わず声をあげた。
「いっ…」
葛城が変な声を出した俺を怪訝そうに見る。
「ホントに大丈夫?」
「うん、いや、躓きそうになって…」
なんとか言い訳をして教室に戻った俺は、葛城と一緒だったこともあり、変な噂も立てられずに済みそうだと安堵の息をついた。
「お前ら、遅いぞっ」
「すみませーん」
席についた俺が視線を感じてその方向を見ると高樹と目があった。何か言いたげな目。
(高樹には気づかれないように何とかしないと…)
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