年が明けて数日経ったある日のこと。
ギルドから僕宛に手紙が届いた。
「えっと…明日街の広場に集合、だってさ」
読み上げると、ジルが嫌そうな顔をする。
「葵、私もか?」
「うん。ジルとラルフの名前も書いてあるよ」
ジルは盛大にため息をついた。
「あれ?何か予定があったの?」
「うむ。実はちょっとした昔のよしみで薬を作ることとなったのだが…」
ジルにしては珍しく額を押さえて悩ましい表情を見せる。
「難しいの?」
「ああ、今のところ目処はたっていないな」
難しいと言いながらも、楽しそうだ。
「ふーん。どんな病気なの?」
「体が怠くなり、少し熱が出る。だが、食事もとれるし、だが頭がぼんやりして目眩なども起こるので活発に動くことはできない」
(熱っぽくてボーッとするって…)
「それって単なる風邪なんじゃないの?」
「しかしそれがふた月み月と続いたとしたら?変だろう?私は毒を疑っている」
(毒かぁ…)
「でもさ、そんな毒って意味あるの?毒って殺すためにあるんだよね?」
そう僕が言うと、ラルフが口を開いた。
「おそらく、死んでは困るが、元気に動き回られても困る…そういう相手がいるのだろう」
「うーん。どういう状況で使うのかな?」
「人族の戦争では怪我人をあえて残すことで人員をそちらにも回さざるを得なくなるとか読んだ覚えがあるが…」
そういえば、ラルフは最近本をよく読んでいるようだ。
「まあ、その話はさておいてだな。葵、実はついに以前から培養していた触手なのだが、小型化に成功したのだ」
さあ、喜んでくれ、と言わんばかりに僕を見つめるジル。
(触手の小型化?)
「それでだ、この際なので持ち運び出来るようになれば、と考えたのだが…触手を傷つけず、かといって職種が勝手に出てこれない素材を開発する必要がある」
(そんなもの必要?)
「葵も持ち運べた方が便利だろう?」
(そうだった。ジルはなぜか僕が触手好きだと勘違いしているんだった…)
「いや…便利…なのかなあ?」
◇◇◇◇◇
翌日。僕らはいつもの格好で、ロゴスの街を東西南北に走る大通りの中心にある広場に向かった。
「うわっ!すごい人だかりっ!何があるんだろっ?」
僕らが広場についたときには、既に多くの街の人で溢れかえっていた。交通整理を兵隊さんがしている。
なんとなく街の人の服装がよそ行きで小綺麗な気がする。
「むっ!葵、レオンが呼んでいるぞ」
ラルフが指差す方を見ると、レオンさんが手を振っているのが遠くに見えた。
僕らは人をかき分けるようにして向かう。
「葵、やっときたか。さあ、お前らの場所はここだ」
(?)
言われるがままに並ぶ。目の前には赤い絨毯がひかれた壇が準備されていて、僕らはその正面の一番前に立つことになった。
「レオンさん?これって…何があるんですか?」
「ああっ?まさか、お前ら知らんのか?」
周りの喧騒に負けじと大きな声でレオンさんが怒鳴る。
「お姫さんが来るんだよっ」
(お姫様?って…王女様ってこと?)
「あっ、そういえば聞いたことある。…ふーん、今日だったんだ」
「おいおい…。まあいいけどな…っと、始まるぞ」
レオンさんは壇の横に立つようだ。きっと警備もかねているのだろう。
兵隊さんが大通りの横の道を封鎖するように並んで全員体を壇上に向けた。
集まっていた街の人たちも喋るのをやめて壇上を見上げ、静かになるのを待っていたかのように、突然ファンファーレが鳴り響いた。
そして、北の通りにいた兵隊さんが開いた道の先に、一人の女の子が現れる。
(この人が王女様かぁ)
金髪のストレートの髪に碧眼、寒いせいか顔色は雪のように白く、真っ赤な唇が際立っている。
僕とそんなに変わらないくらいの歳に見える。
(ふーん、随分若いんだなぁ)
王女様が壇上に登ったところで、ファンファーレが止んだ。
「皆様、寒い中集まっていただいて光栄です。私は、エルザ・フェルディナントです」
大きな拍手が広場に湧き起こる。
容姿から想像していたよりもずっと落ち着いた大人の女性の声が聞こえた。
(あっ、王女様の服についてるのって魔石だっ。あれで声を響かせているのかな?)
拍手が収まるのを待つ間、王女様が僕らの方を見た。僕と王女様の目が合う。
(あれ?)
目を逸らすわけにもいかないので見つめ返すと、王女様が視線を前に向けた。
(気のせいかな?)
「ありがとうございます。この度はアルフォンソ・フェルディナント陛下の名代として皆さんとともに新年をお祝いできればと思います」
その後も王女様はこの街のおかげで、王都は魔物を心配せずに済むだとか、発展したこの街を他の街の手本にしたいとか、褒めちぎって、その度に大きな拍手が起こった。
(うーん、見られてた気もするけどやっぱり気のせいだったかな)
「それでは、お集まりの皆様、ありがとうございました。皆さんが今年も良い年でありますように」
そんな感じで締めて挨拶が終わった。
再びファンファーレが鳴り響き、王女様が退場していくと、どこに隠されていたのか屋台が道の両側に現れて、雰囲気は一気にお祭りへと変わっていく。
「すごいね。僕と同じ年くらいなのに王女様はしっかりしてたね」
僕が感心してラルフとジルに声をかけるけど。
「ここは人が多すぎる」「早く家に帰って仕事をしないとな」
他人への興味とか全くない二人だった。
「もう、二人とも…ん?クンクン…」
(ホットドッグ、フランクフルト、パンケーキもいいなぁ…むむ、あそこで焼いてるお肉は何だろ?初めて見たぞ!)
ふらふらと屋台に引き寄せられていく僕。
頭の中はこのあと食べるものでいっぱいになっていた。
(うふふふふ、お肉♪お肉♪)
だけど、それが叶うことはなかった。
「葵、お前はちょっとギルドに寄ってけ」
肩をしっかり掴む太い腕は離すつもりは無さそうだ。
「えっ?」
ラルフとジルを交互に見上げると、「葵だけでいいぞ」と言われる。
ジルはあっさりしたもので「じゃあ、先に帰っている」と言って人ごみに消え、ラルフも普段は過保護か!?ってくらいなのにしれっと帰っていった。
「葵、行くぞっ」
「お肉は?ねえっ!お肉…」
レオンさんに引きずられて僕はギルドに向かうこととなった。
◇◇◇◇◇
普段と違って今日ばかりはギルドも閑散としていた。
受付だって今日は誰もいないし、明かりも最低限で薄暗い。
レオンさんは「ちょっと待ってろ」とだけ言って階段を上っていった。
『コツ、コツ』
歩くと静かなギルドに僕の靴音が響く。
普段ハンターや商人で一杯のギルドに誰もいないのはなんだか別の世界に迷いこんだ感じがして不思議だ。
『ガタガタガタ』
せっかく非日常を楽しんでいた僕だったけど、階段から聞こえてくる大きな音で現実に引き戻された。
「葵、お前にお客さんだ」
レオンさんに会議室に行けと言われて階段を登る。
『ガチャ』
「ええっ?」
扉を開くと、そこに待っていたのは女性が二人。しかもその一人は先ほど壇上で話をしていた王女様、その人だった。
(なんで王女様が?)
驚いて扉を閉めるのも忘れて僕が突っ立っていると、ソファの横に立っていた女性が厳しい目をこちらに向ける。
「無礼なっ、王女殿下の御前ですよ!」
意味が分からず戸惑う僕にソファから声がした。
「モニカ、いいのです。何も説明せずに呼び出したのはこちらなのですから」
「しかしっ、エルザ様っ!」
(エルザってどこかで…?)
「久しぶり、いえ、10年ぶりくらいかしら、葵」
美しい金髪と青い空のような碧眼の美少女がいたずらっぽく微笑んだ。
「ああっ!エルザって…ひょっとしてエルザ姫?」
「そうよ、思い出してくれた?王宮で一緒に遊んでいたエルザよ」
「ああー。そっかぁ、どこかで聞いた名前だなぁって思ってたんだよ」
僕とエルザの会話を聞いて目を丸くしている女性にエルザが説明する。
「モニカ、黙っててごめんなさい。葵は大和の王族の血を引いていて私たちは幼い頃に一緒に遊んだ仲なのよ」
するとモニカさんが僕に頭を下げる。
「葵様、誠に申し訳ありません。知らなかったとはいえ、失礼をいたしました」
「いえ、そんなこと」
僕が喋ろうとすると、エルザの声が遮る。
「でも、葵って女の子だったんだ。だってこんなに可愛い男の子なんていないもんね」
そう言われて、僕は村正の話をした。
「へぇ、じゃあやっぱり男の子なんだ」
「うん。何とかして男に戻りたいんだけどね」
「いいじゃない、そのままで!」
そう言って笑うエルザの姿は年相応の女の子だった。彼女が住んでいた家に今僕が住んでいることも知っていた。
「エルザ様、葵様、申し訳ありません。そろそろお時間ですので…」
2時間ほど経った頃、モニカさんが話の尽きない僕らを止めた。
「あら?もうそんな時間なのね。うーん…なんとかならない?」
エルザがそう言うとモニカさんが困った顔をした。それを見てエルザがさっと立ち上がった。
「ごめんなさい、モニカ。行きましょう。それじゃ、葵、また逢いたいわ。今度はあなたが王都に来てね」
そう言ってエルザは手を振って出ていった。
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