ジルの過去とラルフの修行

はい、討伐部位に依頼人の村長のサインも確認しました」

王女の来訪からしばらくして、僕らは仕事を開始した。
数日前に山の中で暮らすトロール達が現れ、1つの鉱山村が壊滅した。北の山間に点在する他の村々が連名でギルドに依頼してきたので僕らがその依頼を遂行してきたのだ。

とはいえ、既に依頼は完了した。

「アオイさん達のお陰で助かりました。本当に急な依頼ですみませんでした」

うん、今年の仕事初めが緊急依頼というのは僕達らしいと言えばらしいけど。

「いや、今回はちょっと時間がかかってしまいました」

「いえいえ、これで時間がかかったなんて言ったら他の人に頼むことなんてできませんよ」

受付のケイトさんが慰めてくれたけど、今回はこれまでと違ってちょっと時間がかかってしまった。
僕もラルフもヴァンパイアの一件に続いてまた反省しきりだった。

(まだまだ未熟だなあ…)

肩を落として帰ろうとした僕に、受付の女の子の一人が声をかけてきた。

「あっ、あのぉ…アオイさんですよね」

(えっと…知り合いだったかな?)

「あのっ!私、エマって言います。最近働き始めました。よろしくお願いしますっ!」

そう言われてみると、ショートカットのあどけなさの残る少女は初めて見る顔のような気がする。

「うん。こちらこそよろしくね」

僕は笑顔で返事をした。

(最近、なんだか女の子から声を掛けられる事が増えたような…)

エマと軽く話をしてからジルを探す。そうそう、今日は珍しくジルが一緒だったんだ。

以前一人で出歩いて変な男にナンパされた挙げ句に襲われた一件から、僕が外出する時、必ずラルフがついて来るようになった。
ジルが来てからはどちらかが必ず一緒にいる。…と言ってもほとんどラルフなんだけど。

(あっ、いたいた)

たいして興味もなさそうに掲示板を読んでいるジルの隣に立って僕も眺めてみる。

「ねぇねぇ、今度はダンジョンに潜ってみようよ。そうすればジルも全力出せるでしょ?」

「ああ、そうだな。私としては、薬の素材になるマンドラゴラが群生しているようなダンジョンがあればいいんだが」

「うーん。あっ、この依頼なんかどう?西の森のダンジョンならマンドラゴラがあるみたいだよ」

そんなことを言っていると扉が開く音がして、ワッと歓声があがった。

(何だろ?)

扉の近くに人だかりができていて、僕は背伸びをする。

「ねぇ、ジル、見える?」

ジルは人だかりをチラッと見て一瞬頬を引きつらせた。

「…葵、こっちに来るんだ」

そう言って僕の手を取って問答無用でギルド内にある酒場に向かう。

「うえ?どっ、どうしたの?」

引きずられるように酒場に入ろうとしたところでよく通る声が響いた。

「そこにいるのはジルじゃないか?」

僕はキョロキョロ見回す。

「くそっ!気づかれたか。面倒な奴が…葵、下がっていてくれないか?」

僕が少し下がるのと同時に人の輪が崩れて、壮年の男性がこちらに近づいてきた。

「やはり…ジルじゃないか。こんなところで会うとは思わなかったよ」

男の人がにっこり微笑んでジルに話しかけてきた。一見すると渋いおじさんだけど笑うと愛嬌のある顔。

(見た事ない人だよね…。誰だろう?)

「ねぇ、大丈夫なの?」

ジルの正体がバレないか心配になって小声で聞くと、振り向かずにジルは小さく頷いた。

「やあ、ラウル。久しぶりだな。お前こそなぜこんなところに?」

一見にこやかに対応してるけど、すっごく面倒くさそうな空気がビンビン出てるよ。

「私はもともとS級ハンターだからさ。たまにこうしてギルドにも遊びに来るんだ。といっても普段はアトラスの本部なんだがね。しかしロゴスでジルに会えるなんてまさか思わなかったよ」

(それにしても、ラウルさんって言うのか。茶髪のオールバックに口ひげ、物語に出てくる将軍みたい)

「…おや?」

ジルの陰に隠れていたけど、僕に気がついたようにラウルさんは片眉を上げた。

「このお嬢さんは?」

「チッ、目敏いな。………はあ…今はこの葵のところで世話になっている」

「ほお。ジルが世話されるとは、珍しい事もあるものだ」

そして、ジルに顔を寄せて「まさか、血を吸って操ってないだろうね?」と言った。ジルが心底嫌そうに顔を背ける。

「ふふふ、大丈夫ですよ」

ジルの普段と違う一面に僕は思わず笑顔になった。

(あれ?)

ラウルさんが僕を見て固まっている。

「お嬢さん、失礼ですが名のある貴族の血縁の方ではありませんよね?」

突然の質問に僕のほうが戸惑ってしまう。

「はい??違いますよ」

今度はジルがラウルさんに尋ねた。

「お前、どうしたんだ?」

「いや、余りにも美しいんで、もしや大貴族のご令嬢かなんかかなと思ってな」

頭を掻きながらラウルさんがそう言うと、ジルは白い目でラウルさんを見た。

「ラウル、お前そんなこと言う奴だったか?」

「はっはっはっ、王宮勤めが長くなったせいか、貴族に毒されてしまったかな?」

片目を瞑っておどけてみせると周囲(主に女の子の)がヒートアップした気がする。

「そうだ、ジルに頼みがあるんだ。ひとつ薬を作ってもらいたいのだ。詳しい話をしたいが今日は時間もないし、近く連絡させてもらっていいかい?」

そして、まるで世間話でもするような気楽な口調でラウルさんが話題を変えた。だけど、その目は真剣な色を帯びていた。

「面倒だな。他を当たってくれ」

「そうか、残念だ。さて、お嬢さん、良ろしければそこのカフェでお茶でもご馳走させてくれないかな?ジルの昔の話を知りたくないかい?」

結局折れたのはジルの方だった。心底嫌そうな顔で頷くと、ラウルさんは僕を見てにっこりと頬笑む。

「ではお嬢さん、また機会がありましたらゆっくりお話でもいたしましょう」

ラウルさんが階段に姿を消してもギルド内の興奮はなかなか静まらなかった。

「ジルに人間の知り合いがいたなんて知らなかったよ」

「ああ、ラウルとは昔、色々あって一緒にいたことがあったのだよ」

「ふーん…そうだっ!ラルフにお土産を買って帰ろうっと!」

僕らは銀狼亭に寄って、ラルフが好きなビッグホーンの肉の唐揚げを買って帰ることにした。

◇◇◇

鉄の門を開けるといきなり全身にブワっと圧力を感じた。

(何これ?殺気とはちょっと違うみたいだけど…父さんの政宗を抜いた時のプレッシャーに似てるかも)

庭の中心でラルフが目を閉じて立っている。

ラルフの体から靄(もや)のようなぼんやりとした赤い光が出ているのが見えた。

「ほお、始めて二日目でこれほどのモノになったか」

ジルは何か知っているようだ。

「ラルフっ、何してるの?」

僕が声をかけるとラルフが目を開ける、と同時にプレッシャーが消えた。

「ラルフっ、唐揚げ買ってきたから一旦休憩して食べようよ」

「いや、もう少しで何か掴めそうだ。先に食っててくれ」

それだけ言うと再び目を閉じてしまう。

「えっと…?」

ジルに目で説明を求める。

「なにやら悩んでいる風だったラルフ君に闘気の使い方を教えたのだ。もともと戦闘力的には強い闘気を持っていて当たり前だったからな。人型で闘う際には必要だろうと思って教えたのだが…まさかこれほどとは思わなかったな」

ラルフが修行している姿を見ると僕ものんきにはしていられない。

(「ねえねえ、僕もなんかないの?」)

心の中で村正に話しかける。

(「あれほどの気をあてられて気が急くのは分からいでもないがの。強敵と闘うのは良いかもしれんの」)

(「強い敵かぁ」)

強い敵と闘うとなると村正の力を全力で使うことになる。

(そうなれば間違いなく発情しちゃうもんなあ)

トロールと闘った後も、山の中でその…ゴニョゴニョしちゃったし…。

◆◇◆◇◆

数日前。

「本当にすみません!!」

受付カウンターの向こうでケイトさんが深々と頭を下げていた。

「いえいえ、そんな…頭を上げてください」

この案件が僕らのところに持ち込まれたのは、僕らが普段からあっという間に討伐依頼をこなすことがギルドにもしっかり知られていたからだった。
ちなみに、これはラルフの機動力と嗅覚を使うというちょっとズルい気がするんだけど。

討伐対象はトロールで、討伐範囲は北の山脈。
詳しい情報はなく、生き残っている鉱山村で集めるしかない。

「とりあえずもう日が落ちていますし、明日早朝から向かいます」

「はい、お願いします!」

僕らは家に戻って暖炉の前で作戦会議を開くことにした。

「トロールって巨人だっけ?」

「うむ。体はそうだな、3メートルほどだから巨人族に近いが妖精の一種だ」

ジルにも参加してもらって情報を得る。

「彼らの再生能力は素晴らしいぞ!腕の1本や2本ならものの数分で元通りになるからな」

「へぇ…それはすごいなあ。でもさ、そしたらどうやって倒したらいい?」

「トロールは体内に核を持っている。人で言うところの心臓だな。それを破壊すれば体が崩壊するのだ」

「そうなんだ。だから討伐部位も核になってるんだね」

「ああ…、だが」

そこまで言ってからジルの言葉が止まる。

「どうしたの?」

「いや、…おっと、そんなことよりも」

ジルはいつの間にかジャムを入れるような瓶を持っていた。

「トロールの核をここに入れて持ち帰ってほしい。少しでもいいぞ」

「はいはい。しょうがないな」

ジルは自分の研究に必要のないことには全く興味を示さない。だから今回も僕とラルフで行くことは想定内だ。
家が豪華だから留守番がいるのはある意味安心なんだけどね。

地図を見て相談したあと僕は自分の部屋に戻って支度をすることにした。

「うーん、雪山かぁ」

帰りがけに買ってきた服を並べてみる。

「お店を開けてくれたのは助かったんだけど…」

あえて言うならタイツが分厚くなったくらいでぶっちゃけ普段の服装とほとんど変わらない。

分厚い紺のパーカーに黒のタイトスカート。
ムートン素材の茶色のコートと膝下まである黒いブーツ。

(さすがにマギーさんもズボン売ってくれると思ったんだけどなぁ)

雪山舐めんなよ!って怒られそうな気がする…。

だけど、マギーさんは自信満々だった。

「ちょうど良かったわぁ!このパーカーとスカートはスノーラビットの毛皮が裏地に使われているのよ。着てみれば分かるけどぉ、ほとんど周りの冷気を通さないの。こっちのコートはホワイトウルフの皮でも通さないのよぉ。だから、ねぇ?」

スノーラビットは一年中雪の深い山頂付近で暮らしており、なかなか手に入らない高級素材なんだって。
ホワイトウルフとかなんとかフォックスとか、聞いたことのない素材が一杯出てきたけど、どれも高そうだった。

そして、「ねぇ?」の意味もわからないけど、押しに負けて結局買って帰ることになった。
お金に厳しいマギーさんだから、そんな高いのを売る算段もなく仕入れるわけないし。
そもそも僕に買わせるつもりだったとしか思えない…。

お値段はめちゃくちゃ高くてちょっと震えました。

そんなこんなで翌朝僕らは北門を抜けて出発した。
ラルフのモフモフの背中に乗せてもらって景色がどんどん変わる。

風は強いけど、今回は顔の半分はマフラーで隠して、ニットキャップにゴーグルで防寒もバッチリなのだ。マギーさんおすすめだけあって体も全然寒くない。

(さすが高いだけのことはあるなぁ)

僕が服の性能に驚いているその頃、留守番をしているジルがふと顔をあげた。

「それにしても、トロールは好戦的な種族ではないのだが…なぜ人里など襲うのか…」

遠くに見える白い山々に向かう僕は、そんなこと思うよしもなかったのだった。

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