「へえ?この橋が跳ね上げ式ってやつ?」
「そうだ。それぞれの橋の王城側にあるあの機構で巻き上げると橋が外れる仕組みだ」
馬車の窓から眺めつつジルの解説を聞いた。
僕らは現在王城に向かっている。
昨日は王城に集められた貴族に今回の事件の顛末が説明されたらしい。今後は五大公の権力集中の世襲が廃止されること、それにウォルトン卿、マローン卿の爵位剥奪、レヴァイン卿の領地没収が告げられ、その後はお堅い晩餐会が開かれたらしい。(エルザ談)
今日も晩餐会が開かれるけど、今晩の晩餐会は貴族の子弟なども参加する立食形式のパーティーらしい。(エルザ談)
さすが、貴族に加えてその妻や子まで参加するだけあって馬車が渋滞している。それなのに僕らの馬車がスイスイ進むのには理由があった。
それは僕らの乗った馬車に描かれた王族の紋章のせい。今朝、この馬車が迎えに来て僕らを連れ去ったのだ。
「パーティーかぁ…」
「ああ…全くだ。時間が惜しいというのに」
ジルは早速よからぬ研究を始めたので時間が惜しいだけ。生まれながらの貴族(?)だから、こういう場には慣れている。
だけど、僕は知らない人だらけの場っていうのが慣れてないから不安なんだよね。
「なるほど。葵はダンスが苦手か?」
「へ?」
ジルの口から出た思いがけない単語に思わず変な声が出た。
(なんかこの展開最近あったような…)
僕の脳裏にテレサさんのスパルタレッスンやシュクランでのドレスコードが浮かんで何やら嫌な予感がする。
「なんだ、その顔は。晩餐会でダンスなど当たり前だろう?」
(やっぱり…そうきたかぁ)
不思議そうに僕を見るジルの顔。
(ジルは絶対踊れる…)
次にラルフを見る。腕と足を組んで目を閉じている。ラルフは絶対大丈夫…仲間だ。
(ラルフはダンスの経験なんてないはず…)
だけど僕らの話し声が聞こえているはずのラルフのあまりに落ち着き払った態度に少し心配になった。
「ねぇ、ラルフはダンスなんて無理だよね?」
一応確認を込めて訊ねた僕に、しかし、返ってきたのは予想だにしない答えだった。
「問題ない」
ラルフが閉じていた目を開く。
(だよね~…って…はいっ?)
「なんでっ?」
「本で読んだ」
恐るべしラルフ。一体何の本を読んでるんだ。
そんなこんなで戦々恐々としながら馬車は王城の門をくぐった。
◇◇◇
(…で、こうなるのもいつもの事…)
僕はメイドさんに囲まれてドレスを着せられていた。
もはや悩んでも仕方ないとは言え、馴染んできたみたいでそれはそれで困る。
「葵、似合ってるわよ」
「あっ、エルザ」
メイドさん達が、サッと立ち上がって頭を下げようとするのを優雅に制してエルザは僕の後ろに立つ。既にドレスに着替えたエルザはさすがは王族。こういった服装をするとオーラが凄い。
「あら?そのネックレス…」
鏡に写る僕を見ていたエルザが、目を止めた。
「ああ、これね…」
エルザの言うネックレスとは、ジェイクからもらった真珠をロゴスで加工したものだ。
「…何これ?こんな大きな真珠見たことないわよっ。それにこの装飾…まさか…テオ・ラリックが仕事をしたって言うの?」
なんだかエルザが興奮している。
「葵っ、これどうしたの?」
ジェイクの話とロゴスの話をする僕の顔をエルザは食い入るように見つめる。
たいした話はできなかったものの、エルザは大きく溜め息をついた。
「葵、このネックレスははっきり言って価値がつけられないほどのものよ」
「へ?」
「この真珠は勿論最高級も最高級だけど、ネックレスに加工した人も伝説のデザイナーよ。10年くらい前に『もう自分は二度と仕事をしない』と言って、貴族からの依頼さえ断っていた人なの」
(あのおじさん、そんな凄い人だったんだ)
このネックレスを出した時にメイドさん達が目を丸くしていたのも理解できた。
「じゃあ、これつけて晩餐会に出ても大丈夫?」
「当たり前よっ、これ以上のものはこの国中探しても見つからないわよっ」
ふーんと、分かったようで分からない顔の僕をエルザは信じられない物を見るような目で見ていた。
「……まあいいわっ、さあ、立ってっ」
「へ?」
「ダンスの練習よっ、ジルさんから聞いたわよ。葵、ダンス踊れないんでしょっ」
(ひいっ…やっぱりいつもどおりだぁっ)
それから、晩餐会が始まるまでダンスの練習が続いたのでした…。
◇◇◇
「………では、今宵の晩餐会を楽しんでもらう前に、今日の主賓を紹介しようではないか」
壇上で王様がそう言うと僕ら三人が呼ばれた。
舞台袖から出ると、何百という目が僕らに注がれる。
「彼らはこの国を守ってくれた恩人だ。儂からもこの場を借りて礼を言わせてくれ」
拍手は大広間に怒号のように響く。
「三人は貴族の地位も領地もいらぬ、と言う。だが、だからと言って救国の英雄に何もしないとあっては我が国の恥である。そこでこの国の宝を褒美として与えることにした。既に宝物庫から褒美の品を選んでもらっておるので今からそれを与える」
そう、僕らが王城に着くと王様が直々に迎えに来てくれて貴族にしたいと言うのでそれを断ったら宝物庫に案内された。
とは言え僕らはたいして欲しいものもなく、それぞれが、お互いに選びあうことになった。
「まずは、ジル・ヴラド殿、この度はラウル将軍の敵であった魔王の一人アモンを倒してくれた。その恩に報いこれを受け取ってくれ。ヴァンパイアの始祖が身につけていたと言われる常闇のマント。ヴラド殿ほどの美貌であれば似合うであろうな」
(そりゃ、子孫だもんね)
恭しくジルが王様から受けとる。このマントは宝物庫の隅に掛かっていたもの。
マントを肩から掛けられたジルの姿に大きな拍手が鳴り響く。
「では、次にラルフ・シルバー殿。こちらへ来てくれ。我が娘を含め、ここにいる者達も親類縁者がアヴニールにおる者も少なくないだろう。シルバー殿がアヴニールを襲った魔王アスモデウスを倒して我々の子弟までも救ってくれたのだ」
拍手の中、ラルフが王様の前に立った。
「ふむ。古代の倭国で使われていた武道の奥義書か。一般の者には使いこなせないだろうが、シルバー殿なら極められるやもしれんな。さらなる高みに昇ろうとする姿勢は我らも見習いたいものじゃ」
再び怒号のような拍手と共に数冊のボロボロになった本を王様から受けとるラルフ。なんだか嬉しそうだ。いつの間にこんなに本好きになったんだろ?
「最後に…」
王様がそう言ったところで一人の騎士が歩み寄って脇に控えた。
「此度の王都での争乱を治め、ここにおる忠臣レヴァインを救ってくれた葵・御門。魔王バアルを討ち取り、我が国を救ってくれた」
王様がニコニコと手招きするので王様のそばに向かう。
王様が僕を参列する人々の方を向かせると、場内が水をうったように静まり返る。場内のあちらこちらからため息が漏れた。
「んむ?ごほんごほん」
王様もその反応に驚いたように咳払いをした。すると、ハッと気づいたように割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
「葵にはこれを。むっ?なんじゃ?人形か。これはまた可愛いものを…」
王様も何と言って良いのか分からず困っている。
(やっぱりそういう反応になるよね…あーあ、僕も武器とかにしとけば良かった…)
僕は宝物庫の中で武器を探して剣や槍が並んでいる棚を見てまわっていた。村正が出てきてくれるまで必要だからね。
ところが、そんな僕にジルとラルフが選んでくれたのは白い柩(ひつぎ)だった。
「これ…って何?」
「開けてみろ」
ジルに言われておっかなびっくり蓋を開けてみると、メイド服を着た人形と執事のような姿をした人形が向かい合わせに入っていた。
二体とも身長は150センチに足りないくらい、メイド服を着た方は髪は黒髪を肩までで揃えていて、執事服を着た少年の人形はストレートの黒髪を耳にかからない程度に切り揃えている。そして、二体に共通しているのは目は閉じているものの綺麗な顔をしていて、どちらもまるで生きているような精巧な作りということだ。
ジルは二体の人形を見てホウッと唸る。
「えっと…何これ?」
どう反応していいかわからず、とりあえず二人に聞いてみた。
「これほどの物が存在するとはな…、楽しみにしていろ」
ジルが嬉しそうに笑って言った。
(楽しみにって…?)
「…さて、まあ良い。美しさと力、それに清い心を併せ持った葵殿は倭国の王族でもある。今後も両国の友好の架け橋になっていただきたい」
拍手の中、レヴァインさんが僕の前に歩み寄り跪くと、僕の手をとった。
「葵殿、この度は娘共々、命を救って頂いて感謝しようにも言葉に出来ないほどです。救われたこの命、貴女のために使わせて欲しい」
「こら、レヴァイン。お前は近衛騎士じゃから儂のために命を使うんじゃよ」
会場から笑い声が漏れて、場は一段落した。
「では、皆の者、今夜は楽しんでくれ。乾杯」
王様の乾杯の音頭で晩餐会が始まった。
僕らも演壇から降りると、周囲を囲んだ人達にすぐに捕まる。その話題はやはり戦いの事…かと思ったら、僕らの容姿についてだった。
「その美しい肌は何を使ってらっしゃるの?」とか、いつもの事。
それが終わるとエルザが気がついたようにネックレスに夢中になる。
(女の人ってみんな宝石が好きなんだなあ)
横目でラルフとジルを見ると、ラルフは騎士らしき人から何やら戦いについて尋ねられているようだし、ジルは貴族の若い娘と談笑していた。
そんな風に僕が二人を眺めていると褐色の腕が視界に映る。
「葵殿、一曲踊っていただけませんか」
(きたぁ)
ドキドキして言われた方を見ればレヴァインさんだった。
(良かったぁ。レヴァインさんなら失敗しても大丈夫)
ホッとして失礼な事を考えたけど、命を救ったんだしそれくらいいいよね。
「はい」
手をとられて歩き出すと人垣が割れて道が出来た。
音楽がワルツに変わる。僕は失敗しないかドキドキしながらもエルザに晩餐会の前に仕込まれたダンスを何とか踊った。ジルも先程話していたのとは違う女の人と踊り始めた。
「葵殿。実は気になることがあるのです」
ダンスに慣れてきたところでレヴァインさんが話しかけてきた。
「何ですか?あと、友達のお父さんからそんなかしこまった話し方されるとちょっと…」
「そうですか、それでは…私があのような暴挙に出ることとなったきっかけとなった男の話をさせてほしい」
僕らは曲が終わるのに合わせて場所を変える。小さなテーブルの前で飲み物を持って僕らは向かい合った。
「あれは、1年ほど前のことだ。一人の男が私の屋敷を訪れた。長身で筋肉質な体の…そう、一見すると兵士や冒険者、それも相当修羅場をくぐった猛者のようだったな。南部はここよりも気温が高い、にもかかわらずその男は深くフードを被っていたから顔は見えなかった」
詳しく思い出そうとするようにレヴァインさんが虚空を見つめる。
「通常そのような得体の知れぬ者に公爵が直接会うようなことはない。だが、男は大公の罪について話したい。そう言ったため私は会った。そして、いくつかの大公達の不正の証拠とあの忌まわしいバアルの石を置いていったのだ」
「フードの男…」
「そうだ。フードつきのマントを着ていた。…さらにもう一つ…どうも私には男には倭国の訛りがあったように思うのだ」
「倭国の?」
「うむ。ほんの一瞬そう感じただけなので私の勘違いかもしれん…それからどうも西を目指すような素振りをしていたのだ」
(倭国の人間が黒幕なの?それに西か…)
「陛下からも話があると思うのだが、近く葵殿に西方への探索が依頼されると思う」
「へえ…」
「私のような者が他にもおるかもしれぬ。是非葵殿の力でお救いいただきたい」
◇◇◇
大広間から出た僕は中庭に面したテラスに出た。
「暑い…」
大広間はただでさえ人の熱気で暑いのに、常に囲まれていたせいで火照った頬を叩く。
冷たい夜風が気持ちいい。
そこにラルフが現れた。
「葵、大丈夫なのか?」
これは僕の体を指している。バアルとの戦いの後遺症は今も続いていた。
「うん、今のところはね。薬も効いてるから…」
図書館での出来事により、僕の体は今後も発作が起こることが確認されてしまった。だけど、やはり素面でラルフやジルとコトを行うのは抵抗があった。何て言うか、一線を踏み越えてしまうような。二度と男に戻れなくなる気がして…。
そんな僕にジルが薬を準備してくれた。
「これだ」
「わあっ、ありがとうっ」
「葵の体が求めるものを摂取すればある程度おさまるのではないかと思ってな」
(へっ?)
薬をもらおうと出しかけた手を引っ込めた。
(体が求めるものって…)
ジルの説明から成分は想像がついてしまった。だけど発作が起こればそれどころじゃない。ありがたく受け取りました。
それから発作が起こるのを待って、数日後、白い錠剤を飲んでみると二時間ほどは発作がおさまる事が分かった。自分のことばかり考えていたけど、飲みやすいようにわざわざ錠剤にしてくれたり、薬の原料を提供してくれているであろう二人には本当に申し訳なくなった。
また、もう一つの少し大きい錠剤は膣に入れるタイプでこちらはほぼ一回分の発作を延期できる事が分かった。
ただ、膣に入れるタイプはかなり奥まで入れないといけなくて、それはそれで…。
まあ、とにかく何とか発作に怯える事なく日常生活は送ることが出来るようになったのだった。
「そろそろ帰ろう。やっぱり疲れたよ」
僕らはエルザに挨拶をして城を後にした。
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