ヴァンパイアの力

「おうおう、この空間…懐かしいねえ」
かがり火が焚かれた闇の世界でマモンが興味深げに周囲を眺め回す。
(感情のままに戦うな…か。ラルフ君の事は言えんな)
ジルは努めて感情を抑えようとするが、マモンを前にしてふつふつと沸き上がる怒りは留める事ができない。
「ふーん、なるほど。魔術は使えねえなあ。だが、ヴァンパイアの固有の能力は使えるってか」
かがり火に手をかざしながらマモンは余裕の態度をみせていた。
ジルはそんなマモンの一挙手一投足に苛つく。
「まあいいさ。リベンジさせてもらうぜ」
マモンがどこに持っていたのか、槍を頭の上で振り回した。
(物理攻撃の力押し。同じパターンか…)
ジルは嘲るように唇を持ち上げた。
「ほんの少し前に痛い目にあったことも忘れたか?愚かだな」
「ククク、試してみれば分かるさ」
マモンの返答にジルは一瞬眉をひそめた。
「そらっ」
太い槍をマモンは片手で軽々とジルの頭部に向けて繰り出した。
「無駄な…」
頭に受けてやったところでダメージはない。だが、先程のやりとりの中で、ジルの中で引っかかるものがあった。
『ビュッ』
躱した槍の先が頬を掠める。
「なにっ?」
急いでバックステップで距離をとったジルの頬から黒い霧が出て、マモンの槍に吸収された。
「おーお、いい勘してるぜ。調子こいて受けてたら死んでたぜ」
ジルの中の怒りの感情は瞬時に消え失せる。ヴァンパイアである自分を傷つけられるのは同族のみ。
(なぜだ…)
金色の瞳がマモンの槍の穂先を捉えた。
「もう気がついちまったか…。怒りで冷静さを欠いていると思ったが…流石だねえ。こいつを手に入れるのにはなかなか骨だったんだぜ」
「奴の爪か?」
「そうだ。お前のお仲間の死体からとった爪を刃に混ぜたのさ。しっかし、ヴァンパイアってのは面倒な種族だよな?同族でしか攻撃できないってか」
『ザッ』
マモンが距離を詰める。
ジルは闇から剣を生み出し、マモンに向かって飛ばす。
『ギャンッ、キンッ』
喋りながらもマモンは迫り来る闇の剣を弾き落とす。
そしてそのまま再びジルに突きを放った。
『ビュッ』
(それだけではない。以前よりプレッシャーが強くなっているようだが…)
ジルは連続した突きを躱しながら冷静にマモンを観察する。
「あん?どうした?」
「いや、お前に起こった変化の原因を考えていた」
マモンが笑う。
「ん?…クッ、ハハハハハっ、これも気づいたか。そうだ、それでこそ面白い。良いだろう、教えてやる」
ジルの言葉の意味を理解したマモンは笑う。
「俺達が魔族の力を得るには対価を渡さねえといけねえんだ。俺の場合は物欲だ。強い欲をマモンにくれてやれば、より強くマモンの力が使えるのよ」
「なるほど、しかし、あまりに強い力を得ようとすると…?」
過去に数える程度あった魔族の人間界への干渉の例をジルは思い出した。
ある者はその力で国を作った。また、その力で勇者と呼ばれた者もいた。しかし、結末は皆力の代償に魔族に肉体を奪われ、死んでいった。
「知ってるさ。マモンに体を奪われちまうんだろ?だがな、俺とマモンは気が合っちまってよ。なんつーか、…そう、混ざりあっちまった。アスモデウスも俺に近いな。俺達は欲を受け入れているし、そもそも性格が合ってるのさ。バアルはちょっと違うみたいだがな」
マモンがガハハハハと笑った。
「だからな、今や俺はマモンであり、キャバリアーでもあるわけよ」
「話し方も変わったようだが、それが原因か?」
「そうか?そういやあ、そうかもな…おっと、お喋りはこの辺で充分だろ?もう様子見はやめて全力でやろうぜ」
『ブオンッ』
マモンが手に持った槍を振るう。
「ふん。いいだろう」
ジルもそう言いながら闇の中に手を差し込む。そして引き抜いた手には闇の槍が握られていた。
「こっちからいくぞっ、そら、そらっ」
調子に乗ったマモンが連続した突きを放った。
『ギンッ、ギンッ、ギャンッ』
しかし、重い槍を小枝のように振るうマモンが目を見開く。
マモンの渾身の突きがジルに易々と弾かれたのだ。
「ふう、…ん?どうした?」
「てめえ、隠してやがったな?」
マモンの目に怒りの火が灯った。
「槍が使えないと言った覚えはないが?」
「ヌヌヌッ」
マモンが唸った。
「では、こちらの番だな」
『ヒュンッ』
今度はジルの槍がマモンを襲う。
『ギンッ』
鋭い突きをかろうじて躱したマモンに闇の剣が降り注ぐ。
「くそっ」
バックステップで剣から逃れたマモンだったが、既にマモンの周囲には剣の襖が出来ていた。
(マジーな。完全に誘い込まれちまったか)
マモンの魔族としての記憶を振り返っても、この数百年、ここまで追い込まれた事はない。
「チェックメイトだ」
(覚悟するしかねぇっ)
「ウオオォォォ」
腕を交差してマモンが跳ぶ。
『ビュッ』
マモンがいた場所は針山となるが、マモン自身は数本の剣を腕や脚に受けながら自身の射程にジルを捉えた。
「ほう?」
ジルは驚きの声をあげる。
「もらったあァァ、オラアッ」
マモンの槍は完全にジルの腹を捉えた…はずだった。
「何だとぉっ」
ジルの腹にぽっかりと穴が開いている。
「無駄だ。確かに当たればダメージはあるが、直接触れなければいいだけの事」
「クソガアァァ」
突きが躱されるなら、とそのまま切り払おうとしたが、既にジルは腹から下が闇に溶けて消えており、刃は空を切った。
「ヴァンパイアの始祖を相手にのこのこと闇の世界に入って来た愚か者よ。さらばだ」
上半身だけのジルの持つ槍がマモンを切り裂こうとした時、マモンの口から不思議な声がした。
「ジ…ル」
今度はジルの目が見開かれる。
「す…まない。俺が…また…足手まといに…」
「ラウル…なのか?」
「あ…ぁ…」
(まさか…だが…)
『ドス』
ジルは自分の胸に衝撃を感じて視線を下げると、槍が刺さっていた。まるで現実味がない。
「グッ、ハハハハハ」
遠くでマモンの笑い声が聞こえた。すぐに現実感とともに痛みが広がる。
「くっ」
刺さった槍の柄を掴む。
「フッハハハハ、油断したなあ?」
声も口調もマモンに戻っていた。
ジルの体からどんどん黒い霧が立ち上る。
「ククッ、魂だけでも回収しといて良かっ…」
しかし、勝利を確信していたマモンの表情がジルの目を見た瞬間硬直した。
「貴様…我が同胞を愚弄するか」
その目はマモンが、キャバリアーがこれまでに見たどんな目よりも冷たい。
「ど、同胞…何言ってんだ?人間だろ?」
焦って口に出した言葉がマモンの失敗だった。
「人間だから?だから何だ?」
いっそうジルの声が冷気を帯びた。
「だっ、だから人間などお前たちにとっては食料だろっ?ほらっ、ちょっと言いすぎたっ」
「もう遅い。足元を見るがいい」
冷たく言い放つ声にマモンが思わず目線を下げると真っ黒な地面から手が出て足首を掴んでいた。
「うおっ、なっ、なんだッ」
マモンが槍を引き抜こうとしたが、再び動きが止まった。
「まっ、まさかッ、動かない…」
「ヴァンパイアはヴァンパイア同士でしか殺しあえない。しかも殺されたものは殺したものに取り込まれる。力も…その存在すらな」
マモンの足を掴んでいた手がくるぶしから、膝へと上がってくる。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。おいっ、良いのか?俺が手放したらラウルの魂まで消えちまうんだぜ?今なら生き返らせることだって…」
「失くした命は蘇らん。お前は今までにもそうやって騙してきたのだろうが…死して尚囚われる事の方が地獄だ」
闇の中から長い髪のヴァンパイアが姿を現した。
「食って良いぞ」
ジルの言葉と同時に脚に噛みつく。
「ウギャアアアッ」
振りほどこうと脚を上げようとした時、もう片方の脚にも痛みが走る。
「グッ」
闇の中で短髪のヴァンパイアの瞳だけが金色に輝く。
「生きながら喰われる恐怖の中で死ね」
闇に金色の瞳が何十、何百と輝き、マモンを引き倒した。
「ギャアアアアア」

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